43 / 64
暗中模索
しおりを挟む
騎士団の伝令からの連絡を受けたラウルは、一人夜の闇の中、イシスに向けて馬を走らせていた。
ともすれば嫌な予感が全身を粟立たせるが、頭を振りその予感ごと放り捨てる。
「何もなかったと言って、俺に……、いつもみたいに笑いかけてくれれば、それだけでいい……」
アルタジアの王城からイシスまでは馬で約三時間。
馬が途中で駄目にならないように、注意しつつなんとか三時間かからずイシスに辿り着くことが出来た。
馬を預け、北の端にある金の林檎亭へ一目散に走り出そうとしたところを、知り合いの門番がラウルに声をかけた。
「あ、ラウル! お前どこ行ってたんだよ」
「ちょっと王城に戻ってただけ。知らないやつとか街に入ってないよな?」
「知らねぇやつって言うか、いつも見る貴族とは格が違う感じでの貴族のお坊ちゃんとお嬢さんがお供連れて街に来てさ。他国の貴族っぽいし、ちょっと対応難しいかもと思って、ヴィンスさんとジョゼットさんに頼んで話をしてもらったぜ」
格が違う貴族……、やはり一団から離れたガルシアの王子と第三王女だろか。
イシスの街に来て、普通に観光客を装って街に入ったようだ。
門番の様子からすると、ヴィンスとジョゼットを呼んで対応しているようだし、無理矢理に街へ入ったわけでも、騒ぎを起こしたと言う感じもない。
「念のため不審者がいないか街全体の警備増やしておいて! あと、何かあったら金の林檎亭に来て! よろしく」
「ちょ、おい!」
念のため門番に指示を出しておく。
その返事を聞くことなく、ラウルはイシスの街の入口である南門から、北の端にある金の林檎亭まで全力で走りだす。
外を歩く人はほとんどいない。
南門から北に抜ける大通りを走り抜け、住宅街を横切る。
真夜中なので、家々の明かりもほとんど点いていない。
万が一アイオライトが攫われでもしていたら、目撃者が少なくて行方が分かりにくいかもしれないとラウルの不安が増していく。
そのままさらに道を抜ければ金の林檎亭まであと少しだ。
店の入口の明かりが見えてきた。
走るスピードを緩め、上がった息を整える。
外から見る限り特に騒がしい様子はない。
店の明かりが点いている。
はやる気持ちをなんとか抑え、万が一に備えラウルはゆっくりと店に近づき、裏口から入る。
翌日が休みでなければ夜更かしはしない。
普段のアイオライトならもう寝ているはずだ。
ヴィンスとジョゼットであれば、いいのだが……。そう思いながらさらに足を進める。
ラウルは店内の気配に注意しつつ店の中を進み、店のカレーの香りがラウルの鼻をついた。
厨房には誰もいないが、店内からかなりの殺気を感じてラウルは一瞬息をつめた。
それでも何とか店内を除くと、ヴィンスとジョゼットが表情の抜け落ちたような顔で立ちすくんでいた。
「ヴィンス……」
先ほどから感じている強烈な殺気は、二人から放たれていたようだ。
ラウルの姿を見ても、その殺気が治まることがない。
「すまん。アオが誰かに攫われたかもしれん」
握り締めているヴィンスの拳から血が出ているのが見えた。
カウンターの椅子の下には、割れたコップの破片が床に散乱していた。
「何があった」
顔面蒼白のジョゼットが口を開く。
「バーベキューの途中で、街の門番からちょっと格違いの貴族が街に入って来たという知らせを受けたの」
門番は、見た感じ他国の大貴族のようで、自分達では手に負えないかもしれないと、ヴィンスとジョゼットに念のため一緒に対応して欲しい、と頼みに店へ来たのだと言う。
さっき街に入った時に聞いた話と同じだ。
二人が門番と一緒に南門に到着すると、お付の執事からガルシアの貴族であると説明を受けた。
