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紫電一閃の夜
朝一番呼び戻されたラウルは、昼には王城へ到着していた。
しかし国王の謁見が多く、結局国王と会えたのは夕食の時間になってからだった。
食事の準備ができたというので急いで向かうと、国王、王妃、長兄、次兄も次々にやってきた。
家族全員で食事をするのは、かなり久しぶりである。
「すまんな、ラウル。遅くなってしまって。食事をしながら話をしようか。オーリエ王国のさらに東にあるガルシア帝国は知っているな?」
「はい。しかしアルタジアとは布と宝飾品の交易が盛んな砂漠の国ということぐらいしか知りませんが……」
ひとつ頷いて、長兄のシャルルが話始めた。
ガルシア帝国は先ほどシャルルが言うように、オーリエよりさらに東にある帝国だ。
平和的な外交をする国で、砂漠の中にありながらも緑は豊か。人口も多い。
そのガルシア帝国から、式典には皇帝の第一王子と第三王女がやってくることになっていたのだが、すでにオーリエ王国を過ぎ、今日明日にはここアルタジアへ到着しそうだ、と。
「は? 式典はあとひと月も先だと言うのに、もう到着すると言うのですか!?」
シャルルの表情は渋い。
侍従が前菜を運ぶとシャルルの好きな物だったようで、一瞬で皿が空になるが、先ほどから変わらず渋い表情のまま話を続けた。
「一昨日の夜に書簡が届いたので、早ければ明日には到着すると思われる。先日各国へ招待状を送った際、宿泊については城の敷地内にある客室棟を準備するので、気兼ねなく来て欲しいとは確かに記載はしたがな……。遠慮がないと言うかなんというか」
「客室棟の準備はいつでも整っておるので問題はないが、対応できるものがおらんのだ。次期国王であるシャルルを付けるわけにもいかぬ。ルディも式典の準備で手が離せぬしな」
国王の言う通り、長兄シャルルでは早く着きすぎた訪問客を次期国王が直々にもてなす形となり、他の国に示しがつかないだろう。
さらに次兄ルディも、式典で大量に消費が予想される魔法力の調整をしなければならず魔法省を度々離れるわけにはいかない。なら、選択肢は一つ。
「毎日のようにもてなすわけではないが、何かあった時にすぐに動ける人物となると……」
「だから俺が呼び戻されたんだね、ルディ兄」
ラウルの答えに満足げに頷き、次兄のルディが白身魚を口に運んだ。
アイオライトの護衛を両親であるヴィンスとジョゼットに任せることができるのなら、誰が適任かなどは、ラウル本人も分かりきっている。
「仕方ない……ですね。俺がその王子と王女をしばらくもてなしましょう。ただ、アオに何か危険があるとわかったなら、俺は迷わず彼女の元に向かいます。」
ラウルは納得は出来ないが、了承の返事をなんとか絞り出すと、それを分かってか国王からも、それでよいと一言、返事が返ってきた。
アイオライトにはしばらく帰れないことを伝えなくてはいけない。
後で電話をしてみるか、メールというのをしてみるか思案しながら、ラウルも白身魚を口に運ぶ。
今日の夕食は、海老とブロッコリーのアミューズ、パテドカンパーニュ、冷製オニオンポタージュ、白身魚が出てきて次は葡萄牛のステーキにサラダ。最後はデザートが出てくるはずだ。
食事は確かに美味いのだが、ラウルは先ほどから少し物足りなさを感じていた。
何が物足りないのかははっきりしないのだが、もしかしたらアイオライトの作る食事が美味しすぎる弊害だろうか?
