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友達以上
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「ごちそうさま。今日も美味しかったわ」
「ありがとうございました。またいらしてくださいね」
カラン、カランとドアベルが鳴る。
アイオライトは最後の客を見送ると、店の鍵をかけ、店内にいるもう一人に声をかけた。
「今日も一日お疲れさまでした」
「アオもお疲れ様」
「夕飯の準備しますね」
ラウルが金の林檎亭に泊まり始めて一週間ほど。
アイオライトが店の鍵をかけたのを確認した後、ラウルは手慣れた様子で店内の食器を片付け、掃除を始める。
「今夜は肉じゃがですよ」
「にくじゃが? 俺、食べたことないメニューだね。すぐ掃除終わらせるよ」
一人で食べることが多いので、誰かと一日を振り返りながら食事をとるのがアイオライトはとても楽しかった。
それが推しのラウルならば楽しさも嬉しさも数倍である。
ラウルが店内の掃除を終わらせると、テーブルに温めた肉じゃが、キノコと野菜のたっぷり入ったスープとご飯を運ぶ。
いただきますと二人声を合わせる。
「お店まで手伝っていただいてすみません」
「別にいいよ。店にいたってすることないしさ。あ、これ凄い好き」
ゴロゴロと大きめに切ったじゃがいもと人参に、玉ねぎ、葡萄牛のコマ肉を使った肉じゃがである。
白滝は代用品が見つからず入っていないが、なくても肉じゃがは美味しい。
気持ちよく、しかも綺麗に食事を進めるラウルを見ていると、アイオライトも笑顔になってしまう。
「いものほくほく感がたまらないや。味付けも優しくて食べ過ぎちゃうね」
じゃがいもを 食べる姿も カッコイイ。
アイオライトは、五七五に上手くハマったなと思いながらも、ラウルが食べるその様子を目に焼き付けている。
しかし、きっと誰が作っても美味しそうに食事を食べるのだろう。自分ではない誰かに作ってもらったご飯を食べながら、その人にもこの笑顔を向けるんだと思うと、アイオライトはほんのわずかだが、胸の奥がチクリとする。
その胸の奥の痛みの名前が見つからなくて、アイオライトは頭をひねるが上手い言葉が見つからない。
考えていてもわからないものは仕方ないと、楽しい気分になる会話に無理矢理話を切り替える。
「そういえば、アイスクリームメーカー、明日試してみようと思います」
「リコ嬢の作ったあの変な機械だね」
「はい。魔力を込めると氷魔法が発動するみたいです」
「凄いね……。兄上もリコ嬢の発想を凄く高く買っていて、式典後は魔法省で働いて欲しいって本気で勧誘してるからね」
「リチャードさんも一緒ならすぐに仕事決めちゃいそうですね」
「だめだめ、リチャードはあげられない」
何気ない会話で、笑い合う。
食事が終わり、食器を片付け、順番に入浴する。
風呂はラウルが護衛の為に金の林檎亭に来た時に、始めにアイオライト、次がラウルと入る順番をじゃんけんで決めた。
お互い気にして譲り合うよりも、ルールは決めてしまった方が気が楽だからだ。
「ラウル、お先でした。お茶は冷たいの準備しておきますね」
「ありがとう」
「いえいえ、ごゆっくりです」
風呂上りは二人でまた店のテーブルでお茶を飲み、少し話をしてから寝る。
アイオライトもラウルもこの時間がとても大事で、かけがえのないものになりつつある。
しかし、風呂上がりのラウルは、色気がありすぎて凝視すると倒れてしまいそうだが、アイオライトはそのすべてを心に刻み付けるべく、気力を総動員してスチル回収と言わんばかりに刻み込みに全力を尽くす。
一緒にいる時間全部が楽しい。
今日もいい一日だった。
明日もいい一日でありますように。
お茶の準備をしながら、今日もアイオライトはラウルを待つ。
---翌日---
「お昼を食べ終わったら、アイスを作りましょう!」
地の日の午後、金の林檎亭はお休みである。
昨日の夜宣言した通り、今日はリコが作ってくれたアイスクリームメーカーでアイスを作るのだ。
この世界にはアイスはあるがシャーベットが主流である。
もちろんシャーベットも好きだが、ミルクアイスが簡単に作れるなら食べたい。しかも濃厚なやつを!
