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ケンタウルスの亡霊
輝くは鬼火 (2)
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「全通信帯を使って、降伏信号を発信し、機関出力絞ります」
「少々エンジンが傷んでもいい、いつでも逃げられるようにしとけ」
「アイ」
エネルギーチャンバー内にプラズマ化した推進剤を封じ込めるのは、後々の整備を考えると得策ではない。プラズマを電磁封鎖するのにバカほど電力を食う、だが、わずかばかりの勝率にかけたケント達は、経済性云々を言っている場合ではなかった。
「応答来ました、降伏受諾」
「通信回路開け」
「アイ……マスター?」
キュイン、とコンソールのカメラが小さく鳴って、ノエルがこちらを見ているのがわかった。
「どうしたノエル」
「死ぬときは一緒です」
「ああ、死ぬ気はねえよ」
ポン、と操縦桿を叩いてケントは笑ってみせる。
「こちらは、太陽系宇宙軍所属、戦艦『メリクリウス』、艦長のヒースコート大佐だ、貴艦の降伏を受諾する」
「そりゃどうも」
ぴしっとした制服を着込んだ、冷たい目の士官に、ケントはヘルメットを被ったまま応答した。なにもご丁寧にこちらの顔を見せてやることもない。
「先ほどの鉱山ギルドの長といい、どうも貴君らは礼儀という言葉を忘れたようだな」
「衣食が足りなきゃ、礼節なんてものは知ったことじゃないさ、大佐殿」
「なるほど、バカではないようだ」
大きなお世話だ。思いながらケントはちらりとコンソールを見る。艦載型転送門のシステムはオールグリーン、十三年も放ったらかしにしていたのに、大したものだ。
「バカで無いと認めてもらったついでに、交渉がしたい」
画面の中で、ヒースコート大佐が片手をあげた。
「高エネルギー反応!」
ノエルが悲鳴をあげた途端、『フランベルジュ』の右端を粒子砲のひらめきが抜けていった。脅しだと分かっていても、冷たい汗が背中を流れるのを感じる。
「落ち着けよ大佐、艦載型転送門は引き渡す」
「あたりまえだ」
「噴射装置付コンテナで、中間点へ射出する、勝手に回収すればいい」
「その間に逃げようというのかね、なかなか愉快な奴だ」
冷たい笑みを浮かべ、大佐が画面の向こうで笑う。
「こちらのチップは艦載型転送門、そっちのチップは俺達を逃がす可能性、悪くない取引だろう」
「この艦から逃げられると?」
「やってみるさ」
ケントの言葉にヒースコートが声をあげて笑った。
「よかろう、艦を止めたまえ。こちらも停船する、内火艇でコンテナのスキャンが終わるまで停戦してやろう」
「寛大さに感謝する。後部貨物ドアを切り離せ、コンテナ射出用意」
矢継ぎ早にノエルに命令をだしながら、ケントはパネルを叩き『フランベルジュ』の停船位置を相手に送信した。ゲームのコマでも置くように、二〇キロほどの相対距離を置いて、『メルクリウス』が船足を止めた。
「電磁投射でコンテナを射出、停止位置を送信」
「カウントダウン、三、二、一、射出」
画面の向こうで、大佐が冷たい笑みを浮かべている。……ケントとそう変わらない年齢で大佐殿とくれば、相当な手腕でここまで上りつめたのだろう。
「敵艦から内火艇の射出を確認」
ノエルの声に、ケントはメインスクリーンを見つめた。キーボードを通じて『メルクリウス』の座標とその場所の拡大図を表示させる。
「大佐、お願いついでに伝言を頼まれてくれないか」
「最期の言葉かね」
どこの艦も人間が作る以上、大幅にして構造は変わらない。図面を拡大して、流麗なデザインの高速戦艦の機関部付近をタッチするとノエルに座標を送る。
「ああ、そんなところだ」
「言って見たまえ」
トン、と操縦席に背を預け、ケントは小さく息を吸う。
「地獄で会おう、軍産複合体」
画面の向こうで大佐が目を剥くのと同時に、ケントはキーボードに指を叩きつけた。
「艦載型転送門、転送繭展開、転送」
