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出会いは失恋の夜に
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しおりを挟む「重い……」
ぼそっと呟いたティアを、細く睨んだ。
酔いの力もあって話した失恋エピソードに対して、
「ティアくん、いま重いって言った?」
「や、だって……初めての家呑みで、まさかそんな重いエピソードが出てくるなんて思わないよね?」
「失恋してなかったら知らないひとと呑んでないんだよ」
「僕ら知り合いだよ? 半年くらい挨拶してるよね?」
「挨拶していても顔は知らなかったから」
「僕は知ってたよ?」
(そらそうだ。私の顔は晒されまくりだ)
憤慨することなく、代わりにテーブルの上のメロンを口に放った。みずみずしい甘さとワインの酸味が口の中で重なる。
ありものと言っていたけれど、食材は豪華な気がする。蜂蜜づけのナッツ、生のバジルが使われたカラフルなミニトマトとチーズのイタリアンサラダ、ローストポーク。どれもイタリア産のスパークリングワイン——スプマンテと合っていて、とても美味しい。(私のチーズ&クラッカーも美味しいけどね!)
ワイングラスを片手にくるりと回した彼は、ふうっと白々しく息を吐き、
「それにしても、そんなドラマみたいなことがあるなんてすごいね? 女優みたいな人生だね?」
「全然すごくないし全然うれしくない」
「そうだよね」
「あれ? 適当に褒めた?」
「……ちょっと気になったんだけど、相手の女の子って君と同じ職場のコなんだよね? なんで元彼さんが知り合えるの?」
「事業の関係で、元彼も職場に来てたから……知り合おうと思えば知り合える」
「知り合おうと思えば、でしょ? ほんとなら知り合わない関係ってことだよね?」
「……まあ知り合う必然性はないような?」
「それって、最初から君の彼氏って知ってて誘惑してない?」
「え……」
「ひょっとして、きみ、後輩さんに妬まれてたのかもね」
「………………」
はからずしも閉口していた。
衝撃的なことを、まるで「明日は雨が降るかもね?」くらいの感じで言われて……一瞬情報が素っ飛んでいた。
「…………いや、ない。ないよ、ありえない」
「なんで?」
「だって……その子、すごく可愛いから。ブスって言われるような私なんて比べものにならない」
感情が出ないようにしたせいか、早口になっていた。
自虐的に笑って流そうかと——思ったけれど、向き合う彼の表情に笑えなくなった。
眉に力が入った、少しこわい顔。
怒る顔つきで、彼は静かに口を開いた。
「きみは、可愛いよ」
薄い唇からこぼれた言葉が、胸にそっと響く。
しばらくのあいだ、時が止まったような不思議な心地がした。
「……い、いや……可愛くは、ない」
「なんでそんなこと言うかな……もしかして鏡見てないの?」
「見てるよ……でも、顔も地味だし……メイクしてるのに、『メイクしないんですか?』って訊かれるくらいだし……」
「それ、誰が訊くの?」
「……さっきの、後輩のコ?」
「そんな嫌みに負けてるの? さっきはかっこよく『お前だろっ』みたいに返したのに?」
「……いや、なんか違うと思う。『お前がな?』じゃなかった?」
「どっちでもいいよ。それくらいの気持ちがあるのに、なんで真に受けちゃうのって話だよ」
「………………」
掴んだグラスのなかに目を落とした。
ゆらゆらとした水面に何か答えを探していた。
考えながら、ぽつりと、
「他人に言われる言葉と……身近な人間に言われる言葉の重さは、違う気がする」
淡い色の眼を見返す。
優しい色は、なるほど……と少しだけ共感を見せていた。
「——だったら、身近なひとに可愛いって言われたら納得する?」
「え……」
「僕じゃ全然響いてないでしょ? でも、職場のひとあたりに言われたら——可愛いって、納得する?」
「……え? いや……まぁ……そう?」
目を上に向けて、理解半分で肯定していた。
思考力が一段落ちている。よく分かっていない私に、ティアは口角を持ち上げてクスリと微笑んだ。
「——きみに、魔法をかけてあげる」
優しく唱えられた言葉は、甘くとろけるような声。
ワインを飲んだあとに香る、ふわりとした樽香みたいに——
魅力的な余韻を、耳に残していた。
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