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ハロウィン
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アイオライトが昼食をテーブルに運ぼうと厨房を出ると、すでに店内はそこそこハロウィンの装飾に染まっていた。
ただ、まだテーブルの上に色々置いてあるので、これからまだまだ飾りつけするのだろう。
「これは?」
初めて見るハロウィンの飾りを見て、ラウルは興味を示す。
まだまだ飾りつけの最中だが、、店の入り口にはすでにハッピーハロウィンと書かれたプレートがかかり、色々な大きさのジャック•オー•ランタンが準備されている。
「このカボチャの顔が付いたのは、イメージとして冬の雪だるまみたいなイメージ?」
「まぁ、そんなものかしら」
「うわ、全部手作りだ、凄いね」
単純にこの世界にないので、手作りするしかないのだが、レノワールの本気が炸裂しているので、クオリティがエグい。
「南瓜をくり抜いたりして作るんですね」
「飾りつけはこの他に何かするんですか?」
ユクタとアシュールも興味津々で飾り付けを見ている。
二人ともイシスの街にある、ラウルがよく泊まっていた宿に昨晩こっそり宿泊して、朝から金の林檎亭に来ていた。
「他にも色々準備してるから、あとでまたみんなで、飾ろう!」
一緒に装飾の準備をしていたリコは、手に蜘蛛の巣のようなオーナメントを持っている。
「取り敢えずお昼ご飯食べてからね」
アイオライトは夢中になっているリコとレノワールに声をかけて、昼食にする。
「夜は、沢山食べるから、お昼はちょっと軽く食べようね」
はーい!といい返事が聞こえ、お昼用に準備していたサンドウィッチを並べると、それぞれがサンドイッチに手を伸ばし始める。
「あっ!これ中がカボチャだ。お昼からカボチャづくし、だね」
「うん。ようやくこれでいただいたカボチャは消費できそうだから一安心だよ」
「いや、これはカボチャだけじゃない。中にハムとか入ってて塩味が癖になりそう!」
ラウルが上品にサンドイッチを口に運びそう言うと、次の瞬間には手に持っていたサンドイッチが消えて次の分に手を伸ばしている。
「アオの作るご飯は本当にどれも美味しくて困るよね」
「困りますか?」
「リクエストする時にさ、選びきれなくて困る」
「そう言って貰えると嬉しいですね」
えへへと、照れたように笑いながら皿のサンドイッチがなくなったのをみて、アイオライトは厨房に追加を取りに行く。
「さて、お昼食べたら飾り付けちゃっちゃとして夜にはコスプレパーティよっ!」
「レノワール、欲望丸出し。コスプレって言っちゃってる」
「あ、カリンちゃんに突っ込まれてる」
「は、ハロウィンパーティよ!」
「「今さら遅いっ」」
----------------
カランカランと、ドアベルが鳴る。
「あ、いらっしゃい。エレン!」
「お邪魔しまーす。おぉ、クオリティ高いな。レノワールの本気度よ」
「もちろんよ。オタクがちょっと本気出せばこれぐらいはお手のものよ。まぁ、料理はアオにお任せだけどね」
公演から街に戻ったエレンが店にやってくるなり、その飾りつけのクオリティにびっくりしている。
「うちの小道具も監修してもらいたい」
「仕事の依頼は受けるけど、私は高いわよ」
「知ってるからお願いしないんじゃんよ」
エレンとレノワールが話をしていると、厨房からひょっこりアイオライトが顔を出した。
「あ、アオ! 可愛いやないか……」
「ありがとう!」
アイオライトが着ているのは、ラウルにはあまり見慣れないタイプの正装で、キラキラした少年のようにも見える。
「二次元男子アイドルのコスプレ?」
「そう、アオにめちゃくちゃ似合うでしょ!」
アイオライトが着ているのは、前世で大人気だった二次元アイドルの王子様風衣装である。
「いいんだけどさ。思ってたのと、違うんだよ……」
非常に残念でたまらないと言った顔のラウルが、エレンに話しかける。
