金の林檎亭へようこそ〜なんちゃって錬金術師は今世も仲間と一緒にスローライフを楽しみたい! 〜

大野友哉

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好きの温度感

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 マークが、レジの横に貼り出していた夏の最後のバーベキュー開催のお知らせをみて、カツ丼のどんぶりを手に持ちながら、厨房に入ってきた。

「アオ! バーベキューやるのか!」
「なに!!」
「いつだ!?」
「再来週の空の日って書いてあるぞ!」

 さらに昼を食べにきている常連客数名も、お知らせの貼り紙を見つつ厨房に入ってきてしまう。

「ちょっと、勝手に中に入ってきちゃダメだよー!」
「ラウルはいいのに俺たちはダメなのか?」
「ラウルはちゃんと断ってから入ってきてくれるもん!」

 どやどや入ってきているおじさんたちとラウルを一緒にしては申し訳ない。きっちりと言ってやらねばならぬと、アイオライトがさらに口を開こうとした途端、一斉にまた自分の席に戻っていく。

「なんにしたって、こうしちゃいられねぇ。準備だ準備!」
「いや、ありがたいけど、みんなちょっと気が早すぎるよ」
「早すぎるってことはねぇだろ? 再来週なんてあっという間だからな」

 がつがつと自分の食事を食べた後、嬉しそうな顔でお代をレジ横に置いて、あっという間に常連達が店を出ていくと、店にはマークが一人残った。

 春の終わり頃に初めてバーベキューをしたときは、それはもう大盛況だった。
 バタバタと色々なことがあったが、そろそろ夏も本番。
 今度は夏のお祭りのようなメニューで、みんなにまた楽しんでもらえるよう頑張ろうとアイオライトは思っている。

「そういえばよ、あの三人は遊びに来ねぇのか?」
「うん。ちょっと事情があってなかなか遊びに来れないんだよね」
「折角会えたのにな。でもバーベキューには誘えるんだろ?」
「そうだね。ラウルに聞いてみないと……」
「ってか、アオ、お前いつからラウルの事呼び捨てで呼ぶようになったんだ」

 友達を呼び捨てにするのがそんなに気になるものなのかとアイオライトは思う。
 マークのこともリリのことも名前呼びだし、アーニャもそうだ。

「えっとね、ベルツァの帰りに……」
「ベルツァの帰りに、何があった」

 マークの顔色が少し変わる。

「特に何かっていうわけじゃないけど。帰りにさ、リコがね、ラウルのことを全然さん付けで呼ばないから申し訳なくて、って話になって、ラウルが自分も友達なんだから呼び捨てでいいよって言ってたから」
「それで?」
「えっと、自分だけ名前呼びだと変だから、自分のことも愛称で呼んでいいですよって話をしただけだよ。友達なんだからおかしくないでしょ」

 カリンは昔からの癖でちゃん付けだが、この世界では家名ではあまり呼ばないからおかしいことはないのに。とマークの顔をちらりと見ると、ぽつりと、やるじゃねぇかと呟いていた。

「なにが?」
「あぁ、なんでもねぇ。じゃぁラウルもアオの事、愛称で呼ぶのか?」
「そうだよ! なんかさ、仲良し一歩前進! みたいな感じで嬉しいよね。照れちゃうけど」

 推しであるが、友達として接するとラウル本人に宣言したのだから、宣言通りしっかりと節度ある友達として接していこうとアイオライトは決意を新たにする。

 カラン、カランとドアベルの鳴る音がする。
 カリンとレノワール、ラウルの姿が見え、アイオライトは嬉しくていつもより大きな声で迎えた。

「いらっしゃい!」

 ラウルがアイオライトを見るその表情に、マークは揶揄い半分からさらに会話を続けることにする。

「アオ、ラウルの事は好きか?」

 ラウルが軽く手を上げて挨拶をしようとしたが、マークの一言でその挙動が止まった。

「何言ってんだよ。そりゃ大好きだよ」

 先ほどまで、マークとはラウルを友達として名前呼びする話をしていたので、アイオライトとしては、その延長線上で話をしているだけなのだが、ラウルには刺激が強すぎる誉め言葉が続く。

「優しいしさ、爽やかだしさ、カッコイイしさ。声良し、顔良し、性格もスタイルよし! ご飯も綺麗に食べるし、所作も綺麗。それにたまにちょっと色っぽい」
「わかったから、ちょっと落ち着け」

 マークが、急に饒舌になるアイオライトを落ち着かせようとするが。うまくいかない。

「それにさ、知ってた? ラウル、すっごく良い匂いするんだよ」
「内緒話みたいに言うな、ってか知りたくもねーよ」

 マークには知っていても何の役にも立たない情報を、可愛がっている妹分からもたらせられても困る。
 いや、自分が火をつけてしまったのが悪いのだが。

 スイッチが入ってしまったのか、アイオライトはそのままラウルの好きなところをさらに力強く語り始め、カリンとレノワールも混ざり、さらに会話はあらぬ方向に盛り上がりを見せる。