「何をしにイシスに来たと?」
「途中で出会った旅人に、イシスの街に旨い食事処があると聞いて興味があってきたそうなのよ」
「金の林檎亭か……」
ジョゼットは頷いて肯定する。
「ただ、今日はもう遅い時間だから明日にして欲しいとお願いして……、それからその貴族の宿を手配してから金の林檎亭に戻って来たんだけれど、その時にはもうアオがいなくて……」
「他国の大貴族と門番は言っていたし、何者か全くわからなかったからな。この店は南門からは遠いし、店にいた方が安全だと思ったんだ」
「戻って来てから、二階や風呂場はちゃんと確認したんだよな」
「置手紙もなかったし、お風呂も入ったような形跡はなかったわ」
「そうか……」
二人の顔色は先ほどから白いままだ。
「南門でその貴族本人とは会えたのか? どれぐらいアオは一人だった」
「いや、話をしたのは執事だけだ。門番から知らせを受けたのが夜の七時過ぎだったと思う。俺達が店に帰ってきたのが十時頃だ。バーベキュー自体は八時頃には片付けが終わって解散したと聞いたから、それからは一人だったはずだ」
七時過ぎ頃なら街の人間もまだ外にいる時間で、珍しくて旨い食事処を紹介してくれと言われたら、金の林檎亭を教えてもおかしくはない。
貴族到着が七時過ぎ。
アイオライトとラウルの電話は九時頃。
ラウルはその一時間の空白の間に、接触した可能性が高いと考えた。
「紹介した宿には確認したのか?」
「宿にはさっき行った。執事には、俺達がアルタジアの最高位冒険者だと話したが、騎士団や自警団でもないからと、部屋を改めさせてはくれなかったよ。変わりに明日の朝の面会は取り付けたが……。もう少し上の肩書きがあれば対応は違ったかもしれん……」
ヴィンスの表情が悲痛に歪む。
ヴィンスとジョゼットには、その貴族がガルシア帝国の王子と王女である可能性を話すことにするか迷ったが、今後の対応も考えなければならないので、ラウルはイシスに戻って来た経緯を話すことに決めた。
スマートフォンの説明が難しかったが、今はそういうものだと飲み込んでもらう。
「は? じゃぁ、もしかしたらガルシアの王族と一緒にいる可能性が高いってことか?」
「確証はないが……。イシスに向かった馬車、変わった食事がしたいとわざわざやってきた貴族風の男女、電話の向こうで聞こえた男女の声。電話が切れる直前で割れた音がした。現状その可能性が高いと俺は思ってる」
「ガルシアの王族か……」
ヴィンスもジョゼットも悪い噂は聞いたことはない。ガルシア皇帝もその王子王女たちも、みな温和な性格だと聞き及んでいた。
「もしガルシアの王族に連れ去られたとしても、危害は加えることはないとは思うけど、何故アオを……」
「わからない。明日まで待ってられないな……。さらに上の肩書きなら俺が持っている。アルタジアの第三王子ならば流石に邪険に扱われることはないだろう」
今は十一時過ぎ。
遅い時間ではあるが、何かあってからでは遅いのだ。
王族である権力を今使わないでどうする。
「ヴィンス、ジョゼット、一緒に来い」
娘の行方を探すための希望が見えたのか、ようやく二人の顔に赤味がさして殺気も少しずつだが薄れてきているようにラウルは感じた。
ただ、今の憔悴しきっている状態では万が一交戦となった場合に戦えるのかが心配だ。
こんな時だからこそ、一呼吸置くことも必要だと、厨房にある冷蔵庫の中をラウルは確認する。
そこにはいつも通り冷えたお茶があった。
ラウルは慣れた手つきでコップに注ぎ、二人の前にそっと置く。
「一度落ち着いて、そんな顔をアオが見たらびっくりするからな」
ラウルもお茶を口に含む。
緑色のお茶の苦みと、心地よい冷たさが頭をクリアにさせてくれる。
