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1巻
1-3
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うわぁ、本当に俺ってダメな方向に名前が広まってたんだな…………
「ガハハハ!! なんだやっぱり勘違いでしたか! 名だたる烈火の戦姫様がこのゴミを仲間にすると言い出した時は、流石の私もびっくりしましたぞ!」
チャンス到来とばかりに俺たちの卓に飛びついてきた筋肉ダルマ。本当にこいつは期待を裏切らないな。
俺を見下しながらガハハと大笑いしているその姿に、正直イラつきはしたが、彼女たちに迷惑かけちゃったのは事実だな。時間がないはずなのに無駄足を踏ませてしまった……
「カインおにーちゃん、こんなこと言われてたんだ!」
「あ、私はその噂を聞いたことありましたよ! 本当に言われていたのですねぇ、可哀想に……」
あれ?
若干俯きがちに三人を見た俺だったが、彼女たちは別にショックを受けた様子はなかった。
リンに至っては、まるで心底呆れたかのように、手を頭に当てながら首を横に振っていた。
「貴方、本当に勇者パーティに捨てられたの?」
「あ、うっ、うん……」
俺の答えを聞いたリンは目を閉じて息を一つ吐くと……
「勇者ってとんでもないバカだったのね」
はっきりそう言い切った。
「というかここにいる全員バカ、なに噂に流されて自分の考えを持つことをやめてるの? それともここにいる冒険者は人を見る目が腐ってるのかしら?」
あれだけ賑やかだった集会所が、まるで時が止まったかのように無音になる。筋肉ダルマに至っては、もう呆気にとられ過ぎて目が飛び出そうになっていた。
そんな中、この三人だけが余裕の表情を浮かべ、俺の方を見ていた。
「ねぇカイン、勇者パーティって仕事が早いことで有名だったけど……貴方たち、山を登ってたら急に悪天候になったり、狙ってた獲物とは違う不意の敵に襲われたりしたことある?」
「え? ど、どーだったかな……あまり記憶にはないけど…………」
「それならそれが答えよ。天運を引き寄せる、それが貴方の力」
「ええぇ!? そんなの偶然だよ!!」
「その不意の事態が日常茶飯事で起きてる私たちをバカにしてるの?」
「えっ! いや!? そういうわけじゃあ……」
「前から勇者パーティの活躍ぶりは信じられないものがあった、どうしてそんなに手際よく最短で依頼を達成できるのか? 私は貴方の存在と能力を知った瞬間に確信したわ。この人がパーティの運命を支えているのねって」
慌てて俯きがちだった顔を上げた俺は、一瞬心臓の鼓動が止まってしまった。
目に映った三人の瞳は、ただただ純粋に俺のことを見つめていた。
勇者パーティに誘われた時のようなあの嫌らしく歪んだ目じゃなくて、ただただ真っ直ぐに俺を欲してくれている、そう分かる目で。
「よく聞いてカイン、私たちは本当の貴方を見ているわ。噂にも偏見にも、何事にも流されず最後まで私たちの意志で、貴方が仲間になることを望んでいるの」
「そうです! 私たちは今、大事な人の命の為に行動しています、人を騙したりバカにしたりしている時間なんてありません!」
「カインおにーちゃんの力が必要なの!」
「……荷物を全部俺に持たせたりしない?」
「そんなことをされていたのですね、可哀想に……ママが頭を撫でて慰めてあげます!」
ついにサリアは俺のママになってしまったようだ。ちなみに俺は息子になりたい。
あとそこの冒険者たち、とうとう剣を抜くのはやめろ。
「宿屋に泊まる時、俺一人だけ街で一番安いボロ宿に泊まらされたりしない?」
「ミーナもよしよし……うんっ! 今ならミーナのこと、ママって呼んでもいーよ!」
同い年の女の子におにーちゃんって呼ばせながら自分はママ呼びって、もうどうしようもないな。変態性癖のフルコースだぞ。
あとそこの衛兵は、俺に向かって剣を構えるのはやめろ。むしろ俺は衛兵に守られる側だろ。
「身ぐるみ剥いで捨てたりしない?」
「いや貴方もう剥げるものないじゃない。あと私は撫でないわよ……それと、そこのお前!」
「は、はいぃぃぃぃ!!!」
未だに石のように動けないままの筋肉ダルマに、リンが強い口調で話しかける。
「私はカインが欲しくてここに来たの。それなのに貴方、最初カインに危害を加えようとしてたわよね?」
「えぇ……と…………それは………………」
「私、正直あれを見た時…………とてつもない怒りを覚えたの」
「ヒィィィ!?」
あまりに鋭いリンの眼光に、一気に腰から崩れ落ちてしまう筋肉ダルマ。
「す、すみませんでしたああぁぁぉ!!!」
そしてそのまま、そのデカ過ぎる身体を卓に何度もぶつけながら集会所から逃げていったのだった。
「さて」
そしてリンが再び俺を見る。
「もう一度言うわ。カイン、私たちの仲間になってくれない?」
驚く程真っ直ぐで、嘘偽りを感じる方が無理があるその目。
それを見た時、俺は初めて、誰かに必要とされることの嬉しさを感じたのだった。
「……っ!! 分かった! 俺頑張ってみるよ!!!」
「うぇぇ!?」
「あらあら……」
「カインおにーちゃん勇気あるねー!」
嬉しさに勢いあまって、ついリンに抱きついてしまう。
周囲のざわめきも今の俺の耳には入ってこない。
「――あ――――あああ――ああああああ――――――」
「ん?」
あれ? なんだかリンの様子がおかしい。身体は小刻みに震えてるし、なんだか解読不能の言葉が口から漏れている。
あ、これヤバい、俺の生存本能が離れた方がいいって言ってる!
