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式典への説得
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「アイオライト、その、そんなに嫌がらなくても……」
「絶対に嫌です……」
ラウルが優しい口調で説得しているが首を縦には振らず、アイオライトは営業が終わった店内で、口を真一文字に結び、下を向いてしまった……。
一週間前に、コルドの街からの帰りに、ジーランから来た二人の話を車内で聞いた。
飛び級で学校を卒業した二人は、国の特殊技術部に就職するよう、国から通達を受ける。ジーランでは国の通達拒否はできない。
休みはあるが、住んでいる寮から出ることは許されなかった。
買い物は服屋や雑貨屋が定期的に寮に売りに来るだけ。
家族と会うことも面会の申請が必要。
決められた就業時間は朝の七時から夜の七時まで。
国の直属部署だが、完全にブラック企業である。
給与面ではかなりの高待遇だったが、職業選択の自由があって、基本的人権の尊重を謳う日本で生まれ育ったリコとカリンは、私生活まで干渉されることが特に嫌だった。
特殊技術部は、国家機密的な発明や技術を開発する場所で、国の花形職業と言われているが、結局職場環境に耐えられず、職場上司と何度も交渉も実らず、まったくもって改善されなかったため国を飛び出してきたそうだ。
「なので私たちはアルタジアへの亡命を希望します」
車の中では特にどんな仕事してきて、職場がどれほどブラックだったのかを語りつくし、金の林檎亭に着いて、紅茶でも飲みながらもう少し話を、とお湯を沸かして茶菓子を準備している所に爆弾発言が飛び出したのだ。
「ボウメイ?」
「はい」
「ボウメイとは、何だろうか?」
ラウルが初めて聞いた言葉であるかのように質問する。
「え? えっと、政治的または思想の相違などの理由から、自分の国にいると迫害を受ける可能性が高いから、他国に逃れること?」
カリンが説明するが、リコが何この人達何も知らないの? と言う顔でラウルを見ている。
リチャードも知らない言葉であったようで、説明を興味深く聞いていた。
「アルタジアとオーリエでは亡命って言葉自体がないわね。もしかしたらこの世界に亡命って言葉がないのかも……。なら、保護をと願い出ると言えばいいかしら」
レノワールが亡命という言葉自体がなさそうだと、通じそうな言葉を選んでくれた。
「そうか。君たち二人はジーランからアルタジアへ保護を求めるということでいいのか?」
ラウルにもリチャードにもようやく意味が通じたようだ。
「保護でも何でもこの国に暮らせるならば答えは《はい》よ」
「我が国が受ける恩恵は?」
「アオがいるから、私たちがこのアルタジアに害をなすことはしないわ。あと気ままに開発させてもらえる場所があれば、きっとこの国の役に立つわよ」
「そうそう、小型の車も作りたいし、実は目の悪い人様に目に入れる眼鏡を個人的に開発済み。遠く離れた人と話をするための回路も今試作中。あとは企業秘密、だよ」
「ラウル、ここだけでは決められない。一度国王に伺わねば」
まったく未知の国であるジーランの情報が、少しでも分かればいいぐらいに思っていたのだが、びっくりするような知識を持った人間が向こうからやってきた。
しかしこの二人の持っている情報と知識は自分の手には余る。
「父上たちはもう王城へ戻られたか?」
「はい。昨日の夕刻前には視察を終え王城に戻られています」
ラウルは少し考えて、リチャードに告げる。
「時間がもったいないな。明日の朝一番でアルタジア王城に行こう。二人とも、アルタジアの王城へ一緒に来てくれ。あの馬のいない馬車で来てくれていい。面会は明日の朝一番。リチャード、父上に面会の連絡を、あと客人を伴って城に戻る旨先触れを出せ」
「承知しました。さて、レノワール嬢はこの国に保護を願い出る必要性を感じないが、どうしますか?」
