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「そうですね。お店を開けている日は大体来てくださいますよ」
「ちょっと、アイオライト。そんなこと……なくないか」
ラウルの父と母、この国の王と王妃と話しながらアイオライトはスペアリブと野菜をを焼いていた。辺り一面にスペアリブのいい匂いが広がって、普段は近くに寄ることもない使用人ですら様子を見に来るほどだ。
「さすがヴィンスとジョゼットの娘だ」
「えぇ、ラウルの表情も穏やかね」
「しかしこのカレーライスという食べ物は美味であるな」
「ラウル様のあの顔。完全に浮かれてますからね。告白めいたものではないと存じますが、こちらに向かう途中に、もしかしたら何かしら自覚するような出来事があったのかもしれません。あとカレーライスは本当に美味です。」
その二人の横、リチャードがアルタジア国王のエグバードも大絶賛、先日食べて自身も虜になったカレーライスを手に、実況のような報告をしている。
「まぁ!」
「アイオライトが少し変わっておりますので、もし関係が進むならまだ先でしょうが……」
「あの娘がラウルを選んでくれたなら、であろう?」
外野が盛り上がっている事に気が付かないラウルだが、焼き終わったのか王と王妃の方へ戻って来た。
「父上、母上、こちらもどうぞ。って、おい、リチャードお前なんでちゃっかりここにいるんだよ」
出来立てのスペアリブをもってきたラウルがリチャードにようやく気が付いた。
「ご報告ですよ。ラウル様。」
ならいいけど、変なこと言うなよ。と小声で注意してから座る。
大きなカウチソファが二つ配置されている。
アイオライトもさすがに王と王妃と同じところには座れないので、ラウルの隣に座ることにしていた。
パタパタと皿をもって戻って来たアイオライトが、王妃カーネリアに尋ねた。
「あの、もうお身体の具合はいいのですか? 体調を崩されたと聞いたので、脂っぽいようであれば違うものを作りますので言ってくださいね」
「大丈夫よ。ありがとう。そう言えば、この間の焼き菓子と飲み物はとても美味しかったわ。ありがとう」
「ドリンクは今日も持ってきていますよ。お飲みになりますか?」
「えぇ、食事の最後にいただこうかしら」
「わかりました。あ、自分サングリア作って来たので、もしお好きであればいかがでしょうか」
カーネリアもエグバードも持ってきているワインを飲んでいた。
せっかく持ってきたのだから飲んでもらいたいと、グラスに注ぐ。
「おぉ、サングリアか。これも旨いな」
アルタジア王がしっかり飲み干し、二杯目を自分でグラスに注いでいた。
王妃も少しずつ飲み進めているようだ。
「アルコールは低めですが、飲み過ぎないように気を付けてくださいね」
「そなたは飲めないのか?」
「はい。自分はまだ十七なので……」
なのでアイオライトはお茶と葡萄のジュースを飲んでいる。
まだ未成年の為、サングリアの味見以外では、まだちゃんとも飲んだことがないので、アイオライトは成人してお酒を飲むのをかなり楽しみにしている。
「それは残念だ。成人後にまた機会があれば飲むとしようか」
「はい。是非」
「アイオライト、次は何を食べさせてもらえるのかしら?」
とても軽やかに会話が進み、エグバードもカーネリアも普段のしがらみから解放されたような気がしてつい気やすい言葉を使ってしまうようだ。
「今日はスペシャルなデザートがあるので、是非ご賞味ください!」
そういってアイオライトはまたコンロの方に走っていってしまった。
「アイオライト、そんなに走ったりしなくても大丈夫だから。あと少しは自分も食べないと」
その後を追ってラウルもコンロに向かうと、串の先に白いものを刺してゆっくり焼いている。
「初めに食べたタレも気に入って貰えてよかったです」
「あれは本当に美味しい。ナポリタンの次の次ぐらいに好きなやつだよ」
「次と次は何なんですか?」
肩を揺らしてクスクス笑っているアイオライトだが、白いものをかなり凝視している。
「秘密だよ。ねぇ、それ何を焼いているの?」
「これはですね、マシュマロです。マシュマロを焼くと、外がカリカリで美味しいんですよ」