と、不意にアイオライトの何事にも前向きな姿勢を思い出した。
戻った時にただいまと胸を張って言えるように、自分もいつまでも不貞腐れている訳にもいかないな。
気持ちを切り替えることに成功し、アイオライト様様だな、とラウルの機嫌も良くなり始めた頃ステーキが運ばれてきた。
「本当にすまぬ。アイオライトと離れるのは嫌であったろうが、しばし我慢してくれ。感謝するぞ。ラウル」
「アイオライトにはヴィンスとジョゼットも付いているし、そんなに心配しなくても大丈夫よ」
「あの二人にアオが振り回されるかと思うとちょっと不憫ですけどね」
そうね、王妃が軽く笑うと、国王もシャルル、ルディも肩の力を緩め、重かった空気がようやく楽しいものに変わり始めた。
「そのアイオライトと言う娘は?」
気持ちが緩んだからか、それともただの好奇心からか不思議な顔で、シャルルが聞いてきた。
「私の……、その、想い人……ですが」
「そうか! ならば婚約か結婚の約束は?」
「まだよ、シャル。まだね、ただのお友達なのよ」
「は? 友達?」
「違います! 先日《親友》にクラスチェンジしました」
「自慢することでなくてよ。この小心者」
先ほどまで味方だと思っていた母が、急に敵に回るとは!
びっくりして、ラウルは持っていたグラスを落としそうになってしまった。
「シャルもルディも、アイオライトはヴィンスとジョゼットの娘ぞ。びっくりするであろう?」
家族だけの時はシャルルを愛称のシャルと呼ぶ。一文字だけ省略することに意味はないが、小さい時からのそうしているので、今更誰も指摘もしないし直しもしていない。
国王である父から、弟の思い人が破天荒な最高位冒険者二人の娘だと聞いて、王族であることを忘れてしまったかのようにシャルルとルディは腹を抱えて笑い出した。
「あの二人の娘と結ばれたいなど、身の程知らずだな!」
「何をされるかわかったものじゃないな」
「シャル兄もルディ兄も笑いすぎです。アオは可憐で可愛いのに」
「「親友だけどな」」
「二人そろって突っ込みありがとうございますっ!」
侍女も侍従も、デザートのフルーツと紅茶をサーブを始めたが、兄弟のやり取りが面白かったのか、笑ってしまっているのが分かる。
肩が揺れ笑いながらもしっかりとサーブをする侍女と侍従はやはりプロである。
「この紅茶はね、そのアイオライトのお手製なのよ」
「ミルクと砂糖を入れて飲むのが俺のおすすめです」
アイオライトが良く飲む飲み方だ。
暖かい紅茶がほんのり甘くて、心がゆったりするのだ。
「体力回復の効果もありますので、疲れた時に飲むのもいいですよ」
「そういえば先日食事を共にしたときに、この紅茶をもらったのだが、香りもよいので王妃と共に気に入っておる。あの時は、酒を誤って飲んで寝てしまったのであったな」
「父上と母上と食事をしていたのに、寝てしまったのですか?」
「えぇ。それはそれは可愛い寝顔でね、ラウルが大事そうに抱えて帰ったのよね」
「は? お持ち帰りか? お前もやるな」
「おかしな言い方はやめてください。ルディ兄。ちゃんと家に送り届けました」
その時は、良い思いもそこそこしました。とは言えない。
「あとは焼き菓子も美味しいのよね」
「そうですね。あ、この前はアイスクリームを作って食べましたよ」
「アイスクリーム?」
「シャーベットよりも濃厚なミルク味の氷菓子で、今の季節にぴったりですよ」
「それは食べてみたいな」
ルディがかなり興味を持ったようだ。
冷凍庫で作れるレシピがあることを教えると、さっそく料理長を呼んでラウルに説明させ、明日魔法省のルディの執務室に持ってくるように指示していた。
「さて、そろそろ仕事に戻らねばならんな」
「楽しい時間はすぐに過ぎてしまうわね」
