マッシヴ様のいうとおり

縁代まと

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第六章

第189話 マッシヴクッキング作戦

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 静夏の手は逞しく大きい。
 そのため通常の包丁だと柄を十分に握ることができなかった。

 これも料理を失敗する要因の一つなのではないか?
 そう考えた伊織とリータは普段自分たちの使っている包丁の柄に別の棒を巻き付けてみたが――物を切る衝撃に耐えられる出来ではなかった。

 そこで急遽バルドから大振りのナイフを借り、静夏は試しにそれを使用してみる。
 サイズは丁度良く、バルドから料理に使ってもいいという許可も得たため包丁の代わりが決定した。
 ――なお、バルドがこれで魔獣を斬っていた気がするが、毎日手入れしてあるためノーカウントということにしておく。

「……うむ、これは切りやすい。これまでは指先で包丁を使っているような感覚だったからな」
「僕も慣れてない頃にちっちゃい子向けの包丁でやれって言われたらしんどかったろうなぁ……じゃあとりあえずそれで白菜をざく切りにしようか」
「了解した」

 そう言った瞬間、静夏は迷うことなく白菜を縦に一刀両断した。
 ついでに下のまな板まで真っ二つにした。
 鍋を用意していた伊織とリータはそのまま固まる。ざく切りといえばざく切りだが、二人の中のざく切りとは決定的に何かが違っていた。
 静夏はまな板を真っ二つにしてしまったことにぎょっとする。

「す、すまない、まさかこんな簡単に割れるとは……」
「い、いや、多分そろそろ買い替え時だったんだよ。僕らの私物だし大丈夫大丈夫」

 密かにシンクごと割れなくてよかったと安堵しつつ、伊織は「切るのはもう少し優しく、あと野菜は横向きで」と極力ゆっくりと伝えて新しいまな板を用意する。
 買い替え時だったのは本当のためすでに予備があったのが幸いした。
「マッシヴ様、切り終わったら次は長ネギをお願いします。えっと、優しく斜め切りで」
「わかった、今度こそやり切ってみせよう」
 やる気に満ち溢れた静夏の背中から闘気が立ち昇る。
 伊織はそんな母の背中を撫でて「ゆっくりでいいから」とクールダウンさせた。

(やっぱ苦手だって自覚があるせいか野菜を切るだけでも身構えちゃってるなぁ……)

 あまりカチコチになって料理をしても失敗を招くだけだ。
 だが今すぐにリラックスしろと言われてできるものでもないだろう。これが母親の成功体験になり、今後料理をする際に自然とリラックスできる布石になることを祈りながら伊織は水を用意した。

 肉は普段は干し肉など持ち歩きに便利なものか、狩りという名の現地調達だ。
 そのため満足に外に出られない今は不足していたが、宿の主人の好意で豚肉を少し売ってもらうことができた。本来は酒場で出す料理に使うはずだったが、突然天候が悪くなったため余っていたのだという。
 この世界にもスープの素は食材店に売っていることがあり、伊織は前の街で仕入れた鳥ガラのスープの素を取り出した。見た目はコンソメキューブだが技術が現代日本ほどではないため量は三倍ほど入れることになる。

「あとは塩と醤油と料理酒か」

 伊織はこの世界で醤油を見つけた時は大変感動した。
 どうやら輸入品扱いの上、保存期間を延ばす魔法のかかった瓶に入っているため魔法代込みでそれなりの値段がしたが、重宝することはわかっていたので嗜好品として買っておいたのだ。
 なおこの魔法はヨルシャミも「千年前にはなかったな?」と興味深げに調べていたが、水属性らしく本人は使えないらしい。
「……」
 ちら、と静夏を見ると今度はまな板は無傷で済んでいる様子だった。
 その隣に並び立ち、伊織は半分になった方のまな板の片割れの上で豚肉を切り始める。

「……母さん、僕、皆に意図的に黙ってたことがあってさ」
「む?」
「自分から話すならまず母さんにしっかりと話しておかないと、って思ったんだ」

 リータさんはたまたま知る機会があったから協力してもらった、と伊織は言葉を続ける。
 わざと少し離れたところで準備を始めたリータは伊織に応援するような視線を送った。
「その、分断された後高熱を出してロジクリアに運び込まれたってことは前に話したろ?」
「ああ。とても肝が冷えたが無事でよかった」
「いやー……それが無事とも言えない感じだったっていうか……」
 ここはわざと明るく言うべきだろうか。
 そう考えた伊織は自分の舌を出してみせる。

「多分一時的なものだけど、あれから味がわからなくなっちゃっ――」

 なぜか普通に切っていたはずの長ネギがヴピュンッ! という形容し難い音をさせて弾け飛び、天井に激突してから静夏の手元に落ちた。
 そうっと近寄ったリータがそれを回収して洗う。

「……な、なっちゃって……」
「あの時から、ずっとか……!?」
「う、うん、ごめん、料理の味付けは勘だったけど何とかなってたんだ。けど今日は失敗しちゃって」

 伊織は想像以上に驚愕している母の顔を見てあたふたしながら続けた。
「と、とりあえず失敗の原因はそういうことだからさ、母さんが気に病むことはないんだ。皆にも後でちゃんと説明する」
 なぜ黙っていた、と怒られるだろうか。
 静夏の様子からついそう思ってしまい、語尾が萎んでしまう。
 しかし静夏は口をぎゅっと引き結ぶとそのまま伊織を抱き締めた。

「――やはり私は母親失格だ。息子のそんな大きな異変に気がつかなかったとは」
「そ、そんなことない! マジでそういう思いつめ方しちゃダメだぞ母さん! っていうか僕のせいだし!」

 珍しく強い語気になった伊織の言葉を聞きつつも、静夏は視線を落とす。
「いや……昔も似たことがあった。故に私は同じ過ちを繰り返したも同然だ」
「似たこと?」
「幼い頃、お前が我々に心配かけまいと腹痛を我慢しすぎて大変なことになってな、私も織人さんも伊織が倒れてから初めて異変に気づいたんだ」
 伊織はきょとんとした。記憶にない、ということは相当小さな頃だったのだろう。
 そして脱力しつつ笑う。

「母さんってなんというか……普段は頼り甲斐あるのに、こういう時はポンコツだよなぁ……」
「ポンコツ……? う、うむ、まあそんな気はする」
「いいんだよ、気づけなくても母さんは母さんだ。唯一無二の母親だ。僕はそう思ってる。だから」

 失格だなんて言わないでくれ、と静夏の目を見て伝える。
 ようやく体の力を抜いた静夏は「……わかった」と笑みを浮かべた。その母に笑みを返し、伊織は気になっていたことを口にする。
「……ところでナイフ持ったままハグはちょっと怖いかな……!」
「む! す、すまない」
 やっぱりポンコツだなぁ、と和みつつ伊織たちは鍋の準備を進めていった。

 ポンコツでも、料理ができなくても、やはり母は母なのだと思いながら。
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