金の林檎亭へようこそ〜なんちゃって錬金術師は今世も仲間と一緒にスローライフを楽しみたい! 〜

大野友哉

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クラスチェンジ

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 好きだと告白した。
 あとはアイオライトの返事次第。

 鈍感なこの子は、もしかしたら自分も大好きですとわかってない顔で言ってくれるかもしれない。そうしたら、自分の好きはちょっと違うと、わかってもらえるまで自分の気持ちを伝えようか。
 振られたならば潔く引くと、ラウルはアイオライトの言葉を待つ。

 しかし、返事はなく何故かアイオライトの身体がふらりと揺れた。
 間一髪、ラウルはアイオライトが床に倒れ込む前に、体を抱き込む。

「アオっ!」

 声をかけても反応がない。
 横にさせるために二階にあがるが、アイオライトの部屋に勝手に入るのは憚られ、取り急ぎ自分の借りている部屋のベッドに寝かせた。
 
 目に涙を浮かべてぐったりとするアイオライトの手を握りつつ、倒れるような兆候はなかったはずだとラウルは今日の今までを振り返る。

 今日の朝の営業はいつもより客は少なめで、変な客はいなかった。
 その後は店を閉め、昼食後、アイスを作って共に食べた。
 ラウルのちょっとした冗談にも楽しそうに反応して、体調も悪くなさそうだった。

 そのアイスは今まで食べた菓子の中で一番美味かった。

 夕飯も一緒に話しながら食べた。

 まぁ、アオが作ってくれるものはなんでも美味い。

 夕飯後、風呂に入りながら、例えばあの笑顔を見知らぬ男に向けたならと想像上の男に嫉妬して、まだ思いも伝えていないのにと自分自身に呆れた。
 
 後ろ向きな事を考えると良くないと聞いたことがあるので、いい方向に考える。
 
 自分に笑いかけてくれるアイオライトに、告白がもし上手く行ったなら、すぐにでも婚約を願い出てもいいだろうか。
 今日は気のせいかもしれないが、自分を意識してくれているように思う。
 思いを告げるならば、今日はどうだろうかと考えながら風呂から出た。

 風呂あがりに店内に戻ると、アイオライトがアイスクリームメーカーを片付けていて、足場にしていた箱から落ちそうになるのが見えた。
 寿命が縮まる思いでその身体が落ちないように支えた。

 振り返ったアイオライトの様子は……、普段だったと思う。
 しかし、木箱から降りた後はなんだかいつもと違ったように感じた。
 少し頬が赤い。なんとなくだが、支えていた身体も少し熱い気がする。

 これはもしかしたらいい雰囲気と言うやつなのかもしれない。
 頭を撫でても、いつもと同じで拒否はされない。
 前髪を上げているのが新鮮で、ちょこんと出ているおでこも可愛いと、つい口に出た。

 今伝えたい。とさらに言葉を紡ぐ。

「聞いて。俺、もうアオとは友達じゃいやなんだ」

 気持ちが昂って、目の前にあるおでこに唇を落としてしまった。
 先日の会話から、リコとカリン、レノワールと同じ大好きと言ってくれているのだから、嫌われてはいないはずだ。

「友達以上になりたい。君が好きです」

 ラウルがそう言った直後アイオライトは倒れた。


 握った手が熱い。もしかして熱があるのかと額と頬に触ると、やはり少し熱があるようだ。

 タオルで額と首筋を冷やす為に、ラウルはアイオライトから手を離し、一階に氷の入った水と虹色のポーションを取りに行く。

 振り返ってみても、倒れるような兆候はなかったと思う。今は少しだけ熱があるようだが、微熱程度。唯一あるとしたら、自分の告白だろうか……とラウルは考えて頭を振り、再び二階に戻る。

 コン、コンと念の為自分の部屋だがノックをして中に入ると、アイオライトが身体を起こして、ぽろぽろと涙を流していた。

「ごめん、ごめんなさい。ラウル」

 これはフラれたなとラウルは思ったが、なんとか顔に出ないように笑おうとアイオライトに向きあう。

「今日はアイス作りは楽しかったですけど、実は自分だけ楽しんでしまっていたのでしょうか。知らないうちに、ラウルに嫌なことをしてしまいましたか?」

 何を言われているのか分からなくて、ラウルは肯定も否定もできないまま、ベッド横の椅子に腰掛け、タオルを絞る。

「自分が嫌なことをしたから、友達でいるのはいやだといったんですか?」

 うん? なんだ? 

