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揺らめく炎
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「エレン、この台本ってエレンが書いたの?」
舞台袖、アイオライトは舞台監督でもあるトモコことエレンに小声で聞くと、もちろん私よ、私、と口パクで返してきた。
「色々詰まりまくっとる……」
主人公の街娘が王子と出会い恋に落ちる。が主人公の事が好きだった貴族の息子が結婚などさせるものかと主人公に呪いをかけて眠らせてしまう。なんやかんやの末、王子様のキスで目覚めてハッピーエンドという、自分達から見たら王道のようなストーリーだ。
魔法のあるこの世界でも、王子様のキスで呪いが解けたりなどはしないし、魔法でドレスが出てきたり空を飛んだりもしない。
前世ファンタジーが、この演目には詰まっているのだが、やはりこの世界の人達にはなじみがない設定に、前の街では大ウケ、再演に再演を重ねた作品だそうだ。
満を持して、大きな式典で沢山の人が集まるあるアルタジアにやって来て、さらに名を売りつつみんなを探す算段だったとエレンは言った。
「しかしファンタジーが過ぎない?」
「お芝居だから許されるの。さ、始めるよ!」
三十分程の予告編の幕が間もなく上がろうとしている。
しかしアイオライトは結局、ラウルに言われて台本を読んでいない。
自分が演じるシーンの内容も知らないままではさすがに怖いので、エレンにシーンの流れだけでもと聞いておいた。
主人公の女の子と王子が街でデート中、結婚を誓い合っている幸せそうな男女を見る。
幸せそうな二人を見た王子が、自分の気持ちが抑えきれなくなって主人公に結婚を申し込む。
それを見ていた、密かに主人公の事を好きだった貴族の男が、結婚などさせるものかと魔法使いに頼んで主人公を呪いで眠らせてしまう……というところまでが予告編だそうだ。
「ん? 自分が出る要素ある? 何の役かな?」
「アオ、ちゃんと台本読んでくれてないの?」
「ラウルが教えてくれないんだもん」
「いい? アオ達は結婚を誓い合っている幸せそうな男女の役よ」
「えー!」
「しーっ! ちょっと声が大きいよ。アオ」
「ごめん……。台詞はある?」
「あるっ! 頷いて『はい』って言うだけだけど」
「なんとっ!」
衣装に着替え終わったラウルが、舞台袖やってきた。
内容を教えてくれなかった事を怒っているんだぞ、と頬を膨らませて迎え撃つべく振り返ると、そこには全然似合わない衣装を着たラウルが立っていた。
「アオは、どんな服着てても可愛いな。膨れたほっぺたも可愛いね」
「ぷぅ」
膨らんだほっぺたも、街娘の衣装も可愛いも何もない。
近くまで来ると、アイオライトをじっと見つめたあと、膨らましたほっぺたを押され、溜めていた空気が外に出て間抜けな音を立てた。
その様子にラウルはくすりと笑って、そのまま頬を撫で続けている。
「あちゃ、これはちょっと衣装が負けすぎか。でも代打だしまぁいっか」
エレンの言うように、本物の王子様オーラに、完全に衣装が負けてしまっている。
「ってか、お兄さん、アオのなに?」
「なんだろうね……」
「ふーん。そう言う感じね」
何がそう言う感じなのか分からないが、頬を撫でられてついつい気持ちよくなってしまっていたアイオライトがはたと気が付く。
「ちょっ、ラウル! 台詞、あるって、エレンが、言ってましたよ」
「でも、はいって言うだけだし、ないのも同然だよ」
「ラウルの台詞は?」
「内緒」
「エレンー!」
「ないしょ」
「エレンまで!」
二人から内緒と言われると、どんな台詞なのか気になってしまう。何とか聞き出そうと小声で話を続けていたが、とうとう自分たちの出番がやってきたようだ。
横から演出補助のような男の人から舞台に出るように指示を受ける。