「思ってたのと違う?」
「ほらっ、見てよ。みんなのとアオの着てる服、世界観が違う気がするんだよね」
「ん?」
エレンが周りを見ると、確かに他のみんなと趣が全く違う。
リコは眠りの森の美女の魔女、カリンは不思議の国のアリスのドロシー風である。二人共スカートの丈が短いが良く似合っている。
レノワールは赤ずきんのようだ。
アシュールとユクタの二人は海賊である。
「言いたいことは分かる」
「だろ? 可愛いの方向性が違うと思わないか? 俺だってアオの、……その、短い丈のスカート姿とかを見たかったと言うか、なんというか……」
「いや、残念だと思うけどさ、あんたの為の仮装じゃないからさ……」
「そうなんだけど、そうなんだけれどもっ」
アイオライトの仮装に対して何か強い意志を見せるラウルが面白いなと、エレンが声を出して笑う。
あんなに強い台詞を舞台上でアドリブで言い放ったとは思えないほどである。
「エレンも着替えてよ。なにかいいかな」
「えー、じゃぁ私はね……」
エレンもその仮装の中に入るために、レノワールと一緒に二階に着替えに上がっていった。
カランカランとさらにベルが鳴ると、リチャードが入ってきた。
「なんだ、この状況は……」
「仮装なんだって」
いぶかしがるリチャードにラウルが説明をする。
「仮面舞踏会とは違うか。はろうぃんというのは、カボチャ料理を食べたり愛でたりしながら仮装する催しものなのか?」
「いやぁ、そこら辺はちょっとはっきりわからないけれど、レノワール嬢がしたいものはそんな感じみたい」
「で、ラウルは仮装しないのか?」
「俺は仮装しないよ」
「アイオライト! ラウルが仮装したら嬉しいんじゃないか?」
厨房にいるアイオライトにリチャードが声をかけた。
「あ、リチャードさん、いらっしゃいませ。ラウルの仮装ですか?」
「俺は今回悪戯される側だから、仮装はしない」
「は? 何を言ってる?」
「あの、ハロウィンは仮装してお菓子をくれないと悪戯するぞって各家庭を回ったりするんですよ。でも別に悪戯とかしませんよ?」
「え? しないの?」
「されたかったですか」
「ちょっとぐらいされても楽しいかなと思って……」
残念そうな顔をしているラウルを、不思議そうにアイオライトが見ていると、エレンとレノワールが下りてきた。
「おぉ、エレンは白雪姫風だ!」
「確かにアオのだけ方向性は違う気がするね」
「違うのよ。初めはアオにもこっち系のを着せたかったんだけれど、動きにくいからってたまたま作ってたアイドルコスを着ることになっただけ」
レノワールのネタばれを聞いたラウルが、さらに悔しがっている様子を、いつものようにその場にいたアイオライト以外の全員が憐れみの目で見ていた。
「さて、そろそろいい時間になりましたので始めましょうか。お料理運びますね」
アイオライトは、先ほどまで背中に付けていたマントを外して、さらに身軽になって厨房に向かう。
「俺も手伝うよ」
あとにラウルも付いて行き、大量の食事を運び入れる。
パンプキンパイ、グラタン、サラダ、コロッケを運び、スープは鍋ごと運び入れ直接自分でスープ皿に入れるようにした。
宣言していた通りカボチャづくしである。
「でもさ、ハロウィンって仮装してご飯食べる以外、何するの?」
「そうだよね。仮装パレード以外にイメージが浮かばない、な」
「確かにね。ハロウィンは死者の魂に連れていかれないように、機嫌を損ねないようにってお菓子とか食べ物を準備したって言うのが起源みたい、だよ」
「諸説あるみたいだけれどもね」
「宗教的な意味合いは最終的にはなくなって等しいし、秋の夜長に友達と美味しい食事を仮装して楽しめればいいのよ」
楽しめるイベントとしての側面しか自分たちも分からない。
だから楽しめればいいと言うレノワールの言葉に大きくうなずいた。
「アオ! このパンプキングラタン。衝撃的に美味しい!」
興奮した様子のラウルが、熱いだろうに咀嚼が終わる傍から口に入れ続けている。
「カレーには及ばずだが、どれも美味しいですね……」