リコに感謝しつつ、アイオライトは材料を準備する。
準備と言っても卵を砂糖と混ぜて、牛乳と合わせて火にかけて、アイスクリームメーカーに入れるだけ。
とっても簡単なのだ。
「ラウル、申し訳ないのですが。五分ぐらいこれをかき混ぜておいてもらっていいですか?」
「了解」
アイスの材料を混ぜているその横顔ですら凛々しい。と見惚れてしまう。
「これでどう?」
出来上がりの状態を確認するために、凛々しい顔から一変人懐っこい笑顔でアイオライトを呼ぶ。
『ギャー! 尊い!!』
アイスを作るこの推し、最高に可愛い! と叫びたくなるのをアイオライトは必死で堪える。
そしてこの笑顔に、自分も全身全霊の笑顔を返す。
「良いと思います! 火からおろしてちょっと冷ましますね」
「じゃぁ、風魔法使おう」
ラウルが風魔法で粗熱を取っているその間に、アイスクリームメーカーを冷凍庫から取り出して、容器を準備する。
「事前冷却は必要ないって説明書には書いてあるんですけれど、念のため昨日の晩に冷凍庫に入れておきました」
「どうやって作るの?」
「この機械の中でかき混ぜながら冷やします。そうするとふわふわのアイスが出来上がるんです!」
「それは楽しみだね」
「はい! そろそろいいかな。これをこの容器に移し替えますね」
ラウルが手に持って冷やしていた入れ物から、アイスクリームメーカーの容器に入れ替えて魔力を込める。
スイッチを押すと、静かに中で攪拌棒が回り出した。
「説明書によると、三十分ぐらいで出来るんだよね」
「ですね。一休みしましょうか。何か飲みますか?」
「じゃぁ、あのシュワシュワがいいな」
「ラウル。今日体調が悪いんですか」
「え? 全然元気だよ。エリクサーだし、気軽に飲んじゃいけないとは思うんだけれど……、喉越しもいいし味も好きなんだよね。だめ?」
虹色のポーションが飲みたいなんて、体調が悪いのではないかと思ったが、ただ好きなだけだと言われてアイオライトは胸を撫で下ろす。
ラウルの《覗き込んでからの笑顔でのお願い》に撃ち抜かれたアイオライトは否とは言えず、さらに鼓動が早くなる。
推しを前にして愛が溢れてしまっているのか、顔のほてりも感じる。
流石に恥ずかしいので、アイオライトは顔のほてりを隠すように冷蔵庫に手を伸ばす。
「元々健康ドリンクとして飲んでもらってましたし、たまにならいいですよ!」
「やった。ありがとう」
虹色のポーションを準備しながら、なんだか今日はラウルを見るといつもと違うドキドキを感じて、またしてもアイオライトは首をひねるしかなかった。
「はい。どうぞ」
「ありがとう。これ、例えば他のものだとこのシュワシュワになるの?」
「他のには試したことなかったですね。シュワシュワになるなら何が美味しいと思います?」
「お茶は嫌だな……。紅茶は冷たければ美味しいかもしれないよね。エールはどう?」
「エールは元々シュワシュワしてますよ」
「知ってる」
いたずらが成功したような満面の笑みが、またもやアイオライトを直撃する。
「なんでだ……。今日はいつもに増してカッコイイ……」
「ん? どうかした?」
「何でもないです! そろそろいい感じですかね」
今日はラウルの格好良さがいつもの数倍あるように感じて、アイオライトの独り言がダダ洩れてしまったようだ。聞こえてないようで良かった。
と、そろそろ出来上がりのアイスクリームメーカーを開ける。
「これは!」
「出来てる?」
「いい出来です!」
大きいスプーンで器にすくって盛り付ける。
「ミルクアイスは、上からなにかかけても、混ぜ込んでも美味しいですよ」
「例えば?」
「果物は間違いなく美味しいです。あとはお酒とかも相性はいいかもしれないですね」