 何を言っているのか考えながら、ラウルが絞ったタオルを頬に当てるとアイオライトが小さく呟いた。

「ラウルと友達でいられなくなるのは、辛いです」
「……」
「一緒にいると楽しくて、嬉しくて、大好きなんです」
「それは、俺も」
「じゃぁ、なんで友達をやめるなんて言ったんですか……」
「その後に……」
「その後? 何か?」

 自分と友達でいられなくなるのが、倒れるほど嫌だったと……。

 目その黄金の瞳にに涙を溜めて、少し震えながらラウルを見るアイオライトに、思わず安堵の溜息が出てしまった。

 自分が嫌われたわけではなかった。
 告白が受け入れてもらえなかったわけでもない。
 ただ、伝わってない。自分の気持ちが。

「いや、友達でいるのが嫌だと言ったけど、そうじゃなくて、俺はアオと友達以上になりたくて……」

 さっきのように、何かいい雰囲気でもなく、こんな風に想いを告げるなんて、なんだか自分らしいかもしれないと吹っ切って口を開こうとしたが、アイオライトのびっくりしたような顔が目に入った。

「友達以上?」
「そう、友達以上になりたい」

 氷水で冷やしタオルを、今度は首筋に当てると気持ちよさそうに目を細めている。
 本人もほっとしているのか、虹色のポーションを飲むように促すとこくんと飲んだ。さっきまでの悲壮感は見えない。

「友達以上と言うと……」

 アイオライトの顔か高揚しているので、言葉にしなくても気づいてくれたのかもしれない。

「うん。俺、アイオライトと友達以上になりたいよ、」

 君が好きですと、再度の告白を試みるがその言葉は音になる前に、急にラウルの手を取り歓喜に満ちたアイオライトの笑顔と言葉にかき消された。

「友達以上! 親友ですね!」

 え?

「親友?」
「そうだったんですね。自分、てっきり勘違いしてしまって。ラウルともう一緒にはいられないのかと思って、悲しくて……」

 目の前の笑顔に、ラウルは今日の所は訂正するのを諦めた。

 嫌われたわけではないのだから、またの機会に伝えればいい。

「そんなに嫌だった?」
「当たり前ですよ! ラウルがいないなんて考えられないですから」
「俺も」

 ただ、好意があることはちゃんと伝えていかなくてはいけないなと、この鈍そうなアイオライトを前に考えを改める。

「好きだからね」
「自分もです!」

 今日はもう少しだけ好きが伝わって欲しいと、ラウルはアイオライトの頬に手を添えると、嬉しそうに目を細めてラウルをみる。

「親友と言っても、友達と何か変わる?」
「ラウルはリチャードさんとはどうですか?」
「リチャードは、親友と言ってもいいと思うけど、家臣でもあるからな……。ちょっと参考にはならないと思うよ。アオは? あの三人とはどんな感じなの?」
「そうですね。一緒に遊びに行ったり、ご飯食べたりですかね」
「今と変わらなくない?」

 アイオライトがうーんと唸る。

「悪いことをしたら本気で怒ってくれて、悲しいことがあったら慰めてくれて、嬉しかったらハグもします。あとはたまにお風呂に一緒に入ったり、眠くなるまで一緒にベッドで話したりもしますね」
「最後の二つは、かなりハードル高すぎるね」
「そうですね。男の人の親友はラウルが初めてなので、出来ることから始めましょうか」
 
《推しと親友だなんて、胸熱展開! ヒロインが来たら全力で応援する》

 昨日のチクリとした胸の痛みを完全に忘れて、アイオライトのオタク魂に火が付く。

「自分、勘違いしてすみませんでした」

 そう言ってアイオライトがどん、とラウルの胸の中に飛び込んできた。
 見下ろすとぎゅっと背中に手をまわして抱き着いている。

「アオ??」
「まずはハグからでしょうか? ハグは幸福感や安心感、あとは親密感も得られますからね」

 そういって頭をぐりぐりと押し付けてくるアイオライトがあまりにも可愛くて、そっと抱きしめる。
 柔らかな感触が全身で感じられる。上目遣い微笑まれると、どうしても色々落ち着かない。
 ラウルは一旦離れようと、身体を離そうとすると一瞬だけだが強烈な殺気を感じ全身が粟立った。

