金の林檎亭へようこそ〜なんちゃって錬金術師は今世も仲間と一緒にスローライフを楽しみたい! 〜

大野友哉

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オレンジピールチョコレート

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 朝の寒さが和らいできたお昼過ぎ、お弁当はすでにもう空っぽである。
 食べ終えてからは、話をしたり公園内を散策したりしていたがなんとなく小腹が空いてきた。

「あ、ちょっと早いけど、おやつ食べる?」
「食べる食べる! 昨日の夜焼いてたクッキー?」
「そうだよ。リコよくわかったね」
「お菓子焼いてると、匂いが、ね。昨日の夜から楽しみにしてたんだよ」

 アイオライトがバッグから、クッキーの入った入れ物を取り出すと、我も我もとみんなが手を伸ばし始め、持ってきた半分がすぐになくなってしまった。

「ちょっと、落ち着いてよー。ゆっくり食べて!」
「甘いものは、心が満たされるからつい手を伸ばしちゃうのよ」
「なに、カリンちゃん、そのいい感じの言い方!」
「いい感じに言ってみても、手に三個も四個も持ってるようじゃ良い女とは言えないわ」
「そういうレノワールも、お皿にそんなに乗せてるじゃない」

 不毛な争いをするカリンとレノワールを横目に、自分達の分を皿に死守して、リコとエレンは持ってきていたトランプで二人で遊び始めた。

 トランプで遊ぶと言うとこの世界にもあるババ抜きかな……、とアイオライトが見ていると、猛烈な速さでスピードと言うゲームを遊び始めた。台札に繋がるカードを素早く出して、相手より早く手札がなくなった方が勝ちの、あのゲームである。

「いっせーのせっ」

 ばばばばばっと音がして、またいっせーのせっと言う掛け声が聞こえる。
 自分達の知らないカードゲームを、ラウルとリチャードが興味津々で見守っている。

「ねぇ、このカードゲームは手札が先に無くなった方が勝ちでいいのかな?」
「はい。この真ん中にある札に繋がる数字のカードを相手よりも早く上に重ねて、自分の手札を無くすゲームですね」
「色は関係ないのかな?」
「関係なく重ねていいですけれど、独自のルールとかでそういう風に遊ぶのもアリかもしれませんね。難易度はそれなりに上がると思いますけど……」
「うむ……」

 アイオライトに簡単なゲームの説明を聞きながら、ラウルもリチャードもじっくりと観察している。

「いっせーのせっ!」

 またばばばばばっと音を鳴らしてリコとエレンがカードを出していく。
 二人共、普段からは考えられないような物凄く集中している顔をしている。

「ぐはーっ!ま け ま し た っ!」

 リコが悔しそうに負けを認めると、もう一勝負と言いたげにカードをもう一度集める。

「リコ嬢。私もそのスピードというゲームを嗜みたいのだが?」
「リチャード氏とは遊びたく、ない」
「何故?」
「面倒くさそう、だから」
「じゃぁ、私と一戦!」

 断固として嫌がるリコだが、エレンがリチャードとひと勝負すべく腕まくりを始めた。

「掛け声は諸説あるけど、うちらのいたところではこの言い方だったから、いっせーのせっ、でカードを出してね」

 掛け声について話をした後、熾烈な戦いの末、初戦はエレンが勝利を収めた。

 そして、リコがほれ見たことかと言う顔でエレンとリチャードのやりとりを見ていた。

「エレン嬢、もうひと勝負、もうひと勝負!」
「リチャードさん、初心者やのに……強すぎやない?」
「いえ、まだまだです」
「リコが嫌がった理由が何となくわかる」
「どういう事でしょう」
「えっと、勝負に対してしつこすぎるって事や!」
「それ、凄くわかるよ……」

 ラウルが大きく頷くと、リチャード自身も、それはよく言われます、と爽やかな笑顔で言い放った。
 それを聞いていた全員は、渋い顔で顔を見合わせることしかできなかった。

