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善意のカレーライス
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「なんとか今回も無事に終わったー!」
アイオライトは蜂蜜レモンの飴を口に放り込こむ。
酸っぱくて甘い味が口一杯に広がり、疲れた体が癒やされていくのを感じる。
夜の八時。
解散には早いとは思ったが、明日の仕事を思うとこれぐらいの時間でお開きにするのが疲れも残りにくく丁度良いかもしれない。
さらにアイオライトは、冷蔵庫で冷やしていた紅茶を取り出しコップに注ぎ、少し前に門番に呼ばれて南門に向かったヴィンスとジョゼットを待ちながら、今日一日を思い出していた。
バーベキューは大盛況で、冬にも!と言う声があがったが、さすがに寒すぎるのですぐに却下した。
却下した時の常連達の背中があまりにも寂しそうだったので、冬は店内で鍋かチーズフォンデュなどはどうか検討してみることにする。
今回も楽しいことばかりだったが、ニエルとユーリが船に乗れずにイシスに戻って来たのにはびっくりした。
聞けばリコとカリンとは知り合いで、よくニエルの店に通っていたと言う。
来週の水の日から店を手伝いながらレシピを教えることになったので、式典までの間に何回か会えるかもしれないとリコもカリンも楽しみが増えたようだった。
そう言えば、一人で座っている写真を撮ったのだが、あとでラウル送るとリコが言っていた。
自分だけが写っているのを送っても喜ばないんじゃないかと言ったのだが、リコは「いいの、ご褒美だから」と、にやりと笑うばかりだった。
相変わらず良く分からない友人である。
「しっかし、さっきまで賑やかだったのに、急に静かになっちゃったな」
厨房にいたのだがなんとなく寂しさを感じて、ラウルが良く座っている店のカウンター席に移動して腰を下ろす。
今回は準備からずっと手伝ってくれていた。
メニューの味見もしてもらっていたし、当日の朝のソワソワ、ワクワクした顔と言ったら、それはそれはなんともいえない可愛らしさで、思わず数枚写真に収めてしまったほどだ。
それ程までに楽しみにしているのが全身から滲み出ていたのに、また参加できなかったのは本当に残念だったと思う。
もし、秋が終わらないうちに少人数でバーベキューしませんか、とラウルを誘ったら……、考えるだけでもラウルの喜ぶ顔が頭に浮かんで、思わず笑みが溢れる。
アイオライトはちびちびと紅茶を飲みながら、何枚かスマートフォンに保存してるラウルの写真で手を止める。
なんのエフェクトもかけていないのに、キラキラとした笑顔を向けてくれている。
「やっぱり推しの笑顔は癒し効果抜群だな。でも、いつ帰ってくるかな……」
国王からの呼び出しで城に戻っているので、忙しいかもしれないと思いつつも、顔を見てしまうと、どうしても声が聞きたくなるもので……。
? なんで声が聞きたくなるのかな。
最近ラウルを思うと、たまに胸がチクチクしたりザワザワしたりする事がある。
推しへの愛が過ぎるだけか? とも思うのだが、それともちょっと違う気もする……。
「よし! 電話かけてみよう」
今度カリン辺りに聞いてみることにして、今は電話をかけてみることにする。
電話の使い方は前世と同じだ。電話帳からラウルを呼び出す。
呼出音がしばし鳴り、少しだけ間があったので出てくれたのだろうと声をかけた。
「こんばんわ。アイオライトです」
「こんばんわ。アオ」
「遅い時間にすみません」
「全然遅くないよ。こっちこそなかなか連絡できなくてごめんね」
「忙しいです? また明日掛け直しましょうか?」
「平気。アオと話したい」
ラウルが二つ返事で会話を望んでくれたことが嬉しくて、つい声が弾む。
「今日もバーベキュー出れなくて残念でしたね」
「本当だよ。今回も大盛況だったの?」
「はい。今回はラウルに何回か試食してもらった焼きそばが大人気になったので、店のメニューに加えることにしたんですよ」
「あれ美味しいもんね。そーす、あれいいよね。あ、でも俺ケチャップ派だ」
「ラウルはケチャップ派と言うよりは、ナポリタン派かオムライス派ですかね」
話している内容はまったく色気がないのに、聞こえてくるラウルの声に、耳がくすぐられるような甘さを感じる。
幸せだが、ラウルってこんなに甘い声だっただろうか?