「お酒と甘いものって合うのかな」
前世ではラムレーズンのアイスは定番で好きだった。
アイオライトには大人の味であったが、ブランデーやリキュールがけも好きな人は好きだと思う。
「合うと思いますよ。干し葡萄をお酒で漬けたものを混ぜたりしたら美味しそうですし」
「なにそれ! 食べてみたい!」
「今度また。まずはこのミルクアイスをご賞味ください」
ラムレーズンのアイスは、次回の課題として、まずはこのアイスクリームを味見だ。
一口、口に入れると、ひんやりと口の中を溶ける。
生クリームを入れなくても、葡萄牛の牛乳のコクで奥深く、優しい甘みのあるアイスクリームに仕上がった。
これなら、バーベキューに出してもよさそうだ。
感想を聞こうと前を向くと、ラウルは目を閉じながら、ゆっくりとアイスクリームを口に運び続けている。
「あの、ラウル?」
ほぅ、というため息とともに、うっとりとした表情を浮かべ、唇を一度なめてから、空になった皿をアイオライトにそっと渡す。
ラウルはただアイスを食べているだけなのに、妙に色っぽい。
「美味しいですか?」
「凄く美味しい。おかわりしていい?」
「いいですよ。シュワシュワかけても美味しいと思いますし、ジャムも合うと思います。あと、お風呂あがりに食べたら格別ですよ」
「風呂上り! それだ!」
虹色のポーションをかけて、さらにイチゴのジャムを乗せたものも大変気に入ったようで、風呂上りに食べる分を残して半分以上がラウルの腹に納まった。
「ごめん。ちょっと夢中になりすぎちゃって。食べすぎた」
「気に入って貰えたなら嬉しいです。でも体冷えちゃってませんか?」
「ちょっとね。でも今日は暑いし全然平気だよ。アオは?」
「自分はラウルほど食べてませんから大丈夫ですよ」
くすくすと笑いながら返事をすると、バツが悪そうに苦笑いを浮かべてラウルが片づけを始める。
「こんなに美味しいなら、父上と母上にも食べてもらいたいな」
「レシピお渡ししますよ。アイスクリームメーカーはリコに作って貰ってください」
「ほんと? でも、アオが作ったやつが絶対一番おいしいと思うんだよね」
「ありがとうございます……」
優しい笑みを浮かべてアイオライトに告げるラウルを見ると、またもや心臓の鼓動が早くなる。
ラウル本人にはそんな気がないのは分かっているのだが、今日の推しのファンサービスの度が過ぎて、心臓に悪い。
「これ、洗うのも簡単でよかったです」
アイオライトのドキドキを隠す言葉が下手すぎるが、ラウルにはわかりはしないだろう。
アイスクリームメーカーをしっかりと洗って簡単に風魔法で乾かし、さらに乾かすために夕飯後まで厨房に置いておくことにする。
今夜の夕飯もお腹にしっかり納まり、順番にお風呂に入る。
最近伸びてきた前髪が邪魔で、お風呂上りに汗が引くまでと、アイオライトは前髪をピンで留めた。
ラウルが風呂に入っている間に、乾いたアイスクリームメーカーをしまおうと、スペースを開けていた吊戸棚の前にこの前使った木箱を置いてその上に立つ。
ちょっと高すぎるが、なんとか届く、と箱の上でさらに背伸びをした途端、体勢を崩して身体が後ろに傾く。
「うわっ」
アイオライトの膝丈ほどの高さの木箱だが、背中から落ちたら痛いだろうなと、衝撃に備えようと目を閉じる。
が、想定した痛みはやってこなかった。
「アオ、大丈夫?」
「ラウル、ありがとうございます」
後ろでラウルが肩と背中をしっかり支えてくれている。
アイオライトもアイスクリームメーカーも無事である。
「びっくりしたよ。仕舞うなら言ってくれたらよかったのに」
「自分で出来ると思ったので……」
「危ないから、次からは俺にちゃんと言ってね」
