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母の目覚め
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フィンの知らせを聞いたラウルは、アルタジアの王城へ戻り、急ぎ王妃の部屋へ向かっていた。
「母上の容体は?」
王妃は病を患ってからはめっきり食欲がなくなり、常に怠さを伴っていた。
時には高熱が何日も続いたかと思うと、急に低体温になったり、咳が止まらなくなったり、症状もさまざま現れる。
治療は医師と魔術師が協力し様々試したが、治療法は見つからず、原因不明の不治の病と診断された。
それでもポーションで病の進行を少しだけ抑えられていたのだが、最近では治癒師や医者からは気休め程度になっていると報告を受けてはいた。
床に伏せる日は多かったが、話をすることもでき、この間のように体調の良さそうな日には、身体を起こすこともあったのに。
ただ目に見えていなかっただけで、病が進行してしていたのだろうか。
あの日はアイオライトに貰った飴を美味しそうに食べていたのに……。
そう思うと、錬金術師を未だ探せていない自分が不甲斐なくなって急に押しつぶされそうな気持ちになってしまう。
「いえ、その、何といえばよいのでしょうか」
「そんなに容体が悪いのか」
部屋の前に到着し、扉を開ける。
ベッドの横にある椅子に座ろうとしたが、そこに王妃がいない事に気が付いて胸がざわつく。
「は、母上……」
返事は、ない。
「母上っ!」
もう一度呼んだが、部屋にいる気配もない。
「ライザ、母上は?」
「ラウル様、そのですね……」
侍女長のライザに尋ねたが、なんとも先ほどから歯切れの悪い回答しか返ってこない。
埒が明かないと一旦部屋を出ようとした瞬間、扉が開いた。
「あら、ラウル。おかえりなさい」
王妃であるカーネリアは、この一年、自力では歩く事が困難だった。
しかし今は一人で立ち、何故か自らティーワゴンを押している。
さらにその後ろを侍女達がハラハラしながら見守っている。
「母上?」
「ラウルが城に戻っていると聞いて、久しぶりにお茶の準備をしていたのよ。時間もちょうどいいでしょう?」
確かにお茶にするにはいい時間である。
本人はなんでもないような顔でポットにお湯を注ぎ、立ち上がる香りを楽しんでいるようだ。
「あの、母上が目覚めないと知らせを受けて、イシスからすぐ戻って来たのですが……」
「少し眠っただけのつもりだったのだけれどね。呼び起こす声も聞こえないほど熟睡していたようで、心配させてしまってごめんなさいね」
侍女長が、王妃が元気であることの安堵と、説明が上手く出来なかったことへの申し訳ない気持ちが混じったような複雑な表情をラウルに向ける。
「ライザ、私もちゃんと聞かずにすまなかった」
「いえ、滅相もございません。状況をうまく説明できずに申し訳ございませんでした」
「さぁ、こちらでお茶にしましょう」
カーネリアが声をかけて、自らカップに茶を注ぐ。
ハーブの香りが部屋に広がった。
ラウルは最近、お茶といえば金の林檎亭で出る茶ばかり飲んでいたので、ハーブティーは久しぶりだ。
「今日は少し調子が良いのでしょうが、しかしあまり急に動かれると、疲れが出ますよ? 一旦お座りになられてはいかがでしょう。母上」
「そうね。だけど身体がとても軽いの。動けると思うと嬉しくて」
ラウルの願いを聞き入れ、カーネリアはようやく座る。
見守っていた侍女や侍女長も、ほっと胸を撫で下ろし、それぞれ動き始めた。
「この前ラウルが見舞ってくれたでしょう?」
「飴を土産にした日ですね?」
「そう。あの日はね、なんの憂いもなく眠る事ができたのです。」
微笑む母の顔は晴れやかで、確かに先日までのどことない翳りもない。
さらに身体の辛さに震える事なく、一言一言噛み締めるように言葉を発する。
「本当に、深く眠って、起きたらいつもの怠さはなくて、とても軽やかな気持ちで目覚める事ができたのです」
微笑む王妃は、祝福を受けているかのように、窓から入り込む陽の光でキラキラと輝いているように見えた。
「本当にお辛くはないのですか?」
「少しだけ辛いわ。だって、もう随分歩いていなかったのに、急に歩いたから足が震えてしまって、ふふふ」
