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牛串焼きとお芝居
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パンッ! パンッ!
気持ちいい秋晴れの朝、今日の式典を開催するための空砲が遠くに聞こえる。
秋の運動会の朝を思い出して、なんだかソワソワ、ワクワクしてしまう。
アイオライトは、自分の部屋とその周辺の掃除を鼻歌を歌いながら、イシスの街に戻って店の中を片付けてきた時のことを思い出していた。
マークとリリにも会うことが出来たし、ニエルとユーリには、料理のレシピを一緒に作りながら教えてあげることが出来なくなってしまったことを詫びたが、滞在期間はまだまだあるから気にしていないで欲しいと言われた。
店の掃除をした後、アシュールに渡すための紅茶や虹の魔法で作り出した調味料を鞄に詰めていると、店に明かりがついているらしいと、心配してくれていた常連やアーニャも集まりだして、大変な騒ぎになってしまったが、それでも会えたのは嬉しかった。
そして今日はとうとう式典と舞踏会当日である。
いつでも普通の生活に戻れるように、生活リズムを変えたくなかったアイオライトは、城に滞在している期間、日頃の生活と同じように起き、同じように寝るよう心掛けていた。
初めは散歩をしていたのだが、城の使用人の女性方と仲良くなったので、そのまま一緒に掃除をすることが多くなった。
目立たないようにと侍従のお仕着せを着て、紛れるように掃除をしていたのだが、いつの間にかラウルが飛んできて、いつもの青い服に着替えるように何故だか強く強く注意をされた。
「城にはね、貴族がいっぱいいるんだよ。どこで誰に見染められるかわかったもんじゃない……。特にアオみたいに小っちゃくて可愛い女の子は!」
侍従のお仕着せを着ていたし、最後のくだりは全く身に覚えはないが、あまりにもラウルが心配するので今は青い服で城の掃除をしている。
実際、奇異の目で見られるので、確かに誰も近寄って来ず掃除がしやすいのは確かだ。
自分が使っている部屋の周りを掃除した後は、厨房に入る。
今日は、通常の朝食や昼食、式典や舞踏会での食事や軽食などなど、出来ることから下準備などを始めなくては間に合わないのだ。
「おはよう」
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
「おう。式典にも舞踏会にも出るんだからな。ラウル様が迎えに来る前にちゃんと準備に向かえよ」
「わかってますけど式典はお昼からですし、全然時間余裕ありますよ」
朝からすでに臨戦状態の厨房で、アイオライトも手伝いに入る。
ちゃんとしたコース料理などはさすがに作れないが、野菜の皮むきや洗い物を率先して手伝う。
「料理長!」
順調に準備が進んでいたと思われたが、料理人の一人が急に声を上げる。
何だろうと、その場にいる全員の手が一旦止まり、皆次の声を待つ。
もちろんアイオライトも手を止め音を立てないように、じっと待つ。
「舞踏会用の葉野菜をチェックしたのですが、半分しか納品されていません……」
「なんだと! なんでだ」
「料理長、落ち着いてください」
「ちくしょう。今日は大事な日だって言うのに……」
市場は今の時間ならまだそこまで混雑していない。
式典は昼過ぎからなので、そこまで急がなくても十分余裕で戻ってくることも出来そうだ。
「よっし!」
「何かいい案が浮かんだのか?」
「料理長! 自分が市場行ってきます!」
「いや、まてまて。いつもならラウル様がそろそろ迎えに来る頃だし無理だろ!?」
「昨日特に何も言ってませんでしたし、今日は偉い人の相手をするんじゃないですかね……」
「何も言わないなら、いつも通り来るだろ。普通は!」
料理長が慌てて止めに入り、さらに他の料理人も止めようとしてくるが、アイオライトは気にせずエプロンを外し外に出る準備を始める。
今日はリコとカリンのお披露目でもあるのだ。
自分が役に立てる料理で盛り上げることが出来るなら、小さなことでも頑張りたいのだ。
そのまま厨房から出ようとしたところ、本当にラウルが厨房にやってきた。