身体の重心を戻し木箱の上から降りて、お礼を言おうとアイオライトが振り返ると、超近距離でラウルがいることに気が付いて、心臓が口から飛び出そうになった。
ラウルが吊戸棚に手を伸ばし、ひょいとアイスクリームメーカーを仕舞うと、アイオライトが壁ドンされているような体勢になる。
ドンっとはされてないけれど、実際に推しにされる壁ドン的なものは、かなりいいものだと考えを改めざるをを得ない、と、アイオライトが一心不乱に心のシャッターを切りまくっていると、ラウルが急に下を向いてアイオライトに声をかけた。
「これ、この前に言ってたかべどんみたいだね」
「で、ですね」
じっと見られて、アイオライトの心のシャッターを押す手が止まる。
どうにも胸がざわざわして落ち着かずうつむいてしまった。
うつむいたアイオライトの頭をラウルが優しく撫でる。
「アオ、髪伸びたよね」
「切るタイミングがなかったんで、このまま式典まで伸ばそうかなと……」
「アオは前髪あげてるのも、可愛いや」
前髪を上げているのが単に好みなのか、可愛いの意図が分からない。
自分の心臓の音うるさい。
静かにラウルが言葉を紡ぐ。
「聞いて。俺、もうアオとは友達じゃいやなんだ」
アオは心臓の音が大きすぎたが、それだけが聞こえた。
うつむいたまま微動だに出来ない。
『ラウルは、もう自分と友達でいるのはいやなの……』
今日はあんなに楽しく過ごしたのに……。さっきまではあんなにドキドキしてたのに……。推しのそばにいられない。友達でもなくなる。
あまりにも悲しくて、涙で目の前が霞み、アイオライトの意識が遠ざかる。
自分のおでこにそっと柔らかなものが当たる感触があったが、良く分からない。
「友達以上になりたい。君が好きです」
ラウルのその告白は伝えたい本人の耳に届くことなく、アイオライトはそのまま意識を失った。
「ありがとうございました。またいらしてくださいね」
カラン、カランとドアベルが鳴る。
アイオライトは最後の客を見送ると、店の鍵をかけ、店内にいるもう一人に声をかけた。
「今日も一日お疲れさまでした」
「アオもお疲れ様」
「夕飯の準備しますね」
ラウルが金の林檎亭に泊まり始めて一週間ほど。
アイオライトが店の鍵をかけたのを確認した後、ラウルは手慣れた様子で店内の食器を片付け、掃除を始める。
「今夜は肉じゃがですよ」
「にくじゃが? 俺、食べたことないメニューだね。すぐ掃除終わらせるよ」
一人で食べることが多いので、誰かと一日を振り返りながら食事をとるのがアイオライトはとても楽しかった。
それが推しのラウルならば楽しさも嬉しさも数倍である。
ラウルが店内の掃除を終わらせると、テーブルに温めた肉じゃが、キノコと野菜のたっぷり入ったスープとご飯を運ぶ。
いただきますと二人声を合わせる。
「お店まで手伝っていただいてすみません」
「別にいいよ。店にいたってすることないしさ。あ、これ凄い好き」
ゴロゴロと大きめに切ったじゃがいもと人参に、玉ねぎ、葡萄牛のコマ肉を使った肉じゃがである。
白滝は代用品が見つからず入っていないが、なくても肉じゃがは美味しい。
気持ちよく、しかも綺麗に食事を進めるラウルを見ていると、アイオライトも笑顔になってしまう。
「いものほくほく感がたまらないや。味付けも優しくて食べ過ぎちゃうね」
じゃがいもを 食べる姿も カッコイイ。
アイオライトは、五七五に上手くハマったなと思いながらも、ラウルが食べるその様子を目に焼き付けている。
しかし、きっと誰が作っても美味しそうに食事を食べるのだろう。自分ではない誰かに作ってもらったご飯を食べながら、その人にもこの笑顔を向けるんだと思うと、アイオライトはほんのわずかだが、胸の奥がチクリとする。