慌ててリンから離れようとした俺だったが、どうやら一歩間に合わなかったようだ。
「ウギィヤァァァァァァァァ!!!!!」
「ウボアァァァァァァァァ!?!?!?」
内臓が口から出るんじゃないかと思うくらいのとてつもない衝撃を腹に感じると、俺の身体は集会所の壁を突き破り、外へと投げ出された。
最初はなにが起こったのか分からなかったが、まるで格闘家のような美しいフォルムで拳を突き出しているリンを見て、やっと俺は理解した。
俺はリンに思いっ切り殴られたのだ。
「男無理!! まじ無理テラ無理!!! テラギガス無理!!!!!」
「はいはいリンちゃん落ち着きましょーねー、混乱し過ぎて語彙力がゴブリンレベルになっていますよー」
今までの毅然とした姿と比べると、まるで別人かと思うくらいに取り乱してるリン。
「カインおにーちゃん、リンは男の子に触れられると殴っちゃうんだよ!」
「はぁ!?」
あまりに衝撃的過ぎる告白に、頭の整理が追いつかない。
「私たちが女性だけでパーティを組んでるのも、リンちゃんのこれが原因なのですよ」
「えぇぇ………………」
一体どういうことなの……?
「ああぁぁぁこれはそのぉとりあえずそのぉぉ……ご、ごめんなさいぃぃぃぃ!!!!!」
そして若干涙目になったリンはそう叫ぶと、集会所から全速力で逃げ出していったのだった。
「ええぇぇぇ………………」
もうほんと、ええぇとしか言いようがない。
個性の強い三人の中で一番まともだと思ってたリンだったが、実は一番ぶっ飛んでいたみたいです。
6 転落人生開始のお知らせ
――角の生えた馬の魔物《スレイプニル》の首を片手に持ち、俺様たち勇者パーティは《リリンの村》へと向かっていた。
どうやらこの魔物は村の近辺にある《ウルクの森》で暴れ回っていたらしく、討伐依頼が出ていたのに俺様たちが応えてやったってわけだ。
所詮は第3級危険生物、俺様たちにかかればあまりに余裕過ぎる相手――そのはずだったのだが……
「はぁ……はぁ……はぁ……」
目的を達成し、村に帰る俺様たちは明らかに疲弊し切っていた。
「…………」
「……なにこっち見てんのよ」
「…………ちっ!」
「あ、あの!」
「うるせぇ役立たずは黙ってろ!!!」
このお荷物二人が邪魔をしたせいで、今の俺様はこんなにボロボロだ!
なんだ? 最近この女は俺様が攻撃すると同時に毎回魔法を撃つのはわざとなのか? 次に俺様に誤射しやがったら絶対に許さねぇ。
リクトに至っては今回報酬なしだな。常に狙われて攻撃から逃げてるだけで、治癒もなにもできていなかった。いない方がマシだ。
「……まだ俺様の邪魔しないだけカインの方がマシだっての」
「……っ!!」
「うわっ!?」
二人にわざと聞こえる程度の小声でそう呟くと、突然足を引っかけられ、地面に転がされた。
「ローズ、テメェなにしやがる!?」
「は? 自分で情けなくコケただけでしょ? 人のせいにしないでくれる?」
百パーセント嘘だ。立ち位置的にも、あの引っかけられた感覚的にも、ローズに足をかけられたので間違いない。
この女、戦いで使い物にならなかっただけじゃなく、この俺様に危害を加えただと?