恒星間転移門と同じ色の、だが、比べ物にならないほどの小さな青白い閃きを残して、コンテナが輝きを残して消え去る。
「貴様あ!」
通信を切る直前、通信機の向こうから大佐の甲高い絶叫が響いた。
「機関全開、逃げるぞ」
「アイ」
ケントの目論見通り、機関部の中心に艦載型転送門が実体化する。エンジンの内部に異物を放り込まれた『メリクリウス』が爆炎をあげた。
その炎を背に、封鎖突破船『フランベルジュ』が加速する。プラズマと水蒸気の尾を引き、星の海を一陣の彗星のように駆け抜けていった。
§
「まったくもって、ボロボロじゃな」
「……」
「まあ、そう凹むでない、生きて帰るとは思わなんだ、褒めてやろう」
戻ったと聞くや宇宙港まで出迎えに現れたスカーレットに、バンと尻を叩かれ、ケントはドッグに係留された『フランベルジュ』を見上げる。
「それで、仕事のほどは?」
「艦載型転送門なら、小惑星帯で星くずになってるさ」
「またタダ働きとは、お主の貧乏クジも、中々大したものじゃな」
……壊した分だけ借金が増えた……幸い、後部ハッチに翼端整流板と、安めの部品で済んだのが不幸中の幸いだ。
「それで、リシュリューにはどう説明するつもりじゃ?」
「ありのままに言うしかないだろ、前金返せといわれなきゃいいが」
「まあ、そこまでは言うまいよ」
少なくとも、軍産複合体の手に渡ることは防いだ、それだけでも十分な戦果と言えなくもない。
「で、あれはなんじゃ?」
緋色のドレスを翻し、放射線洗浄を終えて運ばれてくるコンテナをスカーレットが指差す。
「ああ、ケンタウルスⅡで貰ってきた土産だ。土壌栽培のリンゴだ」
「土壌栽培のリンゴ! 妾の分もあるんじゃろうな?」
「全部もってけばいい、俺じゃ売り先も、ルートもない」
子供のように喜ぶスカーレットに、ケントは笑う。
「ホントか? よし、なら船の修理代は妾が払ってやろう」
「ちょっ、スカーレット」
ぴょん、と跳ねるようにして抱きついてくるスカーレットを、ケントは受け止めると抱き上げる。
途端、コンテナを運んでいたフォークリフトが唸りをあげて、ケントめがけて突っ込んでくるのが目に入った。
ノエルだ……。
思うと同時に、ケントはスカーレットを下ろして背にかばう。護衛についてきたアンドロイドのリディが、短機関銃を携え駆け寄ってくるが、間に合わない。
すんでの所で急ブレーキをかけたフォークリフトから、コンテナがケントの目の前にゴロリと転がった。
「ノエル! いい加減にしないか」
通信機に向ってケントが怒鳴った、いくら何でもやりすぎだ。
「だって、だって」
通信機からノエルの声が帰ってくる。同時にコンテナの扉が弾けるように開き、大量のリンゴが転がり落ちてきた。
「「マスターのばか!!」」
通信機の声にシンクロして、開いたコンテナの中から声が響く。
ぽかん、と口を開けるケントの前に、リンゴの山をかき分けて、一人の少女が姿を現した。
「マスターのばか、変態、ロリコン!」
水色のショートボブに深い蒼色の瞳、クリスより見た目は二つほど下だろうか。間に割って入るように短機関銃を構えるリディを一挙動で投げ飛ばし、ケントの胸に少女が飛び込んでくる。
「ノエル?」
「はい!」
飛び込まれたので抱きとめた格好になった腕の中で、ノエルが上目遣いに見つめる。
「これは?」
「父様からのプレゼントです」
悪名高いオオカミめ……。
「撫でて下さい、約束しました」
「約束?」
「頭がついてたら、撫でて下さるって、約束しました!」
……そんな事を言った気がしないでもない……。期待を込めた眼差しを向けるノエルの水色の髪を、ケントは仕方ないと撫でてやる。
まあ、約束は約束だ。
「良かったのケントよ、タダ働きじゃのうて。しかし初陣でリディを投げ飛ばすとは中々のものじゃ」
背後で腹を抱えて笑うスカーレットが、集まってきた職員たちにリンゴを拾わせているのを眺めながら、ケントは足元にころがるリンゴを拾い上げ、袖でこすってから、一口かじった。
