金の林檎亭へようこそ〜なんちゃって錬金術師は今世も仲間と一緒にスローライフを楽しみたい! 〜

大野友哉

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朝カレーと知らせ

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 カラン、カランと客の入店を知らせるドアベルが鳴る。

「おはようございます! 金の林檎亭へようこそ」

 いつものように元気に声をかける。
 来店客がラウルとリチャードだと分かると、アイオライトはさらに笑顔になった。

「おはよう。アイオライト」
「おはようございます」

 ラウルの頬がまだ少し赤い気がするが、血色がいいとも言える。体調も良さそうで、アイオライトはほっと胸を撫で下ろした。

 しかし、昨日のラウルは体調が悪かったわけではない。色々健康的過ぎただけである。

 それを絶対にアイオライトに言えないだけで。

「昨日は、その、ごめんね」
 
 実際はただバツが悪いだけなのだが、ちらちらと様子を伺うように見るラウルの仕草が、アイオライトにはなんだか可愛く見えた。

「元気になってよかったです。それから、間違われるのは今でも結構ありますし、気にしないでください」

「うん」

 ラウルは頷いて、ふわりといつもの爽やかな笑顔をアイオライトに向けた。

『ふぁー! かっこよー!』

 アイオライトの心の中は、拍手喝采、万歳三唱どころか、何唱もしている状態である。

 あぁ、やはり最推しラウルには笑顔が似合う。
 さらに何故か今日は格好良さが倍増だ!
 これで数日は頑張れるぞっ、と心の拳をグッと握りこみながら席に案内する。

「アイオライト、今日はカレーライスがあるのですね」

 店内に漂う香りに、リチャードがそわそわした様子でメニューを聞いてきた。

「あ、はい!この間、お二人に美味しいとおっしゃっていただけましたし、今日からお店に出しています」

 色には抵抗があると思うのだが、カレーの香りと味は、やはり人の心までも魅了する、とアイオライトは思う。

 朝から何人かの客にカレーライスを薦め、目の前に出した時の抵抗感は大変なものだったが、口に入ってしまえば完食し、おかわりまでして堪能して皆帰って行った。

 それに今のところアイオライトが知る限りで、カレーライスをこの世界で食べられる場所は、金の林檎亭だけのはずだ。
 転生していると思われる亜希子以外の友人達も、ここを探しやすいかもしれない。

「では、私はカレーライスを」
「アイオライト、今日はカレーライスと、その他は何があるの?」

 カレーライスを食べたいのだろうが、一応ラウルはメニューを聞いた。

「今朝はカレーライスと、ホットサンドです」

 ホットサンドメーカーを工房にお願いして作ってもらっていたので、これも今日からお試しで出すことにしたのだ。

「ホットサンド?」
「はい。パンとパンの間に具を挟んで焼くんですけど、こちらも美味しいですよ」

 カレーライスは美味しかった。
 ただ新しいメニューがあるなら、そちらも試したい。
 ラウルはホットサンドに決めた。

「じゃぁ、俺はホットサンドをお願いするよ」

「ありがとうございます!では、少々お待ちくださいね。あ、お茶は……」
「俺、自分でやるよ」

 お茶は冷やすために冷蔵庫に入れてある。
 厨房に人を入れても平気だろうか、と一瞬考える。
 
 今日の分の虹色のポーションは、すでに瓶に蓋をして冷蔵庫に入っている。
 他の食材もほぼ加工済みなので、虹色の光が際立つものはない。
 まぁ大丈夫だろうとラウルを厨房に入れることにした。