「おはよう。朝からどうしたの?」
その微笑みに、喉からおかしな声が出てしまいそうになるがグッとお腹に力を入れて堪える。
朝から幸せな気持ちにはなるが、ほわほわしていられないのだ。
「あの、仕入れた野菜が足りなくて今から市場に買い出しに行くところなんです!」
大きく胸を張ってアイオライトはラウルに告げたが、何故かきょとんとした顔されてしまった。
その後先ほど優しく微笑んでいた顔が、急に険しい表情に変わり料理長をじっと見ている。
「ラウル?」
「……」
「えっと……」
「料理長、どういう事?」
目の端で料理長がびくりとしたのが見えた。
他の料理人も青ざめた顔で料理長を見ながら見守っている。
「申し訳ありません。頼んだ数量の半分しか納品されておりませので、舞踏会に間に合わせるためには早めに市場に行かなくてはなりません。今手が空いているものは……」
ちらりと料理長がアイオライトを見る。
アイオライトは、うん、と大きくうなずいてラウルをまっすぐ見て話す。
「自分が一番手が空いてるんです。式典はお昼過ぎからですよね? 今からなら全然問題ないはずです。それに、リコとカリンちゃんの為に手伝えること何でもしたいんです。それが料理なら尚更です」
今この瞬間も、料理人たちの手が止まってしまっている。
アイオライトはもう一歩前に踏み込みラウルに近づき、真っ直ぐに瞳を見つめる。
「お願いです……。行かせてください」
ラウルは一度大きく深呼吸を繰り返し、最後に仕方ないな、とでも言いたげにもう一度大きく息を吐いてから静かに話し出した。
「朝早いとは言っても、今日は式典でたくさんの人たちが来ているから一人じゃ危ないよ。俺も一緒に行こう」
「ラウル! ありがとうございます!」
厨房が一瞬歓声に包まれた後、すぐに料理の続きが始まった。
「では、行きましょう!」
アイオライトは、自分の手よりも大きなラウルのその手を取って厨房から走り出した。
—————————
「無事に仕入れができてよかったです。ラウルは市場の人達とも知り合いなんですか?」
「騎士団の遠征でたまにお世話になってるからさ。今日は知り合いも多くて助かったよ」
「本当にラウルがいてよかったです」
勢いよく走り出したアイアライトと、手を引かれたラウルが共に市場に向かい、交渉を無事に終え、今はゆっくり王城に戻っている最中だ。
城下街を散策しながら二人で歩くと、沢山の人に声を掛けられる。
「美味しい葡萄牛の串焼き食べてって! お? そこの格好いいお兄さん! 可愛らしい弟さんに買ってあげて」
今日の式典の為に城下街も、祭りのような賑わいだ。
屋台が軒を並べ、いい匂いが歩いている観光客の胃袋を掴みまくっている。
食べ物の他にも、土産物やアクセサリー、洋服なんかも売っていて熱気が凄い。
「なっ! アオは弟じゃない」
「違うのかい? 綺麗な顔した兄弟だなって思ったんだけど」
「ラウル、なんでそんなに怒ってるんですか?良いじゃないですか」
「怒ってるよ。兄弟に、間違えられたし」
兄弟に間違えられて、妙に腹を立てているラウルがなんだか可愛く思えてついつい笑ってしまう。
「ラウルだって始めは間違えてたじゃないですか」
「それはそれ、これこれ!」
「お姉さん! その串一本もらうね!」
「あら、弟ちゃんの方がいい男ね。まいどあり」
「ありがとう」
青い服のポケットに入れっぱなしだった財布から代金を払い、牛串を笑顔で受け取る。
「やっぱり屋台で焼いているやつはジューシーで美味しいですね」
大きな口を開けて、串の一番上の肉を頬張る。
思ったよりも大きかったので、なかなか飲み込むことが出来ずに一点を見つめて集中して咀嚼をしてると、急にラウルに肩を引き寄せられた。
と同時にアイオライトの真横を、大柄な男たちが何人も通り過ぎていった。
「危ないから、どっかに座って食べよう」
そう言って肩から手が離れたかと思ったら、ラウルはアイオライトの手を取って歩き出した。
道行く人は、弟が兄に手を引かれて歩いていると見る人が多いだろう。
ただ、アイオライトの頬も、ラウルの頬から耳にかけて真っ赤なことを不思議に思うだけで。
「丁度今日はこの広場で芝居があるんだって」