「代打で申し訳ないですが、よろしくお願いいたします!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ラウルはそう言って、アイオライトの手を引き舞台へ進んでいく。
演劇の舞台に立つなど、幼稚園の時のお遊戯会ぐらい前の事で、今さらながら緊張してきてしまった。
緊張していたのだろうかぎゅっと力が入っていた唇に、急にラウルの人差し指が軽く触れた。
びっくりして閉じた口が開き、体の力が抜けたのを感じる。
「ちょっ、ラウル」
「静かに。アオの台詞は頷いてうん。だからね」
「いつ言えばいいですか?」
「俺が今だよって顔するから」
「どんな顔……?」
緊張をほぐしてくれるならもう少し刺激の少ない方法が良かったが、一瞬で体の力が抜けたので良しとしよう。
静かに手を引いて、ラウルが舞台上を進んでいく。
まだ午前中だと言うのに、沢山の人が見てくれているようだ。
観客はどちらかと言うと主人公たちを見ていてくれるが、数人は出てきたラウルの王子様オーラに当てられてしまっている人もいるのが舞台の上からでもわかる。
「ねぇ、今出てきた二人、可愛すぎるし格好良すぎない?」
「わ。ほんとだ! 二人とも顔が良すぎて衣装が残念」
舞台上側から中央に向かって歩き、指定があったと思われる噴水の舞台装置の傍でラウルが膝をついて、アイオライトの手を取る。
アイオライトの大好きな最推し、ラウルは普通の服を着ていても王子様そのものである。
しかしここまで下から見上げられるのは初めてかもしれない。
何を言われるのかわからないまま、ラウルをじっと見つめると、とても優しくアイオライトの目をしっかり見つめながら喋り始めた。
「色々考えたけれど、君の事が好きだって事以上の言葉がうまく見つからなくて……」
少しだけ間をおいて、だけど目はずっとアイオライトを見たままさらに言葉を紡ぐ。
「好きだよ。もし君も同じ気持ちを持ってくれているなら、これから先ずっと、俺と一緒に生きてくれるかな」
そう言って、手の甲に軽く唇を落とした。
その少し赤い頬に、穏やかな笑みを浮かべているその顔が、ここだよって顔ですか??
これ台詞だよね?
だよね?
ここでうんって答えていいんだよね!?
アイオライトは一瞬本当にラウルにそう告白されたのではと思うような錯覚を覚え、ごくりとつばを飲み込んでしまったのが、丁度頷いたように見えてくれたようだ。
これだけの事だが、観客は大きな拍手を送ってくれたが、アイオライトはどうにも動悸が治まらず顔がほてっているのが自分でもわかった。
アイオライトとラウルの求婚シーンの後、今度は主人公たちにスポットライトが当たり、話は進んでいく。
予定調和ではあるが、その後の主人公と王子の求愛がうまくいって観客は盛り上がり拍手喝采が聞こえる。
今回は予告編のちょっとした役で人々の記憶からは消えていくだろう。
しかし、アイオライトの頭の中では先ほどのラウルの台詞が延々とリピートされていて、頭がパンクしそうだった。
いつもなら、
ごちそうさまです!
永久に脳内録画して毎日好きな時に何回でも再生しよう!
なんて考えるはずだが、何故かそう思うことが出来ず、ずっと胸の鼓動が治まらない。
ラウルは、アイオライトの肩を抱いて舞台の下側に歩きながら、幕袖についたときに耳元で囁いた。
「もう一度今夜聞くから、返事はその時に聞かせて」
それを聞いて顔を上げると、先ほどの穏やかな笑みを浮かべたまま、エスコートの為に握っていたアイオライトの手の甲にもう一度、ラウルの唇が優しく触れる。
「あの、お芝居じゃ……」
「俺はずっと好きだって伝えてきたよ」
ラウルのその優しい瑠璃色の瞳の奥に、アイオライトは揺らめくような炎を見た気がする。
ラウルはいつでも好意をアイオライトに向けてくれていた。
この世界の一番の推しで、優しくて格好良くて。大好きで。
それは変わらないのだが、自分の気持ちも変化していたのだと、とうとう認識してしまった。