そう言って恥ずかしそうに、カーネリアが笑う。
釣られてラウルも声を上げて笑う。
ラウルは母があまりに楽しそうに笑うので、目頭が少し熱くなる。
「しかし、こんなに急に治るとは。飲み続けたポーションがようやく効いたのでしょうか」
「どうかしら。ですが、今まで診てくれていたお医者様達は感謝しなくては」
「カーネリア!」
そこにアルタジア王が大声を上げ、医師と魔術師を伴って入ってきた。
「本当に元気なのだな」
いつもの厳かな王のイメージが崩れるほど、カーネリアに甘く微笑んでいる。
カーネリアは、そんな王にさらに笑顔で答える。
なかなかお目にかかることのできない光景ではあるが、二人が幸せそうで、見ている侍女達も、微笑ましく見守っている。
「まずは王妃様の容体を確認させてくださいませ」
楽しそうなお二人に水を差すようで、本当に恐縮ですが……と医師が椅子に座るように促す。
カーネリアは言われた通りテーブルにつき、少しだけ温くなったハーブティーを一口飲んで、言う通りに診察を受けた。
脈を測り、舌を見て、心臓の音を聞く。
変わって魔術師も魔力の流れを見るように、器具を手首にはめて様子を見た。
「理由はわかりませんが……快方に向かっているように感じます。今までのこともございます故、お食事の量を少しずつ増やしながら、普段の生活に戻るのが良かろうと存じまする」
「魔力の流れも健康であられた時とほぼ同じであると思います。ただし、病の根源が何であったのかがはっきりしないままでございますので、無理はされないように」
「わかっているわ。まずは食事をして体力をつけて、無理は致しません」
医師も魔術師も、再発を心配して無理はしないようにと釘を刺し部屋から退室し、それと同時にアルタジア王は侍女達も下がらせた。
「では、私も茶をいただこうかな」
「私が茶を入れましょう」
アルタジア王は本当に元気になったのか、と心配はあるものの、久しぶりに見る自分の妻の笑顔を、それはそれは愛おしそうに目を細めて見つめている。
ラウルは二人の世界を見るうちに、なんとも居たたまれない気持ちになってつい声をかけてしまう。
「母上、イシスを出る時に料理屋の店主に焼き菓子を土産にといただいたので、よろしければいかがでしょうか」
母を心配してくれたアイオライトが持たせてくれたマドレーヌである。
「あと、こちらも良かったらどうぞ。飲むと気分転換になるかもしれません。私も以前飲みましたが、気泡がはじけて、甘くて美味しいですよ」
城に戻るまでフィンに氷魔法で冷やしてもらっていた健康ドリンクである。
「誓って毒などは入っておりませんので、ご安心ください。店主が、早く良くなって欲しいと申しておりました」
包まれていたマドレーヌを皿の上に出す。
小振り貝殻の形で、黄金色の焼き色。焼きたてではないのにとてもいい匂いがする。
「美味しそうね。店主は元気にしているの?」
「え?あ、はい。今朝も店に行ったのですが、とても元気そうでした」
「まぁ、今朝もお店にっていたの?通いすぎなのではなくて?宿の食事ではだめなの?」
「三食その店でたべるわけではありませんよ。母上」
「ラウル、その店は前に話していたお前よりも年下の店主が営んでいるという料理屋のことであるか?」
「はい。そ、その、前に父上と母上にも青年だと話しをいたしましたが、実は女性でございまして……」
ラウル自身も昨日知ったばかりの衝撃の事実であったが、隠しているわけではないし、誤りは正さねばならぬと話しておくことにした。
「そうであったか。しかし女性を男性だと間違えるのは失礼であろう。しっかり謝罪はしたのか?」
「は、はい……」
アイオライトは、気にしないでと言ってくれた。
格好悪いものであったが、しっかり謝れたと思っている。
色々ありすぎて、王への返事は小さいものとなってしまったが。
「カーネリアがもう少し元気なれば、その店に食べに参ろうか」
「あ、の、それは流石に無理なのでは……」
一国の王と王妃が、隣町の食事処に出向くのはなかなか難しいはずだとラウルは考える。
カーネリアがハーブティーを口に含んだ。
それぞれの皿に二つマドレーヌを乗せたが、カーネリアもアルタジア王も、それぞれすでに食べ終えていた。
「あなた、何とかイシスに参りましょう」
