いつから魔力がないと錯覚していた!?

犬丸まお

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恐怖の体験

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「お二人とも、とても素敵ですわ!」
 アウローラ嬢は手を合わせると、目を輝かせた。
 今日の俺はパーシヴァルとお揃いの白い正装をしている。肌触りがめちゃくちゃ良くて、ジャケットの襟や裾にはこれまた繊細で複雑な刺繍が銀糸で入れられている。釦は金色で襟元を飾る宝石は互いの瞳の色だ。以前作ってもらった対の服のような派手さはないけれど、とんでもなく上質だってことは俺にもわかる。なにしろ、アデライン夫人がもの凄くこだわって生地を決めていた。要するに、派手にはできないが、侮られることがないようにという気合が、ここに込められているんだろう。生地選びも、採寸も、とにかく時間がかかったもんな。
 衣装を決めたあの日を思い出して、俺は若干遠い目になる。本当に朝から夕方まで、俺はサイズを測られて布を当てられるだけの人形と化していた。
「ありがとう。アウローラ嬢も素敵な装いだね。さながら菫の精霊みたいだ」
 今日のアウローラは、瞳の色に合わせたシンプルな淡い紫色のドレスにアメジストの髪飾りをつけている。主役の俺たちよりも目立たないように配慮した衣装だろうけど、地の輝きは隠せないよな。
「まぁ、サフィラス様、ありがとうございます。お二人もとても素敵ですわ。さすがヴァンダーウォール辺境伯夫人のお見立てです。本日の主役に相応しい装いですわね。きっと皆様もお二人に釘付けに違いありません」
 主役かぁ……俺はチラッと隣に立つパーシヴァルに視線を向ける。
 パーシヴァルは背が高いし、顔はいいし、スッとして姿勢もいい。白い服と金髪も輝いている。
「……太陽の騎士」
 その二つ名を裏切らない姿に思わず呟けば、パーシヴァルが表情を緩めた。
「ならば今日のサフィラスは、さながら月光の精霊だな」
「っ!」
 げ、ゲッコー!?  それはまた新しいな!
「本当ですわね。太陽と月、まさに今のお二人を例えるのにぴったりな言葉ですわ」
 2人は和やかな笑みを浮かべているけれど、俺は恥ずかしすぎてなんだか背中がむずむずしだしたぞ。

 俺の背中がむずむずしたまま、お披露目の会は和やかにはじまった。俺の後見人である公爵夫妻と、パーシヴァルのご両親である辺境伯夫妻に挟まれ、俺たちの婚約が少し前に成されていたことが集まった貴族たちに伝えられる。ここに集まっているのは、両家に親しいか、あるいは幾許かの関わりがる伯爵以上の爵位を持った人たちだそうだ。
 概ね温かい雰囲気で祝福され、辺境伯家や公爵家と親しい人たちから俺たちのところに挨拶にやってくる。俺は例によって笑顔で突っ立っているだけで、ほとんどパーシヴァルが1人で挨拶した。俺がまともに話したのは、ディランさんとこの場に参加しているクラスメイト、それからお茶会のご令嬢たちくらい。
 ついでに言うと、この会にはメルキオール王太子殿下の最側近も出席している。さすがに本人は来られないけれど、これは王家も認める婚約ですよーと暗に伝えているわけだ。彼が出席する意味を正しく理解した貴族はそれだけで余計なことは慎むらしいけど、中には理解しながらも別に横槍を入れちゃダメだって言われたわけじゃないし、より利益のある家と縁を結ぶならそれに越したことはないでしょう、と解釈する貴族もいるらしい。その場合の利益は、俺の魔力を受け継ぐ子を残すということらしい。でも、俺の魔力は血じゃないから、そこは期待できないところだ。
 いつ終わるのかわからない挨拶に飽きてきた俺の意識は、今や料理や飲み物が用意されているテーブルに向かっている。当然肉はあるよな。他には何が並んでるんだろう? まさか、料理が無くなっちゃったりはしないよね……? そろそろあっちに行きたいんだけど、まだ客人の挨拶は続いているみたいだし、勝手にこの場を離れるのはさすがにまずいよなぁ。
「パーシィ、ここはわたくしたちに任せて。サフィをあちらのテーブルに案内してあげても大丈夫よ」
 アデライン夫人が、そっとパーシヴァルに告げる。すっかり気もそぞろになってソワソワしていたのが、アデライン夫人にはバレていたようだ。
「すみませんが、お願いします。サフィラス、行こう」
「うん」
 みんなに笑顔で送り出されて些か気恥ずかしい気もするが、俺はようやく料理のテーブルを前にできたので悔いはない。どれこれも美味しそうだ。さて、一体どこから手をつけるかな?
「サフィラス様、初めまして」
 俺が料理を前に悩んでいれば、ご令嬢の1人に挨拶をされた。それをきっかけに、数人の子息令嬢が集まってきた。
 いや、待て、待て、集まられたら料理が選べないじゃないか!
「申し訳ない、サフィラスは少々疲れている。挨拶は控えてもらえないだろうか?」
「パーシヴァル様、サフィラス様、お待たせいたしました。休憩のお部屋が整いましたわ。お二人とも、こちらへ。みなさま、申し訳ございません。失礼いたしますわね」
 まるで示し合わせたかのようにアウローラ嬢が現れ、俺とパーシヴァルは流れるように会場から連れ出される。
「え? え?」
 え? いや、俺は別に疲れていないけど? っていうか、料理は?
「ご安心くださいませ。ゆっくりお料理を召し上がっていただけるように、こちらにご用意しております」
 案内された別室には、会場に並んでいた料理と同じものが用意されていた。
「おお!」
「我が家の料理人が腕を振るいましたのよ。是非とも、心ゆくまでご堪能くださいませ」
「ありがたいけど、いいの?」
「大丈夫だ。わかりやすく近づいてくる者たちは、親に言われて声をかけてきている。あの場で相手をする必要はない」
 要するに、横槍を入れて来いと言われたわけか。彼らも大変だな。
 どうやらこうなることを見越して、あらかじめ別室を用意してくれていたらしい。
 ともあれ、両家の気遣いのおかげで、心置きなく料理を楽しむことができた。料理はどれも美味しいし、デザートも何種類もあって、控えめに言っても最高のお披露目だった。