「てめぇふざけてんじゃねぇぞ!!!」
「ちょっとなにするのよ!? キャァァァッッーーー!!!」
思い切りローズに飛びかかり、顔面に俺様を貶した制裁を加える。
「やめてアレク! 痛い!! 痛いぃ!!!」
「そ、それ以上はダメですアレク! 僕たちは仲間なんですよ!!」
間に入り込んでくるリクトに抑えられ、血が上った頭にやっと少し冷静な思考が戻ってくる。
「…………ちっ、今後一切俺様にナメた真似するんじゃねぇぞ!!」
慈悲深い俺様は、二発顔面を殴っただけで勘弁してやることにした。
そしてまた無言で村への帰路を歩き出す。
◇◇◇
(この私の美しい顔を殴るなんて信じられない! アレクだっていつもと比べるとダメダメな戦闘だったくせに!! イラついたから足をかけてやっただけなのに、可愛い女の子に暴力を振るうだなんて人としてどうなの? ……今度絶対にわざと魔法を当ててやる)
(はぁ、なんでヒーラーである僕があんなに敵に狙われないといけないんですか! 僕はパーティの要なんだから二人共ちゃんと守ってくださいよ! まったく、いつの時代もヒーラーというものは苦労するものです。はぁ……本当にストレスが溜まる。帰ったら新しい奴隷でも買って、拷問してパーッと遊びますか。僕の治癒魔術を使えば、滅多なことでもない限り死にませんしね)
◇◇◇
「ほら、これでいいんだろ、さっさと金出せ」
そのまま一切の会話もなく村までたどり着いた俺様たちは、討伐の証拠として持ってきたスレイプニルの頭を村長の前に置いた。
「おぉ、勇者御一行様! 討伐に成功したのですね! 少し到着が遅かったので心配したのですよ!」
「うるせぇ、ちょっと寄り道してただけだ」
ちっ、倒したんだから別にどれだけ時間かかってもいいだろうが。
「それでは確認させていただきますね………………ん……これ……は…………」
「あ? どうした?」
死骸の頭を見た村長の目が、今にも眼球が飛び出してしまうのではないかと思う程開かれる。
そして真っ青になった唇を開き、震える声でこう聞いてきた。
「これは……貴方がたが殺したのですか?」
「あ? 当然だろ、あんたらが殺せって言ったんだろうが」
それを聞いた村長は身体をブルブルと震わせながら、食い込む爪で今にも手のひらの皮膚が裂けるんじゃないかというくらい両手の拳を握りしめていた。
ん? 一体どうしたんだ?
その奇妙な様子に、俺様の後ろでずっと黙っていたローズとリクトも不審そうな表情を浮かべていた。
しばらくすると、ずっと黙り込んでいた村長がやっと口を開く。
だがその顔にあったのは、今までの温厚そうな笑みではなく、体中に激しく浮き出した血管が今にも弾けてしまいそうな程の怒りの表情だった。
「これはスレイプニルなんかじゃない……この村の守り神、《ユニコール》様のものではありませんか!!!」
「「「ゆ、ゆにこーる?」」」
三人揃って気の抜けた声を上げてしまう。
「どういうことだ? 俺様はちゃんとスレイプニルを倒したぞ! その頭はどう見てもスレイプニルじゃねぇか!!」
「そ、そうです! 僕たちはスレイプニルなんて今まで何回も倒しているんですよ! 嘘はやめてください!!」
「違います!!! この頭は角がねじれていません! 角がねじれていて凶暴なのがスレイプニルで、真っ直ぐな角で温厚な性格なのがユニコール様です!!」
はっ……そういえば確かに、この頭の持ち主はこっちが手を出すまで危害を加えてこなかったような…………
「で……でも私たちそんなの知らないわよ!」
「ユニコール様はこの村の守り神なんですよ! 知らないで済まされますか!! それになにより討伐依頼書に、近辺には姿のよく似たユニコール様が棲息しておりますから注意してくださいとも書きましたし、スレイプニルとの見分け方も書いたはずです!!!」
しまった……!
所詮スレイプニル討伐と思っていたから、俺様たちは討伐書をよく読むことなんてしていなかったのだ……
「な、なにがあった村長!? あんたがあんな大声を上げるなんて」
「なんか事件でもあったの!?」
まずい……ここはとても小さな村だ。村全体に響く程の怒号で、異変を察知した村人たちが集まってきてしまった。
「この方たちがユニコール様を殺してしまったんだ!」
「「な、なにぃぃぃ!?」」
村長の言葉を聞いた周囲は騒然となっていく。
「ちょ、ちょっと! それじゃあ私たちの報酬はどうなるのよ!?」
「そんなもの渡せるわけないでしょう! それより今すぐこの村から出て行ってください!!!」
「はああぁぁ!?」
なに言ってんだこいつ! それじゃあ俺様たちがしたことは全部無駄骨だったってのかよ!?