その胸の奥の痛みの名前が見つからなくて、アイオライトは頭をひねるが上手い言葉が見つからない。
考えていてもわからないものは仕方ないと、楽しい気分になる会話に無理矢理話を切り替える。
「そういえば、アイスクリームメーカー、明日試してみようと思います」
「リコ嬢の作ったあの変な機械だね」
「はい。魔力を込めると氷魔法が発動するみたいです」
「凄いね……。兄上もリコ嬢の発想を凄く高く買っていて、式典後は魔法省で働いて欲しいって本気で勧誘してるからね」
「リチャードさんも一緒ならすぐに仕事決めちゃいそうですね」
「だめだめ、リチャードはあげられない」
何気ない会話で、笑い合う。
食事が終わり、食器を片付け、順番に入浴する。
風呂はラウルが護衛の為に金の林檎亭に来た時に、始めにアイオライト、次がラウルと入る順番をじゃんけんで決めた。
お互い気にして譲り合うよりも、ルールは決めてしまった方が気が楽だからだ。
「ラウル、お先でした。お茶は冷たいの準備しておきますね」
「ありがとう」
「いえいえ、ごゆっくりです」
風呂上りは二人でまた店のテーブルでお茶を飲み、少し話をしてから寝る。
アイオライトもラウルもこの時間がとても大事で、かけがえのないものになりつつある。
しかし、風呂上がりのラウルは、色気がありすぎて凝視すると倒れてしまいそうだが、アイオライトはそのすべてを心に刻み付けるべく、気力を総動員してスチル回収と言わんばかりに刻み込みに全力を尽くす。
一緒にいる時間全部が楽しい。
今日もいい一日だった。
明日もいい一日でありますように。
お茶の準備をしながら、今日もアイオライトはラウルを待つ。
---翌日---
「お昼を食べ終わったら、アイスを作りましょう!」
地の日の午後、金の林檎亭はお休みである。
昨日の夜宣言した通り、今日はリコが作ってくれたアイスクリームメーカーでアイスを作るのだ。
この世界にはアイスはあるがシャーベットが主流である。
もちろんシャーベットも好きだが、ミルクアイスが簡単に作れるなら食べたい。しかも濃厚なやつを!
リコに感謝しつつ、アイオライトは材料を準備する。
準備と言っても卵を砂糖と混ぜて、牛乳と合わせて火にかけて、アイスクリームメーカーに入れるだけ。
とっても簡単なのだ。
「ラウル、申し訳ないのですが。五分ぐらいこれをかき混ぜておいてもらっていいですか?」
「了解」
アイスの材料を混ぜているその横顔ですら凛々しい。と見惚れてしまう。
「これでどう?」
出来上がりの状態を確認するために、凛々しい顔から一変人懐っこい笑顔でアイオライトを呼ぶ。
『ギャー! 尊い!!』
アイスを作るこの推し、最高に可愛い! と叫びたくなるのをアイオライトは必死で堪える。
そしてこの笑顔に、自分も全身全霊の笑顔を返す。
「良いと思います! 火からおろしてちょっと冷ましますね」
「じゃぁ、風魔法使おう」
ラウルが風魔法で粗熱を取っているその間に、アイスクリームメーカーを冷凍庫から取り出して、容器を準備する。
「事前冷却は必要ないって説明書には書いてあるんですけれど、念のため昨日の晩に冷凍庫に入れておきました」
「どうやって作るの?」
「この機械の中でかき混ぜながら冷やします。そうするとふわふわのアイスが出来上がるんです!」
「それは楽しみだね」
「はい! そろそろいいかな。これをこの容器に移し替えますね」
ラウルが手に持って冷やしていた入れ物から、アイスクリームメーカーの容器に入れ替えて魔力を込める。
スイッチを押すと、静かに中で攪拌棒が回り出した。
「説明書によると、三十分ぐらいで出来るんだよね」
「ですね。一休みしましょうか。何か飲みますか?」
「じゃぁ、あのシュワシュワがいいな」
「ラウル。今日体調が悪いんですか」