そっとエスコートされるようにベンチに座らされる。
そのさりげなさが王子様。
手に持っているものは串焼きで、目の前の王子様ラウルとのギャップに頭がバグってしまいそうになるのを、色気のない串焼きを頬張って相殺すると言う謎の行動をとるしかない。
「ほうなんですか?」
「うん。今回は結構有名な劇団っぽいよ。演目は……恋愛ものみたいだね」
「んっく。やっぱり恋愛ものの方が喜ばれるのでしょうかね」
遠くに見える演目の書かれているポスターを見ながらラウルが教えてくれたので、大きな肉を何とか飲み込み、ラウルに返事をした。
アイオライトは芝居で見るなら、冒険活劇や英雄譚の方が好きで、手に汗握るアクションシーンなどがあると昔から声に出して応援してしまうタイプである。
イシスの街に何度か見た芝居小屋の演目はどれも冒険活劇や英雄譚で、その度に大きな声を出して応援したものだ。
恋愛ものが嫌いと言うわけではなく、どうしても恥ずかしくなってしまって最後まで見ていられないと言うのが本音である。
「まぁ、ご婦人方が見るなら王子様と街娘が結ばれる演目が人気のようだけれどね。俺は英雄譚の方が好きだけど」
「ラウルもですか! 自分も冒険活劇か英雄譚が好きなんです。やっぱり手に汗握る展開がいいですよね」
「そうなんだよ。友情なんかも描かれてるとグッとくるものがあるよな」
「ですよね。あ、ラウル、自分ばっかり食べてすみません。食べかけですけど串焼き食べますか?」
先ほどから自分ばかり食べていて、ラウルに分けることをしなかったのを詫びちらりと顔を見ながら聞いてみると、いきなり破顔して串を持っていた手を掴まれる。
「では、いただきます」
手ごと食べられるのではないかと思うほどぐっと引き寄せられ、一口かぶりついた。
「や、っぱり男の人ですね……。結構大きい肉なのに一口で口に入っちゃうなんて」
「やっぱりって、俺ずっと男だけどね。もう一口頂戴」
そういってさらにラウルはアイオライトの手を離すことなく、串に残った最後の肉を口に入れ、ぺろりと口の端をなめた。
その無意識の仕草がとにかく色っぽい。
美味しいものを食べた時にたまに見せるこの仕草が、本当に色気がダダ洩れなのである。
「なんというか、食べ方がワイルドでびっくりします……」
「わいるど?」
「えっと、野性的?」
「あまり行儀良くなかったから?」
「いえ、全然問題ないです」
寧ろ素敵なんです!
色気がダダ洩れで心臓に悪いだけなんです!
とは言いにくいので、別の言い方をしてみたが上手く伝わらなかったようだ。
無念。
そんなことを思っていると、広場の舞台横で急に何かが倒れる音がして、悲鳴が聞こえる。
アイオライトが振り返ると、舞台横の木材が倒れたようだ。
舞台には特に木材が倒れこんだ様子はないが、どうもそのさらに奥で慌ただしく人が行ったり来たりしているのが見えた。
「ラウル、怪我人が出たのかもしれません。時間はまだ大丈夫ですし、手伝えることがあるかもしれません」
「そうだな。衛兵もすぐ来るだろうけど、行ってみよう」
辺りは騒然として、やはり数人怪我をした人が出ているようで、担架で運ばれていくのが見えた。
劇団員とみられる人達が、舞台袖で演目の準備をしつつ、手際よく倒れた木材を片付けている。
「あの、大丈夫ですか? もし手伝えることがあれば……」
「ありがとうございます」
声をかけたのは、舞台袖で木材の片付けをつつ、劇団員に大きな声で指示を出している女性だ。
勢いよく振り返ったその人は、柔らかな栗色の髪に若葉色瞳を大きく見開き、驚きよりも喜びの色を濃くした。
「あっ!」
と声を出した。
知らない人だが、アイオライトはこの人を知っている。
「トモコ?」
「アオ!!」
そう、前世の友達の最後の一人。
「トモコですが、でも残念。今はエレン。っていうかいい所にいた! お願い。うちの役者が二人怪我しちゃって……。そっちのイケメンのお兄さんと一緒にうちの舞台に立って欲しい」
「何藪から棒に!」
「アオもそっちのお兄さんも、主役級で目立ちすぎちゃうけど……、今回はちょい役ね」
「ちょい待って、トモコ。次回はないし、自分たちあと二時間後には戻らないと」