「そう、そうね。あの娘にはこんな情けない姿、見せられないわ」
「そうだな」
「二人共、少しは落ち着いたな」
最近の習慣から、こんな時でも使ったコップを厨房に片付けてしまう。
ついでに軽く割れたコップもひとまとめにして、危なくないように袋に入れる。
「はは、殿下、いつでもこの店で働けますね」
「殿下なんて今まで言われたことなかったのに急にどうしたんだよ」
「いや、ちょっと子ども扱いはやめようかと思いまして」
ヴィンスとジョゼットは昔からラウルの事だけは、ずっと「ラウル王子」と呼んでいた。二人の兄の事は殿下と呼んでいるので、大人として認めてくれたという事なのだろうか。
「大人として扱ってくれるって事かな?」
「まぁ、そんな感じだな。でもアオとの交際はまだ認めん」
「そこは認めると言って欲しいところだが……、そんな軽口が出るならもう大丈夫だろう。出発するか」
いつもの調子を取り戻したヴィンスが金の林檎亭の入口を開け、外に出たところで、イシスの街の衛兵が走ってくるのが見えた。
「ラウル! あ、ヴィンスさんとジョゼットさんも!」
「何かあったのか?」
「ガルシアの貴族が、ちょっと前に街を出ていったっすよ。宿も確認したけど、お供の人達もいなかったし、念のため知らせておこうかと思って」
「は? 明日の朝面会予定だったのに、なんで今の時間に街から出ていったんだ!」
先ほどやっと落ち着いたヴィンスが怒鳴り声をあげる。
「方向としては王城に向かったと思うんすけど……」
確かにシャルルが書簡には明日ぐらいに到着すると書いてあったと言っていた。
今からアルタジアの王城に向かったとして、三時間後。
アルタジアの城下に入るにしても城門が閉まっているし、真夜中に開けるとなると判断や確認に時間がかかるはずだ。
「馬車か、使える馬はいるか?」
「馬車は無理だけど、早く走れるのがいるよ。すぐ三頭準備させる」
「頼む」
かなり勝手をしてくれるものだと、ラウルも怒りを覚えてきたが、さっきのお茶の苦みを思い出して冷静を取り戻す。
「ヴィンス、ジョゼット。これからアルタジア王城に向かう」
「「はっ」」
先ほどアルタジアの城からイシスに来て、またアルタジアの王城に戻らねばならない。
幸いお茶の体力回復効果が効いてきたので、まだ馬には乗れそうだ。
ガルシア帝国の王子と王女が何を考えているのかさっぱりわからない。
もう少し他国の文化を勉強しておけばよかったと今さら後悔しても遅いが、ガルシアの文化としては、もしかしたら問題ない行動なのかもしれない……。
今後は他国についてもっと勉強しなければならないと、ラウルは心に誓った。
さらに、覚えたてのスマートフォンの機能で、リコに文章を送る。
『アオがいなくなった。他国の貴族と一緒の可能性あり。ロジャーには城門で待機するようリチャードに伝えてくれ。俺も今から城に戻る』
夜中だが、ありがたい事にリコからすぐに『了解した』と返事が来た。
それだけ伝えれば、察しのいいリチャードはうまく立ち回ってくれるはずだ。
アイオライトは、アルタジアに向かったらしいガルシアの馬車に乗せられている可能性が一番高いが、実際はどうかわからない。
それでもその一番高い可能性に賭けて、ラウルはまた夜の闇の中、再びアルタジアの王城へ走り出した。
ともすれば嫌な予感が全身を粟立たせるが、頭を振りその予感ごと放り捨てる。
「何もなかったと言って、俺に……、いつもみたいに笑いかけてくれれば、それだけでいい……」
アルタジアの王城からイシスまでは馬で約三時間。
馬が途中で駄目にならないように、注意しつつなんとか三時間かからずイシスに辿り着くことが出来た。