食事の後も、国王とシャルルは仕事が残っているようで、あとで執務室に紅茶を持ってくるように侍従に伝えて席を立った。
ルディも侍従にアイスを念押ししていた。
抜かりのない兄である。
ラウルは自分の部屋にも紅茶をお願いして、自室に戻る。
帰れないといったら、アイオライトは少しは寂しがってくれるだろうか。
そんなことを思っていたら、スマートフォンの画面にメールの着信を知らせる通知があるのが見えた。
一人で一から触るのは初めてで、恐る恐る画面を触ると、メールの差出人はリコ。
がっかり感が否めない。
『アオがわっしょいわっしょいされてるの写真とか送ります。 リコ』
中を開くと文章はそれだけ、写真が数枚付いている。
文書の通り、アイオライトがなぜか沢山の人に胴上げされている写真である。小さなアイオライトがかなり高く胴上げされていたが大丈夫だったのだろうかとハラハラさせられる一枚だ。
さらにもう一枚は大工のヨハンと一緒に乾杯してるもの。ヨハンはエールのジョッキだが、アイオライトはお茶の入ったジョッキを持っている。その後ろでヴィンスとジョゼットが乾杯待ちをしているのが笑える。
次は、リコとカリン、レノワールとアイオライトの四人の集合写真だ。
この写真のアイオライトの眠そうな表情がなんとも可愛い。
「折角だからアオだけの写真を送ってくれたらよかったのにな……」
と独り言が口を出た瞬間、ブルブルと手の中でスマートフォンが震えた。
また送り主はリコからのようだ。
中を開くと、独り言を聞いていたのだろうかと思うような文章と写真だった。
『おまけ、だよ』
金の林檎亭の階段に座り、一人こちらに柔らかく笑いかけるアイオライトの写真が一枚。
「お手柄だな。リコ嬢。今度変なこと言われても大目にみよう」
しばらくその写真を眺めていると、ノックの音が聞こえ頼んでいた紅茶が運ばれてきた。
侍従は下がらせ、自らカップに注ぐと、紅茶のいい匂いが部屋に広がる。
ミルクと砂糖を混ぜて紅茶を飲むと、それだけでアイオライトを思い出すから不思議だ。
と、さらにまたブルブルと震え始めたが今度は止まる気配がない。
アイオライトからの着信の画面だ。
ラウルは急いで《通話》と書いてある部分を軽く押し、音の聞こえる場所に耳を当てる。
「こんばんわ。アイオライトです」
「こんばんわ。アオ」
「遅い時間にすみません」
「全然遅くないよ。こっちこそなかなか連絡できなくてごめんね」
「忙しいです? また明日掛け直しましょうか?」
「平気。アオと話したい」
耳に直接聞こえるアイオライトの声が心地よくて、ラウルは通話を切ろうとするアイオライトをつい引き留めてしまう。
「今日もバーベキュー出れなくて残念でしたね」
「本当だよ。今回も大盛況だったの?」
「はい。今回はラウルに何回か試食してもらった焼きそばが大人気になったので、店のメニューに加えることにしたんですよ」
「あれ美味しいもんね。そーす、あれいいよね。あ、でも俺ケチャップ派だ」
「ラウルはケチャップ派と言うよりは、ナポリタン派かオムライス派ですかね」
くすくすと笑う声が、ラウルの耳をくすぐる。
「そう言えばですね、式典で船が出なくなってしまってニエルさんとユーリさんがイシスに戻って来たんですよ。しばらくお店でお手伝いをしてもらうことになったんです」
「え……っと、泊まる所は……?」
「ん? 前回と同じ宿に泊まってますよ。一か月ほどかかるのでうちにどうぞって言ったんですけれど、ラウルに怒られるからって言ってました」
「大変よろしい。ニエルもユーリも分かっているな」
「何が分かってるんですか?」
「こっちの話。それから? 何か面白いことはあった?」
アイオライトは話したい事が沢山あったのか、次から次へと話が出てくる。
