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16:昔話
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「師団長、さっきの子供ですが……あの子は一体何者ですか?」
「…………」
つい先刻、フヨウを散々怯えさせた男が困惑したように問う。
騎士のように体の大きなこの男は、嘗てアラスターの補佐をしていた男で、名はサイラス・ノースブルックという。
比較的細身の者が多い魔法士師団に於いて、彼のような体格の男は珍しい。魔法士師団の中でも彼を知らない新人から騎士団の人間だと間違われることもあるが、れっきとした魔法士だ。
「まさか…………エヴァンス卿のご子息ですか?」
「…………だとしたら、キーランが6歳の時の子供だということになるな」
「いや、なんと………まだ十代そこそこかと思っておりました」
「だとしても、10歳そこらの時の子供だな」
「そう、ですか……あまりにも似ておりましたので、」
サイラスはキーランのことをよく知っている。何しろ、アラスターはキーランを片時も側から離さなかったのだ。魔法士師団本部内で、キーランの事を知らない者はいなかった。特に、サイラスは補佐としてアラスターの近くにいることが多く、キーランとはよく顔を合わせていた。
確かに、フヨウは誤魔化しようがないほどにキーランに似ている。何しろ、本人なのだから当然だ。
だが、それをわざわざ教えるつもりはない。キーランは腐竜討伐で、確かに命を落とした。間違っても、都合よく戻って来たと思われたくない。
「彼について話すことはない………で、お前は突然やって来て、何の用だ?」
「副師団長が心配しておりましたので、様子を見に参りました」
「何度来ても無駄だ。俺は魔法士師団に復帰はしない。俺の全てを奪っておいて、これ以上何を求める?」
「いえ。それは重々承知しております………ただ副師団長は心配しておられました。すっかり屋敷に閉じこもっていらっしゃると聞き及び、様子を見てこいと」
「……ふん、余計な世話だな」
アラスターは自分が魔法士師団長に叙任された時に、強引にキーランを王都に呼んだ。
本来ならば、魔法の塔の後継として大賢者の元にいるはずだったのだ。
もし、自分がキーランを王都に呼び寄せさえしなければ、彼が腐竜の前に倒れる事はなかった。
_まぁ、キーランがいなければ、呪いでこの国は終わってただろうがな_
腐竜の最後の呪いをまともに受けていれば、アラスターといえど消し飛んでいた。そして、瘴気のような呪いは国を覆い、生きとし生けるものの命を奪い腐らせる。
呪いの残滓だ、世界を覆い尽くすほどの力はなくとも、この国を滅ぼすくらいならできただろう。
ふと、今頃になって魔法の塔の大賢者を思い出す。
弟子の訃報を聞いて、師匠は一体何を思っただろうか。
幼少の頃からアラスターは魔力が強く。その力を些か持て余し気味だった。なまじ優秀であったため、周囲に対し不遜な態度を取ることも多く、母親も兄もアラスターには随分と手を焼いていたのだ。
頭を悩ませたアラスターの父、グリンデルバルド侯爵は、その魔法の才能を活かせるようにと、十二歳になったアラスターを大賢者の元へ修行に出した。
キーランと出会ったのは、その時だ。
大賢者の兄弟子として紹介されたキーランは当時六歳。六つ歳上のアラスターよりもずっと大人びていた。
キーランは三歳の時に、戦火によって両親を失い、荒野を彷徨っていた処を大賢者に拾われたのだという。当時のキーランは言葉もほとんど喋れず、自分の名前さえも解らなかったそうだ。全てを失った幼い子供に、キーランという名を与えたのは大賢者だった。
幼い頃から大賢者の側で弟子として過ごしていたキーランは、殆どの事は自分で出来てしまう。その上、中級程度の魔法は難なく使いこなしていた。そんなキーランは自分の能力に傲ることなく、どこまでも謙虚だった。
それまで自分は優秀だと思い込んでいたアラスターは、頭をガツンと殴られた気分だった。少しばかり魔法が使えるからと、周囲に対し見下すような態度をとっていたことが恥ずかしくなった。
程の良い厄介払いをされたと、弟子に出された事に反発心を抱いていたアラスターだったが、キーランという兄弟子に出会い、考えを改めた。
