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ケンタウルスの亡霊

輝くは鬼火 (1)

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「ノエル、損害報告ダメージレポート
貨物扉カーゴドア被弾、機能しません」

 サイドモニターに、中途半端に閉じた状態の貨物扉カーゴドアが映る。ちらりと見て、四分の一ほど溶けてなくなっているのが判る。

「マジかよ、また婆さんにドヤされる」

 ノエルが演算した複数のコースが、メインモニターにワイヤーフレームで描き出された。ケントはその中から常に一番難しいコースを選び、『フランベルジュ』が小惑星帯アステロイドを駆け抜ける。
 微小な宇宙塵デブリが艦首の斥力場フィールドに弾き飛ばされるたび、青白い稲妻が外部装甲を叩きつける。

「クソが!」

 タッチパネルで航路を選択していたケントが、マニュアルで操船に割り込んだ。反応炉リアクターの出力任せに強力な斥力場フィールドを張り、遮二無二しゃにむに直進してくる相手に正攻法は通じない。

「マスター、ダメっ!」
 
 ノエルが文字通り悲鳴をあげた。

「行けるっ」

 スロットルレバーに並んだ五つのボタンに、四つのペダルをフルに使って姿勢制御。
 ケントはノエルの指示を無視して、二つ並んだ大型の小惑星の隙間に『フランベルジュ』をネジ込む。

 ギギギッ!

 嫌な音がして衝撃が走る。後部モニターに高揚力飛翔体リフティングボディ翼の端っこウィングレットがクルクル回りながら小さくなるのが映った。

「無茶苦茶です!」
「マトモにやってて、あんな最新鋭艦から逃げ切れるか!!」

 命がけですり抜けた小惑星が、後部モニターの中で小さくなる。

「どうだ、さすがに、これはやっただろ」

 そう言ってケントは大きく息をついた。正規軍のやることだ、無茶をするにしても限度はある。

「高熱源反応!」

 ノエルの声にケントはモニターを拡大する。隙間をすり抜けてきた二つの小惑星が、モニターの中で爆炎を上げると、はじけ飛んだ。

「無茶苦茶だな、おい!」

 星系軍のメルクリウス級高速戦艦は、全長で『フランベルジュ』の六倍以上ある。そんな大型の船体で小惑星帯アステロイドに突っ込んでくるだけでも、頭がイカれてるというのに、その上、トリガーハッピーとかマトモじゃない。

 電磁投射で撃ちだされた熱核弾頭ニュークで小惑星の隙間をこじ開けた『メルクリウス』が、荷電粒子砲に対空レーザー、CIWSまで動員して、花火大会のフィナーレよろしく盛大に宇宙塵デブリを吹き飛ばしながら、爆炎の中から姿を現した。

「マスター、ムリです。あんなのムリ、絶対ですっ!」
「俺もそう思う」

 気休め程度に残りのミサイルを後方に発射して、軽くなった機体をケントはさらに加速する。純粋な速度だけで言えば軽い分だけこちらが上だが、ああも強引にこられてはそのアドバンテージもたかが知れている。

「だったら、いいじゃないですか、もう荷物をあげちゃえば」
「そうも行かない理由があんだよ」

 そう言いながら、ケントは思い出す。十三年前のあの日、最後の六隻ラストシックスの一員として、最後の攻撃を仕掛けたあの日の事を。

「何ですか? お金ですか?」
「半分はな」

 停戦交渉を有利にする、そんな曖昧な理由で死地に飛び込んでいった仲間たちのことを。

「お金なんて、あっても死んじゃったら意味無いじゃないですか!」
「まあな」

 銃はハンサムなアンデルセンの形見だ、奴はいつだって不敵に笑ってた。

「残り半分は何なんですか? そんなに大事なものなんですか?」
「残り半分はな……男の意地だ」

 ああ、そうだセシリア、女のお前が、一番の意地っ張りだったっけ。

「意地? 何を言ってるんですかマスター?」

 混乱した様子のノエルに、ケントはベルトを外して立ち上がる。

「操船を任せる、十五分ほど逃げ回ってから、降伏信号を発信しろ」
「アイ・マスター、降伏するんですね?」

 AIの癖に、妙に安堵したノエルの声に、ケントは小さくため息をついた。

「いいか、ノエル、こういう時は降伏してもどうせ消される」
「何故です? そんなのおかしいです」
「それが人間だからだ」
「……」

 言葉に詰まるノエルに、ケントはニヤリと笑ってみせた。

     §

噴射装置付ブーストコンテナを開けてくれ」

 気密スーツにヘルメットを着けたケントは、貨物室カーゴベイいっぱいに収まっているコンテナの前でノエルに言う。四分の一ほど吹き飛ばされた貨物扉カーゴドアの隙間から閃光が見えるのは、気にしないことにした。

「了解」

 ケントがコンテナのハッチから離れるのを待って、ノエルがコンテナを開く。与圧されていたコンテナから勢い良く空気が吹き出し、人一人が通れるほどの扉が開いた。

「ほう」

 よくもまあ、これだけコンパクトにまとめたものだ……。初めて見る艦載型転送門シップド・ゲートにケントは感嘆の声を漏らした。
 『フランベルジュ』に積むには少々大きすぎるが、護衛駆逐艦か巡航艦なら十分に搭載できるだろう。いきなりワープアウトしてからの雷撃戦、本当にそれが出来るのだとしたら、この星系の歴史も変わっていたかもしれない。

「マスター、残り六分です」

 ノエルの声に我に返り、小脇に抱えた携帯端末を艦載型転送門シップド・ゲートに取り付ける。

「ノエル、起動出来るかやってみろ」
「アイ・マスター、自動診断機能ダイアグノシススタート」

 コンテナを通して電源が供給され、艦載型転送門シップド・ゲートに火が入る。

「動かせそうか?」
反応炉リアクターの反物質燃料は残り〇・三パーセント、起動時の負荷を考慮すると転送繭コクーンを形成しても、船ごと転移はできません」
「このコンテナ単体なら?」
「二〇〇キロメートルがせいぜいです」

 なるほど……、上手く行けば逃げられるかと思ったが、世の中そう甘くは無いということか。 

「マスター、指定の時間まで四分」
「ノエル、艦載型転送門シップド・ゲートの操作系を制圧、暖気アイドルしとけ、俺は戻る」
「アイ、通信を確保、制圧」

 ケントはあまりの速さに舌を巻いた。

「えらくザルだな、おい」
「セキュリティはSプラスですが、お父様の作品ですから、お話できます」
「クリスと同じか」
「ええ、ただこの子に意思はありません」

 意思か……と、ケントは小さくため息をついた。
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