まただ、またなんだかざわざわする。
そのざわざわがラウルにまで聞こえてしまいそうで、アイオライトは話を変えた。
「そう言えばですね、式典でコルドに戻る船が出なくなってしまって、ニエルさんとユーリさんがイシスに戻って来たんですよ。しばらくお店でお手伝いをしてもらうことになったんです」
「え……っと、泊まる所は……?」
「ん? 前回と同じ宿に泊まってますよ。一か月ほどかかるのでうちにどうぞって言ったんですけれど、ラウルに怒らるからって言ってました」
「大変よろしい。ニエルもユーリも分かっているな」
「何が分かってるんですか?」
「こっちの話。それから? 何か面白いことはあった?」
今回はお昼ぐらいから自分の胴上げと共に、何故かバーベキューが始まった事。
すぐにアイスクリームが完売した事。
リコとカリンとレノワールに話しかけたい男の人達が沢山いてびっくりした事。
リリとマークが手伝ってくれたが、ヴィンスに飲まされすぎて体調の悪くなったマークをリリが送っていったので、途中で帰ってしまった事。
ラウルに話したいことが沢山あって次から次へと言葉が出てくる。
「それは色々大変だったね」
「そうなんですよ。あ、リコがラウルに送るよっていうから写真を一枚撮ったんですけれど、送られてきましたか?」
「店の階段で座ってるやつ? さっき見たよ。可愛かった」
「そう言ってくれるのは家族とラウルぐらいなものです……。ん?」
ラウルに可愛いと耳元で言われ、急に恥ずかしさが込み上げてきたが、ドアベルがカランカランと音を立てた。
ヴィンスとジョゼットが帰ってきたのかと思ったが違う。
知らない男女で、エキゾチックな感じと言えばいいだろうか。二人とも顔のパーツがハッキリしていて彫りが深い美男美女である。
歳の頃はアイオライトと同じぐらい、もしかしたらもう少し上かも知れない。
「いらっしゃいませ。今日の営業は終了してますので、申し訳ありませんがまた明日お越しいただけますか?」
丁寧に断りを入れるが、二人とも何かを見つけたような顔でアイオライトを見つめている。
「あの……」
「簡単なもので、良い。お願い出来るか?」
男性が少しの沈黙の後、言葉を発した。
少し片言なので、アルタジア周辺の人でないのかも知れない。
せっかく来てくれた旅人にお願いされるとアイオライトも弱い。
貴族っぽいけど、悪い人でもなさそうだ。
バーベキューで用意していたご飯が少し余っているし、グレイビーもあるし、カレーならばすぐに出せるかも。
迷いはしたが、店のドアを開けたままにしていた自分も悪いと、アイオライトは食事を提供することに決めた。
「あまり量はお出しできませんがいいですか?」
「構わない」
男性が頷いたが、女性にもじっと見られすぎて落ち着かなくなってきた。
通話の繋がっていたラウルの、心配そうな声が聞こえてきて、厨房の入口近くに移動して受話口に耳を当てる。
「アオ、大丈夫?」
「はい、大丈夫……」
何回か声をかけたくれていたのだろう。ラウルのほっとしたような吐息が聞こえた。
「ラウル、すみません。なんか人が来ていて……。わあっ……」
急に男性が近づいてきて肩を掴まれた。
びっくりして、持っていたスマートフォンが手から滑り落ちる。
拾いたくて、しゃがもうとするが体を固定されて動くことができないアイオライトに、男はそのままさらに顔を近づけ、瞳を凝視する。
『やはり……この色。よもやこのような場所で出会えるとは』
アルタジアの言葉ではないので意味は分からないが、アイオライトを覗き込む目に、歓喜の感情が見える気もする。
『兄さま』
『あぁ。ここで黄金の瞳の持ち主を見つけることが出来るとは僥倖だ』
何かを話しながら、女性もじりじりとアイオライトに近寄ってくる。