「誰だ!」

 この家に、不審者が入っていたとは不覚、とばかりにアイオライトを背に隠すようにしてその殺気を放つもの様子を伺う。
 部屋の扉が開くと、そこにはマークが苦い顔をして立っていた。
 さらにその後ろ、知っている顔の二人が顔を出す。

「ラウル王子とはいえ、うちの娘を結婚前に傷物にしたら許しませんよ」

 すらりとした均等の取れた美人、ジョゼットが微笑む。

「エグバード王から、ラウル王子がうちの娘の護衛についたと聞いたが、大事だったらちゃんと守って貰わないと困りますね」

 アイオライトと同じ紺青の髪の色の整った美丈夫、ヴィンスが目つき鋭く言い放つ。

 この国の最高位冒険者であり、アイオライトの父親と母親が目の前に立っていた。

 国王から式典の警護依頼が届き、さらにその手紙にはアイオライトとラウルが良い仲のような内容も書かれていたようで気が気でなく、急いで二人は戻ってきたのだ。

 戻って来た途端、アイオライトとラウルのいい雰囲気を目の当たりにして、父親としてのヴィンスの殺気が若干漏れてしまったようだ。

「ヴィンス。ジョゼット」
「父さん! 母さん」

 するりとラウルの背中を抜け出し、アイオライトはヴィンスとジョゼットの胸に飛び込んでいく。

「あのね、この人はラウル。自分の親友だよ」

 両親にラウルを紹介する、満足そうなアイオライトにヴィンスはほおずりし、ジョゼットはどれぐらい身体が育ったのかしら?と触りながらチェックしている。

「ちょっと、やめてよ。人がいるのに恥ずかしいな。子供じゃないんだから」

 嫌がるような言葉をいいながらも、嬉しそうな顔が久しぶりに会えた嬉しさを感じさせる。

「ねぇ、父さんと母さんは、ラウルの事知ってるの?」
「知ってるぞ? 何回も剣術指南もしたことがあるしな」
「自分よりも先に知り合ってるなんてちょっと妬ける」

 ぷくりと頬を膨らませたアイオライトに、その場にいる全員が心を鷲掴みされたことは言うまでもない。

「で? なんで抱き合ってたの?」

 ド直球でジョゼットが尋ねた。

「お互い思い違いしてて……。さっき仲直りできたから。親友だし、仲直りにハグしてたんだ」

 胸を張って両親と、マークに伝える。

「男の子と、抱き合う?」
「抱き合うって変な言い方しないでよ。父さんと母さんとも帰ってきた時するでしょう?」

 なんの恋慕も見えないその娘に若干残念感を覚えつつ、ジョゼットもヴィンスも正直ラウルがかわいそうになってしまった。

「友達から、親友に? どうしてそうなった……」

 マークが不憫そうに聞いてくる。

「クラスチェンジ」
「は??」
「友達から、親友にクラスチェンジ。一つ先に進めたから、さらに上を目指す」

 ヴィンスとジョゼットにもみくちゃにされていたアイオライトが、ラウルのそばに寄ってきて言う。

「クラスチェンジ! 格好いいですね! 親友のさらに上は何なんでしょう。友達としては最高位なのでは?」
「そんなことないよ」
「うーん。何でしょうか」
「教えない」

 軽く頭を撫でつつ、ラウルは友達から親友になったなら、男女ならばさらに恋人や家族もありうるよ、とは今は言わない。

「ヴィンスとジョゼットも。アオは少し熱があるから今日はこれぐらいにしてやってくれよ」
「「なに、その世話焼き女房みたいな言い方! しかもアオって呼んでるしっ」」
「茶化すな、ヴィンス、ジョゼット。ほらアオも自分の部屋に。戻れる?」

 戻れます、とアイオライトはしぶしぶ返事をして自分の部屋に向かう。
 
 ぱたんと扉が閉まった後のヴィンスとジョゼット、マークのニヤニヤした顔に、ラウルは一つため息をついてから、目の前の三人に宣言した。

「アオの事好きですけれど、何か?」
「ラウル王子がアオの事好きなのダダ洩れ過ぎて、宣言されなくてもわかるわよ」

 ジョゼットの一言に、ヴィンスとマークが頷く。

「そんなに?」

 わかっていないのは、当の本人だけなのだ。
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