今回はお昼ぐらいからアイオライトの胴上げと共に、何故かバーベキューが始まった事。
すぐにアイスクリームは完売した事。
リコとカリンとレノワールに話しかけたい男の人達が沢山いたっぽい事。
リリとマークが手伝ってくれたが、ヴィンスに飲まされすぎて体調の悪くなったマークをリリが送っていったので途中で帰ってしまった事。
「それは色々大変だったね」
「そうなんですよ。あ、リコがラウルに送るよっていうから写真を一枚撮ったんですけれど、送られてきましたか?」
「店の階段で座ってるやつ? さっき見たよ。可愛かった」
「そう言ってくれるのは家族とラウルぐらいなものです……。ん?」
店のテーブルかカウンターに座っていたのか、ドアベルのカランカランと言う音が電話の奥から聞こえた。
「アオ、こんな時間に店のドアの鍵開けてたの? アオ? アオ!?」
小さくくぐもった音だが、男と女の声が遠くに聞こえる。ラウルの知っている声ではない事だけは確かだ。
さらにアイオライトは断りを入れているようでもある。
「アオ、大丈夫?」
「はい、大丈夫……」
何回か電話越しに声をかけると、ようやくアイオライトの声が聞こえたのも束の間、
「ラウル、すみません。なんか人が来ていて……。わあっ……」
パリンっと何かが割れた音がして、通話が切れた。
掛け直しても応答がない。
何か揉めているようだったが、ヴィンスとジョゼットはちゃんとそばにいるはずだ。
それでも急激に不安が押し寄せてきて、ラウルはいてもたっても居られずロジャーかフィンをイシスに向かわせるか、リコ達に同行しているリチャードを向かわせるか、自分が向かうか思考を巡らせていると、部屋のドアを叩く音が聞こえた。
「入れ」
騎士団の伝令係は、すぐに知らせに来てくれたことが分かるほど息が上がっている。
焦る気持ちをなんとか抑え、確かに伝えようと必死だ。
「はっ。ラウル様。こちらに向かっているガルシア帝国の一団から一台、馬車が離れ、イシスに向かったとの報告がありました。馬車を見る限りではガルシアの王族が乗っているものと推測されます」
離れた一台の馬車に王族が乗っていたとして、まっすぐ城に来ない理由が分からない。
何故イシスに?
アイオライトが標的とされる情報は出回ることもないはずだが……。
しかし……。ラウルの背中に嫌な汗が流れる。
ラウルは自分がイシスに向かうことに決めた。
「国王並びにシャルル第一王子に現状を伝えよ。私は今からすぐイシスに向かい、現状を確認する。ガルシアからの一団に王子と王女がいたならしばしリチャードとフィンに対応させよ。ロジャーは今どうしている?」
「ご自宅におられるかと存じます」
「ロジャーには明日イシスに向かい私と合流と伝えろ」
「承知いたしました」
とにかく無事でいてくれたらいい。
ラウルは自分自身を落ち着かせるために残りの紅茶を飲み干し、一人夜の闇の中イシスに向かった。
しかし国王の謁見が多く、結局国王と会えたのは夕食の時間になってからだった。
食事の準備ができたというので急いで向かうと、国王、王妃、長兄、次兄も次々にやってきた。
家族全員で食事をするのは、かなり久しぶりである。
「すまんな、ラウル。遅くなってしまって。食事をしながら話をしようか。オーリエ王国のさらに東にあるガルシア帝国は知っているな?」
「はい。しかしアルタジアとは布と宝飾品の交易が盛んな砂漠の国ということぐらいしか知りませんが……」
ひとつ頷いて、長兄のシャルルが話始めた。
ガルシア帝国は先ほどシャルルが言うように、オーリエよりさらに東にある帝国だ。
平和的な外交をする国で、砂漠の中にありながらも緑は豊か。人口も多い。