馬を預け、北の端にある金の林檎亭へ一目散に走り出そうとしたところを、知り合いの門番がラウルに声をかけた。
「あ、ラウル! お前どこ行ってたんだよ」
「ちょっと王城に戻ってただけ。知らないやつとか街に入ってないよな?」
「知らねぇやつって言うか、いつも見る貴族とは格が違う感じでの貴族のお坊ちゃんとお嬢さんがお供連れて街に来てさ。他国の貴族っぽいし、ちょっと対応難しいかもと思って、ヴィンスさんとジョゼットさんに頼んで話をしてもらったぜ」
格が違う貴族……、やはり一団から離れたガルシアの王子と第三王女だろか。
イシスの街に来て、普通に観光客を装って街に入ったようだ。
門番の様子からすると、ヴィンスとジョゼットを呼んで対応しているようだし、無理矢理に街へ入ったわけでも、騒ぎを起こしたと言う感じもない。
「念のため不審者がいないか街全体の警備増やしておいて! あと、何かあったら金の林檎亭に来て! よろしく」
「ちょ、おい!」
念のため門番に指示を出しておく。
その返事を聞くことなく、ラウルはイシスの街の入口である南門から、北の端にある金の林檎亭まで全力で走りだす。
外を歩く人はほとんどいない。
南門から北に抜ける大通りを走り抜け、住宅街を横切る。
真夜中なので、家々の明かりもほとんど点いていない。
万が一アイオライトが攫われでもしていたら、目撃者が少なくて行方が分かりにくいかもしれないとラウルの不安が増していく。
そのままさらに道を抜ければ金の林檎亭まであと少しだ。
店の入口の明かりが見えてきた。
走るスピードを緩め、上がった息を整える。
外から見る限り特に騒がしい様子はない。
店の明かりが点いている。
はやる気持ちをなんとか抑え、万が一に備えラウルはゆっくりと店に近づき、裏口から入る。
翌日が休みでなければ夜更かしはしない。
普段のアイオライトならもう寝ているはずだ。
ヴィンスとジョゼットであれば、いいのだが……。そう思いながらさらに足を進める。
ラウルは店内の気配に注意しつつ店の中を進み、店のカレーの香りがラウルの鼻をついた。
厨房には誰もいないが、店内からかなりの殺気を感じてラウルは一瞬息をつめた。
それでも何とか店内を除くと、ヴィンスとジョゼットが表情の抜け落ちたような顔で立ちすくんでいた。
「ヴィンス……」
先ほどから感じている強烈な殺気は、二人から放たれていたようだ。
ラウルの姿を見ても、その殺気が治まることがない。
「すまん。アオが誰かに攫われたかもしれん」
握り締めているヴィンスの拳から血が出ているのが見えた。
カウンターの椅子の下には、割れたコップの破片が床に散乱していた。
「何があった」
顔面蒼白のジョゼットが口を開く。
「バーベキューの途中で、街の門番からちょっと格違いの貴族が街に入って来たという知らせを受けたの」
門番は、見た感じ他国の大貴族のようで、自分達では手に負えないかもしれないと、ヴィンスとジョゼットに念のため一緒に対応して欲しい、と頼みに店へ来たのだと言う。
さっき街に入った時に聞いた話と同じだ。
二人が門番と一緒に南門に到着すると、お付の執事からガルシアの貴族であると説明を受けた。
「何をしにイシスに来たと?」
「途中で出会った旅人に、イシスの街に旨い食事処があると聞いて興味があってきたそうなのよ」
「金の林檎亭か……」
ジョゼットは頷いて肯定する。
「ただ、今日はもう遅い時間だから明日にして欲しいとお願いして……、それからその貴族の宿を手配してから金の林檎亭に戻って来たんだけれど、その時にはもうアオがいなくて……」
「他国の大貴族と門番は言っていたし、何者か全くわからなかったからな。この店は南門からは遠いし、店にいた方が安全だと思ったんだ」
