金の林檎亭へようこそ〜なんちゃって錬金術師は今世も仲間と一緒にスローライフを楽しみたい! 〜

大野友哉

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紅葉狩り

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 昼間は暖かいが、朝晩とぐっと身を切るような寒さを感じ始める。
 この世界にもやってくる紅葉の季節だ。

 しかしあっという間に冬が来てしまうので、紅葉を楽しめるのはほんのわずかな間だけである。

「うーん、やっぱりお弁当にはタコさんウィンナー入れて、卵焼きと……」

 営業の終わった金の林檎亭で、店内の清掃をしながらアイオライトが呟いている。
 ラウルはそれを気にしながらも特に声をかけることなく、自分の持ち場の掃除を続けている。
 声をかけなかったのは、楽しそうな顔をして考え事をしながら独り言をつぶやいていたからである。

「お弁当といえば、からあげは外せないし……、あのラウル。お弁当に入れるなら何が良いと思いますか?」

 どうしても決めきれなかったのか、アイオライトは一人で考えるのをやめ、傍にいるラウルに声をかけた。
 声をかけられたラウルは嬉しそうに答える。

「お弁当? サンドイッチなら具が色々楽しめて好きだし、おにぎりの具も何が入っているかって楽しめていいよね」
「おにぎりに限定するとどうでしょうか?」
「おにぎり限定? うーん、悩ませてくるね。卵焼き、からあげに、そうだ! ハンバーグが入ってたら嬉しい!」
「ハンバーグですか……、いいですね!」
「でもさ、どうしてお弁当の中身を考えてるの?」

 ラウルはアイオライトに気になっていた理由を聞いた。

「えっとですね、紅葉が綺麗なのでみんなでピクニックにでも行こうかと思って」
「それはいいね! でも……」
「でも?」
「んー、なんでもない」

 何でもない、というわけでもない。
 ラウルは出来ればアイオライトと二人で出かけたいだけなのだが、ようやく再開できた友人達と過ごす時間が楽しそうなので、二人きりで出かけたいなどとは強く言えないだけでなのである。

「? じゃぁ、おかずは今のを全部入れちゃいましょう!」
「うん」

 紅葉もすぐ終わってしまうので、近場ではあるが噴水公園に紅葉狩りに行くことに決めた。
 いつものメンツを誘い、朝からラウルとアイオライトが公園に行き、来れる人は来れる時間に居られるだけいる、という自由なスタンスで楽しむこととなった。

---------

「はーっ、やっぱりまだ朝は寒いですね」
「アオ、これ」

 そう言ってラウルが、ふわりと大判のストールをアイオライトの肩にかける。

「ありがとうございます」
「どういたしまして」

 噴水公園の少し外れ、大きなシートを広げてアイオライトとラウルがその真ん中に二人でちょこんと座っている。
 時間は朝の十時。早すぎると言う時間ではないのだが思ったよりも肌寒い。
 ストールを掛けてもらうと、肩のあたりからじんわりと温かくなってくる。

「ラウルは寒くないですか?」
「うん。俺は大丈夫。それよりもお腹すいてきちゃったよ」
「そう言うと思って、ラウルには小腹専用のお弁当を作ってきています!」
「小腹専用!?」

 アイオライトは、小さな弁当箱をラウルに手渡すと、温かいお茶を入れ始めた。
 ラウルは弁当箱を開けると、ばっとアイオライトを見た。

「これ……」

 おにぎりは梅おかか、ツナマヨの混ぜ込みおにぎり、醤油の焼きおにぎり。おかずはないが、小腹を満たすには十分な大きさのおにぎりが三つ入っている。

「新作のおにぎり?」
「新作だなんて、そこまでではないですよ。いつも作ってるようなおにぎりとかわらないです。あ、でも醤油の焼きおにぎりは驚いてもらえると思います!」

 お茶を啜りながら、アイオライトは自分用に作ってきたおにぎりを食べ始めると、それを見てラウルも口に頬張る。

「梅おかかは安心する味だよね。ツナマヨはそれだけでも美味しいのに混ぜ込みご飯にして大丈夫なの? うわっ! これ、ポテンシャル高すぎない??」
「ポテンシャルって……」

 ツナマヨの混ぜ込みご飯のおにぎりに対するラウルの感想が面白くて、ついつい笑ってしまったが、気を悪くするどころか上機嫌で、醤油の焼きおにぎりを口に入れると、目を見開いた。

