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最後の六隻
奮い立つは若鳥 (2)
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「そんな理由で志願したの?」
暖かで心地よい光を届ける太陽灯と落ち着く草いきれ。ケントの作業ジャケットを敷物代わりにピクニックと決め込んだシェリルが、焼き立てのワッフルを頬張りながら、あきれた顔でそういった。
「そうだな、今考えれば若かったんだろう。いくら働いても食うに困る生活には、嫌気がさしていたしな」
「そうね……あの戦争のあと、ご飯だけはちゃんと食べられるようになったかも」
合成かどうかはさておき、たっぷりとアプリコットジャムの塗られたワッフルを見つめてシェリルが言う。
「そうだな」
戦後、ケンタウリ星系の自治を認めた太陽系統合政府は、独立戦争のきっかけとなった貧困への対策という名目で貿易額を増やした。
特に食料に関しては、戦争前の三割安、太陽系の火星圏と同額程度のレートで固定としたので食糧事情は劇的に改善されてはいる。
「ヒモつきでも、飯が食えるようになっただけ、いいかもしれない」
「それで、どうだったの? 軍隊生活は?」
「軍隊か……あれが軍隊とよべるほど立派なものだったかどうか」
§
ケンタウルスⅧの暴動に端を発して独立への機運は一気に高まり、ケンタウリ星系に独立政府が樹立、統合政府に独立宣言をしてから三か月が経とうとしていた。
統合政府はこれを反乱とみなし、最初の衝突があったβケンタウリ宙域にあるケンタウルスⅧの暴動を流血を持って制圧、辺境方面軍の重巡洋艦一隻と、駆逐艦二隻を防衛に当て、立てこもっていた。
「以上が『タラント作戦』の概要である。決行は八時間後だ、解散」
海賊相手の取締官として、軍警でフリゲートに乗っていたという飛行隊長の説明に、みながざわめく。
「おい、ケント聞いたか?」
「ああ、正気の沙汰じゃねえな、宙域がクリアな保証があるわけもないし」
「まあ、奴らに一発食らわせるってなら、これしかないだろうが……」
人口だけでみても六十倍以上の国力差がある状態だ。ケンタウリ独立政府も武装闘争での勝利などという、子供じみた夢を見たわけではない。
ケンタウリ星系の安い労働力を背景にした、地球圏の半値という格安の鉱物資源、その輸出が止まれば太陽系の経済は混乱をきたす。
太陽系の住民が、急騰する物価に不満の声を上げ、ならば自治などくれてやれと言うまで制圧されない事、それが独立政府の勝利条件だ。
「上の奴らもうまいこと考えたもんだ。この星域にある転送門《ゲート》はケンタウルスⅢにある一基かぎりだ、これを壊さずに手に入れなけりゃ増援に来た船は帰れない」
「ああ、俺達がヤケを起こして転送門《ゲート》を壊そうものなら、向こう二十年はこっちに来た連中は帰れないだろうからな」
ストローからズズズと品のない音をたて、空っぽのプラカップからコーラをすするアンデルセンに、ケントはうなずく。
「おまけにジャンプアウト宙域はケンタウルスⅤの周辺しか、まともに整備をしちゃいない、向こうからやってくる敵に関しては、決まった穴に頭を出したモグラを叩けばいい、なかなかの寸法ってわけだ」
現状、太陽系にある転送門《ゲート》は三基だ。小型船舶ならともかく、巡洋艦や航宙母艦などは質量が大きすぎるので、それぞれ二時間に一隻づつ送り込むのがやっとだろう。
さらに、この星域でワープアウト領域として完全に清掃済みなのは、ケンタウルスⅤを中心とする半径七〇〇キロの球体内だけだ。
「事故で船一隻、乗組員一〇〇人、それを無くすのを頭に入れて、清掃済みじゃない宙域にジャンプさせる勇気が統合政府にあると思うか? ケント」
「どうだろうな、向こうの政治家がうちの連中よりボンクラなのを願うしかない」
そう言ってケントは立ち上がり、ブリーフィングルームを後にする。
巨大コンテナ船を改造した仮装空母『ラファイエット』を、ケンタウルスⅧの直近にジャンプさせ、艦載機で敵艦隊への奇襲攻撃。
――なるほど、リスクはある。実にバカバカしい一手だ。だが……気に入った。
