【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

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Chap.11 致死猫は箱の中

Chap.11 Sec.8

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 実をいうとメルウィンはここ4日ほど、毎朝彼女に連絡を入れている。メッセージ——音声と文章の両方で確認できる——にて、モーニングとランチの内容を知らせていた。
 メルウィンは個人菜園ポタジェ・ガーデンに彼女を招いたおり、セトによってブレス端末の操作を説明される姿を見ている。なので、オーダーの仕方も分からないかな……と案じて、メッセージを送っていた。ただ、彼女が共通語のメッセージから情報をどこまで得られるか——それもあいまいだった。
 一昨日は、ラボから食堂にやって来たアリアに、彼女が彼の私室にいると聞いたので、通話して誘ってみた。しかし、それ以外はメッセージを送るだけ。返信はなく、なんなら既読通知もないようなので、やっぱり共通語ではダメなのかも。まさかブレス端末のメッセージ機能も使いこなせない——なんてことは、ないだろうから。ハウス専用の端末ではあるけれど、メッセージ機能などはシンプルで、普遍的な物と変わらない。彼女も(年齢は聞いていないけれど、たぶん)同世代だから、使えるはず。

 ……と、信じていた。そんな、まさか。

「ぇ……アリスさん、メッセージに気づいてなかったんですか……?」

 ディナーの用意をしていたメルウィンは、思わず手を止めて、彼女の方を振り返っていた。サラダのドレッシングに入れるスパイスやオイルを選んでいた彼女は、「はい。……ごめんなさい」申し訳なさそうに頭を下げた。

「ぁ、いえ……謝らなくても……」
「きょう、……はじめて」
「それで、今日は返信をくれたんですね」
「はい。……てつだい、いいよ、ありがとう」
「こんなことでよければ……いくらでも」
「……どれっしんぐは、これで、いい?」

 並べられたスパイスとハーブは爽やかで、オイルとビネガーは優しい香り。クセの強いものはなく、ひかえめな感じは彼女みたい。
 ひとに作ってもらうとおもしろい。自分では作らない組み合わせが生まれる。いつもだったらアクセントになるものを入れている。

「はい、やわらかい風味になります」
「ヤワラカイ、フウミ……」
「たぶん……ティアくんは好きな気がします」
「このまま、いい?」
「はい」

 それぞれを加えたボトルはマシンにセットされ、攪拌かくはんされていく。水と油は混ざりきらない。乳化剤は入れていない。
 できあがったドレッシングを、ふたりで味見してみる。

「おいしいです。アリスさんは、どうですか?」
「……おいしい」

 安心したように頬に微笑をかざした彼女に、同じくほっとした。メルウィンが担当していたメインディッシュも終わり、保温ケースの中へと入れていく。

「……それは、なに?」
「シューファルシです。キャベツで包んだハンバーグの……煮込み料理、です。今日は合成肉の日なので、スパイスを強めにしてます」
「……ごうせいにくは……すぱいす?」
「ぇえっと……僕が、合成肉の風味が苦手なのと……みんなにも、おいしく食べてもらいたいので……」
「……ごうせいにく……おいしくない?」
「僕は苦手です……アリスさんは、平気ですか?」
「……わからない。わたし、たべた?」
「僕の料理で食べるのは、初めて……? ハウスに来る前に、食べませんでしたか?」
「……たべて、ない……おもう」
「合成肉のほうが主流だと思ってましたが……アリスさんみたいな方もいるんですね? ヴィーガンであっても、合成肉は食べるみたいですけど……宗教的な理由ですか?」
「………………」
「ぁ……ごめんなさい、つい普通に話してました……アリスさん、共通語まだ勉強中なのに……」
「だいじょうぶ、きょうつうご、わかる」
「え……?」

 彼女は長い黒髪を耳に掛けて、現れた左耳をこちらに見せてくれた。白を基調とした油膜のようなオーロラカラー、イヤフォンらしき小さな端末。

「ろきが、つくってくれた」
「えっ! ……アリスさん、ロキくんに渡せる物なんて……ありました?」
「……?」
「大丈夫ですか? なにか理不尽な要求をされたんじゃ……」
「……これは、くれた。わたしは、なにも……ない」
「……なにも、交換はなかったんですか?」
「はい」
「………………」

(それは、ぜったい危険です。僕、知ってます。タダより高いものは無いんです。しかもロキくんなんて……ぜったいぜったい怖いことがまってます……)
 言いたい言葉が胸の中にきゅうきゅうと詰まっている。でも、吐き出せなかった。彼女の目は一点のくもりもない。

「そうなんですね……僕も、今日は会話がスムーズだなって……思いました。……翻訳機があったから……なんですね」
「はい」

 言いたいことは全部とじこめて、ポジティブな言葉だけ。どことなく嬉しそうにも見える彼女の耳で、翻訳機が虹色に淡く光を反射している。……不吉な色。

 今はもう夕方で、彼女が連絡をくれたのは2時間ほど前。昨日と今日の2日間、ロキは彼女を私室に拘束していた。おそらく、その間まともな食事もとれていない。セトではないが、もうすこし人間らしい扱いをしてあげてほしいと思う。
 なにより一番やるせない気持ちになるのが、そんな扱いを受けておきながら、なぜか彼女はロキに対して優しいというか……あまい。彼女の言語を習得したことと、今回の翻訳機が重なったのか、ロキのことを話している彼女の表情は一段と甘い。甘いというのはスウィートではなくて、母親が子供の悪事に目をつぶるみたいな、甘やかしのほう。