「では、こちらにどうぞ」

 二人並んで厨房の中に入ると、ラウルは興味深そうにキョロキョロと見ている。

「ここでアイオライトが、俺にあの美味しい食事を作ってくれてるんだね。」

 真っ直ぐに目を見て微笑まれ、アイオライトは急に顔が火照ってしまう。

 かっこよー!! 朝から何度もありがとうございます!
 と、心で感謝を述べながら、顔の火照りを冷ますように冷蔵庫を開けた。

「褒めすぎですよ。でもありがとうございます。美味しいって言ってもらえると、やっぱり嬉しいですね。はい! お茶です。コップはこちらにあるので……」

 と、アイオライトがコップの棚を案内しようとしたのが、ラウルは後ろから離れようとしない。
 離れないどころか、かなり近い距離だ。

「甘い匂いがする」

 くん、くん、とラウルがアイオライトの後ろから首の辺りの匂いを嗅いでいる。

 例えば乙女ゲームで、主人公の首筋に推しの顔が近づいて、というスチルに前世であれば悶え転がるだろう。
 もしやそんな事が自分自身に起こっているのではないか? と鼓動が早くなる。
 しかし、考えたら自分にそんな素敵ハプニングが訪れるわけはないなと、冷静になる。
 冷静になると、そんなことを考えてしまった自分自身に急に恥ずかしさがこみあげたところで、ラウルの息が耳をかすめた。
 少し距離を取ってもらいたくてアイオライトが小さな声でラウルに告げる。

「あの……くすぐったい、です……」

 そう言われてラウルは我に返ったが、耳から首まで真っ赤になっているアイオライトが目に飛び込んできた。

 ラウルはいい匂いだったので、それが何なのか知りたかっただけだった。
 近すぎた距離に、他意はないと弁明しようとしたが、しかし聞こえたのは、ごくりと大きく鳴る自分の喉の音。

 その音に自身がびっくりして、大きく後ろに一歩下がってアイオライトから距離を取る。

 昨日からなんだか心がそわそわして落ち着かない。

 赤く染まる首筋から何とか目をそらして、数回大きく深呼吸する。

「っ。ごめん、でも、なんか凄く美味しそうな匂いがして、なんだろう。お菓子?」

 何とか平静を保ちつつ、ちゃんといい香りの元を探していたんです、と言うアピールには成功したが、ラウルの心のそわそわは、なかなか治まらない。

「あ、お菓子の匂いでしたか!」

 一方アイオライトは、ヒロインと言う柄ではないので、やはり自意識過剰だと反省したが、ちょっとドキドキできていい経験だった、と考える方向性自体を間違っていた。

「実は、昨日アーニャに持ち帰り用のお菓子があったらいいって言われたんでマドレーヌを焼いたんですけど、匂い、気になりますか?」

 この世界にもちゃんとふくらし粉が存在しているので、お菓子を作るのも問題はなかった。
 粉砂糖、薄力粉、ふくらし粉、卵、塩、バターに虹の魔法で作り出したバニラオイル。
 バニラオイルはこの世界にも存在するのだが、香りが少し弱いので自作している。

 もしかしたら、バニラオイルが服にでも撥ねたのだろうか。

 お菓子の匂いを他のお客さんが気にしても困りものだと、アイオライトはラウルに聞いた。

「大丈夫じゃないかな」
「それなら良かった! あ、コップはこちらですよ!」

 ラウルはなんとかうまく誤魔化せたとほっとして、お茶の入ったコップを手に席に戻る。

 ようやく厨房から調理を開始したであろう音が聞こえてきた。

「…………って事があったんじゃないか?」

 席に戻るや否や、まるで見ていたような口振りでリチャードが笑いながら話しかけてきた。
 まぁ、店内には幸い客がおらず、厨房の会話が丸聞こえだったからだ。
 朝からからかいたくなってしまうのは、致し方あるまい。

 そしてちびちびと茶を飲みながら、ひとしきりうんうん唸っていたラウルが一言発する。

「なんかちょっと、変なんだよな~」

 何にも変な事はないんだけどな、とリチャードは突っ込みたくなるのを堪えたが、何故だか急に笑いが込み上げてきてしまった。

「なんだよー」
「何でもないよ」

「お待たせしました。カレーライスとホットサンドです」

 カレーライスにはサラダとラッシー。
 ホットサンドの中身はハムとチーズとスクランブルエッグ。サラダもついている。

「この白いのはグルトーネの飲み物で、ラッシーって言います。辛いカレーライスによく合いますよ。一口飲んで好きではなかったらお茶を持ってくるので声をかけてくださいね。ホットサンドはきっとラウルさん、好きだと思います。」