「戻って来てから、二階や風呂場はちゃんと確認したんだよな」
「置手紙もなかったし、お風呂も入ったような形跡はなかったわ」
「そうか……」
二人の顔色は先ほどから白いままだ。
「南門でその貴族本人とは会えたのか? どれぐらいアオは一人だった」
「いや、話をしたのは執事だけだ。門番から知らせを受けたのが夜の七時過ぎだったと思う。俺達が店に帰ってきたのが十時頃だ。バーベキュー自体は八時頃には片付けが終わって解散したと聞いたから、それからは一人だったはずだ」
七時過ぎ頃なら街の人間もまだ外にいる時間で、珍しくて旨い食事処を紹介してくれと言われたら、金の林檎亭を教えてもおかしくはない。
貴族到着が七時過ぎ。
アイオライトとラウルの電話は九時頃。
ラウルはその一時間の空白の間に、接触した可能性が高いと考えた。
「紹介した宿には確認したのか?」
「宿にはさっき行った。執事には、俺達がアルタジアの最高位冒険者だと話したが、騎士団や自警団でもないからと、部屋を改めさせてはくれなかったよ。変わりに明日の朝の面会は取り付けたが……。もう少し上の肩書きがあれば対応は違ったかもしれん……」
ヴィンスの表情が悲痛に歪む。
ヴィンスとジョゼットには、その貴族がガルシア帝国の王子と王女である可能性を話すことにするか迷ったが、今後の対応も考えなければならないので、ラウルはイシスに戻って来た経緯を話すことに決めた。
スマートフォンの説明が難しかったが、今はそういうものだと飲み込んでもらう。
「は? じゃぁ、もしかしたらガルシアの王族と一緒にいる可能性が高いってことか?」
「確証はないが……。イシスに向かった馬車、変わった食事がしたいとわざわざやってきた貴族風の男女、電話の向こうで聞こえた男女の声。電話が切れる直前で割れた音がした。現状その可能性が高いと俺は思ってる」
「ガルシアの王族か……」
ヴィンスもジョゼットも悪い噂は聞いたことはない。ガルシア皇帝もその王子王女たちも、みな温和な性格だと聞き及んでいた。
「もしガルシアの王族に連れ去られたとしても、危害は加えることはないとは思うけど、何故アオを……」
「わからない。明日まで待ってられないな……。さらに上の肩書きなら俺が持っている。アルタジアの第三王子ならば流石に邪険に扱われることはないだろう」
今は十一時過ぎ。
遅い時間ではあるが、何かあってからでは遅いのだ。
王族である権力を今使わないでどうする。
「ヴィンス、ジョゼット、一緒に来い」
娘の行方を探すための希望が見えたのか、ようやく二人の顔に赤味がさして殺気も少しずつだが薄れてきているようにラウルは感じた。
ただ、今の憔悴しきっている状態では万が一交戦となった場合に戦えるのかが心配だ。
こんな時だからこそ、一呼吸置くことも必要だと、厨房にある冷蔵庫の中をラウルは確認する。
そこにはいつも通り冷えたお茶があった。
ラウルは慣れた手つきでコップに注ぎ、二人の前にそっと置く。
「一度落ち着いて、そんな顔をアオが見たらびっくりするからな」
ラウルもお茶を口に含む。
緑色のお茶の苦みと、心地よい冷たさが頭をクリアにさせてくれる。
「そう、そうね。あの娘にはこんな情けない姿、見せられないわ」
「そうだな」
「二人共、少しは落ち着いたな」
最近の習慣から、こんな時でも使ったコップを厨房に片付けてしまう。
ついでに軽く割れたコップもひとまとめにして、危なくないように袋に入れる。
「はは、殿下、いつでもこの店で働けますね」
「殿下なんて今まで言われたことなかったのに急にどうしたんだよ」
「いや、ちょっと子ども扱いはやめようかと思いまして」