「そろそろ時間なので……ディナーの連絡をしますね」
「はい」

 ディナーの通知を出し、残りの作業はロボに任せた。彼女が手伝っている姿を見たら、またロキが絡んでくるかもしれない。それは避けたいので、先に着席しようと彼女を誘った。窓側の端にメルウィンが座ると、彼女は「わたし、ここ、いい?」確認なんてしなくてもいいのに、隣の座席について丁寧に許可を求めた。
 どうして彼女はなのだろう。そんなにへりくだる理由を、メルウィンは気にしている。

「はい、もちろんです」
「ありがとう」

 ふたり分のメニューをロボに頼んでいると、食堂のドアが開いた。サクラとイシャン、1分も経たずにセトとアリア。セトだけこちらを見て(あれ?)みたいな意外そうな顔をした。たぶん、彼女が座っていたから。ロキに拘束されていたはずの彼女がひとりでいる理由を、メルウィンだけが知っている。この理由のせいで、このあとロキに絡まれる可能性を恐れてもいる。
 すこし時間を空けて、ティアとハオロン……そして、ロキ。ロキはアリアとハオロンが並んだ席の後ろを回って、彼女の頭上から声をかけた。

「なんで勝手に出てンの?」

 そう怒る気はしていた。ロキが眠っていて暇だから何か手伝いたい——そんな理由で出て来てしまった彼女を、メルウィンは追い返せなかった。
 メルウィンの方から振りあおいだ彼女は、不思議そうな顔をしている。不機嫌そうなロキに見下ろされても怖くないらしい。すごい。

「……ろき、ねむってた」
「オレが眠ってたら勝手に出ていいワケ?」
「……わたし、なにか、したい……から」
「シェイプシフターしといてって言ったじゃん」
「した。……これ、ねこが、いいね……してくれた」

 彼女はイスをずらして、頭上のロキに洋服を見せている。足首にスリットの入ったスラックスが動きやすそうで、とてもシンプルなセットアップ。気になるところとしては、全体的に白い。怒られているはずなのに、わずかに誇らしげな空気が出ているのはどうして。

「はァ? なんで推奨機能使ってンの? それどォ見ても昨日の無色彩から学習されてンじゃん」
「……だめ?」
「ダメっていうかさァ~……アプリの意味ねェ……」

 ロキが返す言葉をなくしている。あきれた分、苛立いらだちも収束している気はする。

 正面にいたサクラの視線が刺さり——配膳がロキ以外終わったので——合掌をしなくてはと、ふたりから目線をそらして前を向いた。ロキもそれ以上は話さず、席に戻っていく。ロキを待たなくていい、そんなサクラのプレッシャーを感じて、ためらうことなく食事の開始を告げた。

 いただきますの唱和中ずっとセトが奇妙な顔をしていて、ティアもまた困ったような表情をしていた。彼女がロキと自然に話していたからだと思う。ロキと関わりたくないので、(翻訳機をもらったって言ってたよ……)伝えてあげられない。目線だけ送ってみたけれど、セトは気づかない。ティアだけ(分かってるよ)みたいな反応があった。

 それ以外は変わりのない、静かな食卓。いつもどおりハオロンの声だけがよく通る。そしてそれに応える誰かの声も、内容を理解できる程度には届いてくる。

「ロキ、今夜は暇やろ? うちとゲームしよさ」
「……なんの?」
「前の、ふたりプレイのやつ」
「昨日その辺の犬とやったンじゃねェ~の?」
「セトは話にならん。始まって5分もせんと眠ってたわ……約束したのに……」

 ハオロンから恨みがましい目で見られたのか、セトが会話に加わった。

「それは謝っただろ」
「謝ったらなんでもゆるされるのっ?」
「ゲームくらい赦されていいだろ……っつかよ、俺が朝、今からやろうって起こしてやったのに、お前が眠いからって断ったんだぞ……お互い様じゃねぇか」
「そんなの記憶にないわ。約束では夜って言ったし、セトの言い分は認められん」
「そんな怒んなよ……今夜ロキに付き合ってもらえば済む話だろ」
「それとこれとは別やが。うち昨日のさびしさは一生忘れんからの!」
「……悪かった。次は起きとく」
「……ほんとかぁ?」
「…………たぶん」
「もぉ! ぜんぜん反省が見えん!」

(セトくんは、ベッドに入るとすぐ眠っちゃうタイプだったな……)

 会話を聞き流しながら、メルウィンは昔のことを思い出していた。セトとロキの夜遊びは兄弟間では有名だったが、セトの「夜は眠い」という発言もよく耳にした。彼らの夜遊びが週一だった(らしい)のは、セトのそういう性質によるのか。
 メルウィンの考察のあいだ、「うちのベッド独占して寝るし……落としてやればよかったわ……」暗い呟きが聞こえていた。それには意識を向けず、隣の彼女の反応を、そろり。シューファルシを口にした彼女が、こちらの視線に気づいた。

「おいしい」

 いつもの、硬い微笑ほほえみ。
 ——ロキくんを、警戒してください。
 与えてあげられない助言を、見つめるだけで伝えられたらいいのに。

「……デセールも、自信作なので、ぜひ」
「ありがとう。たのしみ」

 作られたような小さな笑みに向けて、せめて食事の時だけは、穏やかに過ごせるよう願った。
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