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Chap.9 盤上の赤と白

Chap.9 Sec.8

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「ウサちゃんはオレの隣なァ~」

 大きな声で宣言したロキによって、私の座席は決まった。
 食卓の時間は昨日よりはにぎやかで、端ではメルウィンとハオロンが、向かいの席ではサクラとアリアが会話をしている。イシャンは話していないが、セトは時折メルウィンたちの会話に加わっていた。
 トマト味のムースを味わう私の横では、ロキが私に向けて声をかけていたが、私がいまいち理解していないことに気づいて言語を切り替えてくれた。

『そのかみ、いいな。おれは、いつものよりも、そっちがすき』
『ありがとう』
『やってもらったって、いってたよな?』
『うん……私にはできないと思う』
『あなたにできないって、どういういみ? ロボをつかって、やってもらったんじゃないの?』
『……ロボットに、髪のセットができるの?』
『なんのジョーク?』
『……ふざけてるつもりはないよ……?』

 横を向くと、ロキのきょとんとした顔があった。立っていると高身長のせいで迫力があるのに、目線が近いと幼なげな印象を受ける。
 彼らの年齢は読めない。20代前半? ハオロンは判断に迷うが、ここ数日から見るに全員歳が近いのかも知れない。ただサクラだけは、ひとり歳上だと思う。

 途絶えた会話のはざまに、ティアが口を開き、私とロキを飛びこえて、

「ね、ハオロン君」
「ん~?」

 口に何か入った状態の声が返ってきた。ロキの奥にいたハオロンは、スープをすくっていたスプーンを下ろし、すこしばかり身を前に傾けたようだった。赤みのあるブロンドに挟まれた顔が現れる。

「なに?」
「この前のポーカーの続き、今夜だったらできるけど……しない?」
「えっ!」

 ティアのセリフを聞いて、ハオロンの顔にぱっと笑顔が咲いた。見ているこっちまで嬉しいと錯覚するくらい、稚気に満ちた可愛い笑み。やっぱりハオロンだけ年齢が違うような。

「する! するする! やった! ロキもリベンジしよな!」
「エ~? オレはヤだけど……」
「ロキも暇やしやるって!」
「……一言も言ってねェよ?」

 ロキが半眼でハオロンを見た。文句を言ったように聞こえたが、ハオロンは気にすることなく周りに顔を回し、

「みんなでする? あれって10人でもやれたからぁ……あぁ、ここにいる全員参加できるわ! ありすも単騎でやれるの♪」

 唐突に名前を呼ばれて、嬉々とした顔がこちらに向いた。申し訳ないけれど、ハオロンの高低のない話し方は聞き取りづらくて、理解できない。単語をほとんど拾えず、意味を考えていると、『カード、やらないかって』ロキが訳してくれた。

『最初の夜にした、カードゲームのこと……?』
『そう。おれらのげんごでは〈テキサス・ホールデム〉、それか〈ポーカー〉ってよばれてる。これつたわってる?』
『伝わってる……』
『やりたい?』
『それは……私が決められることじゃないと……』

 思う。そう言おうとしたが、その前に真正面にいたサクラが口を挟んだ。

「ハオロン、……今夜はお前の番だが、忘れていないか?」

 なぜか、左隣のティアが細くため息をついた気がした。

「あっ!」

 ハオロンの声が高く響く。ロキが「そのまま忘れときゃよかったのに……」ぼそりと呟いた。独り言じみた音で、私に言ったのではないと思う。

「あかんわ……ごめんの、ティア。明日でいいかぁ?」
「……や、今夜じゃないなら僕はしない」
「えぇ~っ! なんで? うち今夜は空いてないって、いま聞いてたやろ?」
「残念なことに僕は今夜しか空いてないの」
「嘘やわ! ……それちょっと意地悪やよ?」
「うん、意地悪でいいよ」
「! ……うち、なんか怒らすようなことしたかぁ……?」

 悲しみに染まった声が、右手から聞こえる。左手に横目を送ると、食卓に視線を落としたティアが、愛想なくとりすました顔で「ノーコメント」短く言葉を返した。間にいるロキはたのしそうに「ハオロンに冷たくできるやつ、久しぶりに見た」けらけらと笑っている。

 状況からみるに、ティアが誘ったはずのカードゲームを、何故か最終的にティアが断ったようだった。謎めく状態に、よく分からず視線を周りにそっと巡らせる。蜂蜜色の眼とぶつかった。セトも奇妙な表情をしている。おそらく彼も、何かを理解しきれていないようすだった。私の目を受け止めて、また少し違う表情になったが、幸いなことに怒ってはいない。昨夜の拒否した件は忘れられている……と、いいのだけど。