飛行隊長の説明を思い出して、ケントはニヤリと笑った。
暖かで心地よい光を届ける太陽灯と落ち着く草いきれ。ケントの作業ジャケットを敷物代わりにピクニックと決め込んだシェリルが、焼き立てのワッフルを頬張りながら、あきれた顔でそういった。
「そうだな、今考えれば若かったんだろう。いくら働いても食うに困る生活には、嫌気がさしていたしな」
「そうね……あの戦争のあと、ご飯だけはちゃんと食べられるようになったかも」
合成かどうかはさておき、たっぷりとアプリコットジャムの塗られたワッフルを見つめてシェリルが言う。
「そうだな」
戦後、ケンタウリ星系の自治を認めた太陽系統合政府は、独立戦争のきっかけとなった貧困への対策という名目で貿易額を増やした。
特に食料に関しては、戦争前の三割安、太陽系の火星圏と同額程度のレートで固定としたので食糧事情は劇的に改善されてはいる。
「ヒモつきでも、飯が食えるようになっただけ、いいかもしれない」
「それで、どうだったの? 軍隊生活は?」
「軍隊か……あれが軍隊とよべるほど立派なものだったかどうか」
§
ケンタウルスⅧの暴動に端を発して独立への機運は一気に高まり、ケンタウリ星系に独立政府が樹立、統合政府に独立宣言をしてから三か月が経とうとしていた。
統合政府はこれを反乱とみなし、最初の衝突があったβケンタウリ宙域にあるケンタウルスⅧの暴動を流血を持って制圧、辺境方面軍の重巡洋艦一隻と、駆逐艦二隻を防衛に当て、立てこもっていた。
「以上が『タラント作戦』の概要である。決行は八時間後だ、解散」
海賊相手の取締官として、軍警でフリゲートに乗っていたという飛行隊長の説明に、みながざわめく。
「おい、ケント聞いたか?」
「ああ、正気の沙汰じゃねえな、宙域がクリアな保証があるわけもないし」
「まあ、奴らに一発食らわせるってなら、これしかないだろうが……」
人口だけでみても六十倍以上の国力差がある状態だ。ケンタウリ独立政府も武装闘争での勝利などという、子供じみた夢を見たわけではない。
ケンタウリ星系の安い労働力を背景にした、地球圏の半値という格安の鉱物資源、その輸出が止まれば太陽系の経済は混乱をきたす。
太陽系の住民が、急騰する物価に不満の声を上げ、ならば自治などくれてやれと言うまで制圧されない事、それが独立政府の勝利条件だ。
「上の奴らもうまいこと考えたもんだ。この星域にある転送門《ゲート》はケンタウルスⅢにある一基かぎりだ、これを壊さずに手に入れなけりゃ増援に来た船は帰れない」
「ああ、俺達がヤケを起こして転送門《ゲート》を壊そうものなら、向こう二十年はこっちに来た連中は帰れないだろうからな」
ストローからズズズと品のない音をたて、空っぽのプラカップからコーラをすするアンデルセンに、ケントはうなずく。
「おまけにジャンプアウト宙域はケンタウルスⅤの周辺しか、まともに整備をしちゃいない、向こうからやってくる敵に関しては、決まった穴に頭を出したモグラを叩けばいい、なかなかの寸法ってわけだ」
現状、太陽系にある転送門《ゲート》は三基だ。小型船舶ならともかく、巡洋艦や航宙母艦などは質量が大きすぎるので、それぞれ二時間に一隻づつ送り込むのがやっとだろう。
さらに、この星域でワープアウト領域として完全に清掃済みなのは、ケンタウルスⅤを中心とする半径七〇〇キロの球体内だけだ。
「事故で船一隻、乗組員一〇〇人、それを無くすのを頭に入れて、清掃済みじゃない宙域にジャンプさせる勇気が統合政府にあると思うか? ケント」
「どうだろうな、向こうの政治家がうちの連中よりボンクラなのを願うしかない」
そう言ってケントは立ち上がり、ブリーフィングルームを後にする。
巨大コンテナ船を改造した仮装空母『ラファイエット』を、ケンタウルスⅧの直近にジャンプさせ、艦載機で敵艦隊への奇襲攻撃。
――なるほど、リスクはある。実にバカバカしい一手だ。だが……気に入った。
飛行隊長の説明を思い出して、ケントはニヤリと笑った。
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