最近、妙にザワザワしたり、大好きだと声を大にして言えないのは、推しへの愛情ではなく、ラウルの事を男の人として好きだからなんだと、妙に納得できた。
こんな風に自分の気持ちに気が付くなんて。
前世で何十年も生きてきたのに、恋愛経験値がほぼゼロだった自分にしてはそれでも上出来ではなかろうか。
でも好きなだけで、一国の王子と恋愛などして問題ないのだろうか。と色々な疑問が頭をよぎり始めたが、ラウルがアイオライトの頭を撫でながら帰城を告げる。
「さて、帰ろっか。式典に間に合わなくなっちゃう」
ラウルが着替えのためにさらに奥に向かったと同時に、観客席から悲鳴が上がった。
丁度予告編の見どころである、貴族の男が雇った魔法使いにより主人公が眠りについたからだ。
幕が下り、すごい熱量の観客達は、口々に続きが見たいと言いながら、去っていく。
完全に予告編の舞台が終わり、エレンがブラボーと言わんばかりに破顔してアイオライトに走り寄ってきた。
「すっごい良かったよ! 台詞は全然違っちゃってたけど解釈としては間違ってないから今回はいいや! 無理に頼んじゃって申し訳なかったけれどありがとうね!」
「台詞違うの!?」
「一人称は僕だし、愛しているから結婚してくれってストレートな台詞だったんだけど……、でもロマンチックで盛り上がったし! 本番で同じもの使うか迷うレベルだよ」
「そ、そうなんだ……」
「っていうか、あの人めちゃくちゃアオの事好きなんだね。相思相愛感あって、めちゃくちゃ萌えたよ!」
「……」
ラウルを知らない人から見ても、そう見えるのだろうか。
自分の自意識過剰でもなく、さらに台詞でもなく、ラウル自身の言葉なのだと再認識するとさらにアイオライトの鼓動が早くなっていく。
「これで終わりだし、着替えてきて大丈夫だよ」
「うん」
----------------
「ラウルっ! アイオライト嬢、君達何してんの」
アイオライトの動悸も落ち着つき、ようやくラウルの顔をまともに見ることが出来るようになってきた頃、あとはエレンに挨拶をして帰ろうとしていたところに、ラウルとアイオライトを探していたのであろうフィンが走り寄ってきた。
「凄く良かったよ!! ……じゃなくて、早くしないと流石に間に合わないよ」
「フィンさん、見ちゃったんですか!!」
「見ちゃったよね。お二人共、素敵でした」
「あ、あ、の、ちょっと友達に出会えたので手伝いをしてまして」
「フィン。なんで来ちゃったんだよ。俺達今から帰るところだけど」
「なに、そう言うこと言っちゃう? 遅いから探しに来たんでしょうが。リチャードのヤツ、めちゃくちゃ怒ってるからね。一応一国の王子なんだからさ。それに正装に着替える時間考えてもらわないと困るよ。アイオライト嬢もだよ。君も式典用の服にちゃんと着替えてね」
「あのぅ、色々聞き捨てならない事を聞いちゃったみたいなんっすけど、アオ、この綺麗なお兄さん……」
「言わなかったっけ? アルタジアの第三王子のラウルだよ」
「第三王子のラウルだよって、仲良しかよっ!」
といいつつもラウルに物怖じしないのは、エレンの肝が据わっているからであるが、その様子を見たフィンが合点が言ったように質問をしてくる。
「? このお嬢さんもあれかい? リコ嬢たちと同じ?」
「はい」
「フィン、エレン嬢が王城に来た時には入れるように手配しておいて」
「わかった。手配はちゃんとしておくから、ほら二人共早く。あそこに馬車を準備してあるからすぐに乗って」
フィンの視線の先には、一台の馬車がすでに停まっていた。
扉が開き、ロジャーが中から手招きしているのが見える。
「エレン、アルタジアの王城にみんないるから、明日にでもお城に会いにきて!」
「は? なに、なんでみんなもお城にいるの?」
「お城にいる理由は色々あってとしか言いようがないけれど……。会えたらその時にちゃんと話すから」
「じゃぁ、明日の朝行くよー!」