「リチャード氏のカレー愛は、変わらない、ね」
リチャードも気に入って貰えたようだ。
「本当、どれも美味しいです」
「えぇ」
招待されたとはいえ連れてこられた挙句、謎の仮装に付き合ってくれているアシュールとユクタも楽しんでくれているようだし、食事も楽しんでもらえているようで良かったとアイオライトは思う。
「ビンゴ大会とかでもあれば盛り上がるんだろうけれど、今年はこんなものでいいでしょう。来年は街全体でハロウィン仮装を流行らせていく所存です」
「レノワール、なんの所信表明」
「さらに、クリスマス的なものやイースター的なものも宗教色を取り除いて少しずつ流行らせようと行こうと思ってるわ」
「衣装が売れるし、ね」
「小物も売れるわ」
レノワールとカリンは、頭の中の計算機を高速で打っているのであろう。
商売人とは怖い生き物である。
「商売人怖いって思ってるでしょ? それもあるけど私はねみんなで楽しめるイベントを作りたいだけだからね。商売だけじゃないのよ」
「あはは、そういう事にしておいてあげるわよ。クリスマスとかイースターとかあれば芝居も盛り上がるしね!」
「エレンも商売人だった!」
ゆっくりと食事を楽しみ、用意していた料理を全て食べ終えた。
かなりたくさん作ったつもりだったが残らなくてよかった。
「プリンも持ってきますねー」
アイオライトがプリンを持ってくると、別腹と言わんばかりに全員がそれを受け取って美味しそうに食べ始める。あっという間になくなってしまったので、まだまだ続くおしゃべりのお供にさらにクッキーを持ってきた。
「クッキーは、まだありますから急がないでも大丈夫ですからね」
「このぷりんという食べ物は、魔性の食べ物のようだ……」
「柔らかく、だけれど弾力があり、ほのかな甘みがあって、癒されます」
アシュールとユクタの誉め言葉が、プリンを形容するものとは思えないが気に入って貰えたなら作った甲斐があったと言うものだ。
仮装も面白かったし、食事も楽しんでもらえた。
やはりみんなといると楽しくてついつい時間を忘れてしまう。
しかし、明日は金の林檎亭は朝から営業するので遅くならないうちに解散となった。
もちろん全員で店の飾り付けを外し、食器を片付け店内の掃除をしてからだが。
その後仮装したまま、レノワールとカリンとエレンは今後のイベントの打ち合わせと称して腹ごなしに散歩に出かけていった。
リチャードとリコの二人は、着替え終わったアシュールとユクタを宿に送りに街の方に向かう。
「みんないないと、急に静かになりますね」
「そうだね」
二人だけになった金の林檎亭で、アイオライトとラウルは使った食器を棚に戻し終えて、お茶を飲んでいた。
「毎年こういう面白いことが増えていったら楽しいですね」
「さっき言ってた『くりすます』とかも仮装するの?」
「いや、まぁレノワールは仮装するっていうかもしれないですけれど、しなくても楽しめますよ。友達とか家族とかでプレゼントを交換したり、今回みたいに部屋を飾りつけしたりして過ごすんです」
「へぇ、くりすますはいつやるの?」
「えっと、年末近くですね」
前世では、ハロウィンが始まる前にはクリスマスと正月の商品が棚に並び始め、十月は一年の終わりを急に実感する時期でもあった。
今世では、年末年始以外にはあまり大きな催しがなかったので、なんだかイベントが目白押しになった気がして楽しみである。
「あ、ラウル」
「ん? どうしたの?」
気持ちが高まったついでと言うわけではないが、やるなら今だとアイオライトはラウルに声をかけた。
「トリックオアトリート! お菓子をくれないと……い、悪戯するぞ?」
アイオライトは仮装したままだ。
何かのキラキラした王子様風の、格好いいに分類される衣装である。
リコやカリンが着ていたような可愛らしさはないが、その台詞が可愛すぎる。
思わず抱きしめてしまいたくなるほどに……。
「是非どうぞ」
「え? え??」
「悪戯していいよ」
「お菓子をくれたら悪戯しないよ?」
「お菓子は……あげませんっ!」
ラウルがなぜそこまで拒否するのかが全く分からない。
「悪戯なんて、考えてなかったですけど……。あ、このクッキー貰えば悪戯しません!」
「これはアオが作ったものだから、対象外です」
「何その強固な意志っ!」
ラウルの拒否の仕方が面白くて、ついつい突込みを入れてしまった。
「じゃぁ、ちょっとしゃがんでもらえますか?」
まだ何も確定していないのに小さくラウルはガッツポーズをして、しゃがみ込む。
「じゃぁ、失礼しまーす」
と、アイオライトはラウルの脇腹をくすぐり始めた。
「ちょ、アオ。くすぐったい!」
「あははは。お菓子をくれないから悪戯してやったぞ!」
「あはははは、ちょっとやめ……」
ラウルが少し前かがみになりながら立ち上がろうとした時、アイオライトの唇が、ラウルの鼻先をかすり二人の唇がわずかに重なった。
明確な意思があって重なったわけではないが、アイオライトが顔を真っ赤にして固まるほどの出来事ではある。
悪戯にキスでもしてもらったら……、なんて言っていたのが本当になってしまったラウルも顔が真っ赤にしながら、しかしその感触をもう一度味わいたくて、真っ赤な顔のアイオライトに顔を近づけた。
「アオ……」
意を決したように、アイオライトも目をぎゅっとつぶる。
カランカラン、とドアベルが鳴る。
「ただいま帰りました……。あ、お邪魔でしたね」
「察しが良くて助かるけれど、店に入る前に気が付いて欲しかったよ。リチャード」
「それはさすがに無理ですね。では私はこれにて失礼いたしますので、ごゆっくり続きをお楽しみください」
リコは裏口から自室に上がった為入口でのこのシーンを目撃できていない。
店から入ってきたリチャードだけが、この悔しそうなラウルの顔を見ることが出来たわけだ。
「ごゆっくりって、なんだよ……」
さすがに雰囲気が変わってしまったので続きなど出来ようはずもない。
恥ずかしいやらなんやらで、なんだかラウルもアイオライトも、顔を見合わせて笑い、お茶のお代わりを飲むことにした。
面白いものが見れて大満足のリチャードは、今日もいい場面に出会えたことに感謝しつつ帰路に就いたのであった。
ただ、まだテーブルの上に色々置いてあるので、これからまだまだ飾りつけするのだろう。
「これは?」
初めて見るハロウィンの飾りを見て、ラウルは興味を示す。
まだまだ飾りつけの最中だが、、店の入り口にはすでにハッピーハロウィンと書かれたプレートがかかり、色々な大きさのジャック•オー•ランタンが準備されている。
「このカボチャの顔が付いたのは、イメージとして冬の雪だるまみたいなイメージ?」
「まぁ、そんなものかしら」
「うわ、全部手作りだ、凄いね」
単純にこの世界にないので、手作りするしかないのだが、レノワールの本気が炸裂しているので、クオリティがエグい。
「南瓜をくり抜いたりして作るんですね」
「飾りつけはこの他に何かするんですか?」
ユクタとアシュールも興味津々で飾り付けを見ている。
二人ともイシスの街にある、ラウルがよく泊まっていた宿に昨晩こっそり宿泊して、朝から金の林檎亭に来ていた。
「他にも色々準備してるから、あとでまたみんなで、飾ろう!」
一緒に装飾の準備をしていたリコは、手に蜘蛛の巣のようなオーナメントを持っている。
「取り敢えずお昼ご飯食べてからね」
アイオライトは夢中になっているリコとレノワールに声をかけて、昼食にする。
「夜は、沢山食べるから、お昼はちょっと軽く食べようね」
はーい!といい返事が聞こえ、お昼用に準備していたサンドウィッチを並べると、それぞれがサンドイッチに手を伸ばし始める。
「あっ!これ中がカボチャだ。お昼からカボチャづくし、だね」
「うん。ようやくこれでいただいたカボチャは消費できそうだから一安心だよ」
「いや、これはカボチャだけじゃない。中にハムとか入ってて塩味が癖になりそう!」
ラウルが上品にサンドイッチを口に運びそう言うと、次の瞬間には手に持っていたサンドイッチが消えて次の分に手を伸ばしている。
「アオの作るご飯は本当にどれも美味しくて困るよね」