「そうだそうだ! 出て行け!!」
「なんてことをしてくれたのよ!!」
「二度とこの村に来るな!!」
「ぐっ…………」
こいつらをぶん殴ってやりたい衝動に襲われたが、状況は完全にアウェーだ。
この状況で暴れたりしたら、俺様たちの今後に響く…………
「……クソッ!! さっさと行くぞ!!!」
「あ、ちょっとアレク!?」
「これは仕方がありませんね……」
「そんな……私にこんな仕打ちをするなんて信じられない! あんたたちなんて、スレイプニルに滅ぼされちゃえばいいんだ!!」
俺様たちは村人からの罵声を浴びながら、村を後にすることしかできなかった。
◇◇◇
「あぁもうイライラする! 今からあの村に大量の魔物を連れて行ってあげようかしら」
「はぁ……奴隷を買う金が入らなくなった……ふざけやがって」
村を出てから他の二人はずっと悪態を呟き続けていたが、俺様は今までの出来事になにか違和感を覚えていた。
俺様たちは一人ひとりが、Sランク冒険者の中でもトップクラスの実力があるはずだ。
なのにどうしてここまでうまくいかない?
どうしてここまで『運が悪い』んだ?
「――――まさか!?」
「え? どうしたのアレク?」
頭の中がある一つの予感に包まれた俺様は、急いで自分のステータスを確認する。
――そしてその予感は完全に的中していた。
「え……なに……これ…………?」
「これは……一体…………」
二人も俺様のステータスの異常にすぐに気づく。
俺様らしく錚々たる数値が並ぶステータスの中で、一際異彩を放っている欄が一つ。
《アレク》
運:0
なにかの間違いかと思い、何度繰り返し確認してみても、その数値が表示され続ける。
今までもあまり高い方ではなかったが、ある程度はあった運のパラメータ。それが完全に0になっていた。
「まさか私も!?」
「僕も確認してみます!」
そして続けて表示された二人のステータスも……
《ローズ》
運:0
《リクト》
運:0
その数値を見た時、俺様は確信した。
こんなに運が悪くなったのも、始まりは『あいつ』がいなくなった時からだ……
「カインがやったんだ……」
なぜ俺様たちの運のパラメータが減っているのか、確かな原因は分からない。
だが今までの経緯を考えると、それはカインの影響としか考えられなかった。
そしてそれが分かった途端、三人の身体が寒気で震える。
その震えは恐怖から来るものか、これからの不安から来るものか、それとも両方か……
明らかな異常事態に頭がパニックを起こす。
だがそのパニックの中でも、俺様たち三人は一切の運を失ってしまった、それだけはなによりも確かな事実としてそこにあったのだった……
7 変えられない過去
「…………んっ……」
カーテンから漏れる暖かな日差しに瞼越しの目を打たれ、朦朧とした意識のまま少しだけ目を開ける。
どうやら朝が来てしまったようだ。
はぁ……人間いつまで経っても、この寝起きの気怠さだけは慣れないものだよね。
「あ、起きましたか? おはようございます、カインちゃん」
「…………」
目の前に女神様がいた。どうやら俺はまだ夢を見ているようだ。
「早速ですけどお着替えしましょうねー! そのボロボロの服で登山は危ないですからね、はい! この服をどうぞ!」
「……ねむい」
女神様がなにか言っていた気がしたが、あまりの眠気に負けてまた目を閉じてしまう。
……あれ? 夢の中なのに眠気って変じゃね?
「あらら、もぅ……仕方ないですねぇ。着替えさせてあげますからバンザーイしてください」
「んっ……」
あ、やっぱり夢だなこれ。
美少女の女神様にお着替えを手伝ってもらう夢とか最高だろ、俺の妄想力よくやった。
「よいしょっと……はい、よくできましたねぇ、パチパチパチ!」
まるで赤子のように、閉じた目を一切開けることなく上半身の着替えを終えた俺は、なぜか頭を撫でられ褒められる。
その優しい撫で加減に、ただでさえ脱力し切っていた身体の力が更に抜けていく。
きっと今の俺は、軟体生物にも匹敵する柔軟性を誇っているだろう。
それにしてもなんだこのマニアック過ぎる夢、こういうことしてくれるお店を開いたら大繁盛しそうだな、思いついた俺の頭天才かよ。
「はーい、次ですよー」
「………………」
はぁ……もうずっとこの至福の夢に溺れていたい……
「ガハハハ!! なんだやっぱり勘違いでしたか! 名だたる烈火の戦姫様がこのゴミを仲間にすると言い出した時は、流石の私もびっくりしましたぞ!」
チャンス到来とばかりに俺たちの卓に飛びついてきた筋肉ダルマ。本当にこいつは期待を裏切らないな。
俺を見下しながらガハハと大笑いしているその姿に、正直イラつきはしたが、彼女たちに迷惑かけちゃったのは事実だな。時間がないはずなのに無駄足を踏ませてしまった……
「カインおにーちゃん、こんなこと言われてたんだ!」
「あ、私はその噂を聞いたことありましたよ! 本当に言われていたのですねぇ、可哀想に……」
あれ?