「え? 全然元気だよ。エリクサーだし、気軽に飲んじゃいけないとは思うんだけれど……、喉越しもいいし味も好きなんだよね。だめ?」
虹色のポーションが飲みたいなんて、体調が悪いのではないかと思ったが、ただ好きなだけだと言われてアイオライトは胸を撫で下ろす。
ラウルの《覗き込んでからの笑顔でのお願い》に撃ち抜かれたアイオライトは否とは言えず、さらに鼓動が早くなる。
推しを前にして愛が溢れてしまっているのか、顔のほてりも感じる。
流石に恥ずかしいので、アイオライトは顔のほてりを隠すように冷蔵庫に手を伸ばす。
「元々健康ドリンクとして飲んでもらってましたし、たまにならいいですよ!」
「やった。ありがとう」
虹色のポーションを準備しながら、なんだか今日はラウルを見るといつもと違うドキドキを感じて、またしてもアイオライトは首をひねるしかなかった。
「はい。どうぞ」
「ありがとう。これ、例えば他のものだとこのシュワシュワになるの?」
「他のには試したことなかったですね。シュワシュワになるなら何が美味しいと思います?」
「お茶は嫌だな……。紅茶は冷たければ美味しいかもしれないよね。エールはどう?」
「エールは元々シュワシュワしてますよ」
「知ってる」
いたずらが成功したような満面の笑みが、またもやアイオライトを直撃する。
「なんでだ……。今日はいつもに増してカッコイイ……」
「ん? どうかした?」
「何でもないです! そろそろいい感じですかね」
今日はラウルの格好良さがいつもの数倍あるように感じて、アイオライトの独り言がダダ洩れてしまったようだ。聞こえてないようで良かった。
と、そろそろ出来上がりのアイスクリームメーカーを開ける。
「これは!」
「出来てる?」
「いい出来です!」
大きいスプーンで器にすくって盛り付ける。
「ミルクアイスは、上からなにかかけても、混ぜ込んでも美味しいですよ」
「例えば?」
「果物は間違いなく美味しいです。あとはお酒とかも相性はいいかもしれないですね」
「お酒と甘いものって合うのかな」
前世ではラムレーズンのアイスは定番で好きだった。
アイオライトには大人の味であったが、ブランデーやリキュールがけも好きな人は好きだと思う。
「合うと思いますよ。干し葡萄をお酒で漬けたものを混ぜたりしたら美味しそうですし」
「なにそれ! 食べてみたい!」
「今度また。まずはこのミルクアイスをご賞味ください」
ラムレーズンのアイスは、次回の課題として、まずはこのアイスクリームを味見だ。
一口、口に入れると、ひんやりと口の中を溶ける。
生クリームを入れなくても、葡萄牛の牛乳のコクで奥深く、優しい甘みのあるアイスクリームに仕上がった。
これなら、バーベキューに出してもよさそうだ。
感想を聞こうと前を向くと、ラウルは目を閉じながら、ゆっくりとアイスクリームを口に運び続けている。
「あの、ラウル?」
ほぅ、というため息とともに、うっとりとした表情を浮かべ、唇を一度なめてから、空になった皿をアイオライトにそっと渡す。
ラウルはただアイスを食べているだけなのに、妙に色っぽい。
「美味しいですか?」
「凄く美味しい。おかわりしていい?」
「いいですよ。シュワシュワかけても美味しいと思いますし、ジャムも合うと思います。あと、お風呂あがりに食べたら格別ですよ」
「風呂上り! それだ!」
虹色のポーションをかけて、さらにイチゴのジャムを乗せたものも大変気に入ったようで、風呂上りに食べる分を残して半分以上がラウルの腹に納まった。
「ごめん。ちょっと夢中になりすぎちゃって。食べすぎた」
「気に入って貰えたなら嬉しいです。でも体冷えちゃってませんか?」
「ちょっとね。でも今日は暑いし全然平気だよ。アオは?」