丁度いい焦げ目がついて満足したのか、アイオライトが火から上げて両端から摘み、器用に焼けている表面だけを引き抜いた。外側だけが綺麗に形を保ち、残った部分も形を少し変えてとろりと美味しそうだ。
「はい! どうぞ」
マシュマロの外側だけそっと掌に乗せてもらい、口に放り込むと、カリカリなのにふわりと溶けてなくなる触感が面白い。
「うまい!」
「でしょう? でもちょっと行儀が悪いのでお二人には普通に焼いたやつをお持ちしないとダメですね」
そう言ってさらにアイオライトが王と王妃の分を焼き始める。
ラウルもどうしても焼いてみたくなったので、自分でも挑戦することにした。
そっと、優しく焦がさないように回しながら、丁度いい具合に焼き目がついたところで火から下ろす。
無事に上手に外側だけ外れると、なんだか楽しい。
「おぉ、上手く外れた! アイオライト、これ食べる?」
「いただきます!」
アイオライトは王と王妃の分を焼いている。
目の前にマシュマロを差し出されてが、あいにくと手がふさがっていたので、そのままラウルの手からぱくりと食べた。
推しの手から直接食べられる幸せに浸りながら、アイオライトは口の端についた分をぺろりと舐める。
「やっぱり美味しいですね~」
「ー--っ! ダメだよ。俺以外にそんなことしちゃ。貴族の世界は怖いんだからね」
「? わかりました」
何に対して注意されたのかが分からないが、アイオライトは一応返事だけはしておいた。
マシュマロの焼きたてを王と王妃に持っていき、不思議な食感を楽しんでもらった後、アイオライトは少し喉が渇いたので勢いよく目の前にあったグラスの葡萄ジュースを飲み干す。
少しぬるくなったからだろうか。渋みが少しだけ気になったが、嫌いじゃない。
「このマシュマロと言うのはまだあるのかしら?」
「はい。まだ焼けますよ! 焼きたてが美味しいので、また焼いてきますね」
昼間から馬車に乗って、さらに慣れないところで料理を作るとやはり気も張る。
マシュマロを焼いてテーブルに戻り、ラウルの横にちょこんと座る。
アイオライトはふわりと眠気に襲われて、マークに言われたことを思い出していた。
眠くなる前に帰ってこいだなんて、子供扱いして……
王様と王妃様の前で寝たりなんかしないよ……
王妃様にシュワシュワを……
---------
その頃、王の野営地のそばを一台のキャンピングカーが走り抜ける。
---------
座って両親と話をしていると、目の前をふわりと紺青の髪が揺れて、肩のあたりに少しだけ重みを感じる。
「アイオライト?」
声をかけても反応がない。
様子をうかがうと、すやすやと寝息を立てている。
「マークに眠くなる前に帰って来いって言われてたのに、疲れちゃったのかな」
「ラウル様が飲んでいたワイングラスを、間違えてアイオライトが飲み干したようですね」
「うそ。ワイン飲んじゃったのか……」
リチャードもカレーライスに夢中で、アイオライトがワインを飲んでしまったのに気が付いたのはしばらくたってからだった。
王と王妃はアイオライトの寝顔を愛でるように見ている。
「父上、母上、大変申し訳ありませんが、これで失礼させていただきたく存じます」
「移動式住居に泊まっていけばよかろう。寝かせてやれる場所はあるぞ」
「いえ、アイオライトの兄ともいえる人と、送って帰ると約束しましたので」
そうか、ではまたな。行くがよい。と王の許しを得てからアイオライトを横抱きにして立ち上がる。
「リチャード、帰りの馬車の用意を。急いで」
「畏まりました」
変なところに触らないように細心の注意を払って抱きかかえる。
やはりとても柔らかい。先ほどまでマシュマロを焼いていたからだろうか。とても甘い香りがする。
準備が出来た馬車に、アイオライトを起こさないようにそっと乗り込み、ゆっくりと座席に座った。
小さな寝息を立てながら腕の中で眠るアイオライトが、身じろぎしてラウルに頭を摺り寄せてくる。
びくりと動いてしまったが、起こしてはいないようだ。
アイオライトを見ているだけでなんだか温かい気持ちになるのは何故だろうと考えていたら、一時間などはすぐに過ぎ、イシスに到着する。
時間が遅いため街中を走る馬車もないので、起こさないようにゆっくりと、アイオライトを横抱きしながらラウルは金の林檎亭まで歩いた。
