マッシヴ様のいうとおり

縁代まと

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第七章

第231話 ガキの妄言

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 不死鳥に滅ぼされた谷合の集落。
 その生き残りの一人である男性はバルタスという名で、村長の家からほど近い牢に入れられているという。

 地域によって牢の形式は様々だが、この近辺では通常の建物の内部を柵で区切ったものが一般的らしい。
 たしかに土牢や外に近いものでは囚人が凍え死んでしまいそうだ。そう思いながら伊織は静夏、バルド、ミュゲイラの三人と共に村長の許しを貰ってから面会へと向かっていた。
 全員で向かうのは憚られたため、残りのメンバーは物資調達に向かっている。

「オレに面会……?」

 年は五十前後だろうか。灰色の髪と鷲鼻が特徴的な男性、バルタスは億劫な様子でそう呟くと伊織たちを見た。
 静夏は一歩前に出て事の次第を説明する。
 するとバルタスは明らかに嫌そうな顔をした。

「魔獣のことならこないだ騎士団に嫌ってほど話した。もう放っておいてくれ」
「騎士団? 先に騎士団が来たのか」
「ああ。火山に向かったみたいだが……強力な魔獣だから一旦王都に戻って戦力を整えるって言ってそれっきりだ。きっと主戦力じゃない使いっ走り集団だったんだろうさ」

 どうせ負けて尻尾巻いて帰ったものの確実に魔獣を討伐できるような手練れがいないんだろ、とバルタスは小声で吐き捨てるように言う。
 そして静夏を頭の先から爪先まで見ると、今度はバルタスから質問した。

「……凄い筋肉だが筋肉信仰してる奴らの神官か何かか? お前らも討伐に向かったってきっと逃げてくることしかできねぇ。そんな奴らに記憶をほじくり返してまで話したくないんだよ」
「――そうか。バルタスにとっては辛い記憶、それを聞かせてもらうということは思い出させてしまうことと同義だな」

 だが情報は時として命綱になる。
 だからすぐには諦められない。まずは話しても良いと思える理由を作り示す、と静夏は言った。

「話しても良いなんて思えるはずが……」
「バルタス、先ほどそちらが言った神官というのは遠くはない。私の名はシズカ、この世界を守るべく旅をしている聖女だ」

 普段は静夏が自ら聖女と名乗ることは少ないが、これが一番早い自己紹介であることは自覚している。
 この地方まで来ると聖女マッシヴ様の噂はなかなか届いていないようだったが、バルタスは元盗賊。遠方へ出て情報収集することもあったらしいと村長が話していた。
 案の定、聖女マッシヴ様の噂も村人より知っているのか、バルタスは頭に疑問符を浮かべつつも一度も合わせていなかった視線を静夏の目に向ける。

「筋肉に……聖女……、聖女マッシヴ様?」
「耳にしたことがあったか」
「里が潰れる前に少し。だが一定の地域から離れないと聞いたぞ。なんで今更こんなところに?」

 伊織は申し訳なさげに視線を下げる。
 静夏が遠出できなかったのは、生まれてからずっと意識のない伊織がベタ村にいたからだ。

(母さんは僕が目覚めてしっかりとこの世界を学ぶまで守ってくれるつもりだった。それがなければ……)

 バルタスも、ロストーネッドのホーキンたちも故郷を失わなくて済んだかもしれない。
 ついそう考えたところでバルドが伊織の耳元に顔を寄せて小声で言った。

「あんまり変な気にし方するなよ、こいつもあいつらも罪を犯した。因果応報ってやつだ」
「うん……、でも今は」

 静夏は義理を通そうとしている。
 なら自分も義理を通したい。
 そう伊織はバルドに伝え、顔を上げてバルタスを見た。

「……母さんが一定の土地から離れられなかったのは僕のせいなんです」

 伊織、と静夏が小さく咎めたが伊織は言葉を続ける。
 転生のことまでは話せないが、つい最近まで自分の意思では動けず、そのため母親が傍を離れられなかったと伊織はバルタスに伝えた。

「僕が足止めしたせいで、もしかしたら里を救えたかもしれないのに……その可能性を潰しました。すみません」
「ん……なこと、謝っても意味ねえよ。間に合ってたところで勝てるはずないんだからな」
「母さんなら、母さんと僕たちなら勝ちます」

 きっぱりと。
 そう言い切った伊織をバルタスも静夏たちも見た。

「バルタスさん、多分ですけど……しばらく眠れてませんよね?」

 伊織はバルタスの目の下の隈を見遣る。
 顔色も会った時から良くはなかった。ずっと牢にいて外へ出ていないからだと伊織は思っていたが、きっとバルタスは逃げ延びてから満足に眠れていないのだ。
 眠れないほど、思い出したくないほど、話すことすら辛いほど、不死鳥のことがトラウマになっている。
 伊織はそれをわかった上で言った。

「バルタスさんの気持ちが少しでも楽になるように、僕たちが不死鳥をどうにかします。必ず。だからもう一度だけ情報をください」

 お願いします、と伊織は頭を下げた。
 虚をつかれた顔をしたバルタスは小さく唸る。

「お……お前らだって騎士団の連中みたく……」
「なりません」
「きっとヤバくなったらオレたちを見捨てて……」
「見捨てません」

 僕たちは諦めないです、と伊織はバルタスを真っ直ぐ見ながら言う。それは本心からのもので、無謀にしか思えないというのに――ほんの少し、バルタスの心に染み込んだ。
「……」
 バルタスは俯く。
 しかし一蹴はせず、それはどちらかといえば何かを思い出そうとしているようだった。

「……ガキの妄言にしちゃ大きすぎるな。だが……」

 ゆっくりと顔を上げ、バルタスは自ら伊織を見る。

「それだけ大口叩くんなら一回だけ信じてやる。けどもし逃げたらオレがどこまでも追いかけて無理やりにでも約束を守らせるからな」

 恐ろしいからこそ脅すのだろう。
 その気持ちが少しでも軽くなればいい、と思いながら伊織は頷いた。
 バルタスは「頷きやがって」と悪態をつきつつも座り直し、そして言った。

「いいぜ、オレが見た範囲のことだけだが話してやる。一度しか言わないからよく聞け」

 強がった言葉に反して、吸い込む息は震えている。
 そのままバルタスは話し始めた。
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