「自分はラウルほど食べてませんから大丈夫ですよ」
くすくすと笑いながら返事をすると、バツが悪そうに苦笑いを浮かべてラウルが片づけを始める。
「こんなに美味しいなら、父上と母上にも食べてもらいたいな」
「レシピお渡ししますよ。アイスクリームメーカーはリコに作って貰ってください」
「ほんと? でも、アオが作ったやつが絶対一番おいしいと思うんだよね」
「ありがとうございます……」
優しい笑みを浮かべてアイオライトに告げるラウルを見ると、またもや心臓の鼓動が早くなる。
ラウル本人にはそんな気がないのは分かっているのだが、今日の推しのファンサービスの度が過ぎて、心臓に悪い。
「これ、洗うのも簡単でよかったです」
アイオライトのドキドキを隠す言葉が下手すぎるが、ラウルにはわかりはしないだろう。
アイスクリームメーカーをしっかりと洗って簡単に風魔法で乾かし、さらに乾かすために夕飯後まで厨房に置いておくことにする。
今夜の夕飯もお腹にしっかり納まり、順番にお風呂に入る。
最近伸びてきた前髪が邪魔で、お風呂上りに汗が引くまでと、アイオライトは前髪をピンで留めた。
ラウルが風呂に入っている間に、乾いたアイスクリームメーカーをしまおうと、スペースを開けていた吊戸棚の前にこの前使った木箱を置いてその上に立つ。
ちょっと高すぎるが、なんとか届く、と箱の上でさらに背伸びをした途端、体勢を崩して身体が後ろに傾く。
「うわっ」
アイオライトの膝丈ほどの高さの木箱だが、背中から落ちたら痛いだろうなと、衝撃に備えようと目を閉じる。
が、想定した痛みはやってこなかった。
「アオ、大丈夫?」
「ラウル、ありがとうございます」
後ろでラウルが肩と背中をしっかり支えてくれている。
アイオライトもアイスクリームメーカーも無事である。
「びっくりしたよ。仕舞うなら言ってくれたらよかったのに」
「自分で出来ると思ったので……」
「危ないから、次からは俺にちゃんと言ってね」
身体の重心を戻し木箱の上から降りて、お礼を言おうとアイオライトが振り返ると、超近距離でラウルがいることに気が付いて、心臓が口から飛び出そうになった。
ラウルが吊戸棚に手を伸ばし、ひょいとアイスクリームメーカーを仕舞うと、アイオライトが壁ドンされているような体勢になる。
ドンっとはされてないけれど、実際に推しにされる壁ドン的なものは、かなりいいものだと考えを改めざるをを得ない、と、アイオライトが一心不乱に心のシャッターを切りまくっていると、ラウルが急に下を向いてアイオライトに声をかけた。
「これ、この前に言ってたかべどんみたいだね」
「で、ですね」
じっと見られて、アイオライトの心のシャッターを押す手が止まる。
どうにも胸がざわざわして落ち着かずうつむいてしまった。
うつむいたアイオライトの頭をラウルが優しく撫でる。
「アオ、髪伸びたよね」
「切るタイミングがなかったんで、このまま式典まで伸ばそうかなと……」
「アオは前髪あげてるのも、可愛いや」
前髪を上げているのが単に好みなのか、可愛いの意図が分からない。
自分の心臓の音うるさい。
静かにラウルが言葉を紡ぐ。
「聞いて。俺、もうアオとは友達じゃいやなんだ」
アオは心臓の音が大きすぎたが、それだけが聞こえた。
うつむいたまま微動だに出来ない。
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今日はあんなに楽しく過ごしたのに……。さっきまではあんなにドキドキしてたのに……。推しのそばにいられない。友達でもなくなる。
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