ヴィンスとジョゼットは昔からラウルの事だけは、ずっと「ラウル王子」と呼んでいた。二人の兄の事は殿下と呼んでいるので、大人として認めてくれたという事なのだろうか。
「大人として扱ってくれるって事かな?」
「まぁ、そんな感じだな。でもアオとの交際はまだ認めん」
「そこは認めると言って欲しいところだが……、そんな軽口が出るならもう大丈夫だろう。出発するか」
いつもの調子を取り戻したヴィンスが金の林檎亭の入口を開け、外に出たところで、イシスの街の衛兵が走ってくるのが見えた。
「ラウル! あ、ヴィンスさんとジョゼットさんも!」
「何かあったのか?」
「ガルシアの貴族が、ちょっと前に街を出ていったっすよ。宿も確認したけど、お供の人達もいなかったし、念のため知らせておこうかと思って」
「は? 明日の朝面会予定だったのに、なんで今の時間に街から出ていったんだ!」
先ほどやっと落ち着いたヴィンスが怒鳴り声をあげる。
「方向としては王城に向かったと思うんすけど……」
確かにシャルルが書簡には明日ぐらいに到着すると書いてあったと言っていた。
今からアルタジアの王城に向かったとして、三時間後。
アルタジアの城下に入るにしても城門が閉まっているし、真夜中に開けるとなると判断や確認に時間がかかるはずだ。
「馬車か、使える馬はいるか?」
「馬車は無理だけど、早く走れるのがいるよ。すぐ三頭準備させる」
「頼む」
かなり勝手をしてくれるものだと、ラウルも怒りを覚えてきたが、さっきのお茶の苦みを思い出して冷静を取り戻す。
「ヴィンス、ジョゼット。これからアルタジア王城に向かう」
「「はっ」」
先ほどアルタジアの城からイシスに来て、またアルタジアの王城に戻らねばならない。
幸いお茶の体力回復効果が効いてきたので、まだ馬には乗れそうだ。
ガルシア帝国の王子と王女が何を考えているのかさっぱりわからない。
もう少し他国の文化を勉強しておけばよかったと今さら後悔しても遅いが、ガルシアの文化としては、もしかしたら問題ない行動なのかもしれない……。
今後は他国についてもっと勉強しなければならないと、ラウルは心に誓った。
さらに、覚えたてのスマートフォンの機能で、リコに文章を送る。
『アオがいなくなった。他国の貴族と一緒の可能性あり。ロジャーには城門で待機するようリチャードに伝えてくれ。俺も今から城に戻る』
夜中だが、ありがたい事にリコからすぐに『了解した』と返事が来た。
それだけ伝えれば、察しのいいリチャードはうまく立ち回ってくれるはずだ。
アイオライトは、アルタジアに向かったらしいガルシアの馬車に乗せられている可能性が一番高いが、実際はどうかわからない。
それでもその一番高い可能性に賭けて、ラウルはまた夜の闇の中、再びアルタジアの王城へ走り出した。
0
あなたにおすすめの小説
『異世界転生してカフェを開いたら、庭が王宮より人気になってしまいました』
ヤオサカ
恋愛
申し訳ありません、物語の内容を確認しているため、一部非公開にしています
この物語は完結しました。
前世では小さな庭付きカフェを営んでいた主人公。事故により命を落とし、気がつけば異世界の貧しい村に転生していた。
「何もないなら、自分で作ればいいじゃない」
そう言って始めたのは、イングリッシュガーデン風の庭とカフェづくり。花々に囲まれた癒しの空間は次第に評判を呼び、貴族や騎士まで足を運ぶように。
そんな中、無愛想な青年が何度も訪れるようになり――?
転生してモブだったから安心してたら最恐王太子に溺愛されました。
琥珀
恋愛
ある日突然小説の世界に転生した事に気づいた主人公、スレイ。
ただのモブだと安心しきって人生を満喫しようとしたら…最恐の王太子が離してくれません!!