それだけ何とか伝えて、ラウルとアイオライトは城に急いで戻るために馬車に乗り込んだ。
御者の後ろにロジャーとフィンが座り、馬車にはラウルとアイオライトの二人。
「えっと……」
「今夜の舞踏会でもう一度聞くから」
真っすぐにアイオライトを見据えるラウルの瞳の奥に、先ほども見た炎が、今も見える。
その炎と同じぐらいの熱量かは分からないが……、ラウルに返せる気持ちを、アイオライトは先ほど気が付いた。
「でもあまり緊張しないで、舞踏会も楽しんで欲しいな」
「はい。壁の花になりながらその時を待ちます。ドンと来てください!」
「ははっ! じゃぁ、遠慮なくドンと行かせてもらうよ。覚悟してね」
相変わらず色気も何もない返事をしてしまったことを後悔したが、ラウルが笑ってくれたので良しとしよう。
御者の後ろに座っていたロジャーとフィンは、馬車の中の内容がかすかに聞こえていた。
「今夜が山場じゃない?」
「そうだね。リチャードには教える?」
「馬車を降りて怒っている時には、あいつ気が付くんじゃない?」
「それありうる!」
「はー! やばい! 俺が緊張してきた」
「僕も緊張してきたー!」
ロジャーとフィンの盛り上がりに御者がびっくりしつつも、馬車は急ぎ城に向かう。
式典と舞踏会が、間もなく始まる。
舞台袖、アイオライトは舞台監督でもあるトモコことエレンに小声で聞くと、もちろん私よ、私、と口パクで返してきた。
「色々詰まりまくっとる……」
主人公の街娘が王子と出会い恋に落ちる。が主人公の事が好きだった貴族の息子が結婚などさせるものかと主人公に呪いをかけて眠らせてしまう。なんやかんやの末、王子様のキスで目覚めてハッピーエンドという、自分達から見たら王道のようなストーリーだ。
魔法のあるこの世界でも、王子様のキスで呪いが解けたりなどはしないし、魔法でドレスが出てきたり空を飛んだりもしない。
前世ファンタジーが、この演目には詰まっているのだが、やはりこの世界の人達にはなじみがない設定に、前の街では大ウケ、再演に再演を重ねた作品だそうだ。
満を持して、大きな式典で沢山の人が集まるあるアルタジアにやって来て、さらに名を売りつつみんなを探す算段だったとエレンは言った。
「しかしファンタジーが過ぎない?」
「お芝居だから許されるの。さ、始めるよ!」
三十分程の予告編の幕が間もなく上がろうとしている。
しかしアイオライトは結局、ラウルに言われて台本を読んでいない。
自分が演じるシーンの内容も知らないままではさすがに怖いので、エレンにシーンの流れだけでもと聞いておいた。
主人公の女の子と王子が街でデート中、結婚を誓い合っている幸せそうな男女を見る。
幸せそうな二人を見た王子が、自分の気持ちが抑えきれなくなって主人公に結婚を申し込む。
それを見ていた、密かに主人公の事を好きだった貴族の男が、結婚などさせるものかと魔法使いに頼んで主人公を呪いで眠らせてしまう……というところまでが予告編だそうだ。
「ん? 自分が出る要素ある? 何の役かな?」
「アオ、ちゃんと台本読んでくれてないの?」
「ラウルが教えてくれないんだもん」
「いい? アオ達は結婚を誓い合っている幸せそうな男女の役よ」
「えー!」
「しーっ! ちょっと声が大きいよ。アオ」
「ごめん……。台詞はある?」
「あるっ! 頷いて『はい』って言うだけだけど」
「なんとっ!」
衣装に着替え終わったラウルが、舞台袖やってきた。
内容を教えてくれなかった事を怒っているんだぞ、と頬を膨らませて迎え撃つべく振り返ると、そこには全然似合わない衣装を着たラウルが立っていた。
「アオは、どんな服着てても可愛いな。膨れたほっぺたも可愛いね」
「ぷぅ」
膨らんだほっぺたも、街娘の衣装も可愛いも何もない。
近くまで来ると、アイオライトをじっと見つめたあと、膨らましたほっぺたを押され、溜めていた空気が外に出て間抜けな音を立てた。
