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最後の六隻
宇宙駆けるは槍騎兵 (2)
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「第一次ペルシュロン会戦、だっけ?」
猫のように丸くなって、シェリルが小さくつぶやいた。
「ああ、そうだ。初めての正面対決だ」
「高校だと太陽系星系軍の勝利って習った」
「そうか。敵を撤退させたから、俺たちの勝ちだと思っていたが」
歴史は勝者がつくるものだと、ケントは苦笑いしてみせる。
「知ってる、私たちは誰も信じてなかったもの」
「でもどうだろうな、フサール隊が射点についたときには、俺達は十二機しか残っていなかった、それに……」
「それに?」
ケンタウルスⅧが襲われた元凶、今なお酒のネタにされるバカバカしいそいつは、外宇宙を観測することなど「必要がないからしてこなかった」という、単純なお役所仕事が全ての始まりだった。
――その必要があるんですか? 宇宙人でも攻めてくるんですか?
外宇宙監視衛星の予算を却下した議員の一言は、今では皮肉を込めた笑い話になっている。清掃宙域がなければジャンプアウトできない、一〇〇年かけて作り上げたケンタウルスⅤの清掃宙域を守り切れば負けはない。
その前提がそもそも間違っていた事をみんなが知っている今となっては、議員のセリフはちょっとしたジョークの決まり文句になっている。負けるべくして負けた、そういう事だ。
「あの日、高速ミサイル挺十六隻で編成されたフサール隊の撃った新兵器は、思ったほどの命中率じゃなかった、六十四発の亜光速ミサイルで命中したのはたったの四発」
「でもそれで敵の空母は轟沈したって」
「護衛の艦艇二隻も轟沈、一隻は大破だったかな。フサール隊も対抗雷撃を食らって生き残ったのは三分の一だったが……」
§
「ケント、生きてたか?」
「ああ、何とかな」
空母を沈められたのは敵にとっても痛手だったらしい、動ける十三隻をまとめると敵艦隊はケンタウルスⅧに向かって撤退していった。
「ずいぶんやられたな、しかし」
がらんどうになってしまった、格納庫を見てアンデルセンが眉をひそめる。
「ああ」
言いながら、ケントは自分の愛機をみあげた。後部装甲が焼け落ちて、エンジンがマウントされたトラスフレームにもビームの焼け跡が残っている。
「俺も危うく死ぬところだったが、お前のもなかなかだ」
「ああ」
ブルー小隊はケントの他に新米が一機だけ残った、ベテランほど前に出て落とされる。命の値打ちを軽んじる宇宙育ちの悪いところだ。
「命あってのものだねってやつだ、生きてりゃ勝ちだぜ。死んじまったら女も口説けねえ」
「そうだな」
ケントの気のない返事に、アンデルセンがポンと肩をたたいてポケットからスキットルを取り出すと、ケントに押しつけて地面を蹴った。
「やるよ、ウィスキー『シャイア』だ、高かったんだぜ。それでも飲んで寝ちまえ」
「すまん」
「いいってことよ」
整備用に重力が切られた格納庫の中を、手を振りながら飛んで行くアンデルセンの背中を見送って、ケントはポケットから煙草を取り出す。
「こぉらぁ、格納庫は禁煙」
「いてっ」
うしろから頭を小突かれてケントは振り返った。
「大丈夫? 顔色が悪いわよ」
「セシリア……、うん大丈夫だ多分」
「ならいいけど、ところで聞いた?」
「なにを?」
怪訝な顔をするケントの耳元に顔を寄せると、セシリアが小声で言った。
「ケンタウルスⅧの外側、太陽系星系軍の作った清掃宙域に爆弾積んだ大型タンカー送り込んだって話」
「いや、初耳だな」
ダメ元でも悪い手ではない、太陽系からのジャンプアウトを防げば、補給のその分だけ敵は動けなくなる道理だ。そもそも清掃宙域を塞げなければ、千倍以上ちがう工業力でごり押しされるのがオチでしかない。
「結果は?」
「失敗したみたい、ここから厳しくなるわね」
「ああ、そうだな」
その日から三ヶ月半、実に四回にわたって大攻勢が続き、消耗戦が繰り広げられた。ケンタウリ星系軍の損耗は全艦艇の約半分に達したが、それでもなんとか戦線を維持し、一時は太陽系政府の中で和平論が持ち上がるほどだったという。
§
「そして、あの日がやってきた」
「ええ」
ケントの膝から身体を起こして、シェリルが名前の刻まれた石碑を見つめる。
「……」
黙って石碑を見つめ、目をうるませるシェリルの肩を、ケントは何も言わずにそっと抱きしめた。守備隊として徴兵されたシェリルの父親、そしてカフェ・アークライトのマスター、リチャード・アークライトが戦死したケンタウルスⅡへの奇襲攻撃。
そしてそれをを皮切りに、太陽系星系軍による大反攻作戦が始まったのは、戦争が始まってから七百十八日目の事だった。
猫のように丸くなって、シェリルが小さくつぶやいた。
「ああ、そうだ。初めての正面対決だ」
「高校だと太陽系星系軍の勝利って習った」
「そうか。敵を撤退させたから、俺たちの勝ちだと思っていたが」
歴史は勝者がつくるものだと、ケントは苦笑いしてみせる。
「知ってる、私たちは誰も信じてなかったもの」
「でもどうだろうな、フサール隊が射点についたときには、俺達は十二機しか残っていなかった、それに……」
「それに?」
ケンタウルスⅧが襲われた元凶、今なお酒のネタにされるバカバカしいそいつは、外宇宙を観測することなど「必要がないからしてこなかった」という、単純なお役所仕事が全ての始まりだった。
――その必要があるんですか? 宇宙人でも攻めてくるんですか?