そのガルシア帝国から、式典には皇帝の第一王子と第三王女がやってくることになっていたのだが、すでにオーリエ王国を過ぎ、今日明日にはここアルタジアへ到着しそうだ、と。
「は? 式典はあとひと月も先だと言うのに、もう到着すると言うのですか!?」
シャルルの表情は渋い。
侍従が前菜を運ぶとシャルルの好きな物だったようで、一瞬で皿が空になるが、先ほどから変わらず渋い表情のまま話を続けた。
「一昨日の夜に書簡が届いたので、早ければ明日には到着すると思われる。先日各国へ招待状を送った際、宿泊については城の敷地内にある客室棟を準備するので、気兼ねなく来て欲しいとは確かに記載はしたがな……。遠慮がないと言うかなんというか」
「客室棟の準備はいつでも整っておるので問題はないが、対応できるものがおらんのだ。次期国王であるシャルルを付けるわけにもいかぬ。ルディも式典の準備で手が離せぬしな」
国王の言う通り、長兄シャルルでは早く着きすぎた訪問客を次期国王が直々にもてなす形となり、他の国に示しがつかないだろう。
さらに次兄ルディも、式典で大量に消費が予想される魔法力の調整をしなければならず魔法省を度々離れるわけにはいかない。なら、選択肢は一つ。
「毎日のようにもてなすわけではないが、何かあった時にすぐに動ける人物となると……」
「だから俺が呼び戻されたんだね、ルディ兄」
ラウルの答えに満足げに頷き、次兄のルディが白身魚を口に運んだ。
アイオライトの護衛を両親であるヴィンスとジョゼットに任せることができるのなら、誰が適任かなどは、ラウル本人も分かりきっている。
「仕方ない……ですね。俺がその王子と王女をしばらくもてなしましょう。ただ、アオに何か危険があるとわかったなら、俺は迷わず彼女の元に向かいます。」
ラウルは納得は出来ないが、了承の返事をなんとか絞り出すと、それを分かってか国王からも、それでよいと一言、返事が返ってきた。
アイオライトにはしばらく帰れないことを伝えなくてはいけない。
後で電話をしてみるか、メールというのをしてみるか思案しながら、ラウルも白身魚を口に運ぶ。
今日の夕食は、海老とブロッコリーのアミューズ、パテドカンパーニュ、冷製オニオンポタージュ、白身魚が出てきて次は葡萄牛のステーキにサラダ。最後はデザートが出てくるはずだ。
食事は確かに美味いのだが、ラウルは先ほどから少し物足りなさを感じていた。
何が物足りないのかははっきりしないのだが、もしかしたらアイオライトの作る食事が美味しすぎる弊害だろうか?
と、不意にアイオライトの何事にも前向きな姿勢を思い出した。
戻った時にただいまと胸を張って言えるように、自分もいつまでも不貞腐れている訳にもいかないな。
気持ちを切り替えることに成功し、アイオライト様様だな、とラウルの機嫌も良くなり始めた頃ステーキが運ばれてきた。
「本当にすまぬ。アイオライトと離れるのは嫌であったろうが、しばし我慢してくれ。感謝するぞ。ラウル」
「アイオライトにはヴィンスとジョゼットも付いているし、そんなに心配しなくても大丈夫よ」
「あの二人にアオが振り回されるかと思うとちょっと不憫ですけどね」
そうね、王妃が軽く笑うと、国王もシャルル、ルディも肩の力を緩め、重かった空気がようやく楽しいものに変わり始めた。
「そのアイオライトと言う娘は?」
気持ちが緩んだからか、それともただの好奇心からか不思議な顔で、シャルルが聞いてきた。
「私の……、その、想い人……ですが」
「そうか! ならば婚約か結婚の約束は?」
「まだよ、シャル。まだね、ただのお友達なのよ」
「は? 友達?」
「違います! 先日《親友》にクラスチェンジしました」
「自慢することでなくてよ。この小心者」
先ほどまで味方だと思っていた母が、急に敵に回るとは!
びっくりして、ラウルは持っていたグラスを落としそうになってしまった。
「シャルもルディも、アイオライトはヴィンスとジョゼットの娘ぞ。びっくりするであろう?」
家族だけの時はシャルルを愛称のシャルと呼ぶ。一文字だけ省略することに意味はないが、小さい時からのそうしているので、今更誰も指摘もしないし直しもしていない。
国王である父から、弟の思い人が破天荒な最高位冒険者二人の娘だと聞いて、王族であることを忘れてしまったかのようにシャルルとルディは腹を抱えて笑い出した。
「あの二人の娘と結ばれたいなど、身の程知らずだな!」
「何をされるかわかったものじゃないな」
「シャル兄もルディ兄も笑いすぎです。アオは可憐で可愛いのに」
「「親友だけどな」」
「二人そろって突っ込みありがとうございますっ!」
侍女も侍従も、デザートのフルーツと紅茶をサーブを始めたが、兄弟のやり取りが面白かったのか、笑ってしまっているのが分かる。
肩が揺れ笑いながらもしっかりとサーブをする侍女と侍従はやはりプロである。
「この紅茶はね、そのアイオライトのお手製なのよ」
「ミルクと砂糖を入れて飲むのが俺のおすすめです」
アイオライトが良く飲む飲み方だ。
暖かい紅茶がほんのり甘くて、心がゆったりするのだ。
「体力回復の効果もありますので、疲れた時に飲むのもいいですよ」
「そういえば先日食事を共にしたときに、この紅茶をもらったのだが、香りもよいので王妃と共に気に入っておる。あの時は、酒を誤って飲んで寝てしまったのであったな」
「父上と母上と食事をしていたのに、寝てしまったのですか?」
「えぇ。それはそれは可愛い寝顔でね、ラウルが大事そうに抱えて帰ったのよね」
「は? お持ち帰りか? お前もやるな」
「おかしな言い方はやめてください。ルディ兄。ちゃんと家に送り届けました」
その時は、良い思いもそこそこしました。とは言えない。
「あとは焼き菓子も美味しいのよね」
「そうですね。あ、この前はアイスクリームを作って食べましたよ」
「アイスクリーム?」
「シャーベットよりも濃厚なミルク味の氷菓子で、今の季節にぴったりですよ」
「それは食べてみたいな」
ルディがかなり興味を持ったようだ。
冷凍庫で作れるレシピがあることを教えると、さっそく料理長を呼んでラウルに説明させ、明日魔法省のルディの執務室に持ってくるように指示していた。
「さて、そろそろ仕事に戻らねばならんな」
「楽しい時間はすぐに過ぎてしまうわね」
食事の後も、国王とシャルルは仕事が残っているようで、あとで執務室に紅茶を持ってくるように侍従に伝えて席を立った。
ルディも侍従にアイスを念押ししていた。
抜かりのない兄である。
ラウルは自分の部屋にも紅茶をお願いして、自室に戻る。
帰れないといったら、アイオライトは少しは寂しがってくれるだろうか。
そんなことを思っていたら、スマートフォンの画面にメールの着信を知らせる通知があるのが見えた。
一人で一から触るのは初めてで、恐る恐る画面を触ると、メールの差出人はリコ。
がっかり感が否めない。
『アオがわっしょいわっしょいされてるの写真とか送ります。 リコ』
中を開くと文章はそれだけ、写真が数枚付いている。
文書の通り、アイオライトがなぜか沢山の人に胴上げされている写真である。小さなアイオライトがかなり高く胴上げされていたが大丈夫だったのだろうかとハラハラさせられる一枚だ。
さらにもう一枚は大工のヨハンと一緒に乾杯してるもの。ヨハンはエールのジョッキだが、アイオライトはお茶の入ったジョッキを持っている。その後ろでヴィンスとジョゼットが乾杯待ちをしているのが笑える。
次は、リコとカリン、レノワールとアイオライトの四人の集合写真だ。
この写真のアイオライトの眠そうな表情がなんとも可愛い。
「折角だからアオだけの写真を送ってくれたらよかったのにな……」
と独り言が口を出た瞬間、ブルブルと手の中でスマートフォンが震えた。
また送り主はリコからのようだ。
中を開くと、独り言を聞いていたのだろうかと思うような文章と写真だった。
『おまけ、だよ』
金の林檎亭の階段に座り、一人こちらに柔らかく笑いかけるアイオライトの写真が一枚。
「お手柄だな。リコ嬢。今度変なこと言われても大目にみよう」
しばらくその写真を眺めていると、ノックの音が聞こえ頼んでいた紅茶が運ばれてきた。
侍従は下がらせ、自らカップに注ぐと、紅茶のいい匂いが部屋に広がる。
ミルクと砂糖を混ぜて紅茶を飲むと、それだけでアイオライトを思い出すから不思議だ。
と、さらにまたブルブルと震え始めたが今度は止まる気配がない。
アイオライトからの着信の画面だ。
ラウルは急いで《通話》と書いてある部分を軽く押し、音の聞こえる場所に耳を当てる。
「こんばんわ。アイオライトです」
「こんばんわ。アオ」
「遅い時間にすみません」
「全然遅くないよ。こっちこそなかなか連絡できなくてごめんね」
「忙しいです? また明日掛け直しましょうか?」
「平気。アオと話したい」
耳に直接聞こえるアイオライトの声が心地よくて、ラウルは通話を切ろうとするアイオライトをつい引き留めてしまう。
「今日もバーベキュー出れなくて残念でしたね」
「本当だよ。今回も大盛況だったの?」
「はい。今回はラウルに何回か試食してもらった焼きそばが大人気になったので、店のメニューに加えることにしたんですよ」
「あれ美味しいもんね。そーす、あれいいよね。あ、でも俺ケチャップ派だ」
「ラウルはケチャップ派と言うよりは、ナポリタン派かオムライス派ですかね」
くすくすと笑う声が、ラウルの耳をくすぐる。
「そう言えばですね、式典で船が出なくなってしまってニエルさんとユーリさんがイシスに戻って来たんですよ。しばらくお店でお手伝いをしてもらうことになったんです」
「え……っと、泊まる所は……?」
「ん? 前回と同じ宿に泊まってますよ。一か月ほどかかるのでうちにどうぞって言ったんですけれど、ラウルに怒られるからって言ってました」
「大変よろしい。ニエルもユーリも分かっているな」
「何が分かってるんですか?」
「こっちの話。それから? 何か面白いことはあった?」
アイオライトは話したい事が沢山あったのか、次から次へと話が出てくる。
今回はお昼ぐらいからアイオライトの胴上げと共に、何故かバーベキューが始まった事。
すぐにアイスクリームは完売した事。
リコとカリンとレノワールに話しかけたい男の人達が沢山いたっぽい事。
リリとマークが手伝ってくれたが、ヴィンスに飲まされすぎて体調の悪くなったマークをリリが送っていったので途中で帰ってしまった事。
「それは色々大変だったね」
「そうなんですよ。あ、リコがラウルに送るよっていうから写真を一枚撮ったんですけれど、送られてきましたか?」
「店の階段で座ってるやつ? さっき見たよ。可愛かった」
「そう言ってくれるのは家族とラウルぐらいなものです……。ん?」
店のテーブルかカウンターに座っていたのか、ドアベルのカランカランと言う音が電話の奥から聞こえた。
「アオ、こんな時間に店のドアの鍵開けてたの? アオ? アオ!?」
小さくくぐもった音だが、男と女の声が遠くに聞こえる。ラウルの知っている声ではない事だけは確かだ。
さらにアイオライトは断りを入れているようでもある。
「アオ、大丈夫?」
「はい、大丈夫……」
何回か電話越しに声をかけると、ようやくアイオライトの声が聞こえたのも束の間、
「ラウル、すみません。なんか人が来ていて……。わあっ……」
パリンっと何かが割れた音がして、通話が切れた。
掛け直しても応答がない。
何か揉めているようだったが、ヴィンスとジョゼットはちゃんとそばにいるはずだ。
それでも急激に不安が押し寄せてきて、ラウルはいてもたっても居られずロジャーかフィンをイシスに向かわせるか、リコ達に同行しているリチャードを向かわせるか、自分が向かうか思考を巡らせていると、部屋のドアを叩く音が聞こえた。
「入れ」
騎士団の伝令係は、すぐに知らせに来てくれたことが分かるほど息が上がっている。
焦る気持ちをなんとか抑え、確かに伝えようと必死だ。
「はっ。ラウル様。こちらに向かっているガルシア帝国の一団から一台、馬車が離れ、イシスに向かったとの報告がありました。馬車を見る限りではガルシアの王族が乗っているものと推測されます」
離れた一台の馬車に王族が乗っていたとして、まっすぐ城に来ない理由が分からない。
何故イシスに?
アイオライトが標的とされる情報は出回ることもないはずだが……。
しかし……。ラウルの背中に嫌な汗が流れる。
ラウルは自分がイシスに向かうことに決めた。
「国王並びにシャルル第一王子に現状を伝えよ。私は今からすぐイシスに向かい、現状を確認する。ガルシアからの一団に王子と王女がいたならしばしリチャードとフィンに対応させよ。ロジャーは今どうしている?」
「ご自宅におられるかと存じます」
「ロジャーには明日イシスに向かい私と合流と伝えろ」
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