「困りますか?」
「リクエストする時にさ、選びきれなくて困る」
「そう言って貰えると嬉しいですね」
えへへと、照れたように笑いながら皿のサンドイッチがなくなったのをみて、アイオライトは厨房に追加を取りに行く。
「さて、お昼食べたら飾り付けちゃっちゃとして夜にはコスプレパーティよっ!」
「レノワール、欲望丸出し。コスプレって言っちゃってる」
「あ、カリンちゃんに突っ込まれてる」
「は、ハロウィンパーティよ!」
「「今さら遅いっ」」
----------------
カランカランと、ドアベルが鳴る。
「あ、いらっしゃい。エレン!」
「お邪魔しまーす。おぉ、クオリティ高いな。レノワールの本気度よ」
「もちろんよ。オタクがちょっと本気出せばこれぐらいはお手のものよ。まぁ、料理はアオにお任せだけどね」
公演から街に戻ったエレンが店にやってくるなり、その飾りつけのクオリティにびっくりしている。
「うちの小道具も監修してもらいたい」
「仕事の依頼は受けるけど、私は高いわよ」
「知ってるからお願いしないんじゃんよ」
エレンとレノワールが話をしていると、厨房からひょっこりアイオライトが顔を出した。
「あ、アオ! 可愛いやないか……」
「ありがとう!」
アイオライトが着ているのは、ラウルにはあまり見慣れないタイプの正装で、キラキラした少年のようにも見える。
「二次元男子アイドルのコスプレ?」
「そう、アオにめちゃくちゃ似合うでしょ!」
アイオライトが着ているのは、前世で大人気だった二次元アイドルの王子様風衣装である。
「いいんだけどさ。思ってたのと、違うんだよ……」
非常に残念でたまらないと言った顔のラウルが、エレンに話しかける。
「思ってたのと違う?」
「ほらっ、見てよ。みんなのとアオの着てる服、世界観が違う気がするんだよね」
「ん?」
エレンが周りを見ると、確かに他のみんなと趣が全く違う。
リコは眠りの森の美女の魔女、カリンは不思議の国のアリスのドロシー風である。二人共スカートの丈が短いが良く似合っている。
レノワールは赤ずきんのようだ。
アシュールとユクタの二人は海賊である。
「言いたいことは分かる」
「だろ? 可愛いの方向性が違うと思わないか? 俺だってアオの、……その、短い丈のスカート姿とかを見たかったと言うか、なんというか……」
「いや、残念だと思うけどさ、あんたの為の仮装じゃないからさ……」
「そうなんだけど、そうなんだけれどもっ」
アイオライトの仮装に対して何か強い意志を見せるラウルが面白いなと、エレンが声を出して笑う。
あんなに強い台詞を舞台上でアドリブで言い放ったとは思えないほどである。
「エレンも着替えてよ。なにかいいかな」
「えー、じゃぁ私はね……」
エレンもその仮装の中に入るために、レノワールと一緒に二階に着替えに上がっていった。
カランカランとさらにベルが鳴ると、リチャードが入ってきた。
「なんだ、この状況は……」
「仮装なんだって」
いぶかしがるリチャードにラウルが説明をする。
「仮面舞踏会とは違うか。はろうぃんというのは、カボチャ料理を食べたり愛でたりしながら仮装する催しものなのか?」
「いやぁ、そこら辺はちょっとはっきりわからないけれど、レノワール嬢がしたいものはそんな感じみたい」
「で、ラウルは仮装しないのか?」
「俺は仮装しないよ」
「アイオライト! ラウルが仮装したら嬉しいんじゃないか?」
厨房にいるアイオライトにリチャードが声をかけた。
「あ、リチャードさん、いらっしゃいませ。ラウルの仮装ですか?」
「俺は今回悪戯される側だから、仮装はしない」
「は? 何を言ってる?」
「あの、ハロウィンは仮装してお菓子をくれないと悪戯するぞって各家庭を回ったりするんですよ。でも別に悪戯とかしませんよ?」
「え? しないの?」
「されたかったですか」
「ちょっとぐらいされても楽しいかなと思って……」
残念そうな顔をしているラウルを、不思議そうにアイオライトが見ていると、エレンとレノワールが下りてきた。