 では、ごゆっくりお過ごしくださいとアイオライトが席を離れた。

「おわっ、美味い!パンがカリカリで、中はトロトロだ!」

 ガツガツとラウルが食べ進める横では、リチャードが無言でカレーライスを食べている。と言うか食べ終わりそうだ。

「今日も神に感謝しなくてはいけないな。さらにこのラッシーと言う飲み物、侮り難し」
「甘いの? 酸っぱいの?」

 ラウルがラッシーを飲みたそうにしているが、リチャードは一気に飲み干す。

「爽やかで、少し甘い。酸っぱくはない、こともない」
「なにそれ! アイオライト! 俺にもラッシー貰える?」

 奥からひょっこり顔を出してアイオライトが答える。

「いいですよ。すぐ出来るのでお待ちくださいね」

 アイオライトが作るラッシーは、グルトーネに牛乳、蜂蜜とレモン果汁を加えたシンプルなものだ。
 今後女性客が増えたら、果物加えたラッシーも作ろうと考えている。

「アイオライトはラウルに少し甘いのではないか?」

 厨房の中にいるアイオライトにリチャードが声をかけた。

「そんな事ないですよ~。リチャードさんもラッシーお代わりしますか?」
「いただこう」

 リチャードもラッシーが気に入ったの即答する。

「ラウルだけに甘いわけじゃ、ないらしいぞ」
「そりゃそうだろ」

 少し不貞腐れた表情で答えるラウルに思わず笑ってしまう。

「なんだよ」
「なんでもないよ」

「なにかあったんですか?」

 ラウルとリチャードの会話に、アイオライトが混じる。

 今日は客が来ないようなので、ついついアイオライトも構ってしまう。

「はい。お待たせしました。ラッシーです」
「ありがとう。どれどれ」

 不機嫌そうなラウルの顔が、一転してにこやかになる。
 それを見たリチャードには笑いを堪えるのに必死だ。

「甘いのに、スッキリしてる」
「だからそう言っただろうに」

「あ、ラウルさん、口の上のところ、白い髭みたいですね!」
「そ、そう?」

 ほのぼのした会話が繰り広げられそうな時、カランっとドアベルが鳴った。

「いらっしゃいませ。金の林檎亭へ……。あれ?フィンさん」
「フィン、どうした」

 急な知らせを持ってきたのか、フィンの顔には焦りの表情が見てとれた。
 アイオライトは冷えた茶を取りに厨房へ向かう。

 フィンは二人にだけ耳打ちで伝える。

「王妃様が目を覚まされない」

 先程までの穏やかな空気が一瞬で凍りついた。

「地の日にラウルと面会した後お休みになられて、昨日も今日もそのまま目を覚まされなかったんだ。どんなに体調が悪くても、必ず毎日誰かと話したりするのに。もう城の魔術師や医者もお手上げ状態で……」

 イシスに戻ってきたばかりで、ラウルも色々あったが、一旦王城に戻らねばならない。

「フィンさん、良かったらお茶飲んでください」

 ひょこっとアイオライトが茶を運んできた。

「アイオライト、ごめんね。俺、これから数日アルタジアに戻らないといけない」
「そうなんですか?お仕事で?」
「いや、母が寝込んじゃったみたいでさ、ちょっと看病しに帰るだけ」

 母が寝込んでいる。間違いではない。嘘はついていないが、ラウルは少し後ろめたく感じてしまう。

「ポーションは効かないんですか?」
「どうだろう……」

 アイオライトはラウルの事情を知らないし、寝込む=風邪、ぐらいしか思い付かないので、何の病気かはわからず、心配そうな顔を向けた。

「お母さん、良くなるといいですね。う~ん。あんまり店の外には出さないんですが、良かったらうちの健康ドリンク持っていきますか?」

 あまり街の外の人に出した事はないが、風邪をこじらせてポーションがあまり効かなくても、虹色のポーションは味も美味しい。気分転換ぐらいにはなるだろう。

「シュワシュワしてリフレッシュできるかもです」

「この前もらったやつか。飲めるようなら確かにリフレッシュ出来るかもしれないや。一つもらっていくよ」

 心なし元気がなさそうなラウルに、さらに心配になる。

「では、ちょっと待ってくださいね」

 ラウルのお母さんが元気いっぱいになるように、ラウルに明るい笑顔が戻るように、アイオライトは虹色の魔法で作ったポーションを持ち、いつもよりも強く強く願う。

 蓋をしているので中はわからないが、気泡の弾ける音が心なしが大きい気もする。

「はい。お母さん、早く良くなるといいですね。あと、朝焼いたマドレーヌ一緒に入れておきますね」

「ありがとう、アイオライト」

 ラウルは無意識に、そっとアイオライトの頭をひとなでして、王城の母に会うためにアルタジアへ向かった。
 
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