自分はまだまだ学ぶべき事がある。今のまま、ただ強いだけの魔力に胡座をかいていては、そう遠くない未来には傲慢な役立たずとなるだろう。
心を改めたものの、貴族として不足なく生活していたアラスターは、慣れない暮らしに苦労をすることになった。
大賢者の教えは実に簡単だった。平常心であれ、ただそれだけだ。心が乱れれば、魔法も乱れる。薪割りも洗濯も、日常の活動全てが鍛錬となった。
しかし、自分よりも幼いキーランが当たり前のようにやっている事を出来ないとは言えない。拙いながらも見よう見まねで、身の回りのことや、割り振られた家事こなす。好奇心が旺盛で順応性が高かったアラスターは、ひと月もすると塔での暮らしにすっかり慣れてしまった。
王都から遠く離れた森に聳える魔法塔での暮らしは悪くなく、寧ろ、奔放だったアラスターには、口うるさい保護者がいない、のびのびとできる過ごしやすい環境だった。
何より、キーランとお互いの技を研鑽する日々は、とても楽しかったのだ。
普段は、大賢者とアラスターとキーランの三人だけで修行をしているが、そこに時折大賢者の客が加わる。
魔法の塔には、気まぐれにやってくる騎士崩れの冒険者がいた。
彼は大賢者から塔での滞在を許されていて、旅の途中にふらりと立ち寄り、長い時には数ヶ月居座る。その冒険者からキーランは剣の稽古をつけて貰っていた。アラスターも一緒に剣を習ったけれど、身のこなしも太刀筋もキーランにはとても敵わない。更にキーランは、打ち込みの弱さを魔力で補ってくる。早くも魔法剣士としての頭角を現していた。
アラスターは悔しさにムキにもなったが、大賢者は、人にはその身にあった役割が在るのだと笑った。
体の大きな冒険者に対し、流れるような身のこなしで打ち込んでゆくキーランを見ているうちに、確かにその通りだと思った。
それからは、剣の道は早々に諦め、一層魔法の研鑽に励んだ。剣が不向きなら、魔法を極めればいいのだ。
魔法の塔での日々はあっという間に過ぎ去り、アラスターが十八になった年に、父親から手紙が届いた。
魔法士師団に出仕しろとの内容だったが、魔法の塔に残るつもりだったアラスターは当然その手紙を無視した。
「…………」
つい先刻、フヨウを散々怯えさせた男が困惑したように問う。
騎士のように体の大きなこの男は、嘗てアラスターの補佐をしていた男で、名はサイラス・ノースブルックという。
比較的細身の者が多い魔法士師団に於いて、彼のような体格の男は珍しい。魔法士師団の中でも彼を知らない新人から騎士団の人間だと間違われることもあるが、れっきとした魔法士だ。
「まさか…………エヴァンス卿のご子息ですか?」
「…………だとしたら、キーランが6歳の時の子供だということになるな」
「いや、なんと………まだ十代そこそこかと思っておりました」
「だとしても、10歳そこらの時の子供だな」
「そう、ですか……あまりにも似ておりましたので、」
サイラスはキーランのことをよく知っている。何しろ、アラスターはキーランを片時も側から離さなかったのだ。魔法士師団本部内で、キーランの事を知らない者はいなかった。特に、サイラスは補佐としてアラスターの近くにいることが多く、キーランとはよく顔を合わせていた。
確かに、フヨウは誤魔化しようがないほどにキーランに似ている。何しろ、本人なのだから当然だ。
だが、それをわざわざ教えるつもりはない。キーランは腐竜討伐で、確かに命を落とした。間違っても、都合よく戻って来たと思われたくない。
「彼について話すことはない………で、お前は突然やって来て、何の用だ?」
「副師団長が心配しておりましたので、様子を見に参りました」
「何度来ても無駄だ。俺は魔法士師団に復帰はしない。俺の全てを奪っておいて、これ以上何を求める?」
「いえ。それは重々承知しております………ただ副師団長は心配しておられました。すっかり屋敷に閉じこもっていらっしゃると聞き及び、様子を見てこいと」
「……ふん、余計な世話だな」
アラスターは自分が魔法士師団長に叙任された時に、強引にキーランを王都に呼んだ。
本来ならば、魔法の塔の後継として大賢者の元にいるはずだったのだ。
もし、自分がキーランを王都に呼び寄せさえしなければ、彼が腐竜の前に倒れる事はなかった。