「あの! 準備しますのでお好きな席に座ってお待ちください」
「あぁ、すまない。座って待つ」
大きな声で伝えると、ようやく男性が肩から手を離し、素直に近い席に座ってくれた。
しかし観察するようにアイオライトを見ながら二人でまだ何かを話している。
気づかれないように落としたスマートフォンを拾い、青い服の内ポケットに入れて厨房に入る。
「あの二人、すっごい美男美女だけど、圧が凄いよ……。そんなにお腹がすいてるのかな」
とりあえず食べたら帰ってくれるかもしれないと急いでグレイビーを温め、具は鶏ももを使う。さらにグルトーネと塩を入れて味を調えた。
ご飯は少なめだが、鶏もも多めにして満足感を得てもらおう。
しかし、カレーを食べさせてもいいものか、アイオライトはこの期に及んで少し不安になってきた。
初めてカレーを見た時の反応はそれぞれだが、一貫して色についての嫌悪感があったからだ。
ただ、今さら後にも引けないので、もし気に入ってもらえないなら今日は帰ってもらおうと、出来上がったカレーライスを二人の目の前に置いた。
今日はもうお茶もないので、冷たい水を一緒にテーブルに置く。
「お気に召さなかったら残してくださって結構です。無理して食べることはありませんから。でも今日はすぐにお出しできるものはこれしかないので、また明日来ていただくことになりますが……」
そう言ってテーブルを離れようとしたが、今度は男性が食べもせずに席を立ち、アイオライトの左手首を掴んだ。
振り解こうにも力が強すぎてびくともしない。
「サグサグを、どこで知った」
「サグサグってなんですか? すみません、痛いので手を放して欲しいです」
「すまない……」
ようやく離してくれたが、強く掴まれた手首に跡がついてしまうほど赤くなっている。
あいにく痛みはそこまで酷くない。
男性が興奮したことを謝りつつ、サグサグが郷土料理なことを教えてくれた。
「あなたは、このアルタジアの人間なのに、オレの国の料理を何故知っている」
「兄さん、違う。これサグサグだけどサグサグじゃない」
「なに? こんなに匂いが似ていると言うのにか」
アルタジアにはカレーはなかった。この二人が住む国ではカレーに似たサグサグという食べ物があるという事なのだろうか。
再び男性が席に座ってカレーに口を付けた。
女性も上品に食べ始める。
「これは……、旨い……。サグサグだが……、サグサグではない」
「兄さま、これは、サグサグより断然美味しい」
耳に聞こえるサグサグのオンパレードがなんだか面白くて、つい笑ってしまう。
「もう一皿、食べたい」
先ほどまでの歓喜の表情とは違う、ただ食べたいと言う顔を見せる男性におかわりをすぐに出す。
「美味しかったなら何よりでしたが、うちももう終わりの時間を過ぎていますので……」
アイオライトが、赤くなった手首をさすりながら、すでに閉店していることをやんわりと伝えようとした時、今度は女性ががたりと椅子から勢いよく立ち上がった。
「其方には我らとともに来てもらう」
「はい? 自分店もありますし、どこに……」
男性が勝手に話を進めてしまって困惑しつつも断りを入れたが、女性が知らない言葉で大きな声を上げた。
『じぃ、この方を連れていきますわ!』
すぐに店のドアがカラン、カランと開いた。
誰かがずっと外にいたのにもびっくりしたが、入ってきたのは執事のような服を着て、立派な髭を蓄えた初老の大男だった。
気が付いたときにはその大男が真後ろに立ち、失礼、と耳元でアイオライトに告げると、自分の背中から《どごっ》と音がしたのが聞こえた。
「がっ……はっ」
自分の口からそんな台詞が出ることなんてあるんだな、などと他人事のように思った瞬間、急激に痛みが広がってきた。
「はっ……ぐっ」