「私には必要ないけれど面白そうだから一緒に行くわ」
レノワールも一緒にアルタジアの王城に向かうことになったようだ。
「そっか。じゃぁ、帰ってくるの待ってるね」
ずっと一緒にいたからだろうか、一斉にアルタジア王城に行ってしまうことに寂しさを感じつつ、アイオライトは店もあるので一緒には行けないと残る事となった。
それから一週間後。
ようやくラウルが今回はロジャーとフィンを伴ってやってきたが、レノワール、リコ、カリンの三人の姿が見えない。
「あの、三人はどうしたんでしょうか……。自分に何も言わずに帰っちゃったんでしょうか。せっかく来てくれたのに」
唇をかみしめてながらも、ラウルを真っ直ぐ見て質問するアイオライトの瞳から、涙がこぼれそうでラウルは慌ててしまう。
「彼女達は今、城で保護されているから大丈夫だよ。連絡できなくてごめんね。アイオライト」
「どこかに行っちゃったんじゃなくて、よかったです」
ラウルは、一度アイオライトの頬を優しく撫で、瞳に溜まった涙を指で拭ってから椅子に座らせた。
泣きそうな顔もなんとも言えない可愛いがあるが、撫でた時の目を細めて気持ちよさそうにしている顔の方が好きだな……などつい考えながら、ラウルは自身もアイオライトの隣に座る。
「いい雰囲気のところ申し訳ないけれど、説明させてね。ジーランから来た二人をこの国で保護することが正式に決まったんだよ」
「しかもあの二人は国の発展にかなり貢献していたようだからね。後々のことを考え、大々的にアルタジアで保護したと国内外に発表する必要がある」
「あの、発表してしまったら、ジーランに狙われたりしないんですか?」
フィンとロジャーの説明に、アイオライトは見つかったら何をされるか分からないと慌てる。
「いや、ジーランにもそれ以外の国にも彼女たちを公式に保護したと宣言しておけば無暗に手を出せなくなるんだよ」
「ならばちゃんと色々な国に、大々的に! 発表しまくりましょう! 自分出来ること何でもやります!」
リコとカリンが危険にさらされることだけは絶対に避けたい。
あの二人なら、危険を察知してすぐにどこかに行ってしまいそうではあるが……。
「そう。そこだよ。アイオライト君! 我がアルタジアは、今まで保護をしてこなかったわけではないんだけれどね、国の要人とも言えるような人物を保護したのは初めてなんだ」
先生のような喋り方でロジャーが店内を歩いて話し始める。
「さらに言うと、アルタジアも他国も保護を宣言するという前例があまりなくてね。古い文献を探していたところ、かなり昔に数例だけ見つかったんだよね」
ふんふん、と頭をしっかり振って話を聞いているアイオライトに、ラウルがいつの間にかお茶を入れてきてくれたようだ。
アイオライトがラウルに、ありがとうございます、と言ってから目の前に置かれたコップに少し口を付けると、緊張していた表情が少し和らいだように見えた。
「よかった……」
とても小さな声でラウルがつぶやいたが、今はリチャードがいないので、その呟きを拾うものはここにはいない。
「その保護を宣言する方法は、各国を招いて式典を開き、舞踏会を開催すること!」
高らかにフィンがその方法を告げた。
「式典に舞踏会! じゃぁあの二人も着飾ってお姫様みたいになっちゃうってことですね!」
「そうそう、お姫様みたいになれるよ!」
お茶の効果か否か、気持ちが上がってきたのかアイオライトもテンションが上がり気味だ。
「そこで、アイオライト君に相談なんだけれどね……」
「自分、その会場でお食事のお手伝いをしたらいいんですよね!」
ロジャーがたたみかけるようにアイオライトに、あるお願いをするつもりだったのだが、まったく違う言葉がその本人から飛び出る。
ラウルとロジャーとフィンも、寝耳に水である。
三人とも、アイオライト本人もお姫様みたいなりたい、と言うと思っていたのだ。
「ん?」
思っていたのとあまりにも違う三人の反応にアイオライトは、もう一度聞いてみることにした。
