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出会いは失恋の夜に
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悲しいと思う気持ちよりも、むなしさとやるせなさ。
平べったい感情で自宅までの道を歩いていたところ、だんだんと胸に疑問が——
(え? けっきょく外見が可愛いコと浮気したってこと? ん? 中身が外見に出てくるんだから、そもそも心もキレイってこと? でもみのりちゃんはメイクばっちりで、どう見てもお金かけてるよね? 服も流行り物ばっかりだよね? 普段のバッグも地味にハイブランドだったよね?)
疑問は、不満に変わる。
——つまり、安井レイコは荒れていた。
できたばかりのドンキがまぶしすぎる。マスコットキャラのペンギンにさえバカにされている気がする。
睨みつけながら足早に横を過ぎていくと、赤信号に足を止められた。
横断歩道で待ちながら、ふと自分の斜め前にいるひとが、
(あ、お隣さん)
ストンと目許まで掛かるようなハットに、サングラス。首まで繋がったフェイスカバーに、薄い手袋。すべて黒。
すらりとした全身をきっちり覆った姿はけっこう印象的で、すぐに彼女だと気づいた。挨拶くらいしかしないけど、マンションの隣に住んでいる。
私が住む1702号室は、もとは親戚の3人家族が住んでいた。父親の海外赴任に合わせて家族みんなでベルギーに3年間住むらしく、そのあいだマンション管理をする代わりに格安で貸してもらっている。
結婚するまでのいい仮住まいだと思っていたのに……。
信号が変わる。
挨拶するタイミングをのがし、その背のあとを辿りながら眺めていた。
(夜でも日焼け対策? すごいな……それだけ意識高いなら、肌も……あ、)
向かいから歩いてきた50代くらいの男性が、酔っていたのかバランスを崩して、すれ違いざま彼女にぶつかった。
華奢に見える身体がふらりと揺れる。
男性は軽く振り返っただけで謝罪もなく行こうとした。なので、つい——
「あの、彼女にぶつかりましたよ?」
いつもならスルーしていた。
面倒事に関わりたくないから、絶対に流していた。
ついが生まれたのは、ささくれ立った心のせいだ。
不愉快そうに顔をしかめた男性の肌は、薄く黒ずんでいる。タバコかアルコールでくすんだような肌。
黙って私を避けていこうとする様子に、それ以上は何も言わなかったが……
「……ブスが偉そうに」
ぼそりとした悪態に、スイッチが入ってしまった。
「——お前がな?」
思わず、はっきりとした声で返していた。
驚いた男性が肩越しに振り返ったが、無視して先を進んだ。
知らん。何も知らん。今のは私の心に棲む悪魔的なやつであって、普段の私はこんなこと言わない。なんて言い訳したところであっちも困るだろう。ごめんなさい。でもブスって言うほうがブスだ。お互いさまだ。
なかったことにして足を進めたが、その先にいた彼女がこちらを見ていて——薄い色をしたサングラス越しに——目が合った。
間違いなく、視線が重なっている。遅れて芽生えた羞恥心が、頬を熱くさせた。
「……こんばんは」
ごまかすように軽く会釈する。
足を止めていた彼女は、私に釣られるようにして歩を再開した。
マンションまで、そう距離はない。
一緒にエレベータへと乗り込み、17階まで。
「………………」
「………………」
最上階で、共に降りる。
各階には4室しかない。彼女の家は最奥になる。
先に自分の家のドアに到着した私が、「おやすみなさい」と声をかけてドアを開けようとしていた。
すると、彼女が少し過ぎた足を止める気配がした。振り返ると、目が合う。こちらを見て、ためらいがちに、
「ね、よかったら……うちで一緒に呑まない?」
(——ん?)
意味を捉えきれず停止した私に、彼女は慌てて、
「や……ごめん、急に変なこと言ったね? 気にしないで。おやすみなさい」
ひらりと手を振って、背を向ける。
びっくりして固まっていた私は、その背中を見送りかけていたが、
「あの!」
とっさに出たのは、呼び止めるための大きな声。
普段だったら、絶対にスルーしていた。
あいまいに流していた。
——でも、今日は、
「ぜひ呑みましょう!」
力強い私の声は、外に面した廊下に気持ちよく響いていた。
平べったい感情で自宅までの道を歩いていたところ、だんだんと胸に疑問が——
(え? けっきょく外見が可愛いコと浮気したってこと? ん? 中身が外見に出てくるんだから、そもそも心もキレイってこと? でもみのりちゃんはメイクばっちりで、どう見てもお金かけてるよね? 服も流行り物ばっかりだよね? 普段のバッグも地味にハイブランドだったよね?)