その様子にラウルはくすりと笑って、そのまま頬を撫で続けている。
「あちゃ、これはちょっと衣装が負けすぎか。でも代打だしまぁいっか」
エレンの言うように、本物の王子様オーラに、完全に衣装が負けてしまっている。
「ってか、お兄さん、アオのなに?」
「なんだろうね……」
「ふーん。そう言う感じね」
何がそう言う感じなのか分からないが、頬を撫でられてついつい気持ちよくなってしまっていたアイオライトがはたと気が付く。
「ちょっ、ラウル! 台詞、あるって、エレンが、言ってましたよ」
「でも、はいって言うだけだし、ないのも同然だよ」
「ラウルの台詞は?」
「内緒」
「エレンー!」
「ないしょ」
「エレンまで!」
二人から内緒と言われると、どんな台詞なのか気になってしまう。何とか聞き出そうと小声で話を続けていたが、とうとう自分たちの出番がやってきたようだ。
横から演出補助のような男の人から舞台に出るように指示を受ける。
「代打で申し訳ないですが、よろしくお願いいたします!」
「こちらこそ、よろしくお願いします」
ラウルはそう言って、アイオライトの手を引き舞台へ進んでいく。
演劇の舞台に立つなど、幼稚園の時のお遊戯会ぐらい前の事で、今さらながら緊張してきてしまった。
緊張していたのだろうかぎゅっと力が入っていた唇に、急にラウルの人差し指が軽く触れた。
びっくりして閉じた口が開き、体の力が抜けたのを感じる。
「ちょっ、ラウル」
「静かに。アオの台詞は頷いてうん。だからね」
「いつ言えばいいですか?」
「俺が今だよって顔するから」
「どんな顔……?」
緊張をほぐしてくれるならもう少し刺激の少ない方法が良かったが、一瞬で体の力が抜けたので良しとしよう。
静かに手を引いて、ラウルが舞台上を進んでいく。
まだ午前中だと言うのに、沢山の人が見てくれているようだ。
観客はどちらかと言うと主人公たちを見ていてくれるが、数人は出てきたラウルの王子様オーラに当てられてしまっている人もいるのが舞台の上からでもわかる。
「ねぇ、今出てきた二人、可愛すぎるし格好良すぎない?」
「わ。ほんとだ! 二人とも顔が良すぎて衣装が残念」
舞台上側から中央に向かって歩き、指定があったと思われる噴水の舞台装置の傍でラウルが膝をついて、アイオライトの手を取る。
アイオライトの大好きな最推し、ラウルは普通の服を着ていても王子様そのものである。
しかしここまで下から見上げられるのは初めてかもしれない。
何を言われるのかわからないまま、ラウルをじっと見つめると、とても優しくアイオライトの目をしっかり見つめながら喋り始めた。
「色々考えたけれど、君の事が好きだって事以上の言葉がうまく見つからなくて……」
少しだけ間をおいて、だけど目はずっとアイオライトを見たままさらに言葉を紡ぐ。
「好きだよ。もし君も同じ気持ちを持ってくれているなら、これから先ずっと、俺と一緒に生きてくれるかな」
そう言って、手の甲に軽く唇を落とした。
その少し赤い頬に、穏やかな笑みを浮かべているその顔が、ここだよって顔ですか??
これ台詞だよね?
だよね?
ここでうんって答えていいんだよね!?
アイオライトは一瞬本当にラウルにそう告白されたのではと思うような錯覚を覚え、ごくりとつばを飲み込んでしまったのが、丁度頷いたように見えてくれたようだ。
これだけの事だが、観客は大きな拍手を送ってくれたが、アイオライトはどうにも動悸が治まらず顔がほてっているのが自分でもわかった。
アイオライトとラウルの求婚シーンの後、今度は主人公たちにスポットライトが当たり、話は進んでいく。
予定調和ではあるが、その後の主人公と王子の求愛がうまくいって観客は盛り上がり拍手喝采が聞こえる。
今回は予告編のちょっとした役で人々の記憶からは消えていくだろう。
しかし、アイオライトの頭の中では先ほどのラウルの台詞が延々とリピートされていて、頭がパンクしそうだった。
いつもなら、
ごちそうさまです!