「おぉ、エレンは白雪姫風だ!」
「確かにアオのだけ方向性は違う気がするね」
「違うのよ。初めはアオにもこっち系のを着せたかったんだけれど、動きにくいからってたまたま作ってたアイドルコスを着ることになっただけ」
レノワールのネタばれを聞いたラウルが、さらに悔しがっている様子を、いつものようにその場にいたアイオライト以外の全員が憐れみの目で見ていた。
「さて、そろそろいい時間になりましたので始めましょうか。お料理運びますね」
アイオライトは、先ほどまで背中に付けていたマントを外して、さらに身軽になって厨房に向かう。
「俺も手伝うよ」
あとにラウルも付いて行き、大量の食事を運び入れる。
パンプキンパイ、グラタン、サラダ、コロッケを運び、スープは鍋ごと運び入れ直接自分でスープ皿に入れるようにした。
宣言していた通りカボチャづくしである。
「でもさ、ハロウィンって仮装してご飯食べる以外、何するの?」
「そうだよね。仮装パレード以外にイメージが浮かばない、な」
「確かにね。ハロウィンは死者の魂に連れていかれないように、機嫌を損ねないようにってお菓子とか食べ物を準備したって言うのが起源みたい、だよ」
「諸説あるみたいだけれどもね」
「宗教的な意味合いは最終的にはなくなって等しいし、秋の夜長に友達と美味しい食事を仮装して楽しめればいいのよ」
楽しめるイベントとしての側面しか自分たちも分からない。
だから楽しめればいいと言うレノワールの言葉に大きくうなずいた。
「アオ! このパンプキングラタン。衝撃的に美味しい!」
興奮した様子のラウルが、熱いだろうに咀嚼が終わる傍から口に入れ続けている。
「カレーには及ばずだが、どれも美味しいですね……」
「リチャード氏のカレー愛は、変わらない、ね」
リチャードも気に入って貰えたようだ。
「本当、どれも美味しいです」
「えぇ」
招待されたとはいえ連れてこられた挙句、謎の仮装に付き合ってくれているアシュールとユクタも楽しんでくれているようだし、食事も楽しんでもらえているようで良かったとアイオライトは思う。
「ビンゴ大会とかでもあれば盛り上がるんだろうけれど、今年はこんなものでいいでしょう。来年は街全体でハロウィン仮装を流行らせていく所存です」
「レノワール、なんの所信表明」
「さらに、クリスマス的なものやイースター的なものも宗教色を取り除いて少しずつ流行らせようと行こうと思ってるわ」
「衣装が売れるし、ね」
「小物も売れるわ」
レノワールとカリンは、頭の中の計算機を高速で打っているのであろう。
商売人とは怖い生き物である。
「商売人怖いって思ってるでしょ? それもあるけど私はねみんなで楽しめるイベントを作りたいだけだからね。商売だけじゃないのよ」
「あはは、そういう事にしておいてあげるわよ。クリスマスとかイースターとかあれば芝居も盛り上がるしね!」
「エレンも商売人だった!」
ゆっくりと食事を楽しみ、用意していた料理を全て食べ終えた。
かなりたくさん作ったつもりだったが残らなくてよかった。
「プリンも持ってきますねー」
アイオライトがプリンを持ってくると、別腹と言わんばかりに全員がそれを受け取って美味しそうに食べ始める。あっという間になくなってしまったので、まだまだ続くおしゃべりのお供にさらにクッキーを持ってきた。
「クッキーは、まだありますから急がないでも大丈夫ですからね」
「このぷりんという食べ物は、魔性の食べ物のようだ……」
「柔らかく、だけれど弾力があり、ほのかな甘みがあって、癒されます」
アシュールとユクタの誉め言葉が、プリンを形容するものとは思えないが気に入って貰えたなら作った甲斐があったと言うものだ。
仮装も面白かったし、食事も楽しんでもらえた。
やはりみんなといると楽しくてついつい時間を忘れてしまう。
しかし、明日は金の林檎亭は朝から営業するので遅くならないうちに解散となった。
もちろん全員で店の飾り付けを外し、食器を片付け店内の掃除をしてからだが。
その後仮装したまま、レノワールとカリンとエレンは今後のイベントの打ち合わせと称して腹ごなしに散歩に出かけていった。
