【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

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Chap.6 赤と黒の饗宴

Chap.6 Sec.5

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 赤の内装が目に強い刺激を与えるこの部屋は、実に絢爛けんらんだった。壁を覆う深紅のダマスク織を引き立てるように、足許には黒大理石の腰壁がめ込まれている。天井と壁の継ぎ目は金の装飾。
 城館らしさは損なわれていないのかも知れないが、エントランスホールや廊下の雰囲気とはがらりと異なるあまりのまばゆさに、初めて訪れた者は激しい違和感を覚えてならない。


 ティアの横で華美な室内を眺めていると、そばにいたハオロンが愛嬌あいきょうのあふれた笑顔で私を見ていることに気づいた。

「部屋、格好いいやろ? うちがリフォームしたんやって。クラシカルワールドのメルクリウスの間、あれ参考にして。ほんとはもっとダークな感じにしてたんやけどぉ、メルウィンが怖がるしこっちにしたんや♪」

 嬉しそうに話しかけてくれるが、彼の言葉は華麗に耳をすり抜けていく。出だしのワードだけがかろうじて残った。

「……カッコイイ?」
「……ほや、話分からんのやったわ。格好いいも分からんかぁ? ……すごい、とかはぁ?」
「すごい……せとは、すごい?」
「セト? あぁ、まぁセトもすごいかも知らんけどぉ……」

 言葉を濁したハオロンは、ティアの方を向いた。

「ティア、ありすに変な教育してないかぁ?」
「えっ、また僕のせい!?」
「ありすに言葉教えてるの、ティアなんやろ?」
「そうだけど、全部が僕ってわけじゃないよ? ……いや、まぁ、セト君はすごいって、僕が言った気もするけど……」
「ほらぁ、ティアの教育やが。なんでセトばっか褒めてるんやって」
「えぇぇぇ……」

 ハオロンに文句を言われているティアは、納得いかないような困ったような顔をしている。
 ハオロンが私に顔を戻し、

「ありす、セトはすごいかも知らんけどぉ、遊び人やからの? れたらあかんよ?」
「え! なにその情報!?」

 比較的距離の近い小顔が真剣にさとしてくれたが、私が理解する間もなくティアが驚愕きょうがくの声をあげた。私のほうはセトの話をしていることだけ理解できた。
 そのセトはというと、少し前から壁ぎわのソファに座って腕を組み、目を閉じている。眠っているように見えた。ちなみにロキは反対側の奥、透き通った大きな箱の中で、よく分からないゲームをしている。細い棒を使って宙に配置された黒のボールを打つと、その黒のボールが全面でバウンドしながら他のカラフルなボールに当たって位置を変えていく。立体的な映像のビリヤード? だろうか。ルールは分からないが、難しそうだった。

「セトとロキは不良やが……今さら何言ってるんやって」
「セト君が? ロキ君はそうだろなって思うけど……え、セト君もなの? 初めて聞いたよ?」
「そぉなんかぁ? ……まぁ、昔の話なんてみんなせんでの。セトとロキはハウスから抜け出してばっかでぇ、完全な不良組やったわ。言っとくけどうちは違うでの? いい子やったよ? ……まぁ、たまに抜けたけど」
「や、そこじゃなくて。僕が驚いてるのは遊び人のほう」
「あぁ……だってほら、ロキはあんな感じやからぁ、少しでも気に入った子は落とすまで口説くし? セトは来る者拒まずで誰とでも寝るし? これを遊び人と言わずしてなんて言うんやって感じやろ?」
「うわぁ……でもそっか、そうだよ。セト君ちょっとだめだなって思う機会が最近あったんだよね……それからロキ君との関係性……僕のなかで散らばっていた点が、今つながった!」
「よかったの」

