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試着と独占欲
しおりを挟むアシュールはいい機会だとばかりにさらに話を進めると、ラウルとリチャードも頷きながらじっとその答えを待った。
「脅威っていうよりもさ、ほんと怖がりな国ってだけなんだって。今の国王は穏やかな人で、戦なんかは好まないし」
「脅威と言うなら、国王の弟と宰相がコソコソして嫌な感じよ」
「そうそう、国王は国民の生活が向上するような発明品とかをたくさん作るように言ってくれるけど、王弟と宰相は軍事転用できそうなものばかり指示してくるし」
後でギルベルクにでも報告するのだろう。顎に手を置き、リチャードが何かを考えている。
「国民の良い生活を願うならば、国王は良い方なのだな」
ラウルは国民を思う国王で良かったとほっとしたような表情を見せている。
「あの、そう言った事はまた別の機会にして、今日は楽しい話をしませんか?」
ユクタがレノワールと話がしたいという顔全開で訴えてくる。
「そうですね。折角年の近い者たちが集まったのだから若者らしい話をしましょう」
「リチャード氏。言う事がおっさん、だね」
「っ、ごめん。リチャード」
「……。笑うな、ラウル」
リチャードも大変だな、とアイオライトは他人事のように見ていたが、レノワールの提案がぶつけられた。
「アオ、折角ユクタ様もいらっしゃるし、式典と舞踏会の最終チェックをするわよ」
「げっ! 式典のはかっこいいからいいけど、自分の舞踏会の服もあるの?」
「ドレス着るに決まってるでしょうがっ! このドアホがっ」
レノワールらしい物言いに先ほどの他人行儀感がなくなって、アイオライトは怒られはしたがほっと胸を撫で下ろした。
「ほら、まずは式典の方から!」
されるがままに式典用の衣装に着替えさせられる。
襟元の刺繍とリボンが瑠璃色だ。
「あの、レノワール様。アイオライト様の衣装がショートパンツなのは、何か意味があるのでしょうか」
「特に意味はないですよ。アオはスカートはあまり好きじゃないだけで。格好いいのが好きなのよね」
「うん」
「そうなのですね。スカートもお似合いになると思いますけれど」
「動きにくいし、足元スースー、ヒラヒラしてるの苦手なんですよね。それに仕事中スカートだと落ち着かないんで」
「アイオライト様はお仕事何をされているのですか?」
「えっと、あの日の翌日にお二人がイシスで立ち寄る予定だった食事処でご飯作ってます」
「そうだったのですね。その、その節は本当に申し訳ございませんでした。謝っても……」
「いえいえ、気にしないでください! 自分もう平気なんで!」
折角楽しい気分になっていたのに、急に先日の誘拐の話になってしまってユクタの表情が急に暗くなってしまう。
それが分かったのかレノワールがアイオライトに舞踏会用のドレスを試着するように声をかけた。
「アオ、次はこれ着てー」
「はーい」
ちゃんとしたドレスなど、庶民が着る機会は皆無である。
ドレスの着方が全く分からないアイオライトは、レノワールに言われるがままに腕を上げて立っているだけで試着が完了した。
「アイオライト様、とても素敵です!」
ドレスを着たアイオライトを、ユクタがうっとりした顔で見惚れている。
ユクタの表情が戻って良かったとホッとするも、アイオライトは生地の肌触りが良いことに気付き、逆に青ざめた。
「恐縮です。でも……これご飯のシミとか付いたら怒られるやつじゃない? すごい生地高そう……」
白を基調としたドレスの胸元は、今度も瑠璃色の刺繍が品よくあしらわられている。
ビジューベルトと背中が編み上げの紐は金色。
式典用のものも充分いい布などを使っているのだが、このドレスは肌触りが全然違う。
「アオ、あまりお胸が育っていないのではなくて?」