リチャードとリコの二人は、着替え終わったアシュールとユクタを宿に送りに街の方に向かう。
「みんないないと、急に静かになりますね」
「そうだね」
二人だけになった金の林檎亭で、アイオライトとラウルは使った食器を棚に戻し終えて、お茶を飲んでいた。
「毎年こういう面白いことが増えていったら楽しいですね」
「さっき言ってた『くりすます』とかも仮装するの?」
「いや、まぁレノワールは仮装するっていうかもしれないですけれど、しなくても楽しめますよ。友達とか家族とかでプレゼントを交換したり、今回みたいに部屋を飾りつけしたりして過ごすんです」
「へぇ、くりすますはいつやるの?」
「えっと、年末近くですね」
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今世では、年末年始以外にはあまり大きな催しがなかったので、なんだかイベントが目白押しになった気がして楽しみである。
「あ、ラウル」
「ん? どうしたの?」
気持ちが高まったついでと言うわけではないが、やるなら今だとアイオライトはラウルに声をかけた。
「トリックオアトリート! お菓子をくれないと……い、悪戯するぞ?」
アイオライトは仮装したままだ。
何かのキラキラした王子様風の、格好いいに分類される衣装である。
リコやカリンが着ていたような可愛らしさはないが、その台詞が可愛すぎる。
思わず抱きしめてしまいたくなるほどに……。
「是非どうぞ」
「え? え??」
「悪戯していいよ」
「お菓子をくれたら悪戯しないよ?」
「お菓子は……あげませんっ!」
ラウルがなぜそこまで拒否するのかが全く分からない。
「悪戯なんて、考えてなかったですけど……。あ、このクッキー貰えば悪戯しません!」
「これはアオが作ったものだから、対象外です」
「何その強固な意志っ!」
ラウルの拒否の仕方が面白くて、ついつい突込みを入れてしまった。
「じゃぁ、ちょっとしゃがんでもらえますか?」
まだ何も確定していないのに小さくラウルはガッツポーズをして、しゃがみ込む。
「じゃぁ、失礼しまーす」
と、アイオライトはラウルの脇腹をくすぐり始めた。
「ちょ、アオ。くすぐったい!」
「あははは。お菓子をくれないから悪戯してやったぞ!」
「あはははは、ちょっとやめ……」
ラウルが少し前かがみになりながら立ち上がろうとした時、アイオライトの唇が、ラウルの鼻先をかすり二人の唇がわずかに重なった。
明確な意思があって重なったわけではないが、アイオライトが顔を真っ赤にして固まるほどの出来事ではある。
悪戯にキスでもしてもらったら……、なんて言っていたのが本当になってしまったラウルも顔が真っ赤にしながら、しかしその感触をもう一度味わいたくて、真っ赤な顔のアイオライトに顔を近づけた。
「アオ……」
意を決したように、アイオライトも目をぎゅっとつぶる。
カランカラン、とドアベルが鳴る。
「ただいま帰りました……。あ、お邪魔でしたね」
「察しが良くて助かるけれど、店に入る前に気が付いて欲しかったよ。リチャード」
「それはさすがに無理ですね。では私はこれにて失礼いたしますので、ごゆっくり続きをお楽しみください」
リコは裏口から自室に上がった為入口でのこのシーンを目撃できていない。
店から入ってきたリチャードだけが、この悔しそうなラウルの顔を見ることが出来たわけだ。
「ごゆっくりって、なんだよ……」
さすがに雰囲気が変わってしまったので続きなど出来ようはずもない。
恥ずかしいやらなんやらで、なんだかラウルもアイオライトも、顔を見合わせて笑い、お茶のお代わりを飲むことにした。
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ほのぼの日常系なお話です。設定ゆるゆるですので、許せる方のみどうぞ!
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