 ティアの肩にそっと手を乗せて、ハオロンは深くうなずいた。話はさっぱり分からない。セトだけでなくロキの名前も出たことくらい。

「セトにとってはぁ、誰かと寝るのなんてちょっとした運動——くらいの感覚なんやろ。……まぁ、10代なかばの話やけどぉ、気質はそうそう変わらんでの」
「うんうん、セト君は今もちょっとだめだね」
「素直にくずって言えばいいんやよ?」
「やだな、僕そこまで思ってないよ」
「……うちは若干じゃっかん思ってるけどぉ……」
「——ということは、ロン君は一途いちずってこと?」
「……そんな質問するってことは、うちについてもよぉ知らんみたいやの?」
「え……なにそれ、意味深なんだけど……」
「まぁうちのことはいいって。……ほやけど、ティアは思ったよりうちらのこと知らんのやね?」
「……そうだね。僕、まともに交流し始めたのって半年前くらい? だから」
「あぁ、うちが戻ったころか」
「そうそう。……ま、今もそこまで交流してないけどね。僕、よそ者だし」
「そんな淋しいこと言わんと……血を分けた兄弟やが。気にせずうちらとゲームでもしよさ」
「ロン君たちがしてるゲームって……」
「今やってるのはぁ……敵を撃ち殺すやつやの。簡単やからちょうどいいわ! 明日にでもしよっさ!」
「……うん、気持ちだけ受け取っておく」

 ティアとハオロンの会話を聞き流しながら、ロキのゲームを眺めていた。何か目的があってここへ来たのだと思っていたが、ただ遊ぶためだけに移動したのだろうか。ロキが細い棒で黒のボールを打つと、それがラストの黄色いボールに当たり、透明な箱の角へと綺麗に吸い込まれていった。結局ルールは分からない。分からないが、彼はひょっとすると上手なのかも。
 ゲームが終わったのか、ロキが箱から出てきた。

「サクラさん遅くねェ~?」

 ティアとハオロンがロキの方を向く。ポケットに手を入れたロキはこちらに歩きながら、

「暇じゃね? もうさァ、このメンツで始めたらいいじゃん」
「ほやの。賭けの意味はないかも知らんけどぉ……まぁ暇やし。やろさ、ティア。交流のいい機会やが」
「えっ? ……や、僕は別に交流したいかというと……うーん……」
「ん? カード苦手なんかぁ?」
「僕が苦手なのは……ロキ君」
「あぁ……」

 ティアとハオロンが最後だけ、ぽそりと小声でささやき合った。セトとロキが似ているのと同程度には、このふたりも似通っている。

「ロキ、やめとこさ。意味ないしの」
「はァっ? 今乗ってきたンじゃねェの?」

 不満げに声をあげたロキは、こちらまでやってくると、ふと私の顔を見てその瞳に何かひらめきを見せた。

「……なァ、ウサちゃん。もう夜じゃねェ?」

 見下ろす顔が、口唇だけでニヤニヤと笑っている。

「…………ヨル?」
「そ。約束したじゃん? 夜まで待つって」
「……ヤクソク? が、ヨル?」
「えェ~? まさかそこからァ? せっかくのオレの優しさ、伝わってなかったワケ?」
「……ろき、ヤサシサ?」
「あァ~……都合いいワードだけ聞き取れンの、サイキック様の教育が行き届いてンなァ~」

 ロキが馬鹿にしたように嗤うと、ティアがため息をついた。

「なんでもかんでもさ、僕のせいにするのやめない? 文句あるなら、ロキ君が教えてあげたらいいのに……」
「ン~……教えるのは面倒くせェけど、言葉分からせてやるくらいなら、い~けど?」
「えっ? ……あ、もしかして翻訳機作れる?」
「共通語を聞くだけのなら作れンじゃねェの? ……まァ、それ相応のもんは貰うけどねェ」
「ロキ、物々交換はありす無理やよ。サクラさんの連絡にあったけどぉ、前いた所から身ひとつで追い出されたらしいわ」
「へェ~? なんかやらかしたのかねェ~? ……でもまァ、別にそれは関係ねェよな。ウサギちゃんはカラダで稼いでンだし?」

 ロキの長い手が、私の顔に伸びてきた。逃げる余地があるほどゆっくりとした動作だったけれど、抵抗しないと宣言した以上、身動きがとれない。彼もまたそれを分かっている気がする。地球を閉じ籠めた眼は、この部屋の照明の下ではわずかに暗い色をしていた。私の反応を眺め、唇は薄く曲がったまま。