体がよろめいた拍子に、カウンターに置いたままにしてあったカップに肘が当たり、床に落ちて割れた音がした。
今はしかしカップが割れるなんて些細なこと。
痛みはどんどん強くなり、目の前がチカチカして、息がうまく吸えない。
ハクハクと口が動くだけで、声もうまく出せない。
さらに大男は、痛みに耐えて体を丸めていたアイオライトを俵担ぎする。
少しでも動かされると一層痛い。
奥歯をかみしめて痛みを我慢しても、涙がこぼれしまう。
「男なら、我慢なされよ」
髭の大男がアイオライトに告げる。
違うよ! 自分女だよ! と主張したくても、まだパクパクと口が動くだけで声が出ない。
『噂通り素晴らしい食事を出すばかりか、黄金の瞳の持ち主なんて』
『そうだな。しかしこれだけ美しければ、オレは男でも構わんな』
『我が国は同性婚も出来ますからね。でも……本当に、美しいですわ』
何かを楽しそうに話しながら二人が外に向かう。大男もアイオライトを担いだまま店を出る。
ちょっと、これは連れ去りだよ!? 犯罪だよ!
悪い人には見えなかったのだが、なにがどうしてこんなことになったのか……。
ようやく息は吸えるようになってはきたが、背中の痛みはどんどん増す。
それでもなんとか足をバタバタと動かし抵抗を試みるが、大男の前にはまったく効果は見られない。
「ふむ。動くと面倒だな。眠るといい」
そう言うと大男はポケットから取り出した瓶を開け、アイオライトの鼻先に持ってくる。
苦い匂いが鼻をついたと思った瞬間、アイオライトの身体からふわりと力抜け、意識が朦朧としてきた。
「ラ、ラウル……」
それだけを何とか声に出して、アイオライトの意識は途切れた。
アイオライトは蜂蜜レモンの飴を口に放り込こむ。
酸っぱくて甘い味が口一杯に広がり、疲れた体が癒やされていくのを感じる。
夜の八時。
解散には早いとは思ったが、明日の仕事を思うとこれぐらいの時間でお開きにするのが疲れも残りにくく丁度良いかもしれない。
さらにアイオライトは、冷蔵庫で冷やしていた紅茶を取り出しコップに注ぎ、少し前に門番に呼ばれて南門に向かったヴィンスとジョゼットを待ちながら、今日一日を思い出していた。
バーベキューは大盛況で、冬にも!と言う声があがったが、さすがに寒すぎるのですぐに却下した。
却下した時の常連達の背中があまりにも寂しそうだったので、冬は店内で鍋かチーズフォンデュなどはどうか検討してみることにする。
今回も楽しいことばかりだったが、ニエルとユーリが船に乗れずにイシスに戻って来たのにはびっくりした。
聞けばリコとカリンとは知り合いで、よくニエルの店に通っていたと言う。
来週の水の日から店を手伝いながらレシピを教えることになったので、式典までの間に何回か会えるかもしれないとリコもカリンも楽しみが増えたようだった。
そう言えば、一人で座っている写真を撮ったのだが、あとでラウル送るとリコが言っていた。
自分だけが写っているのを送っても喜ばないんじゃないかと言ったのだが、リコは「いいの、ご褒美だから」と、にやりと笑うばかりだった。
相変わらず良く分からない友人である。
「しっかし、さっきまで賑やかだったのに、急に静かになっちゃったな」
厨房にいたのだがなんとなく寂しさを感じて、ラウルが良く座っている店のカウンター席に移動して腰を下ろす。
今回は準備からずっと手伝ってくれていた。
メニューの味見もしてもらっていたし、当日の朝のソワソワ、ワクワクした顔と言ったら、それはそれはなんともいえない可愛らしさで、思わず数枚写真に収めてしまったほどだ。
それ程までに楽しみにしているのが全身から滲み出ていたのに、また参加できなかったのは本当に残念だったと思う。