外宇宙監視衛星の予算を却下した議員の一言は、今では皮肉を込めた笑い話になっている。清掃宙域がなければジャンプアウトできない、一〇〇年かけて作り上げたケンタウルスⅤの清掃宙域を守り切れば負けはない。
その前提がそもそも間違っていた事をみんなが知っている今となっては、議員のセリフはちょっとしたジョークの決まり文句になっている。負けるべくして負けた、そういう事だ。
「あの日、高速ミサイル挺十六隻で編成されたフサール隊の撃った新兵器は、思ったほどの命中率じゃなかった、六十四発の亜光速ミサイルで命中したのはたったの四発」
「でもそれで敵の空母は轟沈したって」
「護衛の艦艇二隻も轟沈、一隻は大破だったかな。フサール隊も対抗雷撃を食らって生き残ったのは三分の一だったが……」
§
「ケント、生きてたか?」
「ああ、何とかな」
空母を沈められたのは敵にとっても痛手だったらしい、動ける十三隻をまとめると敵艦隊はケンタウルスⅧに向かって撤退していった。
「ずいぶんやられたな、しかし」
がらんどうになってしまった、格納庫を見てアンデルセンが眉をひそめる。
「ああ」
言いながら、ケントは自分の愛機をみあげた。後部装甲が焼け落ちて、エンジンがマウントされたトラスフレームにもビームの焼け跡が残っている。
「俺も危うく死ぬところだったが、お前のもなかなかだ」
「ああ」
ブルー小隊はケントの他に新米が一機だけ残った、ベテランほど前に出て落とされる。命の値打ちを軽んじる宇宙育ちの悪いところだ。
「命あってのものだねってやつだ、生きてりゃ勝ちだぜ。死んじまったら女も口説けねえ」
「そうだな」
ケントの気のない返事に、アンデルセンがポンと肩をたたいてポケットからスキットルを取り出すと、ケントに押しつけて地面を蹴った。
「やるよ、ウィスキー『シャイア』だ、高かったんだぜ。それでも飲んで寝ちまえ」
「すまん」
「いいってことよ」
整備用に重力が切られた格納庫の中を、手を振りながら飛んで行くアンデルセンの背中を見送って、ケントはポケットから煙草を取り出す。
「こぉらぁ、格納庫は禁煙」
「いてっ」
うしろから頭を小突かれてケントは振り返った。
「大丈夫? 顔色が悪いわよ」
「セシリア……、うん大丈夫だ多分」
「ならいいけど、ところで聞いた?」
「なにを?」
怪訝な顔をするケントの耳元に顔を寄せると、セシリアが小声で言った。
「ケンタウルスⅧの外側、太陽系星系軍の作った清掃宙域に爆弾積んだ大型タンカー送り込んだって話」
「いや、初耳だな」
ダメ元でも悪い手ではない、太陽系からのジャンプアウトを防げば、補給のその分だけ敵は動けなくなる道理だ。そもそも清掃宙域を塞げなければ、千倍以上ちがう工業力でごり押しされるのがオチでしかない。
「結果は?」
「失敗したみたい、ここから厳しくなるわね」
「ああ、そうだな」
その日から三ヶ月半、実に四回にわたって大攻勢が続き、消耗戦が繰り広げられた。ケンタウリ星系軍の損耗は全艦艇の約半分に達したが、それでもなんとか戦線を維持し、一時は太陽系政府の中で和平論が持ち上がるほどだったという。
§
「そして、あの日がやってきた」
「ええ」
ケントの膝から身体を起こして、シェリルが名前の刻まれた石碑を見つめる。
「……」
黙って石碑を見つめ、目をうるませるシェリルの肩を、ケントは何も言わずにそっと抱きしめた。守備隊として徴兵されたシェリルの父親、そしてカフェ・アークライトのマスター、リチャード・アークライトが戦死したケンタウルスⅡへの奇襲攻撃。
そしてそれをを皮切りに、太陽系星系軍による大反攻作戦が始まったのは、戦争が始まってから七百十八日目の事だった。
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