「アンタがどこまで尽くしてくれるか、それ次第だなァ?」

 指先が、頬に触れる。
 流れるように顎まですべり、くっと顔を持ち上げられた。上目づかいでなく、真っ直ぐに視線を合わせるには彼の目線は高すぎる。

「今度はホントに抵抗しねェんだ? イイ子ちゃんだねェ~……まァ、助けてくれる騎士ナイト様もいねェからなァ?」

 首の筋が痛い。自然と眉間がゆがむが、ロキは笑ったまま見下ろしている。
 多彩な彼の眼は、ずっと試すような色をしている。

 ——今ここで、彼の相手をしなくてはならないとしたら、どうすればいいのか。

 その答えはもう、考えてはあった。
 同じあやまちをしなくてもいいように、セトを巻き込まなくてもいいように。
 誰も助けてくれなくても、自分が打てる最善の策を。
 ——せめて、他のひとの目がない場所にしてほしい。

「……ろき、」
「ン?」

 顎を持ち上げる指先を、なるべくかんにさわらないよう注意して、やわらかく触れながら外した。目は離さない。
 私の持てる武器は、最悪なことに女であることだけだ。頭脳も力もない。記憶すらない私なんて、あのとき——化け物に襲われたときに、死んでしまえば——……そこで終わっていたら、セトにも迷惑をかけずに済んだだろうか。

 ロキの瞳を見すえる。
 こちらの意図を隠して、声が震えないよう気持ちを強くもつ。
 サクラと向き合うよりは、はるかに楽だ。

「——ふたりで」

 意を決して口にした言葉は、短い。
 正しく伝わらないかも知れないと案じたが、目を細めたロキは一瞬考えるように唇から笑みを消した。

「——ふたり?」
「……わたしと、ろき。……いっしょに、する。……ふたりで」
「……なに、ひょっとして誘ってンの?」

 視線を私から外したロキが、唐突にアハハハッと高い声で笑った。脳まで刺さる、弾けた笑い声。
 反応に困って眉をひそめると、私の顔を見下ろしたロキが、

「……あァ、別にウサギちゃんを馬鹿にしたわけじゃねェよ? 後ろの反応が面白かっただ~けっ」

 言葉を理解できない私の肩に、ロキが両手を置いた。くるっと体を回される。すると、後ろのソファで眠っていたはずのセトと目が合った。いつのまに起きたのか。いや、今のロキの笑い声で起こされたのかも知れない。夢からめたみたいに茫然ぼうぜんとしていた顔は、目があった途端、不快げな表情へと切りかわった。

 セトが恐い顔をしているというのに、ロキは謝ることなく平気なようすで私の首に手を回し、笑いをみ殺している。

「ウサちゃんのほうは誘い方にもうちょい色気が欲しいなァ~? ……ま、半分本音が透けてンの、可愛いけどねェ……そんなにオレとしたい? ——?」

 背中を曲げたロキの唇が、耳に触れた。
 強調された単語にはとげがある。私の意図を——人前ひとまえを避けたいという心を——読み透かしたかのような、悪意の棘。

 動けない私の横から、ハオロンがロキの服を引っ張った。

「こら、ロキ。悪乗りせんと、もうやめよっさ。順番決めてからって話やろ? あんた連絡見てないから知らんのやろうけどぉ、ありすは日替わり制らしいよ? 今夜するならカードに勝たんと」
「順番とは別に、オレは今夜の分やるよ?」
「は? なに言ってるんやって」
「サクラさんも言ったろォ? 夜まで待ってやれって」
「それはもう話が違うやろ?」
「違わねェよ、サクラさんに確認してみな——あァ、ちょうどいいねェ? 君主様のお出ましだ」

 ロキが私に体重を掛けながら、ドアの方を示した。
 全員の視線の先で、白い着物に名前と同じ音の花を散らした青年——サクラが、くすりと口の端に微笑をのせる。

「——楽しそうだな?」

 弦楽器に似た、なめらかな声が、
 まるで悪魔のささやきのように聞こえた。
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