若干俯きがちに三人を見た俺だったが、彼女たちは別にショックを受けた様子はなかった。
リンに至っては、まるで心底呆れたかのように、手を頭に当てながら首を横に振っていた。
「貴方、本当に勇者パーティに捨てられたの?」
「あ、うっ、うん……」
俺の答えを聞いたリンは目を閉じて息を一つ吐くと……
「勇者ってとんでもないバカだったのね」
はっきりそう言い切った。
「というかここにいる全員バカ、なに噂に流されて自分の考えを持つことをやめてるの? それともここにいる冒険者は人を見る目が腐ってるのかしら?」
あれだけ賑やかだった集会所が、まるで時が止まったかのように無音になる。筋肉ダルマに至っては、もう呆気にとられ過ぎて目が飛び出そうになっていた。
そんな中、この三人だけが余裕の表情を浮かべ、俺の方を見ていた。
「ねぇカイン、勇者パーティって仕事が早いことで有名だったけど……貴方たち、山を登ってたら急に悪天候になったり、狙ってた獲物とは違う不意の敵に襲われたりしたことある?」
「え? ど、どーだったかな……あまり記憶にはないけど…………」
「それならそれが答えよ。天運を引き寄せる、それが貴方の力」
「ええぇ!? そんなの偶然だよ!!」
「その不意の事態が日常茶飯事で起きてる私たちをバカにしてるの?」
「えっ! いや!? そういうわけじゃあ……」
「前から勇者パーティの活躍ぶりは信じられないものがあった、どうしてそんなに手際よく最短で依頼を達成できるのか? 私は貴方の存在と能力を知った瞬間に確信したわ。この人がパーティの運命を支えているのねって」
慌てて俯きがちだった顔を上げた俺は、一瞬心臓の鼓動が止まってしまった。
目に映った三人の瞳は、ただただ純粋に俺のことを見つめていた。
勇者パーティに誘われた時のようなあの嫌らしく歪んだ目じゃなくて、ただただ真っ直ぐに俺を欲してくれている、そう分かる目で。
「よく聞いてカイン、私たちは本当の貴方を見ているわ。噂にも偏見にも、何事にも流されず最後まで私たちの意志で、貴方が仲間になることを望んでいるの」
「そうです! 私たちは今、大事な人の命の為に行動しています、人を騙したりバカにしたりしている時間なんてありません!」
「カインおにーちゃんの力が必要なの!」
「……荷物を全部俺に持たせたりしない?」
「そんなことをされていたのですね、可哀想に……ママが頭を撫でて慰めてあげます!」
ついにサリアは俺のママになってしまったようだ。ちなみに俺は息子になりたい。
あとそこの冒険者たち、とうとう剣を抜くのはやめろ。
「宿屋に泊まる時、俺一人だけ街で一番安いボロ宿に泊まらされたりしない?」
「ミーナもよしよし……うんっ! 今ならミーナのこと、ママって呼んでもいーよ!」
同い年の女の子におにーちゃんって呼ばせながら自分はママ呼びって、もうどうしようもないな。変態性癖のフルコースだぞ。
あとそこの衛兵は、俺に向かって剣を構えるのはやめろ。むしろ俺は衛兵に守られる側だろ。
「身ぐるみ剥いで捨てたりしない?」
「いや貴方もう剥げるものないじゃない。あと私は撫でないわよ……それと、そこのお前!」
「は、はいぃぃぃぃ!!!」
未だに石のように動けないままの筋肉ダルマに、リンが強い口調で話しかける。
「私はカインが欲しくてここに来たの。それなのに貴方、最初カインに危害を加えようとしてたわよね?」
「えぇ……と…………それは………………」
「私、正直あれを見た時…………とてつもない怒りを覚えたの」
「ヒィィィ!?」
あまりに鋭いリンの眼光に、一気に腰から崩れ落ちてしまう筋肉ダルマ。
「す、すみませんでしたああぁぁぉ!!!」
そしてそのまま、そのデカ過ぎる身体を卓に何度もぶつけながら集会所から逃げていったのだった。
「さて」
そしてリンが再び俺を見る。
「もう一度言うわ。カイン、私たちの仲間になってくれない?」
驚く程真っ直ぐで、嘘偽りを感じる方が無理があるその目。
それを見た時、俺は初めて、誰かに必要とされることの嬉しさを感じたのだった。
「……っ!! 分かった! 俺頑張ってみるよ!!!」
「うぇぇ!?」
「あらあら……」
「カインおにーちゃん勇気あるねー!」
嬉しさに勢いあまって、ついリンに抱きついてしまう。
周囲のざわめきも今の俺の耳には入ってこない。
「――あ――――あああ――ああああああ――――――」
「ん?」
あれ? なんだかリンの様子がおかしい。身体は小刻みに震えてるし、なんだか解読不能の言葉が口から漏れている。
あ、これヤバい、俺の生存本能が離れた方がいいって言ってる!