もし、秋が終わらないうちに少人数でバーベキューしませんか、とラウルを誘ったら……、考えるだけでもラウルの喜ぶ顔が頭に浮かんで、思わず笑みが溢れる。
アイオライトはちびちびと紅茶を飲みながら、何枚かスマートフォンに保存してるラウルの写真で手を止める。
なんのエフェクトもかけていないのに、キラキラとした笑顔を向けてくれている。
「やっぱり推しの笑顔は癒し効果抜群だな。でも、いつ帰ってくるかな……」
国王からの呼び出しで城に戻っているので、忙しいかもしれないと思いつつも、顔を見てしまうと、どうしても声が聞きたくなるもので……。
? なんで声が聞きたくなるのかな。
最近ラウルを思うと、たまに胸がチクチクしたりザワザワしたりする事がある。
推しへの愛が過ぎるだけか? とも思うのだが、それともちょっと違う気もする……。
「よし! 電話かけてみよう」
今度カリン辺りに聞いてみることにして、今は電話をかけてみることにする。
電話の使い方は前世と同じだ。電話帳からラウルを呼び出す。
呼出音がしばし鳴り、少しだけ間があったので出てくれたのだろうと声をかけた。
「こんばんわ。アイオライトです」
「こんばんわ。アオ」
「遅い時間にすみません」
「全然遅くないよ。こっちこそなかなか連絡できなくてごめんね」
「忙しいです? また明日掛け直しましょうか?」
「平気。アオと話したい」
ラウルが二つ返事で会話を望んでくれたことが嬉しくて、つい声が弾む。
「今日もバーベキュー出れなくて残念でしたね」
「本当だよ。今回も大盛況だったの?」
「はい。今回はラウルに何回か試食してもらった焼きそばが大人気になったので、店のメニューに加えることにしたんですよ」
「あれ美味しいもんね。そーす、あれいいよね。あ、でも俺ケチャップ派だ」
「ラウルはケチャップ派と言うよりは、ナポリタン派かオムライス派ですかね」
話している内容はまったく色気がないのに、聞こえてくるラウルの声に、耳がくすぐられるような甘さを感じる。
幸せだが、ラウルってこんなに甘い声だっただろうか?
まただ、またなんだかざわざわする。
そのざわざわがラウルにまで聞こえてしまいそうで、アイオライトは話を変えた。
「そう言えばですね、式典でコルドに戻る船が出なくなってしまって、ニエルさんとユーリさんがイシスに戻って来たんですよ。しばらくお店でお手伝いをしてもらうことになったんです」
「え……っと、泊まる所は……?」
「ん? 前回と同じ宿に泊まってますよ。一か月ほどかかるのでうちにどうぞって言ったんですけれど、ラウルに怒らるからって言ってました」
「大変よろしい。ニエルもユーリも分かっているな」
「何が分かってるんですか?」
「こっちの話。それから? 何か面白いことはあった?」
今回はお昼ぐらいから自分の胴上げと共に、何故かバーベキューが始まった事。
すぐにアイスクリームが完売した事。
リコとカリンとレノワールに話しかけたい男の人達が沢山いてびっくりした事。
リリとマークが手伝ってくれたが、ヴィンスに飲まされすぎて体調の悪くなったマークをリリが送っていったので、途中で帰ってしまった事。
ラウルに話したいことが沢山あって次から次へと言葉が出てくる。
「それは色々大変だったね」
「そうなんですよ。あ、リコがラウルに送るよっていうから写真を一枚撮ったんですけれど、送られてきましたか?」
「店の階段で座ってるやつ? さっき見たよ。可愛かった」
「そう言ってくれるのは家族とラウルぐらいなものです……。ん?」
ラウルに可愛いと耳元で言われ、急に恥ずかしさが込み上げてきたが、ドアベルがカランカランと音を立てた。
ヴィンスとジョゼットが帰ってきたのかと思ったが違う。
知らない男女で、エキゾチックな感じと言えばいいだろうか。二人とも顔のパーツがハッキリしていて彫りが深い美男美女である。