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なんて考えるはずだが、何故かそう思うことが出来ず、ずっと胸の鼓動が治まらない。
ラウルは、アイオライトの肩を抱いて舞台の下側に歩きながら、幕袖についたときに耳元で囁いた。
「もう一度今夜聞くから、返事はその時に聞かせて」
それを聞いて顔を上げると、先ほどの穏やかな笑みを浮かべたまま、エスコートの為に握っていたアイオライトの手の甲にもう一度、ラウルの唇が優しく触れる。
「あの、お芝居じゃ……」
「俺はずっと好きだって伝えてきたよ」
ラウルのその優しい瑠璃色の瞳の奥に、アイオライトは揺らめくような炎を見た気がする。
ラウルはいつでも好意をアイオライトに向けてくれていた。
この世界の一番の推しで、優しくて格好良くて。大好きで。
それは変わらないのだが、自分の気持ちも変化していたのだと、とうとう認識してしまった。
最近、妙にザワザワしたり、大好きだと声を大にして言えないのは、推しへの愛情ではなく、ラウルの事を男の人として好きだからなんだと、妙に納得できた。
こんな風に自分の気持ちに気が付くなんて。
前世で何十年も生きてきたのに、恋愛経験値がほぼゼロだった自分にしてはそれでも上出来ではなかろうか。
でも好きなだけで、一国の王子と恋愛などして問題ないのだろうか。と色々な疑問が頭をよぎり始めたが、ラウルがアイオライトの頭を撫でながら帰城を告げる。
「さて、帰ろっか。式典に間に合わなくなっちゃう」
ラウルが着替えのためにさらに奥に向かったと同時に、観客席から悲鳴が上がった。
丁度予告編の見どころである、貴族の男が雇った魔法使いにより主人公が眠りについたからだ。
幕が下り、すごい熱量の観客達は、口々に続きが見たいと言いながら、去っていく。
完全に予告編の舞台が終わり、エレンがブラボーと言わんばかりに破顔してアイオライトに走り寄ってきた。
「すっごい良かったよ! 台詞は全然違っちゃってたけど解釈としては間違ってないから今回はいいや! 無理に頼んじゃって申し訳なかったけれどありがとうね!」
「台詞違うの!?」
「一人称は僕だし、愛しているから結婚してくれってストレートな台詞だったんだけど……、でもロマンチックで盛り上がったし! 本番で同じもの使うか迷うレベルだよ」
「そ、そうなんだ……」
「っていうか、あの人めちゃくちゃアオの事好きなんだね。相思相愛感あって、めちゃくちゃ萌えたよ!」
「……」
ラウルを知らない人から見ても、そう見えるのだろうか。
自分の自意識過剰でもなく、さらに台詞でもなく、ラウル自身の言葉なのだと再認識するとさらにアイオライトの鼓動が早くなっていく。
「これで終わりだし、着替えてきて大丈夫だよ」
「うん」
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「ラウルっ! アイオライト嬢、君達何してんの」
アイオライトの動悸も落ち着つき、ようやくラウルの顔をまともに見ることが出来るようになってきた頃、あとはエレンに挨拶をして帰ろうとしていたところに、ラウルとアイオライトを探していたのであろうフィンが走り寄ってきた。
「凄く良かったよ!! ……じゃなくて、早くしないと流石に間に合わないよ」
「フィンさん、見ちゃったんですか!!」
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「なに、そう言うこと言っちゃう? 遅いから探しに来たんでしょうが。リチャードのヤツ、めちゃくちゃ怒ってるからね。一応一国の王子なんだからさ。それに正装に着替える時間考えてもらわないと困るよ。アイオライト嬢もだよ。君も式典用の服にちゃんと着替えてね」
「あのぅ、色々聞き捨てならない事を聞いちゃったみたいなんっすけど、アオ、この綺麗なお兄さん……」
「言わなかったっけ? アルタジアの第三王子のラウルだよ」
「第三王子のラウルだよって、仲良しかよっ!」
といいつつもラウルに物怖じしないのは、エレンの肝が据わっているからであるが、その様子を見たフィンが合点が言ったように質問をしてくる。
「? このお嬢さんもあれかい? リコ嬢たちと同じ?」
「はい」
「フィン、エレン嬢が王城に来た時には入れるように手配しておいて」
「わかった。手配はちゃんとしておくから、ほら二人共早く。あそこに馬車を準備してあるからすぐに乗って」
フィンの視線の先には、一台の馬車がすでに停まっていた。
扉が開き、ロジャーが中から手招きしているのが見える。
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「は? なに、なんでみんなもお城にいるの?」
「お城にいる理由は色々あってとしか言いようがないけれど……。会えたらその時にちゃんと話すから」
「じゃぁ、明日の朝行くよー!」
それだけ何とか伝えて、ラウルとアイオライトは城に急いで戻るために馬車に乗り込んだ。
御者の後ろにロジャーとフィンが座り、馬車にはラウルとアイオライトの二人。
「えっと……」
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その炎と同じぐらいの熱量かは分からないが……、ラウルに返せる気持ちを、アイオライトは先ほど気が付いた。
「でもあまり緊張しないで、舞踏会も楽しんで欲しいな」
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「ははっ! じゃぁ、遠慮なくドンと行かせてもらうよ。覚悟してね」
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