「……なんやろ……うち、全然身に覚えないんやけどぉ……あ、ロボの件やろか? メルウィン、なんか言ってたがの?」
「ぇ……僕?」
「ほら、ランチのときに……ティアがうちのこと捜してたよ~って」
「それは言ったけど……」

 ハオロンとメルウィンの会話が聞こえる。それを耳にしたティアが思い出したように、またハオロンへと声をかけた。

「そうだった。……ね、お掃除ロボットの調子が悪いんだよ。どうしたらいい?」
「…………それ、うちに訊いてるの?」
「うん、まぁ……直せるなら誰でもいいんだけど。ハウス内の掃除が行き届いてないんだよ。とくに夜かな? あれって人がいるエリアは後回しにしちゃうでしょ? もしかして、誰か夜中に歩き回ってるの?」

 話しながら、ハオロンというよりは全員を見回すようにして視線を動かした。最後はサクラで止まる。ティアの目に、サクラが応えた。

「ミヅキには確認したのか?」
「したよ。でも、僕が気になったとこは、前夜にみんな通った記録はないって。僕は信じてないんだけど……ま、信じるとしたら、ロボットの調子が悪いってことになるよね? ……でも、ミヅキ君いわくロボットにも故障はないらしいよ? これって誰の管轄?」
「機器に問題があれば、ハオロンに通知がいく。しらせが無いなら、原因は他にあるのだろうね。後で私が確認しておこう。……ロキ、一応訊いておくが、お前じゃないな?」

 ティアと話していたサクラが、ロキへと尋ねた。急に振られたせいか、ロキは「……それ、どういう意味?」不機嫌そうな声でサクラへと応えた。ピリッとした空気に、場の調和が崩れるような感覚があった。

「オレを疑ってンの? 掃除ロボなんか壊すわけねェじゃん」
「私が訊いているのは、位置情報を偽装していないかどうか——だが?」
「はァ? そんなンして何になんの?」
「訊いているのは私だよ……していないなら、そう答えてくれればいい」
「……してない。今さらする必要もねェし」
「そうか、ならいい」
「………………」

 口を閉ざしたロキは、手にしていたフォークとナイフをガシャリと乱暴に皿の上へと放った。その音に驚いて肩が跳ねてしまい、そんな私に気づいたロキはわずかにこちらを見たが、何も言葉を発することなくイスから立ち上がった。
 そのまま、ロキが歩いてドアから出て行ってしまうまで、誰も何も言わなかった。

「ねぇ……ロキをかばうわけじゃないんやけどぉ……ちょっと、うちも気になってる話、していい?」

 ぽっかりと空いた隣の席を挟んで、ハオロンが静かな声量で問いかけた。誰に訊いたのかは分からない。けれど、セトが「……なんだよ?」同じ程度の静かさで返した。

「先に言っとくけどぉ……みんな、絶対にうちのこと、危ないやつって思わんといての?」
「……お前が危ないやつなのは、周知の事実じゃねぇか」
「え、なんでっ?」
「なんでってお前……珈琲コーヒーですらまともに——」

 セトの横にいたアリアが、「話が進みませんから、そこはあまり触れずに……」そっとセトをいさめた。アリアは、眉を下げた笑顔を浮かべて、

「ハオロンさんが気になっている話とは、なんでしょう?」
「……実はうち……見たんやって」
「見た、とは……何を?」
「…………ゴースト」
「……はい?」
「ゴーストやって! 反射で生まれるやつとか比喩的なのと違くて! 幽霊! 死者の魂!」
「………………」

 思いきりよく声を出したハオロンに対し、しんとした薄っぺらい沈黙が広がった。私は聞き取れていないので返事をしようがない。様子を見ていると、左隣のティアが、

「やめて。僕そういう話は得意じゃない」
「うちも話したくて話してるわけやないよっ?」
「じゃ、しないで。するなら僕がいないときにして」
「でも! 今めっちゃいいタイミングやからぁ!」
「や、おばけの話をしていいタイミングなんて、いつ如何いかなるときもないよ。僕は信じてないけど。でも怖いからやめて。メル君だって怖がってるし、アリスちゃんもきっと怖いからやめてあげて」

 早口にしゃべるティアのセリフが耳をすり抜けていく。メルウィンと私の名前が出た……? と思っていると、「僕はそんなに怖くないけど……」右の方でメルウィンが何か控えめに主張した。その言葉にティアが「えっ!」ものすごい勢いで反応を見せた。