カーネリアは、元気に歩ける今、イシスにいるというラウルの気になっているらしい女性と会ってみたくなったのだ。
「え!?」
「近くの街に視察だと言えば問題あるまいよ。カーネリアの政務復帰にも丁度良いであろう。ギルベルクに調整させよう。久しぶりのカーネリアの願いであるからな。受けぬ道理はない」
そうだ、父は、アルタジア王は王妃であるカーネリアと熱烈恋愛結婚。
こんなところでびっくりさせられるほど妻を愛しているのだと思い知らさせたラウルであった。
「そ、そうだ。健康ドリンク、冷たいうちにお召し上がりになってください。コルクを外して瓶のままお飲みください」
ラウルはいたたまれない気持ちになって、健康ドリンクを飲むように勧めた。
アイオライトから渡された時に、行儀は良くないが瓶のまま飲むようにと言われていた。
カーネリアはアルタジア王にコルクを抜いてもらい、少しずつ喉に落としていく。
「まぁ、まぁ、まぁ。何という美味しさ。気泡が喉に心地いいわ」
「そうなのです。甘いのにすっきりしているでしょう?アイオライトの家の秘伝の健康ドリンクだそうですよ」
瓶の中からでも、とても元気に気泡がはじける音が聞こえる。
「ラウルは胃袋をそのアイオライトという娘に掴まれているのですね」
カーネリアがラウルににこりと笑って問いかける。
「はい。彼女が作ってくれる食事は、どれも絶品です」
「自覚は、まだないのかしら……」
絶品だと頬を高揚させ即答で答えたラウルに、カーネリアは小さな声でぽつりと微笑みながらつぶやいた。
カーネリアのつぶやきを、アルタジア王は拾いはしたが、何のことなのかが分からなかった。後で二人になった時に、その微笑みの理由とともに聞くことにして、ラウルに向き合う。
「ラウル、カーネリアの病が完全に消えたのかは分からぬ。故に、錬金術師の捜索は続けてくれ」
「もちろんです」
母の病が良くなって、イシスにいる理由がなくなるのではないかと思ったが、ラウルはまだアイオライトの側にいていいのだと安堵した。
安堵?なんで?
安堵した理由を探し、胸のそわそわと関係があるのだろうか、と頭をよぎるが、今は母である王妃カーネリアが元気になったことを喜ぶことにする。
三人の真ん中に、瓶の中に残る虹色のポーションがある。
瓶の中からは、まだまだ元気な気泡の音が聞こえていた。
「母上の容体は?」
王妃は病を患ってからはめっきり食欲がなくなり、常に怠さを伴っていた。
時には高熱が何日も続いたかと思うと、急に低体温になったり、咳が止まらなくなったり、症状もさまざま現れる。
治療は医師と魔術師が協力し様々試したが、治療法は見つからず、原因不明の不治の病と診断された。
それでもポーションで病の進行を少しだけ抑えられていたのだが、最近では治癒師や医者からは気休め程度になっていると報告を受けてはいた。
床に伏せる日は多かったが、話をすることもでき、この間のように体調の良さそうな日には、身体を起こすこともあったのに。
ただ目に見えていなかっただけで、病が進行してしていたのだろうか。
あの日はアイオライトに貰った飴を美味しそうに食べていたのに……。
そう思うと、錬金術師を未だ探せていない自分が不甲斐なくなって急に押しつぶされそうな気持ちになってしまう。
「いえ、その、何といえばよいのでしょうか」
「そんなに容体が悪いのか」
部屋の前に到着し、扉を開ける。
ベッドの横にある椅子に座ろうとしたが、そこに王妃がいない事に気が付いて胸がざわつく。
「は、母上……」
返事は、ない。
「母上っ!」
もう一度呼んだが、部屋にいる気配もない。
「ライザ、母上は?」
「ラウル様、そのですね……」
侍女長のライザに尋ねたが、なんとも先ほどから歯切れの悪い回答しか返ってこない。
埒が明かないと一旦部屋を出ようとした瞬間、扉が開いた。
「あら、ラウル。おかえりなさい」
王妃であるカーネリアは、この一年、自力では歩く事が困難だった。
しかし今は一人で立ち、何故か自らティーワゴンを押している。
さらにその後ろを侍女達がハラハラしながら見守っている。
「母上?」
「ラウルが城に戻っていると聞いて、久しぶりにお茶の準備をしていたのよ。時間もちょうどいいでしょう?」
確かにお茶にするにはいい時間である。