「じゃぁさ、推しの壁ドンとか顎クイは萌える?」
「いや、カリンちゃん。壁ドン顎クイは自分はあまり。推し×ヒロインなら、推しのバックハグからのためらいがち告白が理想かな」
「私はね、正面からの正々堂々としたハグに萌えるわ」
「人それぞれよね、こればっかりは」
「あ、ごめん、お茶も出さずに」

 ようやく話が一段落したのかお茶を出そうと、アイオライトが厨房に向かう。
 冷たいお茶を持って戻ってきたところで、目を点にして固まっていたラウルがようやく正気に戻ってきた。が、動きが硬い。

「あの。ラウル? どうしたんですか?」

 カリンがラウルの背中を気合を入れるようにバチンと背中を叩いて正気を取り戻させる。

「アオ、その……俺の事……好きなの?」

 店内に入ってすぐぐらいからラウルの思考は停止していたらしい。
 
「いやぁ、お恥ずかしいです。良いところがいっぱいありすぎてついつい熱く語り過ぎました」

 レノワールはあれ? と気になったので念のために確認することにした。

「リコのこと好き?」
「大好き」
「カリンのことは?」
「大好き」
「ラウルのことは?」
「大好き」
「私の事は……」
「大好きだよ? なんだよー。本人たちを目の前にするとやっぱ恥ずかしいね」
「アオ、俺のことは?」
「なんだよ、マークまで、大好きだよ」

 アイオライトが少しだけ顔を赤らめながら照れている。

 マークは、ラウルのことをもちろん応援している。
 先ほども揶揄って好きかとアイオライトに聞いたりもしたが、好きの温度感が全員同じだった事に、正直少しだけ申し訳けない気持ちになる。

 そんな中、ラウルが口を開く。

「えっと、リチャードとかは……どう?」
「リチャードさんですか? 普通ですかね」

 アイオライトのその言葉を聞いたラウルは、拳を強く握って満足そうにうなずいている。
 志は高く待てという気持ちでラウルの肩を叩いたあと、マークは先ほど話題に出た気になる単語について聞くことにした。

「そういえば、かべどんとかあごくいとかってなんだ?」
「気になる? 実践した方が分かりやすいんだけれどな。アオ、レノワールで見せてあげなさいよ」
「えー。なんかさ、身長差がないからダメじゃないかな。むしろ自分の方が背が低いし……」

 アイオライトは前世でも身長が低いのを気にしていたが、今世も思ったより身長が伸びなかったのが残念だと常々思っていた。誰にも言った事はないが。

「身長差ならアオとラウルが丁度いいんじゃない?」
「そうかな。じゃぁ、ラウル、この壁のそばにいてもらっていいですか?」

 何が始まるのかラウルとマークは全く分からず、リコとレノワールだけが謎の笑みを浮かべているが、アイオライトは店の奥から自分の膝の高さぐらいまである木箱を持ってきてラウルの前に置いた。

「えっと、こんな感じで女の子を壁側にして、壁をドンってして、優しく顎を上に向けて自分と視線を合わせる感じ? ねぇ、ちょっとマーク、ちゃんと見てる? あくまで優しく、王子様みたいにだよ!」
「まさかのアオからラウルへの壁ドン!」

 爆笑するカリンとレノワール。
 ラウルはアイオライトにされるがままだ。
 至近距離でさらににっこりとラウルを見て微笑むアイオライトに、顔を赤らめるラウルが面白くて、マークは肩を震わせて笑っている。

「なんだよ。自分が聞いてきたくせにさ。まぁリリにしてあげたらもしかしたら喜ぶかもしれないけど、絶対バックハグだと思うんだよな」
「リリが喜ぶ!? どうやんだ?」
「急に食いついてくるな。マークはリリの事大好きだもんね」
「まぁな」

 マークががリリに、照れることなく好意を表すことは良いことだとアイオライトは常々思っている。
 ひょいと木箱から降りてからラウルの後ろ側に木箱を移動させてたが、すぐに下りてしまった。

「ちょっと流石にまだ難易度高いや……」
「?」

 そうぽつりと呟き、ラウルではなく座っているレノワールの後ろ側から、優しく抱きしめる。

 難易度高い、確かに、とラウルはハグの体勢を見てさらに首まで熱くなってきた。

「これがバックハグ! 絶対喜ぶと思うから!」
「おぉ、それいいな!」
「ハグは、ストレス緩和とか幸福度が増すって言われてて、大きな安心感を得るためには三十秒ほど密着するのが良いって聞いたことあるわ」
「家族とか、恋人とか友達同士もハグは有効なのよね」
「こうしちゃいられないな。じゃぁ、またな」

 マークはリリとのハグを実践すべく、ラウルを揶揄うことをやめてさっさと帰ってしまった。

「ごめん、折角だからちゃんと紹介したかったんだけど……なんかほんと、ごめん」
「いいわよ。別に。次の機会にゆっくり挨拶するし。今日は、アオの式典で着る服の最終寸法測りに来たんだけれど、さっきのバックハグで分かっちゃったから特に採寸しなくていいわ」
「何それ、凄い特技じゃない?」
「私ぐらいになると、見ただけで大体わかっちゃうしね」
「太ったらすぐレノワールにばれちゃうわね……」
「別にカリンのカップサイズが大きくなったとか誰にも言わないわよ」
「ちょっと言ってんじゃないのよ」