「そんなことないよ。少しずつ育ってるって。カリンちゃんがわがままボディ過ぎるんだよ」
「カリンちゃんは確かにわがままが過ぎるよね。メリハリ凄い、よね。羨ましい」
「え? リコもなかなかだよ」
「そう?」
「うん、うん」
ドレス自体はあまり胸の部分が強調されていないタイプのものだが、アイオライトのボリューム不足はやはり否めない。
「丁度、良いと……、俺は思うよ……」
小さくつぶやいたラウルの声をアイオライト以外が拾う。
ラウルがアイオライト以外の全員から苦笑いされたのは言うまでもない。
気を取り直す様に、生地の説明をレノワールが始めた。
「シルクだからね。今までのとは生地からして全然違うわよ」
「え!? シルクなんて高級品。自分お代払えないよ?」
「これはラウルからのプレゼントだから平気よ。ただ、シミとかついたら悲しむかもしれないけど」
レノワールが、満面の笑みでアイオライトを見ていたラウルを見ると、愛おしそうに微笑んだ。
「別に、また作ればいいし。汚しても別に構わないけど」
「こんなにいいもの一着あれば充分じゃないですか?」
「いや、全然充分じゃない」
「でもですね、無駄遣いしちゃいけないと思うんです」
「無駄でもない」
「着る機会って、今回の舞踏会終わったらないですよね?」
「え? なんで?」
「なんでも何も、舞踏会なんてそうそう参加しませんし」
「そんなこと、ないと思うけど」
甘々な雰囲気になりそうでならない二人を、その場にいる全員が見守るように見ていたが、ノックの音で我に返った。
ロジャーが騎士の礼をして部屋に入ってくる。
挨拶以降はいつものフランクなロジャーだ。
「あ! ロジャーさん」
「アイオライト君、頼まれていた件、伝えてきたよ」
「ありがとうございます。ずっと気にしていたんですけど、伝えてもらえてよかったです」
「ロジャーになんの頼み事してたの?」
ラウルは自分に頼みごとをしなかったのが不服なのか、口がとがってしまっている。
頼まれても今は絶対行かないくせに、とリチャードは思いながら、アシュールとユクタがいるのでその顔をやめるように脇をつつく。
「はい。ニエルさんととユーリさんに、店を手伝ってもらいながらレシピを教える約束をしていたんですけれど、店に戻れないので伝言をお願いしたんです」
「心配しなくてもちゃんと伝えたからさ。あと店にも休業の貼り紙してきたし、マークさんにも伝言してきたよ。街のみんなも心配してから、元気にしてるって言ってきた」
「よかったです。すみません。あと……冷蔵庫と冷凍庫の中のは……」
「厨房に持ってきてあるよ」
「ありがとうございます!」
バーベキューの後から数日しかたっていないが、翌日店を開けるために仕込んでいた食材が気になって持ってきてもらうようにお願いもしていたのだ。
「それにしても、アイオライト君のそのドレス、凄いね」
「凄い?」
「ラウル一色じゃない?」
「ラウル一色? ですか? 確かに刺繍の色はラウルの瞳と同じ瑠璃色で綺麗ですけど」
「これ、さらに同じ色のアクセサリーつけるんでしょう?」
「そうなんですか?」
きょとん、と言った顔のアイオライトに、そうだよ。とラウルが一言伝える。
それでもさらに分かっていない顔をしていたので、ロジャーは主であるラウルを見てため息をついた。
「もちろんアクセサリーはもう頼んである」
「頼んだんだ……」
「当たり前だ」
「当たり前って……。まだ告白の返事も貰ってないっぽいけど独占欲丸出し過ぎない?」
「悪いか?」
「悪くはないけどさ……。まぁいっか。あぁ、ご歓談を中断させてしまい大変申し訳ございませんでした。アシュール様、ユクタ様、どうぞごゆるりとお過ごしくださいませ。では失礼いたします」
仕事があるのか、伝言だけを伝えてロジャーは仕事に戻っていった。
「よかったね、アオ」
「はい! 仕込んでいたのはカレーと唐揚げ、肉と魚類はまかないで使ってもらおうかな……」
「カレー!!」
テンション爆上がりのリチャードが、すぐにでも食べたいと言い出しかねない勢いで立ち上がるとアイオライトの手を取った。
アイオライトの手を取った瞬間、ラウルがその手を離す様にと叩き落とした。
それにもめげず、リチャードはカレーライスのために必死である。
「今夜は、カレーライスにいたしましょう。アイオライト!」
「? いいですよ」
「カレー! いいね!!」
「おうちカレーとはちょっと違うんだけれど、いい出来だと思うよ」
カレーに大きく反応したリコとカリンとレノワール。
さらに珍しく大きくガッツポーズをとるリチャードを、アシュールとユクタが不思議そうに見ていた。
「カレーライスとは聞きなれない食べ物ですね」
「えっと、アニクさんとカイラさんはサグサグだけどサグサグじゃないって言ってました」
「ほう、それは気になります」
「アオのカレーライスは本当に美味しいよ」
「ラウルはなんでも美味しく食べてくれますよね」
「うん。アオが作るものは何でも美味しい」
何でもないような顔で微笑むラウルに、アイオライトはまた胸のザワザワを感じて目を逸らしてしまった。
しかしアイオライトの頬と耳に赤みがさすのを見て、ラウルは満足げにさらに微笑んだ。
「そういう事、そんな顔で言うのはちょっとずるくないですか?」
「ずるくないよ」
今度こそ甘い甘い雰囲気になりそうだったが、それを遮ったのは珍しくリチャードであった。
「それではアイオライト、すぐに着替えてカレーライスの準備をしなくては。厨房には先に伝えおきましょう。肉は葡萄牛がいいです」
「なんかさり気なく具の肉の種類の要望を、してる……」
「ほら、急いで着替えてご飯も炊かねばなりませんよ」
カレーは魔性の食べ物である。
転生したってやっぱりそれは変わらないようだ。
「じゃぁ着替えましょ、アオ」
「うん」
振り返ったその背中には、あの日ラウルが見た痣はもうない。
少し伸びた髪が華奢な肩にかかり、健康的なはずなの背中に妙な色っぽさを感じさせる。
舞踏会ではどのような髪形にするのかは分からないが、首筋があまり見えないようにしてもらおう。
さらに、あまり後ろに人を立たせないようにしなければいけないとじっとアイオライトを見ながらラウルは考えていた。
「ラウル?」
見られていることに気が付いて、アイオライトが振り返る。
「綺麗だよ。アオ」
「だから! そういう事、そう言う顔で言っちゃだめです! 勘違いしちゃうから!」
「勘違いじゃないよ。俺、本当にそう思ってるし」
「むぅ……」
そう言いながらも嬉しそうな顔を隠しきることが出来ないまま、アイオライトはレノワールに連れられて着替えに向かって行った。
「あの二人は本当に婚約もしていないのですか? 確かに先日そのように言われてはいましたが……。なかなかに信じられなくなってきました」
「アシュール様、あの二人はまぁ、あんな感じです。ラウル様は告白されているはずですが、何というかまだ恋仲でもないはずです」
アシュールは先日国王との会談後に会った出来事を思い出しながらリチャードに聞いてみると、そんな答えが返ってきた。
「焦っちゃダメよ。アオもかなりきてるっぽいから。勝機を掴めるかはラウル次第よ」
カリンが拳を握りながらつぶやいた。
リコもアシュールとユクタもラウルに小さく声援を送る。
ラウル本人はアイオライトを見送ることに集中していて聞いていなかったが。
「舞踏会が山場でしょうかね。楽しみです」
リチャードは主の幸せがそろそろ見えてきたので、どんな準備が必要かと考えようとはするものの、どうしても今夜のカレーライスに心躍るのであった。
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