疑問は、不満に変わる。
——つまり、安井レイコは荒れていた。
できたばかりのドンキがまぶしすぎる。マスコットキャラのペンギンにさえバカにされている気がする。
睨みつけながら足早に横を過ぎていくと、赤信号に足を止められた。
横断歩道で待ちながら、ふと自分の斜め前にいるひとが、
(あ、お隣さん)
ストンと目許まで掛かるようなハットに、サングラス。首まで繋がったフェイスカバーに、薄い手袋。すべて黒。
すらりとした全身をきっちり覆った姿はけっこう印象的で、すぐに彼女だと気づいた。挨拶くらいしかしないけど、マンションの隣に住んでいる。
私が住む1702号室は、もとは親戚の3人家族が住んでいた。父親の海外赴任に合わせて家族みんなでベルギーに3年間住むらしく、そのあいだマンション管理をする代わりに格安で貸してもらっている。
結婚するまでのいい仮住まいだと思っていたのに……。
信号が変わる。
挨拶するタイミングをのがし、その背のあとを辿りながら眺めていた。
(夜でも日焼け対策? すごいな……それだけ意識高いなら、肌も……あ、)
向かいから歩いてきた50代くらいの男性が、酔っていたのかバランスを崩して、すれ違いざま彼女にぶつかった。
華奢に見える身体がふらりと揺れる。
男性は軽く振り返っただけで謝罪もなく行こうとした。なので、つい——
「あの、彼女にぶつかりましたよ?」
いつもならスルーしていた。
面倒事に関わりたくないから、絶対に流していた。
ついが生まれたのは、ささくれ立った心のせいだ。
不愉快そうに顔をしかめた男性の肌は、薄く黒ずんでいる。タバコかアルコールでくすんだような肌。
黙って私を避けていこうとする様子に、それ以上は何も言わなかったが……
「……ブスが偉そうに」
ぼそりとした悪態に、スイッチが入ってしまった。
「——お前がな?」
思わず、はっきりとした声で返していた。
驚いた男性が肩越しに振り返ったが、無視して先を進んだ。
知らん。何も知らん。今のは私の心に棲む悪魔的なやつであって、普段の私はこんなこと言わない。なんて言い訳したところであっちも困るだろう。ごめんなさい。でもブスって言うほうがブスだ。お互いさまだ。
なかったことにして足を進めたが、その先にいた彼女がこちらを見ていて——薄い色をしたサングラス越しに——目が合った。
間違いなく、視線が重なっている。遅れて芽生えた羞恥心が、頬を熱くさせた。
「……こんばんは」
ごまかすように軽く会釈する。
足を止めていた彼女は、私に釣られるようにして歩を再開した。
マンションまで、そう距離はない。
一緒にエレベータへと乗り込み、17階まで。
「………………」
「………………」
最上階で、共に降りる。
各階には4室しかない。彼女の家は最奥になる。
先に自分の家のドアに到着した私が、「おやすみなさい」と声をかけてドアを開けようとしていた。
すると、彼女が少し過ぎた足を止める気配がした。振り返ると、目が合う。こちらを見て、ためらいがちに、
「ね、よかったら……うちで一緒に呑まない?」
(——ん?)
意味を捉えきれず停止した私に、彼女は慌てて、
「や……ごめん、急に変なこと言ったね? 気にしないで。おやすみなさい」
ひらりと手を振って、背を向ける。
びっくりして固まっていた私は、その背中を見送りかけていたが、
「あの!」
とっさに出たのは、呼び止めるための大きな声。
普段だったら、絶対にスルーしていた。
あいまいに流していた。
——でも、今日は、
「ぜひ呑みましょう!」
力強い私の声は、外に面した廊下に気持ちよく響いていた。
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