マッシヴ様のいうとおり

縁代まと

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第六章

第218話 雪に道を刻む

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 ――翌日。

 ミラオリオから次の街へ向かう道はやはり犬ぞりで行こうということになった。
 回復しているとはいえ伊織やヨルシャミが普段よりは疲れているため「ここは多少のリスクがあっても転移魔石を使うなりしてもいいのでは」という話も出たのだが、魔獣が出てすぐということもあり可能な限り自分たちの目で周囲を見て移動したい、と静夏とヨルシャミの意見が合致したのだ。
 もちろん他の魔獣を見かけたらすぐさま倒すためである。

 しかしここで一つの問題が浮上した。
 ただの犬ぞりでは重量オーバーなのである。そう、主に静夏とミュゲイラの筋肉で。

 十頭もいれば四百Kgほどは運ぶことができるが、伊織たち一行は合計七名と一匹。前述の通り内二名は筋肉による体重が重く、しかも荷物も多い。
 ヨルシャミの発案で『召喚魔法で呼び度したパワータイプの狼を混ぜる』という話も出たが、肝心の犬たちが召喚獣を警戒してそれどころではなかった。
 狼のみではそりの操作が危うく、そもそも長時間複数呼び出すことは今のヨルシャミには難しい。
 正確には可能だが何らかの反動は覚悟しておかなくてはならないだろう。

 さてどうしよう、と悩んでいた時に挙手したのがミセリだった。

「旦那の罪滅ぼしの一環になるかはわかりませんが……よかったらウチの犬たちで運ばせてくれませんか?」

 そう紹介された犬たちは二度見するほどムキムキの体を持っており、伊織はペットは飼い主に似るという言葉を思い出した。瞬時に思い出した。ペットではないが思い出さざるを得なかった。
 下手をすると――否、下手をしなくても伊織より筋肉量がある犬たちだ。ミセリの家はプロテインが湧いてくる魔法の皿でも持っているのだろうか。
 そんな現実逃避をしつつも伊織たちは街一番の犬ぞり使いを派遣してもらい、ミラオリオから次の目的地へと進むことになった。

 次の村は日中に辿り着くが、その次の村までは犬ぞりで夕暮れまでにぎりぎり間に合うかどうかといったところらしい。
 徒歩なら確実に野営が必要だったが、いつ吹雪くかわからない状況でそれは避けたかったため、犬ぞりを使えたことは大きかった。
 犬ぞりは魔獣のいた山のような地形ではなく、平地に近い場所を走る。
 元気に白い息を振り撒き走るムキムキの犬たちの背を見ながら、伊織はそりのふちを目一杯握っていた。

「思ってたよりスピードが出るんですね……!」
「お前のバイクの方が速いと思うぞ」

 後ろに乗ったサルサムがそう正直な感想を呟いたが、伊織はすぐそこで後方に流れていく地面をちらりと見て眉を下げる。

「地面との距離が近いんで迫力が違いますよ、それ、っに……このっ、振動とかっ……!」

 木製のそりは伊織の知っているものより大きく作られており、ムキムキなミセリの犬に合わせた特注品なのかトナカイ用のそりに近い。それが雪に埋もれた岩などの硬いものに触れると全体が揺れて肝が冷えるのだ。
 伊織はなんとなく初めて馬車に乗った時のことを思い出した。
「まあ次の村はすぐなんだ、慣れるための期間だと割り切って気軽にいけ」
「その後に本番が控えてると思うと気軽にいこうにもいけない感じがしますねー……」
 けどなるべくリラックスしてみます、とサルサムに笑ったのと同時にそりが跳ね、伊織は危うく舌を噛むところだった。

     ***

 高速で流れていく変りばえのない景色。
 そんな景色を眺めながら伊織は考えを巡らせる。

 ――魔力譲渡を行なえば伊織のバイクで長距離移動も可能だが、伊織にとっての魔力譲渡は相手を即死させる可能性のある危険行為である。
 そしてもし成功しても加減を少し間違えるだけでジェットエンジンで障害物の多い雪山をかっ飛ばすという体験をするはめになるだろう。
 ニルヴァーレの手で代わりに魔力譲渡を行なってもらったことで感覚は掴めたが――まだ練習も何もしていない中、定期的に魔力譲渡を行なう必要がある状況でぶっつけ本番は恐ろしいにも程がある。
 そのため犬ぞりの貸し出しはまさに渡りに船だった。

(もしバイクで移動してから「やっぱりダメでした~」とかいうことになったら、雪だらけの中で徒歩になるところだったんだもんな……)

 それこそ集団遭難だ。

 加えて案内人を得られたこともありがたい。
 街一番の犬ぞり使いはロンという名前の男性で、目鼻立ちのはっきりとした人だった。
 聞けばミセリの親戚の男性で、魔獣に捕らわれていた被害者の一人だったという。彼は普段から周囲の村へ商いに出ており、道にも詳しいと聞いて伊織はとても心強い気持ちになったのを覚えている。
 しばし冷たい風を切って進んでいるとロンが前方を見たまま口を開いた。

「すみません、この辺りは少し雪が薄いので振動が強いでしょう」
「あっ、いえ、慣れてきたんで大丈夫です」

 実際にはほんの少ししか慣れていないが、伊織は笑みを浮かべてそう答える。
 強がりを理解しているのかいないのかロンは小さく笑い、そりの後方にいるヨルシャミへ声をかけた。
「ヨルシャミさん、その節はありがとうございました。おかげで両足を切断することなく、こうしてまた犬たちとそりで走れています」
「ん? ああ、凍傷が酷かった者か。回復が間に合ってよかった」
 ロンは前を行く犬たちを愛おしそうに見つめる。
「私が犬がとても好きなので……生き甲斐を失わなくて本当に安堵しました」
「ははは! 足を失うことより生き甲斐を失うことを心配していたのか。いや、うむ、しかし大切なことであるな」
 そう呟いた後、ヨルシャミはやや間を開けてから言った。

「……お前は魔獣と縁を繋いだあの男を恨んではいないか?」

 その問いにロンは首を縦に振る。
「本人たちはとても気にしているようですけどね、私も……それに他の被害者も、魔獣は恨めど人間は恨んでいませんよ。放置していてもきっといつかは街に下りてきたでしょうしね」
 むしろ交流していたぶん気がつくのが早くなってよかった、とロンは笑った。
 加えて人間との交流で魔獣の人間性が育ち、本能を押し留めて男性たちを殺さないように努めた可能性もある。悪いことばかりではないのだ。
 そりの振動で唯一微動だにしない静夏が腕を組んで頷く。

「本人の罪悪感も自分たちなりの償いをしている間に小さくなっていくだろう。皆気にしていない……その言葉を本人が心から信じられるようになったら、その時は声をかけてあげてほしい」
「ええ、もちろんです」

 今はまだ早い。
 被害者数が多いこともあり、気を遣われていると余計に沈んでしまうだろう。
 しかし少しでも心に余裕ができたなら、その時はロンたちの声も本心からのものだと伝わるはずだ。
 早くその時が訪れますように、と伊織が心の中で祈ったと同時にロンが「あっ」と声を出した。

「皆さん、次の村が見えてきましたよ」

 ロンと犬たち越しに前を見る。
 白い雪原の向こうに建物の連なりがうっすらと見えた。屋根に雪が積もっているためシルエットはぼんやりとして見えるが、あれが次の目的地、そして中継地点だろう。

 不死鳥のいる火山まではまだ距離があるが、確実に近づいている。

 それを体感しながら伊織たち一行は雪の中に細い細い道刻んで進んでいった。
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