彼の素顔は誰も知らない

めーぷる

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第六章 二人の距離感

48.うなされていた訳

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 リューの珍しい柔らかい表情に見惚れてしまう。
 僕のことはいつもこの表情で見て欲しいと思うと同時に、他の人にはして欲しくない思いに駆られる。

 (リューは無意識なのか? 少しずつ僕に慣れてくれてるのかもしれないが……全く、僕と来たら。どれだけ独占したいのやら)

 僕も自身を引き抜いて、一緒に達していたリューの身体を拭いて簡単な処理だけするとリューの隣に寝転がる。
 リューも気怠そうな視線だけを僕へと向けた。

「さて、僕が勝ったからリューの話を聞かせてもらおうか」

 僕が笑んで言うと、リューが身体を僕の方へと律儀に向けて短く息を吐き出した。

「理不尽な気がするが……仕方ない」

 言いづらいことなのか、暫しの沈黙が流れるがそんなのはいつものことだ。
 リューは基本的に喋らないのだから、いくらでも待てる。
 とはいえ、僕が寝落ちしてしまう前には言ってほしいのだが……。

 静かにリューを見つめていると、ゆっくりと目を閉じて。
 何かを思案してから僕にしっかりと視線を合わせて口を開いた。

「昔いた教会で、訓練の一環として行われていたことがある。それの後遺症……だと思う。自分でも無意識化のことだから分からないが、ギルド長にも定期的にうなされていたと言われた」
「教会でって……暗殺者アサシンの?」
「あぁ。無能なものは生き残れない世界だからな。罠にかかった時の脱出訓練として、生き埋めにされてからの脱出、というものがあった」
「は……? 生き埋めって……」

 淡々と言うようなことでもない。
 生き埋めとは、文字通りのことなのだろうけれど。

 僕の体温が急速に下がっていくのを感じる。

「掘られた穴の中に入って、上からひたすら砂をかけられる。身体のほぼ全てが埋まったところから脱出を始める。空気穴は多少あるが、もがけばもがくほど砂に埋まっていく。自分で呼吸を確保して持てる技術を駆使して脱出しなければならない。焦れば待つのは死だ」
「そんなことを……いつから……?」
「確か十二、三歳くらいか。初めは全身を埋める訳ではないが、教える側が必死に泣き叫ぶ姿を面白がることがある。そうすると……何人かは犠牲になる」
「子どものうちにそんな恐ろしいことを体験しているだなんて……」

 リューの表情は無表情で変わらない。さも普通のことのように話す。

 (その頃の僕は……何をしていただろうか……?)

「まず道具を渡される。それを上手く使うことができれば脱出は可能だ。一度説明があるからそれを記憶していれば助かる。初めは死にかけたが、何度かやるうちに慣れた。慣れると今度は土砂でも始める」
「慣れたって……」
「慣れたはずだが、無意識化では恐怖感が残っている、のだろうな。情けないことだが」

 自嘲気味に笑むリューを見て、思わず両手を伸ばして抱きしめてしまった。
 そのまま鼓動を確かめるように頬を胸元に擦り寄せる。

「リューはもっと酷い目にもあっているのだろう? なのに、普通にしているから。誰も分からない。無愛想なヤツだなくらいで」
「この程度、俺だけではなく世の中に腐るほどいるだろう? お前がそこまで気にする理由が分からない。何か気になるのなら寝室を別に……」
「そういうことじゃなくて、それが普通だ、みたいな言い方をするから。普通ではないと思う。確かにギルドに来るヤツらは特殊だろうし何かしら抱えているヤツもいるが、リューほどなのは稀だろう。僕が世間知らずだとしても、過酷だ」

 僕が言い切ってリューを見上げると、納得できないのか眉を寄せた。
 それでも僕は伝えたくて言葉を紡ぐ。

「愛情なんて知らない、優しさなんて知らない、そういう殺伐とした世界でしか生きてきていないのなら……それはこう、なるよな。だけど、リューは。本当はそういうヤツじゃない」
「何を言っている……?」
「僕の我儘を聞いてくれるだろう? 理不尽なお願いも。そんなお人好しの癖して……」
「それはお前が持ちかけてくることをバディとして……」

 リューの答えを聞かずに、リューと唇を重ねる。
 何かを言おうとしても無視をして、今は唇を重ねていたかった。

 (僕も大概な人生だけれど、生死と隣合わせじゃない。ギルドにいればこれからも危険なことはたくさんあるだろう。それでも……)

「……ん、……ッ」
「……はぁ…リューが苦しかったら、いつでも力になるからさ。僕は内面を支えようと思う」
「……で、なぜ、話をさせずに……唇で塞ぐ必要が……」
「それは……内緒」

 意味が分からない、と言わずとも顔に書いてあるリューにまた笑う。
 隠し事が一つ聞けただけでも、前進なのだろう。
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