「アイオライト。ここ持てる?」
落ちないようにどこかを持っていて欲しくてシャツを握るようにお願いしてみる。
まだ眠いのだろう、うっすら目を開けてラウルを見てうなずくと、先ほどと同じように頭を摺り寄せながらシャツにしがみついてきた。
少しだけ背中をさすってやるとくすぐったそうに笑うのが可愛い。
「ほら、アイオライト、家に着いたよ。起きて」
「やだ」
「まだ酔っぱらってるの?」
「ない」
いつもは聞き分けがいいのに、なんだかわがままを言われているようでなんだかうれしくなってしまう。
ぐっとしがみついて離れないので、マークから借りた鍵で金の林檎亭へ入る。
アイオライトの部屋は教えて貰ったので知っている。年頃の女性の部屋に入るのはいかがなものかと思いはするが、致し方ない。
「アイオライト、部屋に入るね」
返事はないが断りを入れてそっと部屋に入る。
とてもシンプルな部屋だ。
カーテンは緑、ベッドに机、姿見の鏡と洋服箪笥。アイオライト一人なら寝れるぐらいの大きさのカウチソファーが置いてある。
「ほら、部屋に着いたよ。俺そろそろ帰るから」
ベッドに寝かせようとしても、握ったシャツを離さない。
仕方ないのでラウルはソファーに座って、アイオライトが服を離すのを待つことにした。
紺青の髪。いつもは大きく見開かれる金色の瞳は今は見えない。
近くで見ると、思ったよりまつげが短い。
薄い唇につい目がいってしまう。
そっと髪を撫でると、アイオライトがご機嫌と言ったように笑うので調子に乗って撫で続けてしまう。さらさらの髪の間から、形のいい耳が見える。少しだけ指でなぞるとくすぐったそうだ。
頬を撫でるとすり寄ってくるのがたまらない。
どうしようもなく、腕の中にいるアイオライトが愛おしくて……
「どうしよう。俺、君のことが……」
唇を指でなぞろうとしたところで、部屋に人が入ってくる気配にラウルは急に我に返った。
「ちょっとそこの金髪イケメン。あんた、寝てるアオに何するつもりなのかしら?」
振り返るとそこには、黒髪に赤い瞳、牡丹色の髪と瞳、薄藤色の髪に緑の瞳の三人の女性が立っていた。
「俺は別に……、というか君たちこの街の人間じゃないよね。勝手に人の家に、入ってきてそちらこそ泥棒か何かじゃないのか?」
「ちょっと、うちのこんなに可愛いアオに何もしないつもりだったのか?」
薄藤色の髪の女性が身もふたもないことを言ってくる。
「どっちだよ!!」
やましいことをしたいわけではかったが、触れていたかったのは嘘じゃない。
が、今はこの知らない女性三人が何者なのか知る必要が……、と思い出す。
コルドの街での錬金術師と言われた女性の目撃情報と一致する二人に、虹の花束でアイオライトの服を考案したという女性の特徴と似ている。
「泥棒なんかじゃないわ。私たちはアオの友達よ」
赤い瞳の女性が敵意を剝き出しにしてラウルに突っかかる。
「証拠はない。俺はこの半年イシスの街にいる。君たちを見たこともないし、アイオライトから話を聞いたこともない」
「ちょっと待って、アオ、この人にしがみついて寝てるよ。昔っから好きなものに引っ付いて寝るの変わってないな」
薄藤色の髪の女性が間に入って、赤い瞳の女性の敵意が少しだけ和らぐ。
「お兄さんがどなたか存じませんが、アオが懐いているなら悪い人物ではなさそうなので、今日はいったんお暇します。明日またこちらに出向きますので。でもアオに何かしたらただじゃおかないわよ」
物腰の柔らかそうな牡丹色の髪の女性の最後の一言にぎくりとする。
「何もしない」
と返すのがラウルの精一杯だった。
「ラウル様!」
その時、野営先から追いかけてきたであろうリチャードが二階に上がってきた。
「コルドにいたと言われていた馬のない馬車がこちらに向かったと……」
報告をしようとするリチャードが、藤色の髪の女性の視線に気が付く。
「どちら様でしょうか?」
リチャードが声をかけた瞬間、藤色の髪の女性の顔が一気に上気して、目が見開かれたと思った瞬間、鼻血を出して倒れてしまった。
「リコ! リコ!」
夜も更けた金の林檎亭で、アイオライトを愛でていたら、見知らぬ三人の女性と遭遇し、うち一人が自分の側近のリチャードを見た瞬間鼻血を出して倒れるという情報過多な状況に、ラウル自体も大混乱中である。