慌ててリンから離れようとした俺だったが、どうやら一歩間に合わなかったようだ。
「ウギィヤァァァァァァァァ!!!!!」
「ウボアァァァァァァァァ!?!?!?」
内臓が口から出るんじゃないかと思うくらいのとてつもない衝撃を腹に感じると、俺の身体は集会所の壁を突き破り、外へと投げ出された。
最初はなにが起こったのか分からなかったが、まるで格闘家のような美しいフォルムで拳を突き出しているリンを見て、やっと俺は理解した。
俺はリンに思いっ切り殴られたのだ。
「男無理!! まじ無理テラ無理!!! テラギガス無理!!!!!」
「はいはいリンちゃん落ち着きましょーねー、混乱し過ぎて語彙力がゴブリンレベルになっていますよー」
今までの毅然とした姿と比べると、まるで別人かと思うくらいに取り乱してるリン。
「カインおにーちゃん、リンは男の子に触れられると殴っちゃうんだよ!」
「はぁ!?」
あまりに衝撃的過ぎる告白に、頭の整理が追いつかない。
「私たちが女性だけでパーティを組んでるのも、リンちゃんのこれが原因なのですよ」
「えぇぇ………………」
一体どういうことなの……?
「ああぁぁぁこれはそのぉとりあえずそのぉぉ……ご、ごめんなさいぃぃぃぃ!!!!!」
そして若干涙目になったリンはそう叫ぶと、集会所から全速力で逃げ出していったのだった。
「ええぇぇぇ………………」
もうほんと、ええぇとしか言いようがない。
個性の強い三人の中で一番まともだと思ってたリンだったが、実は一番ぶっ飛んでいたみたいです。
6 転落人生開始のお知らせ
――角の生えた馬の魔物《スレイプニル》の首を片手に持ち、俺様たち勇者パーティは《リリンの村》へと向かっていた。
どうやらこの魔物は村の近辺にある《ウルクの森》で暴れ回っていたらしく、討伐依頼が出ていたのに俺様たちが応えてやったってわけだ。
所詮は第3級危険生物、俺様たちにかかればあまりに余裕過ぎる相手――そのはずだったのだが……
「はぁ……はぁ……はぁ……」
目的を達成し、村に帰る俺様たちは明らかに疲弊し切っていた。
「…………」
「……なにこっち見てんのよ」
「…………ちっ!」
「あ、あの!」
「うるせぇ役立たずは黙ってろ!!!」
このお荷物二人が邪魔をしたせいで、今の俺様はこんなにボロボロだ!
なんだ? 最近この女は俺様が攻撃すると同時に毎回魔法を撃つのはわざとなのか? 次に俺様に誤射しやがったら絶対に許さねぇ。
リクトに至っては今回報酬なしだな。常に狙われて攻撃から逃げてるだけで、治癒もなにもできていなかった。いない方がマシだ。
「……まだ俺様の邪魔しないだけカインの方がマシだっての」
「……っ!!」
「うわっ!?」
二人にわざと聞こえる程度の小声でそう呟くと、突然足を引っかけられ、地面に転がされた。
「ローズ、テメェなにしやがる!?」
「は? 自分で情けなくコケただけでしょ? 人のせいにしないでくれる?」
百パーセント嘘だ。立ち位置的にも、あの引っかけられた感覚的にも、ローズに足をかけられたので間違いない。
この女、戦いで使い物にならなかっただけじゃなく、この俺様に危害を加えただと?
