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土産と紅茶と頬の朱色と
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恐らくアイオライトが女性だと思った瞬間に色々限界を超えて卒倒した主人を、店内で邪魔にならないように端に寄せ、リチャードは小さくため息をついた。
アイオライトは出来上がったばかりの青い服に着替えていた。
「なんか、その……」
申し訳なさそうな顔をしているアイオライトに、むしろリチャードが主の失態を詫びたい気持ちである。
「そうだ。まだ起きなさそうだから、ラウルが土産に買ってきた菓子でも食べながら待たないか? 店の中で申し訳ないが、いいだろうか」
意識のない大の大人を背負って、この店から宿に戻るのは流石に重い。菓子でも食べながら、主が起きるのを待ちたいという提案である。
「いいわね! ちょっとお茶いれてくるわ!」
王都で流行りの菓子とあって、アーニャが嬉しそうに新しいお茶を入れるべく店の奥に向かった。
安堵したリチャードが、袋から丁寧に菓子の箱を取り出す。
「リチャードさん。あの、ラウルさんは大丈夫ですかね……。急に赤くなったり、白くなったりして倒れてしまって……。変な病気でなければいいのですが」
「いや、すこぶる健康体だし、少し寝れば平気だろう」
「なら良かった。自分、ラウルさんの笑顔に癒されまくりなので、早く元気になって欲しいです」
「それはすごく喜びそうだ。本人が起きたら、直接伝えてやってください」
からかい半分にリチャードは言うが、
「そうですね!」
と満面の笑みで即答である。
この娘、かなり手強いかもしれん。
頑張れ、ラウル。 と心の中で主を応援する。
カチャカチャと小さな音が聞こえ、瑞々しい香りを伴いながらアーニャが戻って来た。
早速マカロを皿に乗せる。
「アオがくれたお茶にしたの。これ、香りが良くてお気に入りなのよ。あ、ティーカップ人数分ないから、皆んなマグカップでいいわよね?」
アーニャが有無を言わさずマグカップに注ぎ入れる。
さらに香りが立ち上る。
「この香りは、なんだか頭がスッキリするな。店で飲んだ茶とは香りも色も違うが……」
「これもアオのお手製のお茶よ? ほら、透き通った紅色で綺麗でしょう!」
「紅色なので紅茶と言っています。リチャードさんがこの前飲んだお茶と同じ葉っぱから作ったんですよ。」
「同じ葉から出来ているのに、こんなにも香りも味も違うのか。これは砂糖やミルクを入れても美味しそうだ」
「どっちもあるわよ」
アーニャがすかさずどちらも勧める。
「菓子もあるので、あとで試してみるとしよう。しかし先ほどはラウルが申し訳なかった」
やはり主の失態を誤らずにはいられない。
「え? なんかラウルさんが悪いことしました?」
何を言われているのかわかっていない表情のアイオライトに、リチャードはさらに申し訳なさそうにフォローする。
「アイオライトが女性だと気が付いていなかったことについてです。しかし今まで何故ラウルが気が付かなかったのかが不思議ですね」
「アオはね、昔からそうなのよね。外から来た人たちは大半が美少年だと思ってるしね」
「美少年言うな」
確かに、男でも違和感はない。しかしあくまで《少年》であれば、だ。
しかし歳の割に身体は小さいし、肩も細い。ちゃんと考えれば女性かもしれないと思いつくはず。
まぁ、あまり女性っぽい喋り方ではないから、勘違いする人は多いのかもしれないとリチャードは二人のやり取りを見ながら、そう考えていた。
「このマカロってお菓子美味しいけど、アオの焼き菓子の方が好きかも」
「お土産なんだからそう言うこと言わないの! それに自分が作るのよりこっちの方が絶対美味しいって!」
「アイオライトの作る食事が美味しいのは知っているが、菓子も作るのかい?」
「そうよ! アオのお菓子絶品なの」
「機会があれば、是非いただきたいね」
三人は他愛もない話をしながら、菓子を食べ、紅茶のおかわりに砂糖とミルクを加えたもので二杯目を飲む。
「アイオライトはいつも青い服を着ているが、何かこだわりがあるのだろうか」