だが、こんな大騒ぎの中でも、ぐっすりラウルの腕の中で寝ているアイオライト。
最推しラウルの腕の中で起きるという衝撃を受けるまであと数時間である。
「ちょっと、アイオライト。そんなこと……なくないか」
ラウルの父と母、この国の王と王妃と話しながらアイオライトはスペアリブと野菜をを焼いていた。辺り一面にスペアリブのいい匂いが広がって、普段は近くに寄ることもない使用人ですら様子を見に来るほどだ。
「さすがヴィンスとジョゼットの娘だ」
「えぇ、ラウルの表情も穏やかね」
「しかしこのカレーライスという食べ物は美味であるな」
「ラウル様のあの顔。完全に浮かれてますからね。告白めいたものではないと存じますが、こちらに向かう途中に、もしかしたら何かしら自覚するような出来事があったのかもしれません。あとカレーライスは本当に美味です。」
その二人の横、リチャードがアルタジア国王のエグバードも大絶賛、先日食べて自身も虜になったカレーライスを手に、実況のような報告をしている。
「まぁ!」
「アイオライトが少し変わっておりますので、もし関係が進むならまだ先でしょうが……」
「あの娘がラウルを選んでくれたなら、であろう?」
外野が盛り上がっている事に気が付かないラウルだが、焼き終わったのか王と王妃の方へ戻って来た。
「父上、母上、こちらもどうぞ。って、おい、リチャードお前なんでちゃっかりここにいるんだよ」
出来立てのスペアリブをもってきたラウルがリチャードにようやく気が付いた。
「ご報告ですよ。ラウル様。」
ならいいけど、変なこと言うなよ。と小声で注意してから座る。
大きなカウチソファが二つ配置されている。
アイオライトもさすがに王と王妃と同じところには座れないので、ラウルの隣に座ることにしていた。
パタパタと皿をもって戻って来たアイオライトが、王妃カーネリアに尋ねた。
「あの、もうお身体の具合はいいのですか? 体調を崩されたと聞いたので、脂っぽいようであれば違うものを作りますので言ってくださいね」
「大丈夫よ。ありがとう。そう言えば、この間の焼き菓子と飲み物はとても美味しかったわ。ありがとう」
「ドリンクは今日も持ってきていますよ。お飲みになりますか?」
「えぇ、食事の最後にいただこうかしら」
「わかりました。あ、自分サングリア作って来たので、もしお好きであればいかがでしょうか」
カーネリアもエグバードも持ってきているワインを飲んでいた。
せっかく持ってきたのだから飲んでもらいたいと、グラスに注ぐ。
「おぉ、サングリアか。これも旨いな」
アルタジア王がしっかり飲み干し、二杯目を自分でグラスに注いでいた。
王妃も少しずつ飲み進めているようだ。
「アルコールは低めですが、飲み過ぎないように気を付けてくださいね」
「そなたは飲めないのか?」
「はい。自分はまだ十七なので……」
なのでアイオライトはお茶と葡萄のジュースを飲んでいる。
まだ未成年の為、サングリアの味見以外では、まだちゃんとも飲んだことがないので、アイオライトは成人してお酒を飲むのをかなり楽しみにしている。
「それは残念だ。成人後にまた機会があれば飲むとしようか」
「はい。是非」
「アイオライト、次は何を食べさせてもらえるのかしら?」
とても軽やかに会話が進み、エグバードもカーネリアも普段のしがらみから解放されたような気がしてつい気やすい言葉を使ってしまうようだ。
「今日はスペシャルなデザートがあるので、是非ご賞味ください!」
そういってアイオライトはまたコンロの方に走っていってしまった。
「アイオライト、そんなに走ったりしなくても大丈夫だから。あと少しは自分も食べないと」
その後を追ってラウルもコンロに向かうと、串の先に白いものを刺してゆっくり焼いている。
「初めに食べたタレも気に入って貰えてよかったです」
「あれは本当に美味しい。ナポリタンの次の次ぐらいに好きなやつだよ」
「次と次は何なんですか?」
肩を揺らしてクスクス笑っているアイオライトだが、白いものをかなり凝視している。
「秘密だよ。ねぇ、それ何を焼いているの?」
「これはですね、マシュマロです。マシュマロを焼くと、外がカリカリで美味しいんですよ」