爽やかで甘酸っぱい香りが口いっぱいに広がってゆく。
生きてる。まあ、それだけでよしとしよう。
※ノエルの絵は、FAとして「蕗の下まほそ」先生からの頂き物です。
「少々エンジンが傷んでもいい、いつでも逃げられるようにしとけ」
「アイ」
エネルギーチャンバー内にプラズマ化した推進剤を封じ込めるのは、後々の整備を考えると得策ではない。プラズマを電磁封鎖するのにバカほど電力を食う、だが、わずかばかりの勝率にかけたケント達は、経済性云々を言っている場合ではなかった。
「応答来ました、降伏受諾」
「通信回路開け」
「アイ……マスター?」
キュイン、とコンソールのカメラが小さく鳴って、ノエルがこちらを見ているのがわかった。
「どうしたノエル」
「死ぬときは一緒です」
「ああ、死ぬ気はねえよ」
ポン、と操縦桿を叩いてケントは笑ってみせる。
「こちらは、太陽系宇宙軍所属、戦艦『メリクリウス』、艦長のヒースコート大佐だ、貴艦の降伏を受諾する」
「そりゃどうも」
ぴしっとした制服を着込んだ、冷たい目の士官に、ケントはヘルメットを被ったまま応答した。なにもご丁寧にこちらの顔を見せてやることもない。
「先ほどの鉱山ギルドの長といい、どうも貴君らは礼儀という言葉を忘れたようだな」
「衣食が足りなきゃ、礼節なんてものは知ったことじゃないさ、大佐殿」
「なるほど、バカではないようだ」
大きなお世話だ。思いながらケントはちらりとコンソールを見る。艦載型転送門のシステムはオールグリーン、十三年も放ったらかしにしていたのに、大したものだ。
「バカで無いと認めてもらったついでに、交渉がしたい」
画面の中で、ヒースコート大佐が片手をあげた。
「高エネルギー反応!」
ノエルが悲鳴をあげた途端、『フランベルジュ』の右端を粒子砲のひらめきが抜けていった。脅しだと分かっていても、冷たい汗が背中を流れるのを感じる。
「落ち着けよ大佐、艦載型転送門は引き渡す」
「あたりまえだ」
「噴射装置付コンテナで、中間点へ射出する、勝手に回収すればいい」
「その間に逃げようというのかね、なかなか愉快な奴だ」
冷たい笑みを浮かべ、大佐が画面の向こうで笑う。
「こちらのチップは艦載型転送門、そっちのチップは俺達を逃がす可能性、悪くない取引だろう」
「この艦から逃げられると?」
「やってみるさ」
ケントの言葉にヒースコートが声をあげて笑った。
「よかろう、艦を止めたまえ。こちらも停船する、内火艇でコンテナのスキャンが終わるまで停戦してやろう」
「寛大さに感謝する。後部貨物ドアを切り離せ、コンテナ射出用意」
矢継ぎ早にノエルに命令をだしながら、ケントはパネルを叩き『フランベルジュ』の停船位置を相手に送信した。ゲームのコマでも置くように、二〇キロほどの相対距離を置いて、『メルクリウス』が船足を止めた。
「電磁投射でコンテナを射出、停止位置を送信」
「カウントダウン、三、二、一、射出」
画面の向こうで、大佐が冷たい笑みを浮かべている。……ケントとそう変わらない年齢で大佐殿とくれば、相当な手腕でここまで上りつめたのだろう。
「敵艦から内火艇の射出を確認」
ノエルの声に、ケントはメインスクリーンを見つめた。キーボードを通じて『メルクリウス』の座標とその場所の拡大図を表示させる。
「大佐、お願いついでに伝言を頼まれてくれないか」
「最期の言葉かね」
どこの艦も人間が作る以上、大幅にして構造は変わらない。図面を拡大して、流麗なデザインの高速戦艦の機関部付近をタッチするとノエルに座標を送る。
「ああ、そんなところだ」
「言って見たまえ」
トン、と操縦席に背を預け、ケントは小さく息を吸う。
「地獄で会おう、軍産複合体」
画面の向こうで大佐が目を剥くのと同時に、ケントはキーボードに指を叩きつけた。
「艦載型転送門、転送繭展開、転送」
恒星間転移門と同じ色の、だが、比べ物にならないほどの小さな青白い閃きを残して、コンテナが輝きを残して消え去る。
「貴様あ!」