「青い服ですか? 動きやすいので制服代わりに着ているだけですよ」
前世の友人に見つけてもらう為の目印であるとは言えない。
「そうなのよ。折角だから可愛い制服にしなさいって言ってるんだけど」
「うちの店は一人だしさ、動きやすいのが一番だよ」
確かに、と頷くリチャード。
「そういえば、アーニャ、あの服。アーニャが考えたんじゃないでしょう」
「……」
何かおかしい。
「そんなことないわ。確かに私がデザインして作ったものよ」
「だって、最後の服は……」
高校の制服じゃないか、と言いかけるもさすがに言えない。
軍服風の服も、どちらかと言えば今世でも着ている人もいるかもしれないが、あの丈はなかなかないだろう。
「スカーフと、ハイソックスは今回準備できなかったけれど、絶対領域には必要だから次までに仕上げるし」
「絶対領域?」
スカートとニーソックスの間にある、絶対領域。
今世には存在しない。
リチャードも何の領域? といった顔でアーニャを見ている。
「え? あ」
しまったという顔でアーニャは視線を泳がせている。
「おかしい。今回絶対おかしいよ。作る服の系統も全然違ったじゃないか。いつものフリフリな感じじゃなかったし」
じりじりとにじり寄るアイオライトに観念したのか、アーニャは何があったのか話し始めた。
「二週間前、アオが家を出た後……」
黒髪に赤い瞳の女の人が店にやってきて、アイオライトが気に入る服をデザインすると言った。
彼女自身も、アーニャが見たこともない服を着ていて、提示されるデザインはすべてが斬新で刺激的。
さらに、アイオライトに着せるならと、順番まで指定。
さらにさらにその人物は今回は許すが、と絶対領域について熱く語ったそうだ。
「黒髪に赤い瞳とは、ずいぶんと珍しいですね。隣国のオーリエ王国には、たまに生まれるとは聞くけれど」
リチャードの口ぶりからすると黒髪に赤い瞳はやはり珍しいようだ。
「その人がね、アオに伝えてって。君の左目の状態はどうだい?って。どっか悪いの?」
「悪くないよ。大丈夫」
左目の封印……みたいな?
友人の亜希子と、蒼は左目の封印、亜希子は右手の封印と称し、中二病ごっこをしていた高校時代を思い出す。
学生の頃からコスプレの衣装を作るのが趣味で、大学卒業後はその趣味を仕事にしていた。
かなりの売れっ子で、彼女の作業場の掃除や、食事を作りに週末に蒼は何度も通っていた。
そんな彼女ならあの洋服など簡単にデザインするだろう。
「私の右手はまだ解き放たれていないって伝えて欲しいって。なんのことかわからないけど。伝えたわよ」
やっぱり亜希子だ! 亜希子がこの世界にいるのか! と、叫びたくなる気持ちをぐっと抑えるが、高揚する気持ちは抑えきれない。
アイオライトは高ぶる気持ちを抑えて、声が裏返らないようにアーニャに聞いた。
「で、その人は?」
「それがさ、すぐに出て行っちゃったのよね。仕事があるけれどまた戻るって言ってたから、また来てくれると思うんだけれど」
この街に自分がいると知っていてくれるなら、焦ることはない。
きっと、ちゃんと会える。
「そっか。会うの、楽しみだ」
話が一段落したところで、端っこに追いやられているラウルが目を覚ました。
「ラウル、ようやく起きたのか」
あきれたという顔を惜しみなく主に向けながら、それでもリチャードはラウルを抱き起すためにそばに寄った。
「俺、どうしたんだっけ?」
「覚えていないのか?」
小さな声でリチャードがラウルに聞く。
「えっと、なにを?」
ラウルにとってあまりにも強烈な一撃すぎて、記憶が飛んでいる可能性もないとはいいきれない。
「アイオライトが……」
リチャードが、『女性だったことをだよ』。と告げようとした時には、アイオライト自身がラウルの顔色を確かめるように、その横にちょこんと座った。
平静を保っているだけなのか、記憶が飛んでしまっているのか、どうにも判断できないリチャードはとりあえずそのまま静観することにした。
「アイオライトが?」
やっぱりその部分は抜け落ちてしまっているようだ。
「自分の性別の話をしている途中に、急に倒れてしまったんですよ」