_まぁ、キーランがいなければ、呪いでこの国は終わってただろうがな_
腐竜の最後の呪いをまともに受けていれば、アラスターといえど消し飛んでいた。そして、瘴気のような呪いは国を覆い、生きとし生けるものの命を奪い腐らせる。
呪いの残滓だ、世界を覆い尽くすほどの力はなくとも、この国を滅ぼすくらいならできただろう。
ふと、今頃になって魔法の塔の大賢者を思い出す。
弟子の訃報を聞いて、師匠は一体何を思っただろうか。
幼少の頃からアラスターは魔力が強く。その力を些か持て余し気味だった。なまじ優秀であったため、周囲に対し不遜な態度を取ることも多く、母親も兄もアラスターには随分と手を焼いていたのだ。
頭を悩ませたアラスターの父、グリンデルバルド侯爵は、その魔法の才能を活かせるようにと、十二歳になったアラスターを大賢者の元へ修行に出した。
キーランと出会ったのは、その時だ。
大賢者の兄弟子として紹介されたキーランは当時六歳。六つ歳上のアラスターよりもずっと大人びていた。
キーランは三歳の時に、戦火によって両親を失い、荒野を彷徨っていた処を大賢者に拾われたのだという。当時のキーランは言葉もほとんど喋れず、自分の名前さえも解らなかったそうだ。全てを失った幼い子供に、キーランという名を与えたのは大賢者だった。
幼い頃から大賢者の側で弟子として過ごしていたキーランは、殆どの事は自分で出来てしまう。その上、中級程度の魔法は難なく使いこなしていた。そんなキーランは自分の能力に傲ることなく、どこまでも謙虚だった。
それまで自分は優秀だと思い込んでいたアラスターは、頭をガツンと殴られた気分だった。少しばかり魔法が使えるからと、周囲に対し見下すような態度をとっていたことが恥ずかしくなった。
程の良い厄介払いをされたと、弟子に出された事に反発心を抱いていたアラスターだったが、キーランという兄弟子に出会い、考えを改めた。
自分はまだまだ学ぶべき事がある。今のまま、ただ強いだけの魔力に胡座をかいていては、そう遠くない未来には傲慢な役立たずとなるだろう。
心を改めたものの、貴族として不足なく生活していたアラスターは、慣れない暮らしに苦労をすることになった。
大賢者の教えは実に簡単だった。平常心であれ、ただそれだけだ。心が乱れれば、魔法も乱れる。薪割りも洗濯も、日常の活動全てが鍛錬となった。
しかし、自分よりも幼いキーランが当たり前のようにやっている事を出来ないとは言えない。拙いながらも見よう見まねで、身の回りのことや、割り振られた家事こなす。好奇心が旺盛で順応性が高かったアラスターは、ひと月もすると塔での暮らしにすっかり慣れてしまった。
王都から遠く離れた森に聳える魔法塔での暮らしは悪くなく、寧ろ、奔放だったアラスターには、口うるさい保護者がいない、のびのびとできる過ごしやすい環境だった。
何より、キーランとお互いの技を研鑽する日々は、とても楽しかったのだ。
普段は、大賢者とアラスターとキーランの三人だけで修行をしているが、そこに時折大賢者の客が加わる。
魔法の塔には、気まぐれにやってくる騎士崩れの冒険者がいた。
彼は大賢者から塔での滞在を許されていて、旅の途中にふらりと立ち寄り、長い時には数ヶ月居座る。その冒険者からキーランは剣の稽古をつけて貰っていた。アラスターも一緒に剣を習ったけれど、身のこなしも太刀筋もキーランにはとても敵わない。更にキーランは、打ち込みの弱さを魔力で補ってくる。早くも魔法剣士としての頭角を現していた。
アラスターは悔しさにムキにもなったが、大賢者は、人にはその身にあった役割が在るのだと笑った。
体の大きな冒険者に対し、流れるような身のこなしで打ち込んでゆくキーランを見ているうちに、確かにその通りだと思った。
それからは、剣の道は早々に諦め、一層魔法の研鑽に励んだ。剣が不向きなら、魔法を極めればいいのだ。
魔法の塔での日々はあっという間に過ぎ去り、アラスターが十八になった年に、父親から手紙が届いた。
魔法士師団に出仕しろとの内容だったが、魔法の塔に残るつもりだったアラスターは当然その手紙を無視した。
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