マッシヴ様のいうとおり

縁代まと

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第六章

第212話 故郷の話を。

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 一悶着あったものの、ヨルシャミの話を聞いた後は伊織の番だ。

 伊織は今までヨルシャミと接してきた中で何度か前世の話をしたことはあったが、ここまで事細かに話したのは初めてだったかもしれない。人生に深く根差したことから下らないことまで色々と話した。

 極たまにしか会えなかったが、父方の祖父が優しかったこと。
 逆に母方の祖父――静夏の父は厳しく怖かったこと。
 とあるコンビニエンスストアの肉まんが特に好きだった。学校では部活をせずバイトをしていた。静夏の見舞いへ行く時はいつも見舞い品に悩んだ。ペットを飼ってみたかった時期があった。
 そんな様々なこと。

 伝わらない単語もその都度説明し、伊織はそれが少し楽しかった。

「……そうか、イオリもそんな早くから父がいなかったのだな」

 亡くなった父親の話をしていた時、毛布に顔を半分埋めながらヨルシャミがぽつりと言った。
 伊織は小さく頷く。
「うん、少しは覚えてるけど顔とか細かいところはほぼ記憶にないんだ。……そういえば父さんも交通事故で死んだんだよなぁ」
 僕の場合は煽られたせいだけど、とどこか他人事のように口にし、自分でそれに気がついた伊織は前世のことは過去のこととして受け入れつつあるのかなと苦笑する。
 父親の織人の場合は車で勤め先に向かっていた際に向かいの車線から走ってきたトラックの積み荷が崩れ、そのままフロントガラスを突き破って亡くなったという。
 伊織は父親の死因を長らく知らなかったが、中学生の頃に近所のお喋りなおばさんから意図せず聞かされてしまった。静夏にも知っていることは明かしていない。きっと子供に教えたくないほど酷い状態だったのだろう。
 ヨルシャミは肩を竦める。

「いらぬ情報をもたらす者はどの世にも居るものだな」
「悪い人じゃなかったんだけどな、手料理とかよく差し入れしてくれたし」

 思えばその数々の手料理から料理に興味を持ち、自分でも作るようになった気がする。
 人間には良い面も悪い面もあるんだなと伊織は改めて感じた。
「手料理か、例えばどんなものだ?」
「えーっと……イカと里芋の煮物とか、味噌汁とか……あとシーフードカレーとか」
「かれー?」
「あ、やっぱカレーはないんだ……」
 ミュゲイラも同じ反応をしていたが、他の国まで行ったことがあるというヨルシャミにも馴染みがないらしい。
 しかし名称が違うだけかもしれないな、とヨルシャミは呟き、そして何かを思いついたのか毛布の中で手を叩いた。

「そうだイオリ、その料理を今度夢路魔法の中で再現してみないか?」
「夢路魔法の中で? 前にやった景色の投影みたいな感じか……?」
「うむ、今ならあの時よりももっと上手くできるはずだ。前世の記憶ともなると記憶から呼び出すのが大変かもしれないが――お前の語り口から察するに、忘れてはいないのだろう?」

 伊織は考える。
 たしかに記憶から零れ落ちていったものはあるが、それでも前世で見たもの、触れたもの、食べたものは未だ多く自分の頭の中にあることがヨルシャミとの会話でよくわかった。
 それを夢の中で再現できるとしたら。

「……もちろん辛ければやらなくていいのだぞ。思い出すのと現実に近しい夢の中で見るのとでは大分違うからな」
「いや……うん、今度試してみよう。僕は生まれ変わったけれど、過去のことを……前世のことを捨てたわけじゃないから」

 帰れないことが寂しく、郷愁に駆られることはある。
 だがそれが辛いからと蓋をする気はなかった。

 そう伝え、伊織はヨルシャミと「今度夢の中で」と約束を交わす。


 状況の厳しさに反してゆったりとした時間の中、伊織はヨルシャミと他愛もない話を重ねた。

 サルサムの気付け薬の話になった際に、
「あれはこの世の終わりのような味がしたぞ、むしろ味と呼ぶのもおこがましい」
 ――というここしばらくで一番の神妙な面持ちで放たれたヨルシャミの感想には笑いそうになったものの、どうにか耐えたので伊織は自分で自分に花丸満点を付けた。
 代わりに「今ほど魂が強いことに感謝したことはないかもしれないな……」という素直すぎる感想を漏らしてしまい、今度ご馳走してやろうかと毛布の下で思いきりつつかれたので自分で自分に減点したが。

 そんなこんなで服も乾き、各々それを着込んでうとうとし始めた頃。
 いつの間にか吹雪が止んでいることに気がつき、伊織は外に出て辺りを確認した。
 太陽の位置が高い。
 失踪事件の調査に出たのは日の出ている時間帯だったが、聞き込みや移動でそれなりの時間を使った。更にはパトレアとの勝負や雪崩により気絶していた時間、彷徨っていた時間などを加味すると小屋にいる間に夜を迎えていたらしい。
 ということは今は翌日の朝から昼にかけての時間帯だろうか、と伊織は空を見上げる。

「あっ、これだけ経ったならまたワイバーンを呼べるかも」
「救助を待つよりワイバーンに乗って街の近くまで行った方が安全だろうな」
「けど……」
「む? 何かあるのか?」

 歯切れの悪い伊織の様子にヨルシャミは首を傾げる。
 伊織は心配げに眉を下げた。
「あんな目に遭わせた後だし、気絶してたから直接謝ることもできなかったから……応えてくれなかったらどうしよう……」
 伊織の懸念に面食らった顔をしたヨルシャミはすぐに声を上げて笑う。
 そしてそのまま伊織の背中を軽く叩いて言った。

「大丈夫だ、呼んでみろ。それにその様子だ、お前もきちんと謝って労ってやりたいのだろう?」

 なら何はともあれ召喚できるか試さなくてはならない。
 伊織は深呼吸するとヨルシャミの言葉に頷き、雪を掻き分け外に出てワイバーンを呼んだ。
 すぐさま頬を撫でる風。
 その風に誘われるように視線を上げる。
 ワイバーンが何も気にしていないような、澄ました顔でふわりと雪の上に着地したところだった。特に外傷も見られず体調が悪そうな様子もない。元の世界の方が回復が早いというのは本当のようだ。

「ワイバーン……さっきはごめんな、盾になってもらって。寒かったろ?」

 おずおずと手を伸ばすとワイバーンは首を垂れて鼻先を伊織に突き出した。
 そのままじっとこちらを見て静止している。撫でろってことかな? と気がついた伊織はその硬い鼻先をよしよしと撫でた。
 満足したのかワイバーンは両翼を目一杯広げて背を向ける。

「気にしていないという意思表示と褒美を寄越せという要求だ。どうだ、大丈夫だったろう?」
「うん、けど撫でただけでご褒美になるのか?」
「主人からのものならな。さあ、シズカたちの元へ戻るぞ。きっと心配しているだろう」

 報告しなくてはならないことも沢山ある。
 伊織は頷くと、ヨルシャミと共にワイバーンの背に乗り「ここから一番近い街まで行きたいんだ」とワイバーンに頼んだ。
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