「大丈夫! 大丈夫っ! 片付けはもう終わし、次第開演この演目自体は夜の部の予告編で三十分だから」
トモコはこうなったら止められない。
リコもカリンもレノワールも、みんなこれと思い立ったら止まらない。
「ラウル。すみません。この人はその、探していた最後の友人で……」
「エレンと申します。よろしくお願いしますね。アオ、時間がないので台本渡す。二人はここからここまで、台詞がちょこっとある街娘とその彼氏役。ポロリはないよ。じゃ、よろー!」
「ぽろり?」
「ポロリあったら困るじゃん! ちょっと、トモコ!」
「トモコじゃないよ、エレンだよー----」
代役が決まったからか、足取り軽く次の指示をするべく走って行ってしまった。
「あの……ラウル。トモコがすみません」
「アオのお友達は、なんていうかみんな強烈だよね」
「ほんとすみません」
時間ギリギリ、式典に間に合うとは思うが何かあったらラウルまで巻き込んでしまう。
が、よろしくされてしまったからにはやり遂げなければと、変な義務感が出てきてしまう。
ちらっとラウルを見上げると、出番がある辺りの台詞を読んでいたのか、ふっと笑って台本を閉じた。
「出番短いし、終わったらそっと抜けて城に戻ろう」
「いいんですか?」
「うん。アオの台詞はなかったから、俺に合わせてくれればいいみたい」
「そうなんですか? わかりました」
トモコが見つかったのは喜ばしいが、巻き込まれ方が尋常じゃない。
昔から人畜無害そうな顔をしておきながら、人を色々なことに巻き込むのが上手だった。
それは不思議と嫌なこともなく楽しいことばかりだったので、きっと今回もそうなるだろうとアイオライトは思いながら、あれよあれよという間に劇団員の人達に衣装に着替えさせられ、出番までラウルと舞台袖でじっと待つこととなった。
幕が上がる。
恋愛ものっぽいという事しかわからず、台本も読んでいないためどんな内容か全く分からないのが心配で仕方ないアイオライトであった。
気持ちいい秋晴れの朝、今日の式典を開催するための空砲が遠くに聞こえる。
秋の運動会の朝を思い出して、なんだかソワソワ、ワクワクしてしまう。
アイオライトは、自分の部屋とその周辺の掃除を鼻歌を歌いながら、イシスの街に戻って店の中を片付けてきた時のことを思い出していた。
マークとリリにも会うことが出来たし、ニエルとユーリには、料理のレシピを一緒に作りながら教えてあげることが出来なくなってしまったことを詫びたが、滞在期間はまだまだあるから気にしていないで欲しいと言われた。
店の掃除をした後、アシュールに渡すための紅茶や虹の魔法で作り出した調味料を鞄に詰めていると、店に明かりがついているらしいと、心配してくれていた常連やアーニャも集まりだして、大変な騒ぎになってしまったが、それでも会えたのは嬉しかった。
そして今日はとうとう式典と舞踏会当日である。
いつでも普通の生活に戻れるように、生活リズムを変えたくなかったアイオライトは、城に滞在している期間、日頃の生活と同じように起き、同じように寝るよう心掛けていた。
初めは散歩をしていたのだが、城の使用人の女性方と仲良くなったので、そのまま一緒に掃除をすることが多くなった。
目立たないようにと侍従のお仕着せを着て、紛れるように掃除をしていたのだが、いつの間にかラウルが飛んできて、いつもの青い服に着替えるように何故だか強く強く注意をされた。
「城にはね、貴族がいっぱいいるんだよ。どこで誰に見染められるかわかったもんじゃない……。特にアオみたいに小っちゃくて可愛い女の子は!」
侍従のお仕着せを着ていたし、最後のくだりは全く身に覚えはないが、あまりにもラウルが心配するので今は青い服で城の掃除をしている。
実際、奇異の目で見られるので、確かに誰も近寄って来ず掃除がしやすいのは確かだ。
自分が使っている部屋の周りを掃除した後は、厨房に入る。
今日は、通常の朝食や昼食、式典や舞踏会での食事や軽食などなど、出来ることから下準備などを始めなくては間に合わないのだ。
「おはよう」
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