 一人蚊帳の外にいたラウルの顔の赤みが引いたころ、ようやく本題を話すため声をかけた。

「あの、すまないが……俺の要件も伝えていいだろうか」
「あわわ、ごめんなさい。ラウル」

 忘れていたわけではないが、ついつい置き去りにしてしまっていたようだ。

「国王から、式典が終わった後、君達四人で暮してはどうかと提案があったんだ」
「本当ですか! やった! 嬉しいです! 店の二階にみんなで住もうよ!」

 アイオライトが飛び上がってそう言うと、レノワールとカリンが嬉しそうに笑う。

「あとは、アオのその錬金の光の魔法を狙う者も出てくる可能性があるから、護衛を付けることが決まって。式典の後も数人護衛を付けるつもりなんだけれど……」
「ほら、ラウル、ちゃんと言いなさいよ」

 脇からカリンがラウルを突っつくと、顔を真っ赤にしたラウルが口をようやく開く。

「式典までは俺がアオの専属の護衛としてつくことになったから」
「え! 自分今までも一人でしたし、大丈夫だと思うんですけれど」
「今まではそうかもしれないけれど、これからは違うよ。もし誰かに攫われたりでもしたらと思うと気が気じゃないし」
「そうよ。店に人はいるとはいえ夜は一人でしょう」
「でもさ、自分のためにラウルの時間使わせるなんて申し訳ないよ……」

 カリンも一人は危険と諭すも、アイオライトが断ろうとするので、さらにレノワールが押し込む。

「友達なんだから、ね。ラウル」
「うん、友達なんだから、気にしないで護衛を受け入れてほしい」
「友達か……友達なら。いいかなぁ。少しの間お手数おかけしますが、よろしくお願いします。でも護衛って言いますけれど今までみたいにホテルから店に通うんですか?」
「いや、何かあったらすぐ駆け付けられるように金の林檎亭のそばに家か小屋を借りれたらと思ってるんだけど、ここの辺りはなかなかなさそうだよね。まぁ、そこはなんとかするから大丈夫だよ」

 少し考えて、アイオライトは良いことを思いついた。

「なら、家の二階はどうでしょうか? 空き部屋はありますし。自分のこと見てもらうのにわざわざ新しい家とかを借りる必要はありませんから」

 とてもいいことを思いついたと、満面の笑みでラウルに提案する。

「は? だけど、アオ、君は女の子で……」

 ラウルは一瞬呼吸が止まったかと思うような衝撃を受けたが、何とか息をすることを思い出して言葉を発することができた。

「友達ですから! それぐらいはさせてください!」

 ほんの少しだけ推しの貴重なシーンが見られたらいいな、ぐらいの気持ちはあったが、アイオライトの心の中は、友達としての親切心が大半を占めている。

「友達だからね。二人でしばらく住むぐらいなんてことないでしょ」
「そうだよね!カリンちゃん。ほら、是非うちに泊まってください。ラウル!」
 
 葛藤はある、が、ラウルは、これは自分に振り向いてもらうためのチャンスだと思ってこの提案に乗ることに決めた。

「……じゃぁ、俺もお言葉に甘えて。お願いするよ、アオ」
「準備が出来たらいつでもどうぞ。あ! あと再来週の空の日、バーベキューがあるから、みんな絶対来てね!」

 忘れずにバーベキューに誘うことが出来てアイオライトがさらにご満悦な笑顔を見せる。

「リチャードには三人がバーベキューに来れるように手配してもらうね。二人を王城に戻してからこちらに来るけれど、明日からお邪魔しても大丈夫?」
「大丈夫です!」

 カランカランとドアベルが鳴る。時間は既に夕方。夕食を食べに来た一番客がやってきた。

「いらっしゃいませ。金の林檎亭へようこそ!」
「じゃぁ、アオ、また明日」
「はい。お待ちしています」
「バイバイ、またね、アオ」

 カリンとレノワール、ラウルは金の林檎亭を後にする。

 キャンピングカーまでの帰り道、空がオレンジに染まり、下の方に夜の色が混じり始める。

「やるじゃない」

 カリンがラウルの肩を叩いた。

「でも手は出しちゃだめよ」
「手を出すって……、カリン嬢」
「いや、あの可愛いアオ相手に手を出さないっていう選択肢が見つからない」
「それは、まぁ、分かる……って何言わせるんだよ、レノワール嬢!」

 カリンとレノワールは、大いに揶揄われて真っ赤になって慌てまくるラウルのその表情から、アイオライトを本当に好きなんだと信じることができた。

「「アオが嫌がらないなら、キスぐらいは許す」」
「何言ってるんだよっ」
「隙があったらする! ぐらいの気合い見せなさいよ!」

 ラウルはすでにその隙を狙って、アイオライトの頭に唇を落としたことがあるとは、口が裂けても言えない。

 暑さが続く夕方、街は帰り時を急ぐ人や買い物客でにぎわっている。
 三人のその会話は、行き交う人の耳には聞こえることはない。
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