「はっ! これは!」

 目を輝かせて、中から出てきたものをアイオライトに報告し始める。

「なんだよ。ダメ、これはダメだって。ツナマヨでも世間的にやばいって言うのに、醤油の焼きおにぎりにチーズ入れちゃうとか……、美味しすぎる。このセンスが、ただ怖い……」
「色々と言い方おかしくないですか?」

 さらに笑いながらアイオライトはラウルにおかわりのお茶を差し出した。

「でもね、米をこんな風に食べるなんて今までなかったんだよ。金の林檎亭に出会わなければ、俺はこんな美味しい米の食べ方知らなかったんだから」

 お茶を飲みながらラウルは、あっという間に三つあったおにぎりを食べてしまった。
 アイオライトも、自分用に作ってきたラウルの分よりは一回り小さいおにぎりを食べ終えると、腹ごなしに立ち上がって背伸びをした。

「そう言えばですね、金の林檎亭をユーリさんとニエルさんに譲る話なんですけれど……」
「うん」
「お二人から、色よい返事が聞けました」

 実は、金の林檎亭は現在ユーリとニエルに半分程任せている。
 作るメニューにもずいぶんと慣れてきたからと言うものもあるが、ラウルとアイオライトがゆくゆく結婚するならばと、この店を譲る話を進めていたのだ。

「そっか。よかったけど、アオはその、本当に金の林檎亭を譲っちゃってもいいの?」
「そうですね……。愛着が物凄くあるので寂しくはありますけれど、イシスで暮らし続けるのは難しいって言うのは自分も分かっていますから」

 その内ラウルと家族になるなら、いずれはこの街から出なくてはいけないと考えてはいたのだ。
 それが現実身を帯びてきたのは先日のハロウィンパーティーの翌日、リチャードがラウルを迎えに来た時と一言だ。

 ラウル様と一緒になるならば、アルタジアに拠点を構えなくてはいけないでしょうね……。

「やっぱり、嫌かな……」
「そんなことないですよ。それに金の林檎亭は元々みんなと再び出会うために始めた食事処です。みんなと再会できた今、目標は達成できました。常連のお客さんが寂しがるかなとは思うんですけれど、ニエルさんとユーリさんが店を続けてくれるなら、安心できますから」
「アオに会いに来てくれる常連さんには俺が恨まれそうだけどね」

 自分に会いに来る常連さんなんていませんよ、などと謙遜しているが、金の林檎亭の食事はもちろん美味しいが、ほとんどの客がアイオライトとのコミュニケーションをとても楽しみにしている人たちが沢山いることを、本人だけが知らないようだ。

「アルタジアでの店はどうしようかなって考えてるんで、こんど店舗を探そうと思ってるんです」
「え? 働くの?」
「は? 働かないんですか?」

 アイオライトは、アルタジアに拠点を移しても何かしら仕事をしようと思っていたが、ラウルはそうではないようだ。

「前にラウルとリチャードさんの言っていたカレーパン屋でもやろうかと思ってたんですけど……」
「え? それは……、凄くいいと思う……。どこに店を開こうか」

 アイオライトが働くか働かないかと言う話のはずだったが、既にカレーパン屋が出来るかどうかと言う話になってしまっているようだ。

「そうですね、城の南側に新居を立てて……その裏側に店を立てるのはどうでしょうか」
「リチャードさん、いらっしゃい」
「そうすれば私もすぐにカレーかカレーパンが食べられます」