歳の頃はアイオライトと同じぐらい、もしかしたらもう少し上かも知れない。
「いらっしゃいませ。今日の営業は終了してますので、申し訳ありませんがまた明日お越しいただけますか?」
丁寧に断りを入れるが、二人とも何かを見つけたような顔でアイオライトを見つめている。
「あの……」
「簡単なもので、良い。お願い出来るか?」
男性が少しの沈黙の後、言葉を発した。
少し片言なので、アルタジア周辺の人でないのかも知れない。
せっかく来てくれた旅人にお願いされるとアイオライトも弱い。
貴族っぽいけど、悪い人でもなさそうだ。
バーベキューで用意していたご飯が少し余っているし、グレイビーもあるし、カレーならばすぐに出せるかも。
迷いはしたが、店のドアを開けたままにしていた自分も悪いと、アイオライトは食事を提供することに決めた。
「あまり量はお出しできませんがいいですか?」
「構わない」
男性が頷いたが、女性にもじっと見られすぎて落ち着かなくなってきた。
通話の繋がっていたラウルの、心配そうな声が聞こえてきて、厨房の入口近くに移動して受話口に耳を当てる。
「アオ、大丈夫?」
「はい、大丈夫……」
何回か声をかけたくれていたのだろう。ラウルのほっとしたような吐息が聞こえた。
「ラウル、すみません。なんか人が来ていて……。わあっ……」
急に男性が近づいてきて肩を掴まれた。
びっくりして、持っていたスマートフォンが手から滑り落ちる。
拾いたくて、しゃがもうとするが体を固定されて動くことができないアイオライトに、男はそのままさらに顔を近づけ、瞳を凝視する。
『やはり……この色。よもやこのような場所で出会えるとは』
アルタジアの言葉ではないので意味は分からないが、アイオライトを覗き込む目に、歓喜の感情が見える気もする。
『兄さま』
『あぁ。ここで黄金の瞳の持ち主を見つけることが出来るとは僥倖だ』
何かを話しながら、女性もじりじりとアイオライトに近寄ってくる。
「あの! 準備しますのでお好きな席に座ってお待ちください」
「あぁ、すまない。座って待つ」
大きな声で伝えると、ようやく男性が肩から手を離し、素直に近い席に座ってくれた。
しかし観察するようにアイオライトを見ながら二人でまだ何かを話している。
気づかれないように落としたスマートフォンを拾い、青い服の内ポケットに入れて厨房に入る。
「あの二人、すっごい美男美女だけど、圧が凄いよ……。そんなにお腹がすいてるのかな」
とりあえず食べたら帰ってくれるかもしれないと急いでグレイビーを温め、具は鶏ももを使う。さらにグルトーネと塩を入れて味を調えた。
ご飯は少なめだが、鶏もも多めにして満足感を得てもらおう。
しかし、カレーを食べさせてもいいものか、アイオライトはこの期に及んで少し不安になってきた。
初めてカレーを見た時の反応はそれぞれだが、一貫して色についての嫌悪感があったからだ。
ただ、今さら後にも引けないので、もし気に入ってもらえないなら今日は帰ってもらおうと、出来上がったカレーライスを二人の目の前に置いた。
今日はもうお茶もないので、冷たい水を一緒にテーブルに置く。
「お気に召さなかったら残してくださって結構です。無理して食べることはありませんから。でも今日はすぐにお出しできるものはこれしかないので、また明日来ていただくことになりますが……」
そう言ってテーブルを離れようとしたが、今度は男性が食べもせずに席を立ち、アイオライトの左手首を掴んだ。
振り解こうにも力が強すぎてびくともしない。
「サグサグを、どこで知った」
「サグサグってなんですか? すみません、痛いので手を放して欲しいです」
「すまない……」
