【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

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Chap.8 All in the golden night

Chap.8 Sec.1

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 花のつぼみがほころぶように、たっぷりとした睡眠を得てティアは心地よく目を開いた。これで早朝の清涼な空気と明るいがあれば、とても晴れやかな気分になれるのだろう。しかし、残念なことにティアの身体は日光に弱く、遮光モードを解いた窓の外は夕暮れの時分じぶんであった。

 シャワーを浴びようかと思ったが、ブレス端末に届いていたメルウィンからのメッセージ——彼女がロキに連れていかれた——を確認し、やめた。受信時間がかなり前なので、今さら何ができるのかという話ではある。しかし、身支度みじたくをすませて部屋を出た。

 食堂に近いラインのエレベータに乗る。1階に着く前に3階で停止し、ハオロンと顔を合わせた。

「おはよぉ」
「ロン君、おはよ」
「もう夕方やけどの。ティアも今起きたんかぁ?」
「うん、そう」
「ディナーに間に合ってよかったわ。今日は一緒にデセールも食べよな」
「そうだね。今日は何かな?」
「タルトらしいけどぉ……なんのやろか?」
「ナッツかフルーツかな? 楽しみだね」
「ほやの」

 話しながら食堂へと入った。リフェクトリーテーブルには、廊下側に奥からサクラとイシャン。窓側にメルウィンが座っていた。ロキと彼女は見あたらない。

「あっ!」

 隣にいたハオロンが声をあげた。ティアが斜め下を向くと、オレンジブラウンの眼が丸く見開かれていた。

「ありすは? 今思い出したんやけど、昨日からいたが! 完全に忘れてたわ……なんでやろ……うち何してたんやろ……」

 愕然がくぜんとした表情でつぶやくと、メルウィンの方へと進みながら、全員を見回す。

「ねぇ、ありす、どこ?」

 ハオロンが尋ねると、何故かメルウィンの目線がサクラへと流れた。イシャンと話をしていたサクラは、会話を中断してハオロンを見返す。

なら、検査のために医務室にいる」
「検査? 感染調べてなかったんかぁ?」
「いいや、簡易的な検査はすでにしているが、念の為な。健康診断みたいなものだ。アリアが共にいるよ」
「そぉなんか……の人間は大変やの」

 ハオロンはメルウィンの横へと座った。ティアもその隣へと着席する。
 サクラはハオロンからティアへと視線を移した。

「今夜はそのまま医務室で過ごすだろう。ティア、順番は明日からでも構わないか?」
「え? ……うん、それは全然構わないけど……ロキ君は、どうしたの? セト君もいないね?」
「ロキは私室で休むそうだよ。昨夜、遊びすぎたのかも知れないな」
「そう……セト君も? 休んでるの?」
「セトは知らない」
「え?」

 会話が止まる。「あの……」おずおずとメルウィンが口を開いた。

「セトくんなら、森にいるって……言ってたよ。食事も、さっきメッセージで、いらないって」
「えっ? 森にいるの? なんで?」
「いちおう、僕もセト君にいたんだけど、それどころじゃなかったから……ちゃんと理由聞かなかったや……」
「……それどころじゃなかった?」
「ロキくんと、出会ったときで……ぇえっと、」
「うん、わかった。なるほど」

 そのあたりの詳細は全員の前で話したくない。メルウィンも濁してくれた。
 経緯は分からないが、彼女はロキから離れてアリアと医務室にいるらしい。交流は少ないが、ティアから見たアリアはやわらかな物腰の印象で、話を聞くかぎり穏やかな性格。彼女に危害を加える可能性はないと思う。

 考えていると、メルウィンによって「いただきます」が宣言され、場にいた全員はいつもどおり応えて食事を開始した。ティアとハオロンのみ、空いていた食卓のサーブをロボットから受け、ひとあし遅れて手をつけた。

「この透明なジュレ、花が飾られていて可愛いね。今日摘んだものかな?」

 今朝の菜園の話を思い出し、前菜のひとつを示して、栗色の柔らかな髪へと声をかける。メルウィンがこちらを向いた。

「うん、そうだよ」
「僕、こういうジュレ系好きだな。野菜のゼリー寄せ? テリーヌ? とか」
「そうなんだ。ぁ……でもこれは、ブイヨンじゃなくて、トマトだよ」
「トマトも好きだよ」
「そっか、それなら、こっちにしてよかった。ほんとはスープにしようかと思ってたんだけど……体調悪いときは、ジュレのほうが食べやすいかなって」
「メル君、体調悪いの?」
「ぁ……えっと……その、みんな、寝不足みたいだったから……」

 ……なんだろう。どう見ても今思いついたような言い訳を口にしたメルウィンに、ティアは怪訝けげんな顔をする。こげ茶色の眼には憂いも見える。——彼は、誰を案じている?