「あの、お食事のお手伝いをしたらいいんですよね?」
アイオライトのできること、イコール食事を作る事なのはわかるのだが、今回は違うのだ。
ラウルはアイオライトにはっきり《出席のお願い》をすることにした。
「リコ嬢とカリン嬢は、この国に知り合いはいないだろう。アイオライトに二人の友人として、出席すると共に、付き添い人になって欲しい。二人共それを望んでいるからね」
「でも、レノワールは?」
「彼女は式典にも舞踏会にも出席するよう話は付いているが、他国の人間だろう? アルタジアの国民で、さらに二人に近しい人が必要なんだよ」
「でも、自分は貴族でも何でもないし、場違いですよ……」
「ちゃんとした付き添いは城の侍女がしてくれる。アイオライトは二人と一緒に式典と舞踏会を楽しんでくれていいんだよ」
アイオライトは庶民、一食事処の店主というだけだ。
そんな大それた場所に出席するなんてとんでもない。
それに式典やら舞踏会なんかに着ていく服だって持っていない。
あの二人は昔から肝が据わっていたから、大舞台でも大丈夫だと思う。
だが、自分はそんな煌びやかな場所に立つ自信がない。
「お手伝いなら何でもしますから……」
せっかくテンションが上がってきていたのに、急下降を描いてテンションが下がっていくのが見えるようだ。
「アイオライト、その、そんなに嫌がらなくても……」
「絶対に嫌です……」
ラウルが優しい口調で説得しているが首を縦には振らず、アイオライトは営業が終わった店内で、口を真一文字に結び、下を向いてしまった……。
「でも、リコ嬢もカリン嬢もそれを望んでいるんだよ? アイオライト君は、友達が望んでいるのに断るのかな?」
「そうだよ。保護される国にすでに知り合いや仲のいい人がいるのといないのとでは、各国の印象も違うと思うしさ」
フィンとロジャーが困った顔のアイオライトに諭すと、ぽつぽつと話し始めた。
「……自分、普通の庶民ですし、付き添いとはいえ、そんな華やかな場所に立つ自信がありません。着ていく服もありませんし、店も休まなくてはいけないし色々……」
「色々? 式典はすぐ明日ってわけじゃないよ。ドレスは俺が贈る。そうだ! レノワール嬢に作ってもらおう。この前作ってくれていた服はどれもアイオライトに似合っていたからね。店はこの前の時みたく舞踏会に出るから臨時休業だって言えば、お客さんたちは気にしないよ。どうかな?」
ラウルはちゃっかり自分がドレスを贈ると口にしつつ、アイオライトに何とか出席を承諾してもらいたいと必死で説得を試みる。
「お客さんたちは気にしないです? う~ん」
「常連の俺が言うんだから、間違いないよ」
「でもリコとカリンは色々な人に囲まれることになりますよね。そこに平民の自分がいても平気でしょうか」
「アイオライトは二人の友達ですって顔して、自由に舞踏会の食事とか食べて回ってもいいんだよ。彼女たちの友達ですよって印象付けることが大事なんだから」
この国事に対して、主が真面目に取り組んでいるのは間違いないのだが、アイオライトがドレスを着ているのを見たいし、エスコートしたいし、あわよくば舞踏会で踊りたいし……、というラウルの煩悩がフィンとロジャーには透けて見えていた。
「では、自分にも一人そばにいてくれる人がいるなら……参加してもいいです。でもなるべく目立たないようにしたいです」
ラウルは即答する。
「俺が、ずっと君のそばにいる」
射貫くように真っ直ぐアイオライトを見て、ラウルはそう告げた。
その強い視線の理由は、推しのラウルがこの国事に対して熱心に対応しているからなのだ、ならば自分も怖がっていてはいけない。とアイオライトは気を引き締める。
それに、きっとラウルの正装は正義だ、と今から断言できる。
ラウルの正装を見るような機会は、もしかしたら一生回ってこないかもしれない。
リコとカリンの為! ラウルの正装の為! あとちょっとだけこの国の為!