通信を切る直前、通信機の向こうから大佐の甲高い絶叫が響いた。
「機関全開、逃げるぞ」
「アイ」
ケントの目論見通り、機関部の中心に艦載型転送門が実体化する。エンジンの内部に異物を放り込まれた『メリクリウス』が爆炎をあげた。
その炎を背に、封鎖突破船『フランベルジュ』が加速する。プラズマと水蒸気の尾を引き、星の海を一陣の彗星のように駆け抜けていった。
§
「まったくもって、ボロボロじゃな」
「……」
「まあ、そう凹むでない、生きて帰るとは思わなんだ、褒めてやろう」
戻ったと聞くや宇宙港まで出迎えに現れたスカーレットに、バンと尻を叩かれ、ケントはドッグに係留された『フランベルジュ』を見上げる。
「それで、仕事のほどは?」
「艦載型転送門なら、小惑星帯で星くずになってるさ」
「またタダ働きとは、お主の貧乏クジも、中々大したものじゃな」
……壊した分だけ借金が増えた……幸い、後部ハッチに翼端整流板と、安めの部品で済んだのが不幸中の幸いだ。
「それで、リシュリューにはどう説明するつもりじゃ?」
「ありのままに言うしかないだろ、前金返せといわれなきゃいいが」
「まあ、そこまでは言うまいよ」
少なくとも、軍産複合体の手に渡ることは防いだ、それだけでも十分な戦果と言えなくもない。
「で、あれはなんじゃ?」
緋色のドレスを翻し、放射線洗浄を終えて運ばれてくるコンテナをスカーレットが指差す。
「ああ、ケンタウルスⅡで貰ってきた土産だ。土壌栽培のリンゴだ」
「土壌栽培のリンゴ! 妾の分もあるんじゃろうな?」
「全部もってけばいい、俺じゃ売り先も、ルートもない」
子供のように喜ぶスカーレットに、ケントは笑う。
「ホントか? よし、なら船の修理代は妾が払ってやろう」
「ちょっ、スカーレット」
ぴょん、と跳ねるようにして抱きついてくるスカーレットを、ケントは受け止めると抱き上げる。
途端、コンテナを運んでいたフォークリフトが唸りをあげて、ケントめがけて突っ込んでくるのが目に入った。
ノエルだ……。
思うと同時に、ケントはスカーレットを下ろして背にかばう。護衛についてきたアンドロイドのリディが、短機関銃を携え駆け寄ってくるが、間に合わない。
すんでの所で急ブレーキをかけたフォークリフトから、コンテナがケントの目の前にゴロリと転がった。
「ノエル! いい加減にしないか」
通信機に向ってケントが怒鳴った、いくら何でもやりすぎだ。
「だって、だって」
通信機からノエルの声が帰ってくる。同時にコンテナの扉が弾けるように開き、大量のリンゴが転がり落ちてきた。
「「マスターのばか!!」」
通信機の声にシンクロして、開いたコンテナの中から声が響く。
ぽかん、と口を開けるケントの前に、リンゴの山をかき分けて、一人の少女が姿を現した。
「マスターのばか、変態、ロリコン!」
水色のショートボブに深い蒼色の瞳、クリスより見た目は二つほど下だろうか。間に割って入るように短機関銃を構えるリディを一挙動で投げ飛ばし、ケントの胸に少女が飛び込んでくる。
「ノエル?」
「はい!」
飛び込まれたので抱きとめた格好になった腕の中で、ノエルが上目遣いに見つめる。
「これは?」
「父様からのプレゼントです」
悪名高いオオカミめ……。
「撫でて下さい、約束しました」
「約束?」
「頭がついてたら、撫でて下さるって、約束しました!」
……そんな事を言った気がしないでもない……。期待を込めた眼差しを向けるノエルの水色の髪を、ケントは仕方ないと撫でてやる。
まあ、約束は約束だ。
「良かったのケントよ、タダ働きじゃのうて。しかし初陣でリディを投げ飛ばすとは中々のものじゃ」
背後で腹を抱えて笑うスカーレットが、集まってきた職員たちにリンゴを拾わせているのを眺めながら、ケントは足元にころがるリンゴを拾い上げ、袖でこすってから、一口かじった。
爽やかで甘酸っぱい香りが口いっぱいに広がってゆく。
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