丁度いい焦げ目がついて満足したのか、アイオライトが火から上げて両端から摘み、器用に焼けている表面だけを引き抜いた。外側だけが綺麗に形を保ち、残った部分も形を少し変えてとろりと美味しそうだ。
「はい! どうぞ」
マシュマロの外側だけそっと掌に乗せてもらい、口に放り込むと、カリカリなのにふわりと溶けてなくなる触感が面白い。
「うまい!」
「でしょう? でもちょっと行儀が悪いのでお二人には普通に焼いたやつをお持ちしないとダメですね」
そう言ってさらにアイオライトが王と王妃の分を焼き始める。
ラウルもどうしても焼いてみたくなったので、自分でも挑戦することにした。
そっと、優しく焦がさないように回しながら、丁度いい具合に焼き目がついたところで火から下ろす。
無事に上手に外側だけ外れると、なんだか楽しい。
「おぉ、上手く外れた! アイオライト、これ食べる?」
「いただきます!」
アイオライトは王と王妃の分を焼いている。
目の前にマシュマロを差し出されてが、あいにくと手がふさがっていたので、そのままラウルの手からぱくりと食べた。
推しの手から直接食べられる幸せに浸りながら、アイオライトは口の端についた分をぺろりと舐める。
「やっぱり美味しいですね~」
「ー--っ! ダメだよ。俺以外にそんなことしちゃ。貴族の世界は怖いんだからね」
「? わかりました」
何に対して注意されたのかが分からないが、アイオライトは一応返事だけはしておいた。
マシュマロの焼きたてを王と王妃に持っていき、不思議な食感を楽しんでもらった後、アイオライトは少し喉が渇いたので勢いよく目の前にあったグラスの葡萄ジュースを飲み干す。
少しぬるくなったからだろうか。渋みが少しだけ気になったが、嫌いじゃない。
「このマシュマロと言うのはまだあるのかしら?」
「はい。まだ焼けますよ! 焼きたてが美味しいので、また焼いてきますね」
昼間から馬車に乗って、さらに慣れないところで料理を作るとやはり気も張る。
マシュマロを焼いてテーブルに戻り、ラウルの横にちょこんと座る。
アイオライトはふわりと眠気に襲われて、マークに言われたことを思い出していた。
眠くなる前に帰ってこいだなんて、子供扱いして……
王様と王妃様の前で寝たりなんかしないよ……
王妃様にシュワシュワを……
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その頃、王の野営地のそばを一台のキャンピングカーが走り抜ける。
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座って両親と話をしていると、目の前をふわりと紺青の髪が揺れて、肩のあたりに少しだけ重みを感じる。
「アイオライト?」
声をかけても反応がない。
様子をうかがうと、すやすやと寝息を立てている。
「マークに眠くなる前に帰って来いって言われてたのに、疲れちゃったのかな」
「ラウル様が飲んでいたワイングラスを、間違えてアイオライトが飲み干したようですね」
「うそ。ワイン飲んじゃったのか……」
リチャードもカレーライスに夢中で、アイオライトがワインを飲んでしまったのに気が付いたのはしばらくたってからだった。
王と王妃はアイオライトの寝顔を愛でるように見ている。
「父上、母上、大変申し訳ありませんが、これで失礼させていただきたく存じます」
「移動式住居に泊まっていけばよかろう。寝かせてやれる場所はあるぞ」
「いえ、アイオライトの兄ともいえる人と、送って帰ると約束しましたので」
そうか、ではまたな。行くがよい。と王の許しを得てからアイオライトを横抱きにして立ち上がる。
「リチャード、帰りの馬車の用意を。急いで」
「畏まりました」
変なところに触らないように細心の注意を払って抱きかかえる。
やはりとても柔らかい。先ほどまでマシュマロを焼いていたからだろうか。とても甘い香りがする。
準備が出来た馬車に、アイオライトを起こさないようにそっと乗り込み、ゆっくりと座席に座った。
小さな寝息を立てながら腕の中で眠るアイオライトが、身じろぎしてラウルに頭を摺り寄せてくる。
びくりと動いてしまったが、起こしてはいないようだ。