そうアイオライトは決心を固めて絞り出すように声に出す。
「え……っと。はい。では自分、僭越ながら壁の花になる所存で出席させていただきます」
その言葉を聞いてフィンとロジャーも、なんとかアイオライトの出席をもぎ取るミッションをクリアしたと喜んだ。
だが、ラウルは喜びと共に、まだ日程も決まっていない式典と舞踏会中はアイオライトのそばから決して離れないと誓った。
「絶対に嫌です……」
ラウルが優しい口調で説得しているが首を縦には振らず、アイオライトは営業が終わった店内で、口を真一文字に結び、下を向いてしまった……。
一週間前に、コルドの街からの帰りに、ジーランから来た二人の話を車内で聞いた。
飛び級で学校を卒業した二人は、国の特殊技術部に就職するよう、国から通達を受ける。ジーランでは国の通達拒否はできない。
休みはあるが、住んでいる寮から出ることは許されなかった。
買い物は服屋や雑貨屋が定期的に寮に売りに来るだけ。
家族と会うことも面会の申請が必要。
決められた就業時間は朝の七時から夜の七時まで。
国の直属部署だが、完全にブラック企業である。
給与面ではかなりの高待遇だったが、職業選択の自由があって、基本的人権の尊重を謳う日本で生まれ育ったリコとカリンは、私生活まで干渉されることが特に嫌だった。
特殊技術部は、国家機密的な発明や技術を開発する場所で、国の花形職業と言われているが、結局職場環境に耐えられず、職場上司と何度も交渉も実らず、まったくもって改善されなかったため国を飛び出してきたそうだ。
「なので私たちはアルタジアへの亡命を希望します」
車の中では特にどんな仕事してきて、職場がどれほどブラックだったのかを語りつくし、金の林檎亭に着いて、紅茶でも飲みながらもう少し話を、とお湯を沸かして茶菓子を準備している所に爆弾発言が飛び出したのだ。
「ボウメイ?」
「はい」
「ボウメイとは、何だろうか?」
ラウルが初めて聞いた言葉であるかのように質問する。
「え? えっと、政治的または思想の相違などの理由から、自分の国にいると迫害を受ける可能性が高いから、他国に逃れること?」
カリンが説明するが、リコが何この人達何も知らないの? と言う顔でラウルを見ている。
リチャードも知らない言葉であったようで、説明を興味深く聞いていた。
「アルタジアとオーリエでは亡命って言葉自体がないわね。もしかしたらこの世界に亡命って言葉がないのかも……。なら、保護をと願い出ると言えばいいかしら」
レノワールが亡命という言葉自体がなさそうだと、通じそうな言葉を選んでくれた。
「そうか。君たち二人はジーランからアルタジアへ保護を求めるということでいいのか?」
ラウルにもリチャードにもようやく意味が通じたようだ。
「保護でも何でもこの国に暮らせるならば答えは《はい》よ」
「我が国が受ける恩恵は?」
「アオがいるから、私たちがこのアルタジアに害をなすことはしないわ。あと気ままに開発させてもらえる場所があれば、きっとこの国の役に立つわよ」
「そうそう、小型の車も作りたいし、実は目の悪い人様に目に入れる眼鏡を個人的に開発済み。遠く離れた人と話をするための回路も今試作中。あとは企業秘密、だよ」
「ラウル、ここだけでは決められない。一度国王に伺わねば」
まったく未知の国であるジーランの情報が、少しでも分かればいいぐらいに思っていたのだが、びっくりするような知識を持った人間が向こうからやってきた。
しかしこの二人の持っている情報と知識は自分の手には余る。
「父上たちはもう王城へ戻られたか?」
「はい。昨日の夕刻前には視察を終え王城に戻られています」
ラウルは少し考えて、リチャードに告げる。
「時間がもったいないな。明日の朝一番でアルタジア王城に行こう。二人とも、アルタジアの王城へ一緒に来てくれ。あの馬のいない馬車で来てくれていい。面会は明日の朝一番。リチャード、父上に面会の連絡を、あと客人を伴って城に戻る旨先触れを出せ」
「承知しました。さて、レノワール嬢はこの国に保護を願い出る必要性を感じないが、どうしますか?」
「私には必要ないけれど面白そうだから一緒に行くわ」