 そんな微妙な雰囲気で再戦を何度も頼むリチャードから、その勢いが自分に及ばないようにと、そっと距離を置くようにアイオライトが立ち上がった。

「さて、そろそろお茶がないから一旦お店に戻ってお茶の追加持ってくるよ」
「あ、じゃぁ俺も一緒に行く」

 と、ラウルも立ち上がり、アイオライトが持とうとしていたカゴを代わりに持つ。

 それを全員が、やっぱりついていくんだね、と思いながらにこやかに見守る。

「ちょっと、リチャード、何その顔」
「何と言われても、考えていることが顔に全部出てしまったただけですが」
「ラウルー、行きますよー」
「ちょっと待ってー」

 先ほどまで訝しげにしていたのに、アイオライトに呼ばれて嬉しそうに走ってその背中を追いかけるラウルの後姿に、全員が大きく嬉しそうに振られるしっぽの幻覚を見るほどであった。

——————

「でもさ、お茶はそれぞれ公園のお店で買えばよくない?」
「あー、それもそうですね。でもちょっと温まりたい時にすぐに飲めた方がいいので」
「お昼を過ぎて暖かくなってきたけど、そっか、じっとしてるとやっぱりまだ少し寒いもんね」

 昼を過ぎると日差しが強くなってきて、そこまでの寒さを感じないが、座って話をしているとどうしても冷えるのが気になってしまう。

「ふんわりと温められる魔法があればいいんだけれどね」
「カイロみたいなのがあるといいですね」
「かいろ?」
「持ち運びが簡単な湯たんぽみたいなものですかね」
「それはいいね」

 湯たんぽをどう携帯できるようにするかや、他愛のない話をしながら噴水公園から金の林檎亭まで道々話しながら二人はイシスの街をゆっくり歩いていく。

「あ、アオ! 今日はラウルとデートなの?」
「アーニャ。噴水公園でみんなとデート中なんだ。レノワールもいるから行ってみたら?」
「みんなとデートって……、え? レノワール様いらっしゃるなら……、シュークリーム買っていくわ!」
「シュークリーム最低十個は必要だけど……」
「必要経費よ! じゃ、後で!」

 途中でアーニャと会ったので誘ってみたが、手土産の約束をしてくれた。

「大通りのシュークリームがいいな!」
「わかったー!」

 ラウルは大通りにあるシュークリームが美味しいと評判のお菓子屋さんのものをリクエストするのを忘れない。

「この街はさ、アオが生まれ育った街で、みんながアオの事を知ってるだろ」
「そうですね」
「俺と、その……、あれだよ、一緒にアルタジアに行ったら、やっぱり寂しくなるんじゃない?」

 聞きにくそうに、だがなんとかラウルが絞り出した言葉に、アイオライトはきょとんとした顔で答えた。

「うーん。寂しいとは思いますけれど、会えない距離に行くわけではないですし、なんならみんなアルタジアのお店に来てくれそうな気がします」

 話している間に金の林檎亭に到着すると、裏口から店に入り、お湯を沸かす。

「アオ、さっきの話の続きだけどさ、前に話してたカレーパン屋、開きたい?」
「別にカレーパンにこだわりはないですけど……。でもやっぱり何か食事を提供できる何かはしたいです」

 沸いたお湯を、温かいうちに空のポットに入れる。

「じゃぁ、俺もちゃんと考えておかなくちゃいけないね」
「何をですか?」
「これからのこと」
「それ、なんだか恋人っぽい!」
「ーっ」

 ん?とアイオライトがラウルを見上げると、顔を真っ赤にして何かを言いたげにしている。

 お付き合いをしてる、と言うだけでまだ婚約していない。と言う焦りがラウルにはあるのだが、アイオライトはお付き合いからそのうち結婚、と言う前世の結婚観が頭にあるので気にしていない。

