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極上のしずく
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しおりを挟む「あははははっ……」
「……ティアくん、笑いすぎ」
テーブルの向かいに座るティアは、いつまでも笑っている。
いいかげん怒ってもいいなと思う。
「……だって! 娘が失恋して、『しずく』なんて日本酒を一升瓶で送ってくるお父さん……意味わかんないっ……思いっきり泣けってこと?」
ふふふふふ。会話のあいまに笑いがこぼれている。
いつもの日本酒よりもサイズが明らかにおかしいのは分かっていたが、銘柄に父のそんな意図があったかは知らない。
勝手にウケて笑い続けているティアを細い目で見る。
「……あのさー、笑ってるとこ悪いけど、私は先に呑むからね。これ、かなりレアなお酒なんだから。普通には買えないんだよ」
「あ、やっぱり有名なお酒なんだ? 『黒龍 しずく』は知らないけど、『黒龍』って聞いたことあるな」
「『石田屋』とか出してるとこ。高級店にもあるもんね、ティアくんも知ってそう」
「うん? なんかちょっと引っ掛かる言い方?」
首をかしげるティアを無視して、彼が用意してくれていた酒器を手に取った。
「……で、この『ちろり』はどうしたの?」
「え? なんて?」
「……この『ちろり』は、どうしたの? 買ったの?」
「……チロリ?」
チョコのお菓子みたいな言い方できょとんとするティアに、(あれ?)私も首をかしげた。
日本酒を湯煎するための小さな酒器、ヤカン型。黒い酒器を掲げて見せると、ティアは顔にひらめきを見せた。
「あぁ、それのこと? それは貰った食器の中で見つけたんだよ。日本酒のデキャンタでしょ?」
「デキャンタ……って、ワインを移しとく水差しみたいな? まぁ、うん……これは熱燗用だと思うけど……似たようなもんか……」
「一升瓶だと大きすぎて困るかなって、出してみたんだよ」
「ティアくんち、ほんとなんでもあるね」
「そうかな?」
「グラスも増えてない? 新しい『ぐい呑み』まで……食器屋さんでも始めるの?」
「お客がケチなレイちゃんだけだから……破産だね?」
「ケチじゃない。計算高いだけ」
「……うん? それは自分で言う?」
一升瓶の大きなボトルを手に、ちろりへと移していく。ふわりと広がる香りはフルーティ。米から生まれているのに、甘くみずみずしいフルーツを連想する。残りは冷やしておきたいので、ティアに頼んで冷蔵庫に入れさせてもらった。
「お好きなグラスでどうぞ、お客さま?」
薄い唇がやわらかに弧をえがく。
せっかくなので美濃焼のぐい呑みを。値段は考えない。
軽い乾杯をして口に運ぶと、なめらかで澄みきった心地に口がほころぶのを感じた。
ティアを見る。ぱっと華やかな笑顔を浮かべた。
「わぁ、なんだか綺麗な印象だね? するするして飲みやすい」
「そうでしょう? 美味しいでしょう? でも違うんだよ、これは食事に合わせてこそ最強なんだよ……なんっっにでも合うんだから。極上の水って感じ」
「君がつくったんじゃないよね? なんでそんな偉そうなのかな? ……極上の水って喩えはどうなの……?」
ぶつぶつ言っているティアを無視して、つまみに箸をつけた。
「ティアくん、これ何? ……マスカット?」
「あ、うん。シャインマスカットが届いたから……イカとマリネしてみた。ネットで見つけたレシピだよ」
「シャインマスカット……そんな高いやつを……いや、何も言うまい。文句なく美味しい。黒コショウが効いてる」
「ね、美味しいよね」
美味しくつまみをいただきながら、『しずく』がいかに貴重な日本酒かを熱く語る。
近場で買ったビールも用意してきたが、日本酒のみで終わりそう。さすがに一升瓶は飲みきらない。
「……そういえば、まつげ伸びたよ。美容液もいい感じ」
ふと思い出して、おまけのように付け加えれば、
「え? ……あっ、美容液も買ったの? えっ、よかったって?」
「うん、よかったよかった」
「その話を最初に言ってよ! 日本酒のつくり方より興味あるよ!」
明るい笑い声。
極上のしずくを前に、失恋の涙は一滴もこぼれなかった。
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