レノワールも一緒にアルタジアの王城に向かうことになったようだ。
「そっか。じゃぁ、帰ってくるの待ってるね」
ずっと一緒にいたからだろうか、一斉にアルタジア王城に行ってしまうことに寂しさを感じつつ、アイオライトは店もあるので一緒には行けないと残る事となった。
それから一週間後。
ようやくラウルが今回はロジャーとフィンを伴ってやってきたが、レノワール、リコ、カリンの三人の姿が見えない。
「あの、三人はどうしたんでしょうか……。自分に何も言わずに帰っちゃったんでしょうか。せっかく来てくれたのに」
唇をかみしめてながらも、ラウルを真っ直ぐ見て質問するアイオライトの瞳から、涙がこぼれそうでラウルは慌ててしまう。
「彼女達は今、城で保護されているから大丈夫だよ。連絡できなくてごめんね。アイオライト」
「どこかに行っちゃったんじゃなくて、よかったです」
ラウルは、一度アイオライトの頬を優しく撫で、瞳に溜まった涙を指で拭ってから椅子に座らせた。
泣きそうな顔もなんとも言えない可愛いがあるが、撫でた時の目を細めて気持ちよさそうにしている顔の方が好きだな……などつい考えながら、ラウルは自身もアイオライトの隣に座る。
「いい雰囲気のところ申し訳ないけれど、説明させてね。ジーランから来た二人をこの国で保護することが正式に決まったんだよ」
「しかもあの二人は国の発展にかなり貢献していたようだからね。後々のことを考え、大々的にアルタジアで保護したと国内外に発表する必要がある」
「あの、発表してしまったら、ジーランに狙われたりしないんですか?」
フィンとロジャーの説明に、アイオライトは見つかったら何をされるか分からないと慌てる。
「いや、ジーランにもそれ以外の国にも彼女たちを公式に保護したと宣言しておけば無暗に手を出せなくなるんだよ」
「ならばちゃんと色々な国に、大々的に! 発表しまくりましょう! 自分出来ること何でもやります!」
リコとカリンが危険にさらされることだけは絶対に避けたい。
あの二人なら、危険を察知してすぐにどこかに行ってしまいそうではあるが……。
「そう。そこだよ。アイオライト君! 我がアルタジアは、今まで保護をしてこなかったわけではないんだけれどね、国の要人とも言えるような人物を保護したのは初めてなんだ」
先生のような喋り方でロジャーが店内を歩いて話し始める。
「さらに言うと、アルタジアも他国も保護を宣言するという前例があまりなくてね。古い文献を探していたところ、かなり昔に数例だけ見つかったんだよね」
ふんふん、と頭をしっかり振って話を聞いているアイオライトに、ラウルがいつの間にかお茶を入れてきてくれたようだ。
アイオライトがラウルに、ありがとうございます、と言ってから目の前に置かれたコップに少し口を付けると、緊張していた表情が少し和らいだように見えた。
「よかった……」
とても小さな声でラウルがつぶやいたが、今はリチャードがいないので、その呟きを拾うものはここにはいない。
「その保護を宣言する方法は、各国を招いて式典を開き、舞踏会を開催すること!」
高らかにフィンがその方法を告げた。
「式典に舞踏会! じゃぁあの二人も着飾ってお姫様みたいになっちゃうってことですね!」
「そうそう、お姫様みたいになれるよ!」
お茶の効果か否か、気持ちが上がってきたのかアイオライトもテンションが上がり気味だ。
「そこで、アイオライト君に相談なんだけれどね……」
「自分、その会場でお食事のお手伝いをしたらいいんですよね!」
ロジャーがたたみかけるようにアイオライトに、あるお願いをするつもりだったのだが、まったく違う言葉がその本人から飛び出る。
ラウルとロジャーとフィンも、寝耳に水である。
三人とも、アイオライト本人もお姫様みたいなりたい、と言うと思っていたのだ。
「ん?」
思っていたのとあまりにも違う三人の反応にアイオライトは、もう一度聞いてみることにした。
「あの、お食事のお手伝いをしたらいいんですよね?」
アイオライトのできること、イコール食事を作る事なのはわかるのだが、今回は違うのだ。
ラウルはアイオライトにはっきり《出席のお願い》をすることにした。