 間にいたハオロンが、話題のジュレを口にした。

「味はトマトやの。すっきりしてて美味おいしい——けどぉ、これって赤い色素はどこいってるんや? 丸のままの本物なんて見たことないけどぉ、トマトって最初から赤いんやろ? ゲームの中だけ? 酸化で赤くなるんかぁ?」
「……それは、遠心分離で、水分だけ取り出してるよ。残りはソースに使ってるから……」
「そぉなんや……ほやったら、本物も最初から赤いんやの」
「えっと……最初は、緑かな……?」
「みどり!?」
「ぇ……緑から、色付いて赤くなるよ……ね?」
「……初耳なんやけど……野菜ってそんな感じなんか? ……にんじんとかビーツも、もしかして初めは緑なんやろか……?」
「確かめたことないけど……根菜は、最初から色づいてそうだよね?」
「……菜園で確かめてくるわ」

 ハオロンがおもむろに立ち上がった。

「へっ?」
「今あるのしか確かめられんけどぉ……気になるし、見てくるわ」
「……えっと……せめて、明日でいいような……」
「……ほやの。明日でいいわ」

 着席する。ハオロンは再び料理へと意識を戻した。
 ティアはとくにコメントすることなく、メルウィンの様子だけ眺めていた。ハオロンが食材に興味をもったことについて嬉しそうではあるが、その顔には絶えずかげりがある。
 ティアは少し考えてから、口を開いた。

「ね、メル君」
「なに?」
「このジュレ、アリスちゃんに持っていってあげない? アリア君も、昨日からディナーにいないしさ……ふたりにも、ぜひ食べてもらおうよ」

 メルウィンの瞳は、彼女の名前のほうで反応を見せた。

「ぁ……これなら、アリアくんはさっき来たから、もう食べたよ……?」
「そうなの? じゃ、アリスちゃんに僕が持っていってもいい?」
「…………えっと、それは……どう、なのかな?」

 メルウィンの目が、サクラへと向いた。追いかけると、サクラの暗い眼がティアを捉えていた。この時間帯に見る彼の眼は、青というよりは夜空色。

「ティア、お前のそういうところは感心しないな」
「……そういうところ? 優しいところって短所かな?」
「医務室に行きたければ、行けばいい。だが……検査中では、入室は許可されないかも知れないな」
「……そう。じゃ、プレゼントは諦めたほうがいい?」
「いいや、メルウィンからも似た提案があったからね……検査が終わりしだい運ぶよう、ミヅキに言ってある」
「そっか、それはいいね」

 これ以上は無理か。堅牢けんろうな壁が築かれている。メルウィンから崩してもいいが、彼が責任を問われては気の毒だ。そうなると、残された手札で有用なのは——アリアも同様に可哀想かわいそうであるし、セトはおそらく何も知らされていないので——ロキか。ティアにとって一番そっとしておきたい対象でもある。

(……医務室にいる時点で、アリスちゃんに何かあったのは間違いないけど。メル君の様子からするとイシャン君は関係ないのか。ロキ君がやらかしたのが有力……でも、ロキ君は暴力を振るわないはずだし……事故? メル君が心配してはいるけど、重症という感じでもない。軽症なのに会えないのが変だな……怪我が治るまで、傷を見せられない? セト君がロキ君に怒るから? ……でも、明日には会えるっぽいし……んん? 一晩で治るってこと? それとも一晩あれば隠蔽いんぺいできる、とか?)

 酸味の効いたカリフラワーを口に運びながら考えてみるが、まとまらない。

(……っていうか、セト君はこんなときに何してるかな。なんで森に行くかな。仮眠するって言ってなかったっけ……? 仮眠で森って……なんなの? 野性なの?)

 直接訴えたいが、本人不在のため胸中だけで唱えた。
 さしあたって食事を終えないことには動けず、何も分からない。すみやかに目の前の物を片付け、席を立とうとして——

「ティア、デセールがまだやよ?」

 がしり、と。なかなかな力でハオロンに肩をつかまれた。

「えっ……や、僕、もうお腹いっぱいかな……」
「今日は一緒に食べよって約束したがの?」
「……約束まではしてないような?」
「した。セトは森やし、ティアは食べなあかんよ。メルウィンがせっかく作ってくれたんやからの!」
「……ロン君の場合、ただ独りがさみしいだけなんじゃ……」

 立ち上がりたいが、肩を押さえる手がびくともしない。この小さな図体で怪力とはどうなっているのか。こちらがひよわという可能性もあるけれど。
 メルウィンが奥から、

「今日は、僕も食べるから……心配しなくても、ひとりじゃないよ?」
「そぉなんか? ほやったら珈琲も淹れて、みんなでのんびり食べよな」
「あれ? メル君いるのに僕も要る?」
「ティアは紅茶やの。うち淹れてあげるし、飲もぉな」
「なんでそんな強引な感じ!?」
「サクラさんとイシャンも、たまには甘いもん食べるかぁ?」

 ニコニコとしたハオロンの笑顔が、サクラたちの方へと向いた。

「そうだな、もらおうか」
「……私は、珈琲だけ」

 こういうときに限って、付き合いのいい返事をする、ふたり。

「ん、こんな多いのは久しぶりやの。嬉しいわ」

 純真な子供のように、小さな顔いっぱいに愛らしさをあふれさせるハオロン。しかもこれについては本当に喜んでいるらしく、嘘偽りがない。
 ティアは(えぇぇぇ……)困惑を隠せず眉尻を下げ、場の空気やハオロンの期待を砕くこともできず、吐息した。

 昨夜に引き続き、交流会が開かれようとしている。彼女が来てからというもの、ハウスの雰囲気や、彼らの関わりに変化が……いや、他人事ひとごとのようには言えない。ティアもまた、影響を受けている立場なので。

「ロン君」
「ん? なに?」
「気持ちは嬉しいけど、紅茶は僕に淹れさせてね?」

 以前ハオロンが淹れた紅茶は、お世辞にも美味しいとは言えなかった。彼の茶葉や湯量に対する適当な量は、“適切な量”ではなくて、大雑把おおざっぱなほうの“てきとうな量”なので。

 ティアの希望にハオロンは屈託くったくなく笑う。

「そんな遠慮せんと、任して!」
「………………」

 ティアはもう、微笑ほほえむしかなかった。
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