そうアイオライトに言われて急に思い出したのか、耳がみるみる赤くなるのがリチャードから見えた。
自分を覗き込むアイオライトの洋服が、いつもの青い服であることに気が付いて、ラウルはなんとか平静を保てているように見える。
最後に試着していたセーラー服を着たままだったら、また気を失っていたかもしれない。
「俺、女の子だってわかって、びっくりしちゃったんだよね」
「え? それ気を失うほど衝撃的だったの?」
アーニャが間髪入れずにラウルにチクリと言葉を放つ。
気を失うほどの破壊力だったのだ。
アイオライトが女であることもそうだが……
「そんなに衝撃的でしたか?」
「うん。あ、いや、まぁ、そのちょっとだけ」
アイオライトの腰を抱いた時の柔らかさ。さらに胸当ての先に見えた、ささやかな膨らみが。とは本人には言えない。
考えていたらつい思い出してしまい、ラウルはゆるゆると頭を振る。
「さっきリチャードさんにも言ったんだけれど、外から来た人たちの大半は、アオが美少年に見えるんだって。こんなに可愛いのにね」
「だから美少年って言うな!」
先ほどリチャードにした話と同じくだりが繰り返された。
「あの、ラウルさん。自分、昔からよく性別は間違えられますし、ほんと、気にしなくて大丈夫ですよ!」
「うん……あの、さ」
「さて、長居してしまって申し訳なかった。ラウルもようやく起きたことだし私たちはこれで……。あぁ、ラウル。お土産は先ほど三人で食べたから安心して。アーニャ、美味しい紅茶をありがとう」
言い淀んでいたラウルを押し退けて、リチャードは店を出る様に促す。
あまり納得がいかない様子のラウルであったが、気を失い、店にも、アーニャとアイオライトにも迷惑をかけたのは確かに申し訳けなかったので、暇を告げることにした。
「本当に今日はごめん。今度ちゃんとお礼するよ」
「うちの店で服を買ってくれたらそれでいいわ」
アーニャは店の売上に貢献して欲しいとお願いをしている。抜け目はない。
「そうだ、アイオライト。ラウルに言いたい事があったのでは?」
リチャードと先ほど話をしていた時の事のことか。
「ん? あれですね! ラウルさん! 自分、ラウルさんの笑顔に癒されまくりなので、早く元気になって欲しいです」
満面の笑顔で真っ直ぐにラウルに告げる。
「お土産、ありがとうございました。美味しかったです」
「うん。ありがとう。明日、また金の林檎亭で」
そう言って顔を朱色に染めたラウルと、その顔を見てクツクツと笑うリチャードは、虹の花束を後にした。
アイオライトは出来上がったばかりの青い服に着替えていた。
「なんか、その……」
申し訳なさそうな顔をしているアイオライトに、むしろリチャードが主の失態を詫びたい気持ちである。
「そうだ。まだ起きなさそうだから、ラウルが土産に買ってきた菓子でも食べながら待たないか? 店の中で申し訳ないが、いいだろうか」
意識のない大の大人を背負って、この店から宿に戻るのは流石に重い。菓子でも食べながら、主が起きるのを待ちたいという提案である。
「いいわね! ちょっとお茶いれてくるわ!」
王都で流行りの菓子とあって、アーニャが嬉しそうに新しいお茶を入れるべく店の奥に向かった。
安堵したリチャードが、袋から丁寧に菓子の箱を取り出す。
「リチャードさん。あの、ラウルさんは大丈夫ですかね……。急に赤くなったり、白くなったりして倒れてしまって……。変な病気でなければいいのですが」
「いや、すこぶる健康体だし、少し寝れば平気だろう」
「なら良かった。自分、ラウルさんの笑顔に癒されまくりなので、早く元気になって欲しいです」
「それはすごく喜びそうだ。本人が起きたら、直接伝えてやってください」
からかい半分にリチャードは言うが、
「そうですね!」
と満面の笑みで即答である。
この娘、かなり手強いかもしれん。
頑張れ、ラウル。 と心の中で主を応援する。
カチャカチャと小さな音が聞こえ、瑞々しい香りを伴いながらアーニャが戻って来た。
早速マカロを皿に乗せる。
「アオがくれたお茶にしたの。これ、香りが良くてお気に入りなのよ。あ、ティーカップ人数分ないから、皆んなマグカップでいいわよね?」