「サフィラス様! こちらにいらっしゃいましたのね」
「はい?」
 無事お披露目も終えて、俺が新しく見つけた杖回しの練習場所で新技を開発していると、全く面識のないご令嬢に声をかけられた。
 っていうかこのお嬢さん、なんでこんなところにいるんだ? しかも、友人も供も連れずに1人だ。
 俺がいる場所は第四寮棟の裏。全く日も当たらないような若干薄暗いところ。普通はこんなところに人は来ない。そんな場所にご令嬢がたった1人でくるとか、ありえないだろう。
 それに「やはり」って俺がここで杖を振っていることを知っているのは、パーシヴァルだけだ。このご令嬢は、なんで俺がここで杖を振っていることを知っているんだ?
「わたくし、クレメンティ侯爵家のグレース・エドモンと申します。先日、婚約のお披露目の際にご挨拶できませんでしたので、改めてご挨拶させて頂きたいと思いまして、お声を掛けさせて頂きましたのよ」
「……そりゃぁ、わざわざどうも」
 本当に、なんでわざわざこんな人のいない日陰で俺は挨拶されているんだ? 別に今じゃなくても、声をかける機会はいくらでもあっただろう。まるで、俺が1人になるタイミングを狙っていたかのようじゃないか?
「まぁ! それが噂のサフィラス様の杖ですのね! なんて素敵なんでしょう! よく見せてくださいませ!」
 ご令嬢が突然俺との距離を詰めてくる。咄嗟に後ろに下がろうとしたけれど、すでに杖を持っている俺の右手はご令嬢に両手で握られていた。その動きの素早いことにも驚いたが、貴族の令嬢が簡単に異性に触れてきたことにも驚く。
「……サフィラス様」
 ご令嬢は俺の手を握ったまま、下から覗き込むように俺と視線を合わせてくる。よからぬ気配を感じて、慌てて手を振り払おうとすれば、逆に強く腕を引かれ柔らかい感触が手に触れた。
「うぎゃーっ!」
 全身に怖気を走らせた俺は、叫びながら鍛錬場に転移すると剣を振るっているパーシヴァルに飛びついた。
「サフィラス!?」
「お、恐ろしいやつが来た! お、俺の手に、ふにゃって! な、なんか気持ち悪いものを押し当てて来た!」
 突然現れた俺がパーシヴァルにしがみついて喚いているので、周囲はざわついているがそれどころじゃない。俺はたった今、ものすごく恐ろしい目にあって来たんだぞ!
「サフィラス、落ち着くんだ。一体何があった?」
「れ、令嬢の姿をした、得体の知れないものが来たんだ!」
「……ひとまず寮に戻ろう。顔色が悪い」
 パーシヴァルはしがみついたまま離れない俺を軽々と横抱きにする。俺が混乱して、支離滅裂なことを喚いている間に、寮の俺の部屋運ばれていた。俺を寝台の端に座らせたパーシヴァルは、まずお茶を入れてくれた。レモネの香りがする熱いお茶を一口飲むと、ようやく怖気が治まる。
「落ち着いたか?」
「うん、もう大丈夫……ごめん、取り乱して」
 正直、体裁を保てるような状況じゃなかった。格好悪いが仕方がない。
「サフィラスがそんなに取り乱すなんて、一体どうしたんだ?」
 パーシヴァルが、俺と並んで寝台の端に腰掛ける。
 俺はさっき体験した恐ろしい出来事を、身振り手振りを交えてパーシヴァルに話した。
 いくら恋愛経験がない俺だって、女性と触れ合ったことぐらいある。場末の酒場に行けば、夜の誘いを目的に隣に座ってくる娘はいくらでもいるんだ。俺だって、そういう意味合いの誘いを受けたことがあるので、別に誘い自体に驚いたわけじゃない。いや、貴族のご令嬢が自らの胸を触らせるなんてことには驚くけど。とにかく、あの気持ち悪さは普通じゃなかったんだ。得体の知れな気味悪さがあった。
「相手は誰だかわかるか?」
「……確か、クレメンティとかなんとか?」
「クレメンティ侯爵家のご令嬢か。あの家は魔法貴族だ。サフィラスの魔力は、喉から手が出るほど欲しいだろう。おそらくは、サフィラスに責任を取らせるような状況を作り、令嬢と婚姻を結ばせるつもりだったのかも知れない」
「うげぇ、最悪だな……」
 パーシヴァルの言っていた心配の意味がようやくわかった。これからはもっと注意しないと、何をされるかわかったもんじゃない。これはうっかりすると、冒険者時代よりも危険なんじゃないか?
 それにしても、まだ右手に気持ち悪い感触が残ってる。消えない不快感を拭い取ろうと、制服のズボンに擦り付けていれば、その手をパーシヴァルに握られた。
「不快なら、俺が消そう」
「へっ!?」
 パーシヴァルの唇が、俺の指先や手の甲に幾度も触れた。そっと押し当てあられる柔らかな感触に身体中の力が抜けそうになる。
「……不快感は消えたか?」
「き、消えました……」



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