 二人の結婚に関する認識の違いである。

「あの、さ、アオ」
「なんでしょう」

 シュウシュウとまたお湯が沸く音がして、次の空のポットに入れる。
 湯気がふわりと手元を覆う。

「俺の事……、さ、どう思って、違うな、俺の事、す、き?」

 自信がないわけではないのだが、ラウル自身しどろもどろ
になるのは、なんでもない普通のこの瞬間に、この質問をしてしまったからだ。

 ただ、どうしても今その答えが知りたくて。
 直接その声で、自分に向けてはっきりと聞きたくて。

 ポットにお湯が注がれ、さらにまた沸かす。
 アイオライトは、ラウルをチラリとみると、前にラウルに渡した事のある、オレンジピールのチョコレート掛けの入った箱から、チョコを一つとりだす。

「これ、食べますか?」
「アオ。答えになって……ない」

 時期は違うが、初めてこの世界でアイオライトがチョコを渡したのはラウルである。

「雲の上の世界では大切な人にチョコを渡して、愛を伝える日がありました」
「そんな日があるんだ……」
「今日はその日ではありませんが、貰ってもらえますか?」

 綺麗な包装はされていない、アイオライトがただ手に持っているだけのチョコレート。

「自分、ラウルの事大好きです」

 アイオライトはラウルに笑顔を向けると、いつかの時のようにその口のそばにオレンジピールのチョコレート掛けを近づける。

「大好きです」

 その一言で、ラウルはチョコレートをアイオライトの手ずからぱくりと食べた。

「俺も好きです。結婚してください」
「はい。もちろんです。幸せにします」
「はは、俺も幸せにするよ」
「えぇ、この世の幸せを全部味わい尽くしていきましょう」

 そう言ってアイオライトもオレンジピールのチョコレート掛けを口に放り込む。

「アオ、口の端、ちょこれーとついてる」

 親指でアイオライトの口の端をそっとぬぐって、ラウルは少し目を伏せてそのチョコごと指を舐め、アイオライトに微笑んだ。

 その仕草は本人には全くその気がなさそうなのに、なんとも色気がダダ漏れである。

「うわー! それすっごいやばいです……。夢のようなシチュエーションですが刺激が強すぎますっ!」

 ついつい自分が恥ずかしくなってしまって、急にアイオライトが早口でまくし立てると、余裕がなさそうに見えたラウルも、肩の力が抜けたように笑い始めた。

「アオは男前なのに、急に恥ずかしがる時があるよね」
「いや、でも今のは刺激が強すぎますよっ! 十八禁ですっ!」
「じゅうはちきん?」

 意味は通じないとは思うが、そう言わざるを得ない状況なのだから仕方ない。
 そのうちレノワールかカリン辺りから説明を聞くと思うので、今は特にその説明はしない。

「あ、ポットに充分お湯も補充できましたし、公園に戻りましょうか」
「そうだね。この世の幸せを味わいに行こうか」

 ポットは重たくなったが、ラウルが全部持ってくれたのでアイオライトは手持ちの荷物が何もない。

「あの……、ここ持っててもいいですか?」

 アイオライトが持ちたいとお願いしたのは、ラウルの左側の服の肘のあたりの袖。

「手を繋いだりしているのをみんなに見られるのは、まだ恥ずかしい、ので」

 子供が三人欲しいと言ってみたり、ラウルと家族になると男前に言い放った本人とは思えないような台詞をためらいがちにいうアイオライトが、急に顔を赤らめて下を向いてしまった。

「あはは、どうぞ」
「はい」

 赤らめた顔のまま、ラウルの袖をそっと掴む。

 これが幸せだろうか。
 ラウルは、満たされた気持ちで公園へと歩き出した。

 ラウルの袖も摘みながら赤い顔のアイオライトと、それを優しい眼差しで見つめながら気遣って歩くラウル。

 二人がゆっくりと手を繋いで歩いていたらしい、という目撃談がその日の夕方、イシスの街を埋め尽くしたのは言うまでもない。

「公園に着いたときには普通だったのにっ!」

 いつになく声を荒げてリチャードがその場にいなかったことを地団駄を踏んで悔しがったのも、言うまでもない。
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