アーニャが有無を言わさずマグカップに注ぎ入れる。
さらに香りが立ち上る。
「この香りは、なんだか頭がスッキリするな。店で飲んだ茶とは香りも色も違うが……」
「これもアオのお手製のお茶よ? ほら、透き通った紅色で綺麗でしょう!」
「紅色なので紅茶と言っています。リチャードさんがこの前飲んだお茶と同じ葉っぱから作ったんですよ。」
「同じ葉から出来ているのに、こんなにも香りも味も違うのか。これは砂糖やミルクを入れても美味しそうだ」
「どっちもあるわよ」
アーニャがすかさずどちらも勧める。
「菓子もあるので、あとで試してみるとしよう。しかし先ほどはラウルが申し訳なかった」
やはり主の失態を誤らずにはいられない。
「え? なんかラウルさんが悪いことしました?」
何を言われているのかわかっていない表情のアイオライトに、リチャードはさらに申し訳なさそうにフォローする。
「アイオライトが女性だと気が付いていなかったことについてです。しかし今まで何故ラウルが気が付かなかったのかが不思議ですね」
「アオはね、昔からそうなのよね。外から来た人たちは大半が美少年だと思ってるしね」
「美少年言うな」
確かに、男でも違和感はない。しかしあくまで《少年》であれば、だ。
しかし歳の割に身体は小さいし、肩も細い。ちゃんと考えれば女性かもしれないと思いつくはず。
まぁ、あまり女性っぽい喋り方ではないから、勘違いする人は多いのかもしれないとリチャードは二人のやり取りを見ながら、そう考えていた。
「このマカロってお菓子美味しいけど、アオの焼き菓子の方が好きかも」
「お土産なんだからそう言うこと言わないの! それに自分が作るのよりこっちの方が絶対美味しいって!」
「アイオライトの作る食事が美味しいのは知っているが、菓子も作るのかい?」
「そうよ! アオのお菓子絶品なの」
「機会があれば、是非いただきたいね」
三人は他愛もない話をしながら、菓子を食べ、紅茶のおかわりに砂糖とミルクを加えたもので二杯目を飲む。
「アイオライトはいつも青い服を着ているが、何かこだわりがあるのだろうか」
「青い服ですか? 動きやすいので制服代わりに着ているだけですよ」
前世の友人に見つけてもらう為の目印であるとは言えない。
「そうなのよ。折角だから可愛い制服にしなさいって言ってるんだけど」
「うちの店は一人だしさ、動きやすいのが一番だよ」
確かに、と頷くリチャード。
「そういえば、アーニャ、あの服。アーニャが考えたんじゃないでしょう」
「……」
何かおかしい。
「そんなことないわ。確かに私がデザインして作ったものよ」
「だって、最後の服は……」
高校の制服じゃないか、と言いかけるもさすがに言えない。
軍服風の服も、どちらかと言えば今世でも着ている人もいるかもしれないが、あの丈はなかなかないだろう。
「スカーフと、ハイソックスは今回準備できなかったけれど、絶対領域には必要だから次までに仕上げるし」
「絶対領域?」
スカートとニーソックスの間にある、絶対領域。
今世には存在しない。
リチャードも何の領域? といった顔でアーニャを見ている。
「え? あ」
しまったという顔でアーニャは視線を泳がせている。
「おかしい。今回絶対おかしいよ。作る服の系統も全然違ったじゃないか。いつものフリフリな感じじゃなかったし」
じりじりとにじり寄るアイオライトに観念したのか、アーニャは何があったのか話し始めた。
「二週間前、アオが家を出た後……」
黒髪に赤い瞳の女の人が店にやってきて、アイオライトが気に入る服をデザインすると言った。
彼女自身も、アーニャが見たこともない服を着ていて、提示されるデザインはすべてが斬新で刺激的。
さらに、アイオライトに着せるならと、順番まで指定。
さらにさらにその人物は今回は許すが、と絶対領域について熱く語ったそうだ。
「黒髪に赤い瞳とは、ずいぶんと珍しいですね。隣国のオーリエ王国には、たまに生まれるとは聞くけれど」
リチャードの口ぶりからすると黒髪に赤い瞳はやはり珍しいようだ。
「その人がね、アオに伝えてって。君の左目の状態はどうだい?って。どっか悪いの?」
「悪くないよ。大丈夫」
左目の封印……みたいな?