 カレーパン屋に並々ならぬ意欲が見られるリチャードは、かなり乗り気である。

「あー。引っ越しの話?」
「ようやく来た。でも、引っ越しはまだ先だけどね」

 リコにカリン、レノワールとエレンも噴水広場にやってきた。
 好きな時間にくればいいとは言ったが、皆んな揃ってやってきた。
 
 アイオライトとラウルが少し早く家を出たのは、お弁当の中身がわからない方が、皆の驚く顔を見ることが出来て楽しいと思ったからでもある。

「あ、父さんと母さんも来た! こっちだよ!」

 さらにヴィンスとジョゼットもやってきた。
 先日の式典から忙しくしていたが、仕事がひと段落したようで、今日は一緒にピクニックに来てくれた。

「ラウル、結婚なんてまだ早いからな……」
「早いって、そこまで早くないだろ」
「早いからな!」
「なんで二回言うんだよ……」
「大事なことだからだよっ!」

 ヴィンスはラウルをギラリと睨むと、ジョゼットがやれやれと言った風にその二人を眺めながら、アイオライトから温かいお茶をもらってゆっくり飲み始めた。

「あの人は本当に娘離れ出来ないわね……」
「父親とはそう言う生き物かもしれませんけど、あれはかなり強固ですね」
「困りものよ」

 ジョゼットの一言に、レノワールがうんうんと大きくうなずいた。

「さて、みんな集まったけど、もう食べられる?」
「お昼ちょっと前だけど、お弁当は食べられる、よね。不思議」
「それがアオのお弁当だと思うと、お腹にしっかり納まってくれる気しかしないわ」

 ピクニック用に準備した大きなお重のような入れ物には、先ほどラウルに出した梅おかかのおにぎり、ツナマヨの混ぜ込みおにぎり、醤油の焼きおにぎり、さらに塩むすび、おかずはタコさんウインナー、卵焼き、唐揚げにお弁当用に作った小さめのハンバーグ。野菜は食べやすいようにスティック状に切ったものにマヨネーズを添える。
 
「お弁当のいい所を詰め込んだ、お手本のようなキングオブお弁当ね!」

 アイオライトのお弁当に大興奮のエレンが、迷わず醤油の焼きおにぎりに手を伸ばし口に頬張ると、みるみるうちに顔がにやけていく。

「これ! やばいっ! みんなもこれ食べなくちゃダメなやつだよ!」
「えー、だってこれ醤油の焼きおにぎりじゃ、ないの?」
「見た目に騙されちゃダメだよ。このおにぎり、センスの塊よ」
「おにぎりってセンス、必要?」

 エレンとリコのやり取りに、先ほどのラウルの言葉を思い出していると、そのラウル本人がドヤ顔でそのやり取りを見ていた。

「このおにぎりはね、食べたものにしかその本当の姿を現さないんだ」
「ラウル、その言い方、すでに食したのか?」
「うん、さっき小腹を満たすために小さいのを食べたんだけどさ、めちゃくちゃうまい」
「カレーよりか?」
「お前にとってカレーを上回る食べ物があるなら教えて欲しいよ」
「ないな」

 ラウルとリチャードのやり取りも大概おかしいなと思いながら、アイオライトはこの光景を見ていた。

 噴水がたまに水を噴き上げ、キラキラと光る。
 大好きな人達と、ゆっくりとした時間を過ごすことが出来る幸せは何物にも代えがたい。

「先ほどの話の続きだが、アイオライト。カレーパン屋はいつから始めるつもりなのだろうか」
「え? いや、まだまだ先の話じゃないですか。ラウルと一緒に住むのは二十歳を過ぎてからかなって思ってたんですけど」
「え? 成人したらすぐじゃないの?」
「え??」

 ラウルの突込みの速さに、その場にいた全員が注目してしまう。

「そうだな。お付き合いを数年してからちゃんとお互いのいい所も悪いところも分かってから、本当に結婚していいか見極めるのが大事だな。成人してすぐ十八で結婚するなんて早すぎるからな」

 うんうん、と頷きながらヴィンスはアイオライトの肩を持つが、この世界では別に早くもない。
 自分の娘を取られるのが嫌なだけである。

「そうね、結婚は成人してからすぐでもいいけど子供はダメよ。なんかさ、早く生むのがいいみたいに言われてるけど、本当は身体に負担がかかるから二十歳以上の方が絶対にいいから」

 先ほどの焼きおにぎりの中に、チーズが入っていることを確認していい笑顔で食べながらカリンが何でもない顔でそう言う。

「ごほっっ、こ……こども……」
「そう、子供」

 真っ赤になったラウルが、むせた後何も言えなくなってひたすらお茶を飲み始めたのを、いつもの通りアイオライト以外が生あたたかく見守る中、当のアイオライトは何でもないような顔で言い放つ。

「子供は三人ぐらい欲しいですね! ラウル」
「え? そ……、そうだね……」

 生あたたかい表情から、なにか見守るようなまなざしに変わったが、ヴィンスだけは殺気をまき散らす様に地団駄を踏んでいた。

「アオ、悪魔、だね」
「?」
 
 リコの言葉の意味は、アイオライトにはわからなかった。

 秋晴れに色付いた葉が綺麗に映える秋晴れの中、まだまだお弁当を食べながらピクニックは続く。
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