「てめぇふざけてんじゃねぇぞ!!!」
「ちょっとなにするのよ!? キャァァァッッーーー!!!」
思い切りローズに飛びかかり、顔面に俺様を貶した制裁を加える。
「やめてアレク! 痛い!! 痛いぃ!!!」
「そ、それ以上はダメですアレク! 僕たちは仲間なんですよ!!」
間に入り込んでくるリクトに抑えられ、血が上った頭にやっと少し冷静な思考が戻ってくる。
「…………ちっ、今後一切俺様にナメた真似するんじゃねぇぞ!!」
慈悲深い俺様は、二発顔面を殴っただけで勘弁してやることにした。
そしてまた無言で村への帰路を歩き出す。
◇◇◇
(この私の美しい顔を殴るなんて信じられない! アレクだっていつもと比べるとダメダメな戦闘だったくせに!! イラついたから足をかけてやっただけなのに、可愛い女の子に暴力を振るうだなんて人としてどうなの? ……今度絶対にわざと魔法を当ててやる)
(はぁ、なんでヒーラーである僕があんなに敵に狙われないといけないんですか! 僕はパーティの要なんだから二人共ちゃんと守ってくださいよ! まったく、いつの時代もヒーラーというものは苦労するものです。はぁ……本当にストレスが溜まる。帰ったら新しい奴隷でも買って、拷問してパーッと遊びますか。僕の治癒魔術を使えば、滅多なことでもない限り死にませんしね)
◇◇◇
「ほら、これでいいんだろ、さっさと金出せ」
そのまま一切の会話もなく村までたどり着いた俺様たちは、討伐の証拠として持ってきたスレイプニルの頭を村長の前に置いた。
「おぉ、勇者御一行様! 討伐に成功したのですね! 少し到着が遅かったので心配したのですよ!」
「うるせぇ、ちょっと寄り道してただけだ」
ちっ、倒したんだから別にどれだけ時間かかってもいいだろうが。
「それでは確認させていただきますね………………ん……これ……は…………」
「あ? どうした?」
死骸の頭を見た村長の目が、今にも眼球が飛び出してしまうのではないかと思う程開かれる。
そして真っ青になった唇を開き、震える声でこう聞いてきた。
「これは……貴方がたが殺したのですか?」
「あ? 当然だろ、あんたらが殺せって言ったんだろうが」
それを聞いた村長は身体をブルブルと震わせながら、食い込む爪で今にも手のひらの皮膚が裂けるんじゃないかというくらい両手の拳を握りしめていた。
ん? 一体どうしたんだ?
その奇妙な様子に、俺様の後ろでずっと黙っていたローズとリクトも不審そうな表情を浮かべていた。
しばらくすると、ずっと黙り込んでいた村長がやっと口を開く。
だがその顔にあったのは、今までの温厚そうな笑みではなく、体中に激しく浮き出した血管が今にも弾けてしまいそうな程の怒りの表情だった。
「これはスレイプニルなんかじゃない……この村の守り神、《ユニコール》様のものではありませんか!!!」
「「「ゆ、ゆにこーる?」」」
三人揃って気の抜けた声を上げてしまう。
「どういうことだ? 俺様はちゃんとスレイプニルを倒したぞ! その頭はどう見てもスレイプニルじゃねぇか!!」
「そ、そうです! 僕たちはスレイプニルなんて今まで何回も倒しているんですよ! 嘘はやめてください!!」
「違います!!! この頭は角がねじれていません! 角がねじれていて凶暴なのがスレイプニルで、真っ直ぐな角で温厚な性格なのがユニコール様です!!」
はっ……そういえば確かに、この頭の持ち主はこっちが手を出すまで危害を加えてこなかったような…………
「で……でも私たちそんなの知らないわよ!」
「ユニコール様はこの村の守り神なんですよ! 知らないで済まされますか!! それになにより討伐依頼書に、近辺には姿のよく似たユニコール様が棲息しておりますから注意してくださいとも書きましたし、スレイプニルとの見分け方も書いたはずです!!!」
しまった……!
所詮スレイプニル討伐と思っていたから、俺様たちは討伐書をよく読むことなんてしていなかったのだ……
「な、なにがあった村長!? あんたがあんな大声を上げるなんて」
「なんか事件でもあったの!?」
まずい……ここはとても小さな村だ。村全体に響く程の怒号で、異変を察知した村人たちが集まってきてしまった。
「この方たちがユニコール様を殺してしまったんだ!」
「「な、なにぃぃぃ!?」」
村長の言葉を聞いた周囲は騒然となっていく。
「ちょ、ちょっと! それじゃあ私たちの報酬はどうなるのよ!?」
「そんなもの渡せるわけないでしょう! それより今すぐこの村から出て行ってください!!!」
「はああぁぁ!?」
なに言ってんだこいつ! それじゃあ俺様たちがしたことは全部無駄骨だったってのかよ!?