本人はなんでもないような顔でポットにお湯を注ぎ、立ち上がる香りを楽しんでいるようだ。
「あの、母上が目覚めないと知らせを受けて、イシスからすぐ戻って来たのですが……」
「少し眠っただけのつもりだったのだけれどね。呼び起こす声も聞こえないほど熟睡していたようで、心配させてしまってごめんなさいね」
侍女長が、王妃が元気であることの安堵と、説明が上手く出来なかったことへの申し訳ない気持ちが混じったような複雑な表情をラウルに向ける。
「ライザ、私もちゃんと聞かずにすまなかった」
「いえ、滅相もございません。状況をうまく説明できずに申し訳ございませんでした」
「さぁ、こちらでお茶にしましょう」
カーネリアが声をかけて、自らカップに茶を注ぐ。
ハーブの香りが部屋に広がった。
ラウルは最近、お茶といえば金の林檎亭で出る茶ばかり飲んでいたので、ハーブティーは久しぶりだ。
「今日は少し調子が良いのでしょうが、しかしあまり急に動かれると、疲れが出ますよ? 一旦お座りになられてはいかがでしょう。母上」
「そうね。だけど身体がとても軽いの。動けると思うと嬉しくて」
ラウルの願いを聞き入れ、カーネリアはようやく座る。
見守っていた侍女や侍女長も、ほっと胸を撫で下ろし、それぞれ動き始めた。
「この前ラウルが見舞ってくれたでしょう?」
「飴を土産にした日ですね?」
「そう。あの日はね、なんの憂いもなく眠る事ができたのです。」
微笑む母の顔は晴れやかで、確かに先日までのどことない翳りもない。
さらに身体の辛さに震える事なく、一言一言噛み締めるように言葉を発する。
「本当に、深く眠って、起きたらいつもの怠さはなくて、とても軽やかな気持ちで目覚める事ができたのです」
微笑む王妃は、祝福を受けているかのように、窓から入り込む陽の光でキラキラと輝いているように見えた。
「本当にお辛くはないのですか?」
「少しだけ辛いわ。だって、もう随分歩いていなかったのに、急に歩いたから足が震えてしまって、ふふふ」
そう言って恥ずかしそうに、カーネリアが笑う。
釣られてラウルも声を上げて笑う。
ラウルは母があまりに楽しそうに笑うので、目頭が少し熱くなる。
「しかし、こんなに急に治るとは。飲み続けたポーションがようやく効いたのでしょうか」
「どうかしら。ですが、今まで診てくれていたお医者様達は感謝しなくては」
「カーネリア!」
そこにアルタジア王が大声を上げ、医師と魔術師を伴って入ってきた。
「本当に元気なのだな」
いつもの厳かな王のイメージが崩れるほど、カーネリアに甘く微笑んでいる。
カーネリアは、そんな王にさらに笑顔で答える。
なかなかお目にかかることのできない光景ではあるが、二人が幸せそうで、見ている侍女達も、微笑ましく見守っている。
「まずは王妃様の容体を確認させてくださいませ」
楽しそうなお二人に水を差すようで、本当に恐縮ですが……と医師が椅子に座るように促す。
カーネリアは言われた通りテーブルにつき、少しだけ温くなったハーブティーを一口飲んで、言う通りに診察を受けた。
脈を測り、舌を見て、心臓の音を聞く。
変わって魔術師も魔力の流れを見るように、器具を手首にはめて様子を見た。
「理由はわかりませんが……快方に向かっているように感じます。今までのこともございます故、お食事の量を少しずつ増やしながら、普段の生活に戻るのが良かろうと存じまする」
「魔力の流れも健康であられた時とほぼ同じであると思います。ただし、病の根源が何であったのかがはっきりしないままでございますので、無理はされないように」
「わかっているわ。まずは食事をして体力をつけて、無理は致しません」
医師も魔術師も、再発を心配して無理はしないようにと釘を刺し部屋から退室し、それと同時にアルタジア王は侍女達も下がらせた。
「では、私も茶をいただこうかな」
「私が茶を入れましょう」
アルタジア王は本当に元気になったのか、と心配はあるものの、久しぶりに見る自分の妻の笑顔を、それはそれは愛おしそうに目を細めて見つめている。
ラウルは二人の世界を見るうちに、なんとも居たたまれない気持ちになってつい声をかけてしまう。
「母上、イシスを出る時に料理屋の店主に焼き菓子を土産にといただいたので、よろしければいかがでしょうか」
母を心配してくれたアイオライトが持たせてくれたマドレーヌである。