「おう。式典にも舞踏会にも出るんだからな。ラウル様が迎えに来る前にちゃんと準備に向かえよ」
「わかってますけど式典はお昼からですし、全然時間余裕ありますよ」
朝からすでに臨戦状態の厨房で、アイオライトも手伝いに入る。
ちゃんとしたコース料理などはさすがに作れないが、野菜の皮むきや洗い物を率先して手伝う。
「料理長!」
順調に準備が進んでいたと思われたが、料理人の一人が急に声を上げる。
何だろうと、その場にいる全員の手が一旦止まり、皆次の声を待つ。
もちろんアイオライトも手を止め音を立てないように、じっと待つ。
「舞踏会用の葉野菜をチェックしたのですが、半分しか納品されていません……」
「なんだと! なんでだ」
「料理長、落ち着いてください」
「ちくしょう。今日は大事な日だって言うのに……」
市場は今の時間ならまだそこまで混雑していない。
式典は昼過ぎからなので、そこまで急がなくても十分余裕で戻ってくることも出来そうだ。
「よっし!」
「何かいい案が浮かんだのか?」
「料理長! 自分が市場行ってきます!」
「いや、まてまて。いつもならラウル様がそろそろ迎えに来る頃だし無理だろ!?」
「昨日特に何も言ってませんでしたし、今日は偉い人の相手をするんじゃないですかね……」
「何も言わないなら、いつも通り来るだろ。普通は!」
料理長が慌てて止めに入り、さらに他の料理人も止めようとしてくるが、アイオライトは気にせずエプロンを外し外に出る準備を始める。
今日はリコとカリンのお披露目でもあるのだ。
自分が役に立てる料理で盛り上げることが出来るなら、小さなことでも頑張りたいのだ。
そのまま厨房から出ようとしたところ、本当にラウルが厨房にやってきた。
「おはよう。朝からどうしたの?」
その微笑みに、喉からおかしな声が出てしまいそうになるがグッとお腹に力を入れて堪える。
朝から幸せな気持ちにはなるが、ほわほわしていられないのだ。
「あの、仕入れた野菜が足りなくて今から市場に買い出しに行くところなんです!」
大きく胸を張ってアイオライトはラウルに告げたが、何故かきょとんとした顔されてしまった。
その後先ほど優しく微笑んでいた顔が、急に険しい表情に変わり料理長をじっと見ている。
「ラウル?」
「……」
「えっと……」
「料理長、どういう事?」
目の端で料理長がびくりとしたのが見えた。
他の料理人も青ざめた顔で料理長を見ながら見守っている。
「申し訳ありません。頼んだ数量の半分しか納品されておりませので、舞踏会に間に合わせるためには早めに市場に行かなくてはなりません。今手が空いているものは……」
ちらりと料理長がアイオライトを見る。
アイオライトは、うん、と大きくうなずいてラウルをまっすぐ見て話す。
「自分が一番手が空いてるんです。式典はお昼過ぎからですよね? 今からなら全然問題ないはずです。それに、リコとカリンちゃんの為に手伝えること何でもしたいんです。それが料理なら尚更です」
今この瞬間も、料理人たちの手が止まってしまっている。
アイオライトはもう一歩前に踏み込みラウルに近づき、真っ直ぐに瞳を見つめる。
「お願いです……。行かせてください」
ラウルは一度大きく深呼吸を繰り返し、最後に仕方ないな、とでも言いたげにもう一度大きく息を吐いてから静かに話し出した。
「朝早いとは言っても、今日は式典でたくさんの人たちが来ているから一人じゃ危ないよ。俺も一緒に行こう」
「ラウル! ありがとうございます!」
厨房が一瞬歓声に包まれた後、すぐに料理の続きが始まった。
「では、行きましょう!」
アイオライトは、自分の手よりも大きなラウルのその手を取って厨房から走り出した。
—————————
「無事に仕入れができてよかったです。ラウルは市場の人達とも知り合いなんですか?」
「騎士団の遠征でたまにお世話になってるからさ。今日は知り合いも多くて助かったよ」
「本当にラウルがいてよかったです」
勢いよく走り出したアイアライトと、手を引かれたラウルが共に市場に向かい、交渉を無事に終え、今はゆっくり王城に戻っている最中だ。
城下街を散策しながら二人で歩くと、沢山の人に声を掛けられる。
