新訳 零戦戦記 選ばれしセカイ

天魔の復讐

この頃、あの電撃クーデターから2週間を経て、ドイツ第三帝国の元首が久々に、全世界に声明を唱えた。
「われらドイツ国民、ゲルマン民族の偉大なる指導者アドルフ・ヒトラー総統閣下にあられては、去る１２月３０日、英米ユダヤ勢力の卑劣な襲撃を受け重傷を負われた。
そして、昨夜１月１２日、懸命の治療も虚しく、身罷られた。
今際の側で遺言として、葬式や服喪は戦時下ゆえ簡略化すること、そして、後継総統として、この私、ラインハルト・ハイドリヒがドイツを指導する様ご指示賜わった。
浅学非才の身ではあるが、今後は私が、ヒトラー閣下から受け継ぎし鉄の意思を以って、偉大なるドイツ民族と共に邁進していくつもりである！！
勝利万歳ジークハイル！！」

遠くガダルカナルの「ラバウル基地」のラジオ放送にて、カリンはその報に接した。
かすかに肩を震わせるその背中に、笹井中佐が声をかける。
「ホルテンブルク、貴様は今日は出撃を控えて静養しろ。第二大隊は俺が兼任して指揮する。」
「中佐…私は…。」
「だめだ。休め。
今貴様…君は自分を客観視出来るようになっていない。
それだと部下全員を危険に晒す。」
穏やかだが、反論を許さぬ声と表情。
「了解…致しました。」
辛うじて敬礼を返すカリン。
いつの間にか隣に来ていた女性看護師に付き添われ、隊舎へと引き上げていく。

「フューラーは殺されたんだ。あいつに。」
誰にも聞こえぬドイツ語で、カリンは呟いた。


同日サイパン基地。
「電探に感あり！大型機１００機以上接近中！」
例の第一戦略航空隊基地とは別。
零戦５４型と２１型がほぼ半数づつ、１８０機配備されていた。
「回せー」
「コンターック！」
台南空には及ばぬものの、相応のベテランは一定数揃っている。
噂される敵の新型爆撃機か？
いずれにせよテニアン基地のと合わせて数的優位は確実！
返り討ちだ！
みな、闘志満々に飛びたっていく。

空中集合を高度５０００で果たし、隊長白根大尉は機上電話を取る。
「偵察班、敵機の正確な高度を知らせ！」
１０秒ほどのタイムラグの後、うめく様な声が返ってくる。
「敵四発爆撃機隊、視認…。高すぎる！
推定高度、１万！」
！！！
地上の指揮所を含め、皆がざわめく。
ここまでの脅威とは…！
しかし…。
「それでも何としても追いすがるぞ！
全機急上昇！！」
だが、零戦の栄も金星も、高度８０００を超えると酸素濃度の低下に比例し、どんどんエンジン出力が落ちる。
ふらふらと零戦隊が這い上がる間に、敵爆撃機隊ははるか先に…まずい、そちらには基地が…。

…結局、零戦隊は自分達の守るべき基地に、あるいは周辺の重要施設に、雨あられと爆弾が落とされていくのをなす術もなく見守る他無かった。

これが、日本が死に物狂いでたった４機作り上げた富嶽に対する、アメリカの強烈すぎる回答。
ボーイングＢー２９スーパーフォートレスの禍々しきデビュー戦であった。