【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

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Chap.14 純白は手折りましょう

Chap.14 Sec.3

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 ハンドガンの感触はどうしても慣れない。人を傷つけるための道具だから?——でも、メルウィンが普段から触れている包丁だって、人を傷つけることができる。命を奪うことだって、できてしまう。——なのに、どうして?
 どうして、これだけ、いつまでも慣れないのだろう。


「——やぁ、メル君」

 トレーニングルームの入り口、赤いランプが入室者をしらせる。現れたのはティアだった。プラチナブロンドの長い髪をポニーテールにまとめ、見慣れないスポーツウェアを着ている。ひらり、しなやかな指先を揺らして手を振り、メルウィンの近くまで寄って来た。

「ティアくんとここで会うの、初めてだね?」
「うん、本来の僕は、誰もいない時間を狙ってるから」
「そうなの? ここのは、複数でできるよ?」
「そうだね……でも、なんとなく」
「……僕、出て行ったほうがいい?」
「ううん、いてもらえるとうれしい。メル君がいるって知って、やる気になったから」
「じゃあ……一緒に、がんばろうね」
「うん。……ところで、メル君はそれ、なにしてるの?」
「ぇっと……僕は、トリガー練習。トリガーを、くり返し引くだけなんだけど……」
「それノルマじゃないよね? ……メル君、そんなこともしてるんだ……」
「イシャンくんから教えてもらって……ぁ、サクラさんとか、セトくんもよく練習してるよ? 他のみんなの記録が見られるんだけど……ほら、みんな僕よりすごいよ」
「なにこれ……時間内に何回引けるか、みたいな……? やだな、みんなそんなにたくさん練習してるの?」
「ぇ……っと、ハオロンくんは普通かな? ロキくんはノルマの最低限かも。アリアくんは……ライフルでトレーニングしてるのを見たことがあるよ」
「えぇぇ……アリア君にライフルなんて似合わないな~?」
「びっくりしたけど……意外と似合っていて、上手だったよ」
「そうなの?」
「うん、“自動照準機能オートエイムなら、自動手術オートオペとそう変わりません”って言ってたよ」
「え~? ……紅茶にたとえたり手術にたとえたり……みんな感覚ズレてる……」
「紅茶?」
「あぁ、それはサクラさんの話。ハンドガンを撃つのも、紅茶を淹れるも、大して変わらないってさ」
「……それは、違うような……?」
「ね、僕もそう思う」

 床から突出した収納棚から、ティアはARグラスを手に取り装着した。ハンドガンも嫌々ながら取り上げる。首をすくめておびえるふりをし、「セト君がいないうちに、射撃だけやって帰ろうっと」軽い口調で笑った。メルウィンも笑い返し、

「セトくんのトレーニング、そんなに怖かった?」
「うん、とっても。セト君は、僕でストレス発散してるんじゃないかな?」
「セトくんでも、ストレスなんてあるの?」
「ストレスだらけじゃない?」
「そうなんだ……? セトくんは、ひとりでなんでもできるし、どこでも行けそうだから……すごく自由で、のびのびして見えるよ」
「そう? ま、普段は知らないけど……今のセト君は、きっと君のことがうらやましいと思うよ」
「え? ……僕?」
「そう、メル君」
「?」

 きょとんとしたダークブラウンの眼に、ティアは微笑ほほえみだけ返し、何も説明しなかった。トレーニング用のハンドガンをゆっくりと構える。ターゲットに向けられた銃口から弾丸が撃ち出され、ティアの腕から背にかけて衝撃の反動が見てとれた。トレーニング用の弾でも、反動はある。銃器の熱が生む独特な匂いがした。
 時間をかけて撃ち出されるティアの弾を見つめながら、下げた腕の先でトリガーを引く練習。銃口は床に向いているが、弾は出ない。腕にかかるストレスを意識しないよう、ティアの姿だけを頭に入れていた。

 結果は……どちらも、あまり。ひと通り撃ち終えたティアが、ため息とともに振り返った。

「ほんと、成長が見えないな……」
「ロボのアシストか、講習を受けてみるのは……どう?」
「気が向いたら、やってみる」
「(……とうぶん気が向かなさそう……)」
「——ところで、アリスちゃんが今どこにいるか知ってる?」
「ぇ……っと、たぶん、セト君のところ? お手伝いはもう大丈夫ですって伝えたら、セト君の部屋に行くって言ってたから……」
「みたいだね。じつは僕も居場所を見たから知ってるんだ。森にいたよ」
「セト君と一緒なら、安心だね」
「ううん、一緒にいないみたい。セト君は森の奥にいて、アリスちゃんだけ小さな家のなか。位置は離れてたよ」
「ぇ……?」
「セト君のことだから、“ここでじっとしてろ”みたいな指示をしたんじゃない?」
「なんのために……?」
「彼なりの優しさ? 僕らと目的は変わらないんだけど……セト君は、アリスちゃんをひとりで閉じこめがちだね。……今は逆効果かな?」
「? ……よく閉じこめるのは……ロキくんじゃない……?」
「まぁね」

 両肩を上げたティアは、ハンドガンを棚の上に載せた。トレーニングの一環で分解と清掃もあるのだが、ティアは一切していない。今日はスキップしてロボに託すらしい。

「メル君さ、護身術のノルマも、きっちりやってる?」
「うん、してるよ」
「そっか~……」
「あれ? ティアくん、護身術もノルマやってない……?」
「ううん、護身術は最低限やってる」

 腕が痛むのか、ティアは腕をさすりながらイスを呼び出して腰を下ろした。

「あんなの、意味あるかな? 本物の人間相手だと、全然ちがうと思うんだけど」
「………………」
「わかってるよ、必要だよね。自衛は大事」
「…………うん」
「………………」
「………………」
「…………メル君、」
「……?」
「まだトレーニングする? よかったら、一緒にお茶でもどう?」

 ほんとうは、疲れた手で撃つ練習もしてみようかと思っていたけれど……どうしてか、今は紅茶を淹れたくなった。

「……うん、ぜひ。よかったら……ドライフルーツも、入れてみる?」
「いいね、おいしそう」
「香りがね、すごく華やかになるんだ」
「ちょっと贅沢だね」
「トレーニングの、ごほうびに……いいかなって」
「メル君は、いつも僕を甘やかしてくれるね」

 にこっと笑って見上げたティアの顔に、胸にただよっていたが薄まる。ゆらゆらと立ちのぼるその残滓ざんしに、そっとふたをして、唇に人さし指を添えた。

「セトくんには、ないしょだね?」


 ハンドガンを撃つのも、包丁を扱うのも——紅茶を淹れるのも、手術も——大して変わらない?
 そんなこと、ないよね?

 あんなに手ごたえなく、ひとの命を奪い取ってしまえるものが。
 いつか慣れてしまえるものだとは——メルウィンには、思えない。
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