「ほんとに? メル君こっち側じゃないの?」
「(こっち側?)……僕は詳しくないけど……素粒子そりゅうし物理学? ……たしか小さい頃、ロキ君が研究してなかった?」

 誰ともなしに尋ねたメルウィンに、セトが答えた。

「してたな。ゴーストがいると仮定した場合、なんの物質で構成されてるのか気になるっつって」

 衝撃を受けたようすのティアが、

「うそ!? おばけって研究していいのっ?」
「……いや、あれは調査だな。ゴースト見たっていう人間を報奨金で釣って、霊感? ある人間を捜してた。まあ、常時ゴーストが見える人間なんていなかったから、研究まで至ってねぇと思うけど……あんま知らねぇ」
「うわ、ばち当たり! おばけにたたられたらどうするのっ!」
「……お前、信じてねぇって言わなかったかか?」
「信じてない! でも怖いって言ったでしょ!」
「? ……何言ってんだ?」
「あっやめてよ! そんな“純粋に理解できない”みたいな目で見ないで! 傷つくよ!」
「ティアくん、落ち着いて……」

 ティアとセトがめている(?)ところを、メルウィンがやんわりと制止に入った。ティアは席から立ち上がると、「もう戻るから、続きは僕抜きでして」きっぱりと言いきり食堂を出て行ってしまう。左右ともいなくなった座席で、ぽつんと取り残された。正面がサクラだけに、とても居づらい。青い眼は私を見ることなく、ハオロンに目線を当てている。

「……それで? ゴーストを見た話は何に結び付くのか、教えてくれないか?」
「だからぁ……その、掃除ミスが……ゴーストと関係してるんかなぁ……って」
「……まず、ゴーストがいるとしようか。否定する意味も無いからね。そうすると、そのゴーストは未発見の素粒子で構成されていることになるが……それを、たかだかハウスの掃除ロボに、検知できると思うか?」
「……思わんわ」
「それなら、この話は終わってもいいな?」
「………………」
「お前がゴーストを見た——という話を否定しているわけではないよ?」
「分かってるけどぉ……」

 むっつりとしてハオロンは口を閉ざした。皆いつのまにか食事を終えていて、それぞれ席を立ち始める。動きのある雑音にまぎれて、ハオロンが、

「……けど、うち、見たんやって……ミヅキのゴースト」

 こぼれ落ちた名前に、立ち上がっていた彼らの動きが止まる。ハオロンと同じく席に残っていたセトが、眉間をきゅっと寄せた。

「ミヅキ? ……お前それ、ただの立体投影じゃねぇか?」
「やっぱり、そぉなんやろか……でも、それこそデータに残ってないって、おかしくないかぁ?」
「ロキの悪戯いたずらじゃねぇの?」
「それは……いくらロキでも不謹慎すぎるし……」
「……まぁ、そうだな」

 重さのない沈黙に、立ち上がっていたサクラたちは食堂を後にした。ドアまでの道のりで、イシャンの目が——牽制けんせいするように私へと向けられ、全身に冷たい戦慄が走った。記憶の底に押し込めていた恐怖が、ざわりと身を襲う。目を離したイシャンが完全に出て行くまでは、息を止めて身動きひとつできなかった。

 残ったのは、セトとハオロン。メルウィンは奥の調理室へ行っていたが、また戻って来て、「デセール、食べますか?」すこし硬い笑顔で私に問いかけた。これは私も意味が分かった。ただ、食べていてもいいのかどうか、分からない。

「お腹がいっぱいなら、リンゴのソルベとか、どうですか?」
「ありがとう……でも、」
「でも?」
「めるうぃん……わたしは……よる、だれ……?」

 ——今夜の相手は、誰?
 そう尋ねたかったが、伝わっただろうか。このままここにいてもいいのか。初日のカードゲームで順番を決めると言っていたが、途中で出て行った私は上位が誰か聞いていない。あの場にいなかったメルウィンとアリアについても知らない。

 私の言葉に、メルウィンが「ぁ……」そろりとハオロンの方に目を送った。釣られて右手を見ると、明るいブラウンの眼と出会った。

「うちやよ」

 にこっと、笑顔がこぼれる。

「よろしく、ありす」

 薄紅うすくれないの唇がえがく、ハートを引き伸ばしたようなかたち。不安に駆られて身体が震えたのは——何故なのか。
 肌を覆った鳥肌の理由を、イシャンによって与えられた恐怖の名残なごりだと。そう思うしかなかった。
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