「美味しい葡萄牛の串焼き食べてって! お? そこの格好いいお兄さん! 可愛らしい弟さんに買ってあげて」
今日の式典の為に城下街も、祭りのような賑わいだ。
屋台が軒を並べ、いい匂いが歩いている観光客の胃袋を掴みまくっている。
食べ物の他にも、土産物やアクセサリー、洋服なんかも売っていて熱気が凄い。
「なっ! アオは弟じゃない」
「違うのかい? 綺麗な顔した兄弟だなって思ったんだけど」
「ラウル、なんでそんなに怒ってるんですか?良いじゃないですか」
「怒ってるよ。兄弟に、間違えられたし」
兄弟に間違えられて、妙に腹を立てているラウルがなんだか可愛く思えてついつい笑ってしまう。
「ラウルだって始めは間違えてたじゃないですか」
「それはそれ、これこれ!」
「お姉さん! その串一本もらうね!」
「あら、弟ちゃんの方がいい男ね。まいどあり」
「ありがとう」
青い服のポケットに入れっぱなしだった財布から代金を払い、牛串を笑顔で受け取る。
「やっぱり屋台で焼いているやつはジューシーで美味しいですね」
大きな口を開けて、串の一番上の肉を頬張る。
思ったよりも大きかったので、なかなか飲み込むことが出来ずに一点を見つめて集中して咀嚼をしてると、急にラウルに肩を引き寄せられた。
と同時にアイオライトの真横を、大柄な男たちが何人も通り過ぎていった。
「危ないから、どっかに座って食べよう」
そう言って肩から手が離れたかと思ったら、ラウルはアイオライトの手を取って歩き出した。
道行く人は、弟が兄に手を引かれて歩いていると見る人が多いだろう。
ただ、アイオライトの頬も、ラウルの頬から耳にかけて真っ赤なことを不思議に思うだけで。
「丁度今日はこの広場で芝居があるんだって」
そっとエスコートされるようにベンチに座らされる。
そのさりげなさが王子様。
手に持っているものは串焼きで、目の前の王子様ラウルとのギャップに頭がバグってしまいそうになるのを、色気のない串焼きを頬張って相殺すると言う謎の行動をとるしかない。
「ほうなんですか?」
「うん。今回は結構有名な劇団っぽいよ。演目は……恋愛ものみたいだね」
「んっく。やっぱり恋愛ものの方が喜ばれるのでしょうかね」
遠くに見える演目の書かれているポスターを見ながらラウルが教えてくれたので、大きな肉を何とか飲み込み、ラウルに返事をした。
アイオライトは芝居で見るなら、冒険活劇や英雄譚の方が好きで、手に汗握るアクションシーンなどがあると昔から声に出して応援してしまうタイプである。
イシスの街に何度か見た芝居小屋の演目はどれも冒険活劇や英雄譚で、その度に大きな声を出して応援したものだ。
恋愛ものが嫌いと言うわけではなく、どうしても恥ずかしくなってしまって最後まで見ていられないと言うのが本音である。
「まぁ、ご婦人方が見るなら王子様と街娘が結ばれる演目が人気のようだけれどね。俺は英雄譚の方が好きだけど」
「ラウルもですか! 自分も冒険活劇か英雄譚が好きなんです。やっぱり手に汗握る展開がいいですよね」
「そうなんだよ。友情なんかも描かれてるとグッとくるものがあるよな」
「ですよね。あ、ラウル、自分ばっかり食べてすみません。食べかけですけど串焼き食べますか?」
先ほどから自分ばかり食べていて、ラウルに分けることをしなかったのを詫びちらりと顔を見ながら聞いてみると、いきなり破顔して串を持っていた手を掴まれる。
「では、いただきます」
手ごと食べられるのではないかと思うほどぐっと引き寄せられ、一口かぶりついた。
「や、っぱり男の人ですね……。結構大きい肉なのに一口で口に入っちゃうなんて」
「やっぱりって、俺ずっと男だけどね。もう一口頂戴」
そういってさらにラウルはアイオライトの手を離すことなく、串に残った最後の肉を口に入れ、ぺろりと口の端をなめた。
その無意識の仕草がとにかく色っぽい。
美味しいものを食べた時にたまに見せるこの仕草が、本当に色気がダダ洩れなのである。
「なんというか、食べ方がワイルドでびっくりします……」
「わいるど?」
「えっと、野性的?」
「あまり行儀良くなかったから?」
「いえ、全然問題ないです」
寧ろ素敵なんです!
色気がダダ洩れで心臓に悪いだけなんです!