アイオライトを見ているだけでなんだか温かい気持ちになるのは何故だろうと考えていたら、一時間などはすぐに過ぎ、イシスに到着する。
時間が遅いため街中を走る馬車もないので、起こさないようにゆっくりと、アイオライトを横抱きしながらラウルは金の林檎亭まで歩いた。
「アイオライト。ここ持てる?」
落ちないようにどこかを持っていて欲しくてシャツを握るようにお願いしてみる。
まだ眠いのだろう、うっすら目を開けてラウルを見てうなずくと、先ほどと同じように頭を摺り寄せながらシャツにしがみついてきた。
少しだけ背中をさすってやるとくすぐったそうに笑うのが可愛い。
「ほら、アイオライト、家に着いたよ。起きて」
「やだ」
「まだ酔っぱらってるの?」
「ない」
いつもは聞き分けがいいのに、なんだかわがままを言われているようでなんだかうれしくなってしまう。
ぐっとしがみついて離れないので、マークから借りた鍵で金の林檎亭へ入る。
アイオライトの部屋は教えて貰ったので知っている。年頃の女性の部屋に入るのはいかがなものかと思いはするが、致し方ない。
「アイオライト、部屋に入るね」
返事はないが断りを入れてそっと部屋に入る。
とてもシンプルな部屋だ。
カーテンは緑、ベッドに机、姿見の鏡と洋服箪笥。アイオライト一人なら寝れるぐらいの大きさのカウチソファーが置いてある。
「ほら、部屋に着いたよ。俺そろそろ帰るから」
ベッドに寝かせようとしても、握ったシャツを離さない。
仕方ないのでラウルはソファーに座って、アイオライトが服を離すのを待つことにした。
紺青の髪。いつもは大きく見開かれる金色の瞳は今は見えない。
近くで見ると、思ったよりまつげが短い。
薄い唇につい目がいってしまう。
そっと髪を撫でると、アイオライトがご機嫌と言ったように笑うので調子に乗って撫で続けてしまう。さらさらの髪の間から、形のいい耳が見える。少しだけ指でなぞるとくすぐったそうだ。
頬を撫でるとすり寄ってくるのがたまらない。
どうしようもなく、腕の中にいるアイオライトが愛おしくて……
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唇を指でなぞろうとしたところで、部屋に人が入ってくる気配にラウルは急に我に返った。
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振り返るとそこには、黒髪に赤い瞳、牡丹色の髪と瞳、薄藤色の髪に緑の瞳の三人の女性が立っていた。
「俺は別に……、というか君たちこの街の人間じゃないよね。勝手に人の家に、入ってきてそちらこそ泥棒か何かじゃないのか?」
「ちょっと、うちのこんなに可愛いアオに何もしないつもりだったのか?」
薄藤色の髪の女性が身もふたもないことを言ってくる。
「どっちだよ!!」
やましいことをしたいわけではかったが、触れていたかったのは嘘じゃない。
が、今はこの知らない女性三人が何者なのか知る必要が……、と思い出す。
コルドの街での錬金術師と言われた女性の目撃情報と一致する二人に、虹の花束でアイオライトの服を考案したという女性の特徴と似ている。
「泥棒なんかじゃないわ。私たちはアオの友達よ」
赤い瞳の女性が敵意を剝き出しにしてラウルに突っかかる。
「証拠はない。俺はこの半年イシスの街にいる。君たちを見たこともないし、アイオライトから話を聞いたこともない」
「ちょっと待って、アオ、この人にしがみついて寝てるよ。昔っから好きなものに引っ付いて寝るの変わってないな」
薄藤色の髪の女性が間に入って、赤い瞳の女性の敵意が少しだけ和らぐ。
「お兄さんがどなたか存じませんが、アオが懐いているなら悪い人物ではなさそうなので、今日はいったんお暇します。明日またこちらに出向きますので。でもアオに何かしたらただじゃおかないわよ」
物腰の柔らかそうな牡丹色の髪の女性の最後の一言にぎくりとする。
「何もしない」
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「リコ! リコ!」
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