「そうだそうだ! 出て行け!!」
「なんてことをしてくれたのよ!!」
「二度とこの村に来るな!!」
「ぐっ…………」
こいつらをぶん殴ってやりたい衝動に襲われたが、状況は完全にアウェーだ。
この状況で暴れたりしたら、俺様たちの今後に響く…………
「……クソッ!! さっさと行くぞ!!!」
「あ、ちょっとアレク!?」
「これは仕方がありませんね……」
「そんな……私にこんな仕打ちをするなんて信じられない! あんたたちなんて、スレイプニルに滅ぼされちゃえばいいんだ!!」
俺様たちは村人からの罵声を浴びながら、村を後にすることしかできなかった。
◇◇◇
「あぁもうイライラする! 今からあの村に大量の魔物を連れて行ってあげようかしら」
「はぁ……奴隷を買う金が入らなくなった……ふざけやがって」
村を出てから他の二人はずっと悪態を呟き続けていたが、俺様は今までの出来事になにか違和感を覚えていた。
俺様たちは一人ひとりが、Sランク冒険者の中でもトップクラスの実力があるはずだ。
なのにどうしてここまでうまくいかない?
どうしてここまで『運が悪い』んだ?
「――――まさか!?」
「え? どうしたのアレク?」
頭の中がある一つの予感に包まれた俺様は、急いで自分のステータスを確認する。
――そしてその予感は完全に的中していた。
「え……なに……これ…………?」
「これは……一体…………」
二人も俺様のステータスの異常にすぐに気づく。
俺様らしく錚々たる数値が並ぶステータスの中で、一際異彩を放っている欄が一つ。
《アレク》
運:0
なにかの間違いかと思い、何度繰り返し確認してみても、その数値が表示され続ける。
今までもあまり高い方ではなかったが、ある程度はあった運のパラメータ。それが完全に0になっていた。
「まさか私も!?」
「僕も確認してみます!」
そして続けて表示された二人のステータスも……
《ローズ》
運:0
《リクト》
運:0
その数値を見た時、俺様は確信した。
こんなに運が悪くなったのも、始まりは『あいつ』がいなくなった時からだ……
「カインがやったんだ……」
なぜ俺様たちの運のパラメータが減っているのか、確かな原因は分からない。
だが今までの経緯を考えると、それはカインの影響としか考えられなかった。
そしてそれが分かった途端、三人の身体が寒気で震える。
その震えは恐怖から来るものか、これからの不安から来るものか、それとも両方か……
明らかな異常事態に頭がパニックを起こす。
だがそのパニックの中でも、俺様たち三人は一切の運を失ってしまった、それだけはなによりも確かな事実としてそこにあったのだった……
7 変えられない過去
「…………んっ……」
カーテンから漏れる暖かな日差しに瞼越しの目を打たれ、朦朧とした意識のまま少しだけ目を開ける。
どうやら朝が来てしまったようだ。
はぁ……人間いつまで経っても、この寝起きの気怠さだけは慣れないものだよね。
「あ、起きましたか? おはようございます、カインちゃん」
「…………」
目の前に女神様がいた。どうやら俺はまだ夢を見ているようだ。
「早速ですけどお着替えしましょうねー! そのボロボロの服で登山は危ないですからね、はい! この服をどうぞ!」
「……ねむい」
女神様がなにか言っていた気がしたが、あまりの眠気に負けてまた目を閉じてしまう。
……あれ? 夢の中なのに眠気って変じゃね?
「あらら、もぅ……仕方ないですねぇ。着替えさせてあげますからバンザーイしてください」
「んっ……」
あ、やっぱり夢だなこれ。
美少女の女神様にお着替えを手伝ってもらう夢とか最高だろ、俺の妄想力よくやった。
「よいしょっと……はい、よくできましたねぇ、パチパチパチ!」
まるで赤子のように、閉じた目を一切開けることなく上半身の着替えを終えた俺は、なぜか頭を撫でられ褒められる。
その優しい撫で加減に、ただでさえ脱力し切っていた身体の力が更に抜けていく。
きっと今の俺は、軟体生物にも匹敵する柔軟性を誇っているだろう。
それにしてもなんだこのマニアック過ぎる夢、こういうことしてくれるお店を開いたら大繁盛しそうだな、思いついた俺の頭天才かよ。
「はーい、次ですよー」
「………………」
はぁ……もうずっとこの至福の夢に溺れていたい……
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