「リコ嬢とカリン嬢は、この国に知り合いはいないだろう。アイオライトに二人の友人として、出席すると共に、付き添い人になって欲しい。二人共それを望んでいるからね」
「でも、レノワールは?」
「彼女は式典にも舞踏会にも出席するよう話は付いているが、他国の人間だろう? アルタジアの国民で、さらに二人に近しい人が必要なんだよ」
「でも、自分は貴族でも何でもないし、場違いですよ……」
「ちゃんとした付き添いは城の侍女がしてくれる。アイオライトは二人と一緒に式典と舞踏会を楽しんでくれていいんだよ」
アイオライトは庶民、一食事処の店主というだけだ。
そんな大それた場所に出席するなんてとんでもない。
それに式典やら舞踏会なんかに着ていく服だって持っていない。
あの二人は昔から肝が据わっていたから、大舞台でも大丈夫だと思う。
だが、自分はそんな煌びやかな場所に立つ自信がない。
「お手伝いなら何でもしますから……」
せっかくテンションが上がってきていたのに、急下降を描いてテンションが下がっていくのが見えるようだ。
「アイオライト、その、そんなに嫌がらなくても……」
「絶対に嫌です……」
ラウルが優しい口調で説得しているが首を縦には振らず、アイオライトは営業が終わった店内で、口を真一文字に結び、下を向いてしまった……。
「でも、リコ嬢もカリン嬢もそれを望んでいるんだよ? アイオライト君は、友達が望んでいるのに断るのかな?」
「そうだよ。保護される国にすでに知り合いや仲のいい人がいるのといないのとでは、各国の印象も違うと思うしさ」
フィンとロジャーが困った顔のアイオライトに諭すと、ぽつぽつと話し始めた。
「……自分、普通の庶民ですし、付き添いとはいえ、そんな華やかな場所に立つ自信がありません。着ていく服もありませんし、店も休まなくてはいけないし色々……」
「色々? 式典はすぐ明日ってわけじゃないよ。ドレスは俺が贈る。そうだ! レノワール嬢に作ってもらおう。この前作ってくれていた服はどれもアイオライトに似合っていたからね。店はこの前の時みたく舞踏会に出るから臨時休業だって言えば、お客さんたちは気にしないよ。どうかな?」
ラウルはちゃっかり自分がドレスを贈ると口にしつつ、アイオライトに何とか出席を承諾してもらいたいと必死で説得を試みる。
「お客さんたちは気にしないです? う~ん」
「常連の俺が言うんだから、間違いないよ」
「でもリコとカリンは色々な人に囲まれることになりますよね。そこに平民の自分がいても平気でしょうか」
「アイオライトは二人の友達ですって顔して、自由に舞踏会の食事とか食べて回ってもいいんだよ。彼女たちの友達ですよって印象付けることが大事なんだから」
この国事に対して、主が真面目に取り組んでいるのは間違いないのだが、アイオライトがドレスを着ているのを見たいし、エスコートしたいし、あわよくば舞踏会で踊りたいし……、というラウルの煩悩がフィンとロジャーには透けて見えていた。
「では、自分にも一人そばにいてくれる人がいるなら……参加してもいいです。でもなるべく目立たないようにしたいです」
ラウルは即答する。
「俺が、ずっと君のそばにいる」
射貫くように真っ直ぐアイオライトを見て、ラウルはそう告げた。
その強い視線の理由は、推しのラウルがこの国事に対して熱心に対応しているからなのだ、ならば自分も怖がっていてはいけない。とアイオライトは気を引き締める。
それに、きっとラウルの正装は正義だ、と今から断言できる。
ラウルの正装を見るような機会は、もしかしたら一生回ってこないかもしれない。
リコとカリンの為! ラウルの正装の為! あとちょっとだけこの国の為!
そうアイオライトは決心を固めて絞り出すように声に出す。
「え……っと。はい。では自分、僭越ながら壁の花になる所存で出席させていただきます」
その言葉を聞いてフィンとロジャーも、なんとかアイオライトの出席をもぎ取るミッションをクリアしたと喜んだ。
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