スレイの兄は重度のシスコンで、スレイに執着するルルドは兄の友人でもあり、王太子でもある。
ヒロインを取り合う筈の物語が何故かモブの私がヒロインポジに!?
氷の様に無表情で周囲に怖がられている王太子ルルドと親しくなってきた時、小説の物語の中である事件が起こる事を思い出す。ルルドの為に必死にフラグを折りに行く主人公スレイ。
このお話は目立ちたくないモブがヒロインになるまでの物語ーーーー。
転生したら地味ダサ令嬢でしたが王子様に助けられて何故か執着されました
古里@3巻電子書籍化『王子に婚約破棄され
恋愛
皆様の応援のおかげでHOT女性向けランキング第7位獲得しました。
前世病弱だったニーナは転生したら周りから地味でダサいとバカにされる令嬢(もっとも平民)になっていた。「王女様とか公爵令嬢に転生したかった」と祖母に愚痴ったら叱られた。そんなニーナが祖母が死んで冒険者崩れに襲われた時に助けてくれたのが、ウィルと呼ばれる貴公子だった。
恋に落ちたニーナだが、平民の自分が二度と会うことはないだろうと思ったのも、束の間。魔法が使えることがバレて、晴れて貴族がいっぱいいる王立学園に入ることに!
しかし、そこにはウィルはいなかったけれど、何故か生徒会長ら高位貴族に絡まれて学園生活を送ることに……
見た目は地味ダサ、でも、行動力はピカ一の地味ダサ令嬢の巻き起こす波乱万丈学園恋愛物語の始まりです!?
小説家になろうでも公開しています。
第9回カクヨムWeb小説コンテスト中間選考通過作品
傷物令嬢は騎士に夢をみるのを諦めました
みん
恋愛
伯爵家の長女シルフィーは、5歳の時に魔力暴走を起こし、その時の記憶を失ってしまっていた。そして、そのせいで魔力も殆ど無くなってしまい、その時についてしまった傷痕が体に残ってしまった。その為、領地に済む祖父母と叔母と一緒に療養を兼ねてそのまま領地で過ごす事にしたのだが…。
ゆるっと設定なので、温かい気持ちで読んでもらえると幸いです。
小さな姫さまは護衛騎士に恋してる
絹乃
恋愛
マルティナ王女の護衛騎士のアレクサンドル。幼い姫に気に入られ、ままごとに招待される。「泥団子は本当に食べなくても姫さまは傷つかないよな。大丈夫だよな」幼女相手にアレクは戸惑う日々を過ごす。マルティナも大きくなり、アレクに恋心を抱く。「畏れながら姫さま、押しが強すぎます。私はあなたさまの護衛なのですよ」と、マルティナの想いはなかなか受け取ってもらえない。※『わたしは妹にとっても嫌われています』の護衛騎士と小さな王女のその後のお話です。可愛く、とても優しい世界です。
ちょっと不運な私を助けてくれた騎士様が溺愛してきます
五珠 izumi
恋愛
城の下働きとして働いていた私。
ある日、開かれた姫様達のお見合いパーティー会場に何故か魔獣が現れて、運悪く通りかかった私は切られてしまった。
ああ、死んだな、そう思った私の目に見えるのは、私を助けようと手を伸ばす銀髪の美少年だった。
竜獣人の美少年に溺愛されるちょっと不運な女の子のお話。
*魔獣、獣人、魔法など、何でもありの世界です。
*お気に入り登録、しおり等、ありがとうございます。
*本編は完結しています。
番外編は不定期になります。
次話を投稿する迄、完結設定にさせていただきます。
竜帝と番ではない妃
ひとみん
恋愛
水野江里は異世界の二柱の神様に魂を創られた、神の愛し子だった。
別の世界に産まれ、死ぬはずだった江里は本来生まれる世界へ転移される。
そこで出会う獣人や竜人達との縁を結びながらも、スローライフを満喫する予定が・・・
ほのぼの日常系なお話です。設定ゆるゆるですので、許せる方のみどうぞ!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる