【完結】致死量の愛を飲みほして【続編完結】

藤香いつき

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Chap.17 ロックンキャロルでワルツを

Chap.17 Sec.6

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 あたたかな黄金の光が、開かれた扉の向こうに広がっていた。きらびやかなシャンデリアに、ボールルームの天井まで届きそうなクリスマスツリー。思わず、進もうとしていた足が止まる。
 すると、扉に近いところで立っていたメルウィンが——つややかなミルクティー色の燕尾服をまとって——「アリスさん!」ぱぁっと、表情を明るくして駆け寄ってきた。目の前まで来ると、くしゃりと笑顔を崩し、

「来てくれて、うれしいですっ……僕、ぜったい来てくれないと思ってたから……ほんとに……なんて言ったらいいか……」

 涙の浮かぶ目で私の手を取り、泣き笑いみたいな顔で、

「——ありがとうございます」

 とびきりの感謝を渡された。応えられずにいると、メルウィンの奥から、さらに3人。

「ほらなァ~言っただろ? ウサちゃんはオレが大スキなんだから、ぜってェ来るに決まってンじゃん?」
「あんた、夜中ずっとぐじぐじ言ってたが。“来なかったらマシンで洗脳するから別に気にしな——」
「やめてやれ」

 機嫌のよいロキ。その後ろにいたハオロンの肩を、セトが軽くはたいていた。一様に燕尾服っぽいスーツを着ている。ロキはダークレッドで、インナーは黒。首許くびもとは開けられ、ネクタイはつけていない。チャラチャラしたベルトが腰回りに垂れ下がっていて、カジュアルな印象も受ける。ハオロンは薄いピンク。インナーは暗いオレンジで、燕尾服と同じ色をした細いネクタイを着けている。セトは光の加減で黒にも見えるが、よく見ると紫だった。インナーは明るい紫で、ネクタイは布ではなく、金のチェーンをくるっと回し、宝石で留めたループタイ。宝石は眼と同じあめ色。

 着飾った3人の姿に戸惑いを隠せずにいると、いち早く気づいたらしいセトに、

「……なぁ。ウサギ、いまいち分かってなくねぇか?」

 見透かされたように指摘された。
 「ぇ」「はァ?」「うそやろぉ……」三方向から非難めいた声がこぼれ、全員で背後のティアを振り返る。

「——え? 僕、なにか説明するって約束してたっけ?」

 すっとぼけたような顔をするティアに、今度こそ非難が。

「ティアくん……また話してないの……?」
「マジで? アンタ、なんのためにオレらが徹夜で頑張ったと思って……」
「ロキは昼に眠ってたからぁ、プラマイゼロやよ」
「……ティア、お前は何やってたんだ」

 すこし怖い空気を、ティアは肩をすくめて受け流した。戸惑ったままの私に、そっと視線を落とし、

「アリスちゃん、どうかした?」
「…………これは、なに?」
「これはね……パーティかな?」
「……ぱーてぃ」
「宗教も、慣習も、関係なく……祝いたいことがあるから、開かれたんだよ」
「……くりすます、ぱーてぃ?」
「ううん」

 首を振ったティアが、メルウィンへと目を送る。その視線を受け取ったメルウィンが、ぱちりと目をまたたかせてから、はたりと気づいたように、

「——アリスさん。これは、アリスさんの歓迎会です。僕らは、アリスさんを……ハウスの一員として、迎えたいんです」

 迷いのない瞳が、見つめてくる。いまだ状況を受け入れきれずにティアを頼ると、「パーティはね、メル君が言い出したことなんだよ。君をちゃんと歓迎したいって」穏やかな声が応えた。メルウィンは強くうなずく。
 ティアは、私のそばに近づいた。
 
「……こんなことで、すべてを無しにはできないし、もちろんしないけど……ひとつの区切りとして、きみに謝罪する機会を、僕たちにもらえないかな?」

 ティアは話しながら、ボールルームの奥を目で示した。目の先を追うと、クリスマスツリーの手前に置かれたピアノのそばで、イシャンとアリアが立っていることに気づいた。私の目を受け止めると、ふたりはこちらに歩いてきて……扉の前に、皆が並んだ。そうして、彼らは——深く、頭を下げた。
 この世界で、初めてみる……いや、きっと、彼らにこの文化はない。〈いただきます〉や〈ただいま〉と違って、謝罪のためのお辞儀じぎなど、今までに彼らがしている姿は見ていない。——だから、これは、

 私のための、謝罪。

「ま、まって……かおを、あげて。これは……ちがう。てぃあっ」

 うろたえながら、一番近くのティアの肩に触れた。そっと顔だけ上げたティアは、「……謝罪の仕方、間違ってる?」まったく見当違いなことを言って首をかしげた。

「そうじゃなくて……ちがうのは……ごめんなさいが……」

 うまく、口が回らない。動転した頭も回っていない。

 ごめんなさいは——違う。
 最初に私は、私の道を自分で選んだ。もっと違う道も、絶対にあったのに。サクラや誰かのせいにしたこともあったけれど……自らした選択の責任を、彼らに取らせるのは、間違っている。

 〈ごめんなさい〉は、受け取れない。〈ゆるす〉は、おこがましい。

——こんなことで、すべてを無しにはできないし、もちろんしないけど……

 私も、なかったことには、できないと思う。
 でも、今は。今だけは……それと、できれば、これからも。
 ——目をつぶってしまっても、いいだろうか。


「……だれも、わるくない……」

 ぽつりとこぼれた気持ちが、本心だった。

 責任の所在も、犯人も、追わずに。
 目の前のひとたちを、新しい目で、新しい心で、もういちど。……出会いを、やりなおすように。

 ——誰も、裁かれないままで。



 §



 何も言えない状態で、頭を下げた彼らを見つめるしかできずにいると……ふと、ぴょこんっと首を上げたハオロンと目が合った。私の顔をじいいっと見て、しばらく。何かを察したのか、弾かれたように体を起こした。

「ほらぁっ! だから言ったやろ? ありすのための謝罪やったら、ドゲザなんやって! 床にへばりつく、謝罪の最上級! こんな腰を折ったくらいじゃあかんわ!」

 怒涛どとうのごとく叫んで、私の方を示した。急なことで理解できずに(——土下座って言った?)びっくりしていると、ぱらぱらと他の頭も上がって、

「ぇ……でも、床に手をつけたあとで、料理を食べるのは……衛生的に、ちょっと……」

 ハオロンの隣に並んでいたメルウィンが、ひかえめに批判した。反対側のロキが、

「並んでドゲザって、シュールで面白そォ……みんなでやってよ、オレはウサちゃんと見てるから」
「するかよ。お前が一番が高ぇんだから、床にいつくばっとけ」

 さらに横にいたセトも顔を上げた。ティアの奥にはイシャンがいたのだが、

「ちょっ、ちょっと! イシャン君、ほんとにしないで! ロン君の話はぜったいなんかおかしいから!」
「………………」

 床に正座しようとしたイシャンを、ティアが懸命に引き止めている。さらに奥にいたアリアも、ゆっくり頭を上げて、私と目が合うとやわらかく笑い、こちらまで足を進める。

「“おまじない”の効力を、貴方は、私たちにくれたみたいですね?」

——懺悔ざんげは氷の結晶に。後悔も罪も悲しみも、凍らせて、いつか乗り越えればよいのです。今はまだつらくとも、いつか雪解けの日が来るよう願いましょう。

「……いいえ、わたしは、じぶんも……」

 小さく唱えると、アリアは驚いたように目を丸くして、すぐにふっと微笑んだ。哀しみの色を、わずかに乗せて。

「——どうぞ、素敵なパーティを、お楽しみにしてくださいね」

 うやうやしく、歌うような声で。
 今宵のパーティの始まりを誘った。
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