ようやく離してくれたが、強く掴まれた手首に跡がついてしまうほど赤くなっている。
あいにく痛みはそこまで酷くない。
男性が興奮したことを謝りつつ、サグサグが郷土料理なことを教えてくれた。
「あなたは、このアルタジアの人間なのに、オレの国の料理を何故知っている」
「兄さん、違う。これサグサグだけどサグサグじゃない」
「なに? こんなに匂いが似ていると言うのにか」
アルタジアにはカレーはなかった。この二人が住む国ではカレーに似たサグサグという食べ物があるという事なのだろうか。
再び男性が席に座ってカレーに口を付けた。
女性も上品に食べ始める。
「これは……、旨い……。サグサグだが……、サグサグではない」
「兄さま、これは、サグサグより断然美味しい」
耳に聞こえるサグサグのオンパレードがなんだか面白くて、つい笑ってしまう。
「もう一皿、食べたい」
先ほどまでの歓喜の表情とは違う、ただ食べたいと言う顔を見せる男性におかわりをすぐに出す。
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アイオライトが、赤くなった手首をさすりながら、すでに閉店していることをやんわりと伝えようとした時、今度は女性ががたりと椅子から勢いよく立ち上がった。
「其方には我らとともに来てもらう」
「はい? 自分店もありますし、どこに……」
男性が勝手に話を進めてしまって困惑しつつも断りを入れたが、女性が知らない言葉で大きな声を上げた。
『じぃ、この方を連れていきますわ!』
すぐに店のドアがカラン、カランと開いた。
誰かがずっと外にいたのにもびっくりしたが、入ってきたのは執事のような服を着て、立派な髭を蓄えた初老の大男だった。
気が付いたときにはその大男が真後ろに立ち、失礼、と耳元でアイオライトに告げると、自分の背中から《どごっ》と音がしたのが聞こえた。
「がっ……はっ」
自分の口からそんな台詞が出ることなんてあるんだな、などと他人事のように思った瞬間、急激に痛みが広がってきた。
「はっ……ぐっ」
体がよろめいた拍子に、カウンターに置いたままにしてあったカップに肘が当たり、床に落ちて割れた音がした。
今はしかしカップが割れるなんて些細なこと。
痛みはどんどん強くなり、目の前がチカチカして、息がうまく吸えない。
ハクハクと口が動くだけで、声もうまく出せない。
さらに大男は、痛みに耐えて体を丸めていたアイオライトを俵担ぎする。
少しでも動かされると一層痛い。
奥歯をかみしめて痛みを我慢しても、涙がこぼれしまう。
「男なら、我慢なされよ」
髭の大男がアイオライトに告げる。
違うよ! 自分女だよ! と主張したくても、まだパクパクと口が動くだけで声が出ない。
『噂通り素晴らしい食事を出すばかりか、黄金の瞳の持ち主なんて』
『そうだな。しかしこれだけ美しければ、オレは男でも構わんな』
『我が国は同性婚も出来ますからね。でも……本当に、美しいですわ』
何かを楽しそうに話しながら二人が外に向かう。大男もアイオライトを担いだまま店を出る。
ちょっと、これは連れ去りだよ!? 犯罪だよ!
悪い人には見えなかったのだが、なにがどうしてこんなことになったのか……。
ようやく息は吸えるようになってはきたが、背中の痛みはどんどん増す。
それでもなんとか足をバタバタと動かし抵抗を試みるが、大男の前にはまったく効果は見られない。
「ふむ。動くと面倒だな。眠るといい」
そう言うと大男はポケットから取り出した瓶を開け、アイオライトの鼻先に持ってくる。
苦い匂いが鼻をついたと思った瞬間、アイオライトの身体からふわりと力抜け、意識が朦朧としてきた。
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