とは言いにくいので、別の言い方をしてみたが上手く伝わらなかったようだ。
無念。
そんなことを思っていると、広場の舞台横で急に何かが倒れる音がして、悲鳴が聞こえる。
アイオライトが振り返ると、舞台横の木材が倒れたようだ。
舞台には特に木材が倒れこんだ様子はないが、どうもそのさらに奥で慌ただしく人が行ったり来たりしているのが見えた。
「ラウル、怪我人が出たのかもしれません。時間はまだ大丈夫ですし、手伝えることがあるかもしれません」
「そうだな。衛兵もすぐ来るだろうけど、行ってみよう」
辺りは騒然として、やはり数人怪我をした人が出ているようで、担架で運ばれていくのが見えた。
劇団員とみられる人達が、舞台袖で演目の準備をしつつ、手際よく倒れた木材を片付けている。
「あの、大丈夫ですか? もし手伝えることがあれば……」
「ありがとうございます」
声をかけたのは、舞台袖で木材の片付けをつつ、劇団員に大きな声で指示を出している女性だ。
勢いよく振り返ったその人は、柔らかな栗色の髪に若葉色瞳を大きく見開き、驚きよりも喜びの色を濃くした。
「あっ!」
と声を出した。
知らない人だが、アイオライトはこの人を知っている。
「トモコ?」
「アオ!!」
そう、前世の友達の最後の一人。
「トモコですが、でも残念。今はエレン。っていうかいい所にいた! お願い。うちの役者が二人怪我しちゃって……。そっちのイケメンのお兄さんと一緒にうちの舞台に立って欲しい」
「何藪から棒に!」
「アオもそっちのお兄さんも、主役級で目立ちすぎちゃうけど……、今回はちょい役ね」
「ちょい待って、トモコ。次回はないし、自分たちあと二時間後には戻らないと」
「大丈夫! 大丈夫っ! 片付けはもう終わし、次第開演この演目自体は夜の部の予告編で三十分だから」
トモコはこうなったら止められない。
リコもカリンもレノワールも、みんなこれと思い立ったら止まらない。
「ラウル。すみません。この人はその、探していた最後の友人で……」
「エレンと申します。よろしくお願いしますね。アオ、時間がないので台本渡す。二人はここからここまで、台詞がちょこっとある街娘とその彼氏役。ポロリはないよ。じゃ、よろー!」
「ぽろり?」
「ポロリあったら困るじゃん! ちょっと、トモコ!」
「トモコじゃないよ、エレンだよー----」
代役が決まったからか、足取り軽く次の指示をするべく走って行ってしまった。
「あの……ラウル。トモコがすみません」
「アオのお友達は、なんていうかみんな強烈だよね」
「ほんとすみません」
時間ギリギリ、式典に間に合うとは思うが何かあったらラウルまで巻き込んでしまう。
が、よろしくされてしまったからにはやり遂げなければと、変な義務感が出てきてしまう。
ちらっとラウルを見上げると、出番がある辺りの台詞を読んでいたのか、ふっと笑って台本を閉じた。
「出番短いし、終わったらそっと抜けて城に戻ろう」
「いいんですか?」
「うん。アオの台詞はなかったから、俺に合わせてくれればいいみたい」
「そうなんですか? わかりました」
トモコが見つかったのは喜ばしいが、巻き込まれ方が尋常じゃない。
昔から人畜無害そうな顔をしておきながら、人を色々なことに巻き込むのが上手だった。
それは不思議と嫌なこともなく楽しいことばかりだったので、きっと今回もそうなるだろうとアイオライトは思いながら、あれよあれよという間に劇団員の人達に衣装に着替えさせられ、出番までラウルと舞台袖でじっと待つこととなった。
幕が上がる。
恋愛ものっぽいという事しかわからず、台本も読んでいないためどんな内容か全く分からないのが心配で仕方ないアイオライトであった。
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ああ、死んだな、そう思った私の目に見えるのは、私を助けようと手を伸ばす銀髪の美少年だった。
竜獣人の美少年に溺愛されるちょっと不運な女の子のお話。
*魔獣、獣人、魔法など、何でもありの世界です。
*お気に入り登録、しおり等、ありがとうございます。
*本編は完結しています。
番外編は不定期になります。
次話を投稿する迄、完結設定にさせていただきます。
竜帝と番ではない妃
ひとみん
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ほのぼの日常系なお話です。設定ゆるゆるですので、許せる方のみどうぞ!
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