友人の亜希子と、蒼は左目の封印、亜希子は右手の封印と称し、中二病ごっこをしていた高校時代を思い出す。
学生の頃からコスプレの衣装を作るのが趣味で、大学卒業後はその趣味を仕事にしていた。
かなりの売れっ子で、彼女の作業場の掃除や、食事を作りに週末に蒼は何度も通っていた。
そんな彼女ならあの洋服など簡単にデザインするだろう。
「私の右手はまだ解き放たれていないって伝えて欲しいって。なんのことかわからないけど。伝えたわよ」
やっぱり亜希子だ! 亜希子がこの世界にいるのか! と、叫びたくなる気持ちをぐっと抑えるが、高揚する気持ちは抑えきれない。
アイオライトは高ぶる気持ちを抑えて、声が裏返らないようにアーニャに聞いた。
「で、その人は?」
「それがさ、すぐに出て行っちゃったのよね。仕事があるけれどまた戻るって言ってたから、また来てくれると思うんだけれど」
この街に自分がいると知っていてくれるなら、焦ることはない。
きっと、ちゃんと会える。
「そっか。会うの、楽しみだ」
話が一段落したところで、端っこに追いやられているラウルが目を覚ました。
「ラウル、ようやく起きたのか」
あきれたという顔を惜しみなく主に向けながら、それでもリチャードはラウルを抱き起すためにそばに寄った。
「俺、どうしたんだっけ?」
「覚えていないのか?」
小さな声でリチャードがラウルに聞く。
「えっと、なにを?」
ラウルにとってあまりにも強烈な一撃すぎて、記憶が飛んでいる可能性もないとはいいきれない。
「アイオライトが……」
リチャードが、『女性だったことをだよ』。と告げようとした時には、アイオライト自身がラウルの顔色を確かめるように、その横にちょこんと座った。
平静を保っているだけなのか、記憶が飛んでしまっているのか、どうにも判断できないリチャードはとりあえずそのまま静観することにした。
「アイオライトが?」
やっぱりその部分は抜け落ちてしまっているようだ。
「自分の性別の話をしている途中に、急に倒れてしまったんですよ」
そうアイオライトに言われて急に思い出したのか、耳がみるみる赤くなるのがリチャードから見えた。
自分を覗き込むアイオライトの洋服が、いつもの青い服であることに気が付いて、ラウルはなんとか平静を保てているように見える。
最後に試着していたセーラー服を着たままだったら、また気を失っていたかもしれない。
「俺、女の子だってわかって、びっくりしちゃったんだよね」
「え? それ気を失うほど衝撃的だったの?」
アーニャが間髪入れずにラウルにチクリと言葉を放つ。
気を失うほどの破壊力だったのだ。
アイオライトが女であることもそうだが……
「そんなに衝撃的でしたか?」
「うん。あ、いや、まぁ、そのちょっとだけ」
アイオライトの腰を抱いた時の柔らかさ。さらに胸当ての先に見えた、ささやかな膨らみが。とは本人には言えない。
考えていたらつい思い出してしまい、ラウルはゆるゆると頭を振る。
「さっきリチャードさんにも言ったんだけれど、外から来た人たちの大半は、アオが美少年に見えるんだって。こんなに可愛いのにね」
「だから美少年って言うな!」
先ほどリチャードにした話と同じくだりが繰り返された。
「あの、ラウルさん。自分、昔からよく性別は間違えられますし、ほんと、気にしなくて大丈夫ですよ!」
「うん……あの、さ」
「さて、長居してしまって申し訳なかった。ラウルもようやく起きたことだし私たちはこれで……。あぁ、ラウル。お土産は先ほど三人で食べたから安心して。アーニャ、美味しい紅茶をありがとう」
言い淀んでいたラウルを押し退けて、リチャードは店を出る様に促す。
あまり納得がいかない様子のラウルであったが、気を失い、店にも、アーニャとアイオライトにも迷惑をかけたのは確かに申し訳けなかったので、暇を告げることにした。
「本当に今日はごめん。今度ちゃんとお礼するよ」
「うちの店で服を買ってくれたらそれでいいわ」
アーニャは店の売上に貢献して欲しいとお願いをしている。抜け目はない。
「そうだ、アイオライト。ラウルに言いたい事があったのでは?」
リチャードと先ほど話をしていた時の事のことか。
「ん? あれですね! ラウルさん! 自分、ラウルさんの笑顔に癒されまくりなので、早く元気になって欲しいです」
満面の笑顔で真っ直ぐにラウルに告げる。
「お土産、ありがとうございました。美味しかったです」
「うん。ありがとう。明日、また金の林檎亭で」
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