「あと、こちらも良かったらどうぞ。飲むと気分転換になるかもしれません。私も以前飲みましたが、気泡がはじけて、甘くて美味しいですよ」
城に戻るまでフィンに氷魔法で冷やしてもらっていた健康ドリンクである。
「誓って毒などは入っておりませんので、ご安心ください。店主が、早く良くなって欲しいと申しておりました」
包まれていたマドレーヌを皿の上に出す。
小振り貝殻の形で、黄金色の焼き色。焼きたてではないのにとてもいい匂いがする。
「美味しそうね。店主は元気にしているの?」
「え?あ、はい。今朝も店に行ったのですが、とても元気そうでした」
「まぁ、今朝もお店にっていたの?通いすぎなのではなくて?宿の食事ではだめなの?」
「三食その店でたべるわけではありませんよ。母上」
「ラウル、その店は前に話していたお前よりも年下の店主が営んでいるという料理屋のことであるか?」
「はい。そ、その、前に父上と母上にも青年だと話しをいたしましたが、実は女性でございまして……」
ラウル自身も昨日知ったばかりの衝撃の事実であったが、隠しているわけではないし、誤りは正さねばならぬと話しておくことにした。
「そうであったか。しかし女性を男性だと間違えるのは失礼であろう。しっかり謝罪はしたのか?」
「は、はい……」
アイオライトは、気にしないでと言ってくれた。
格好悪いものであったが、しっかり謝れたと思っている。
色々ありすぎて、王への返事は小さいものとなってしまったが。
「カーネリアがもう少し元気なれば、その店に食べに参ろうか」
「あ、の、それは流石に無理なのでは……」
一国の王と王妃が、隣町の食事処に出向くのはなかなか難しいはずだとラウルは考える。
カーネリアがハーブティーを口に含んだ。
それぞれの皿に二つマドレーヌを乗せたが、カーネリアもアルタジア王も、それぞれすでに食べ終えていた。
「あなた、何とかイシスに参りましょう」
カーネリアは、元気に歩ける今、イシスにいるというラウルの気になっているらしい女性と会ってみたくなったのだ。
「え!?」
「近くの街に視察だと言えば問題あるまいよ。カーネリアの政務復帰にも丁度良いであろう。ギルベルクに調整させよう。久しぶりのカーネリアの願いであるからな。受けぬ道理はない」
そうだ、父は、アルタジア王は王妃であるカーネリアと熱烈恋愛結婚。
こんなところでびっくりさせられるほど妻を愛しているのだと思い知らさせたラウルであった。
「そ、そうだ。健康ドリンク、冷たいうちにお召し上がりになってください。コルクを外して瓶のままお飲みください」
ラウルはいたたまれない気持ちになって、健康ドリンクを飲むように勧めた。
アイオライトから渡された時に、行儀は良くないが瓶のまま飲むようにと言われていた。
カーネリアはアルタジア王にコルクを抜いてもらい、少しずつ喉に落としていく。
「まぁ、まぁ、まぁ。何という美味しさ。気泡が喉に心地いいわ」
「そうなのです。甘いのにすっきりしているでしょう?アイオライトの家の秘伝の健康ドリンクだそうですよ」
瓶の中からでも、とても元気に気泡がはじける音が聞こえる。
「ラウルは胃袋をそのアイオライトという娘に掴まれているのですね」
カーネリアがラウルににこりと笑って問いかける。
「はい。彼女が作ってくれる食事は、どれも絶品です」
「自覚は、まだないのかしら……」
絶品だと頬を高揚させ即答で答えたラウルに、カーネリアは小さな声でぽつりと微笑みながらつぶやいた。
カーネリアのつぶやきを、アルタジア王は拾いはしたが、何のことなのかが分からなかった。後で二人になった時に、その微笑みの理由とともに聞くことにして、ラウルに向き合う。
「ラウル、カーネリアの病が完全に消えたのかは分からぬ。故に、錬金術師の捜索は続けてくれ」
「もちろんです」
母の病が良くなって、イシスにいる理由がなくなるのではないかと思ったが、ラウルはまだアイオライトの側にいていいのだと安堵した。
安堵?なんで?
安堵した理由を探し、胸のそわそわと関係があるのだろうか、と頭をよぎるが、今は母である王妃カーネリアが元気になったことを喜ぶことにする。
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