致死量の愛を飲みほして+

藤香いつき

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成長の裏側

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 夜の城館を、さながらスパイのようにこそこそと進んでいく。隣の隣、ティアの部屋の前は通らず、あえて反対の北東のエレベータを使って、2階まで。2階の廊下も、そろりそろり。スパイとたとえたが、どうも違う。こそどろのような小物感。

 エントランスホールの中央階段上。ステンドグラスのほの明かりまでたどり着き、ドアへと映像が切り替わったそれが開くのを待って、足を入れた。
 ひらひらと踊る炎を横目に、〈暖炉の間〉の中央を貫くエレベータに乗り込む。一瞬でサクラの私室まで上がってしまった。

『……こんばんは』

 和風な近未来。不思議な印象の部屋は、丸窓の外に可憐かれんな三日月が浮かんでいる。その窓を右手にテーブルのところで座っていた彼は、ふっと目を合わせて立ち上がった。

『今晩は』

 沈黙を閉じこめたような薄闇の部屋に、サクラのなめらかな声はよくなじむ。入浴をすませ、比較的に楽な服を身につけ、すぐにでも眠れる万全の状態でやってきた私。彼も似たようなものなのか、普段の着物プラス洋服ではなく、浴衣みたいな薄く長い着物だった。首から胸にかけて、肌が見えている。寒くないのだろうか。

 とりわけて会話をするわけもなく、促されてベッドに入る。これはなんの儀式なのだろう、と不安に駆られている。性行為を求めていないなら、もしかすると科学的な実験でもされるのでは——と。前回は緊張して、半分夢うつつな状態で一晩をすごした。その結果、(私の知る範囲では)何もなく。目的は分からずじまいだった。

 シーツの狭間はざまで、サクラが寝るのとは反対を向き、息をひそめる。サクラはまったく動かないので、うっかりすると存在を忘れ……いや、忘れられない。忘れようにも、ぜったい忘れられない。背後にただようオーラみたいなものを感じる。
 全身に走っている緊張を解くように、ひっそりと深呼吸した。——すると。どこか懐かしい、たおやかな香を感じた。木のぬくもりを連想する、優しく、ほっとするような仄かな香り。
 ふんわりとした香りに包まれながら、緊張のゆるむ身体は、つい——。



 §



 ——眠ってしまった。

 はっと開いた目は、一瞬の出来事であったかのように状況の変わらない室内を捉えたが……そろりと確認した手首のブレス端末が、早朝を示している。すっかり眠っていたことになる。
 自分の睡眠力に関して、たまに自分でもあきれたくなる。どうしてその状況下で熟睡できるのか、と。

 ため息に近い息を吐き出して、そうっと身を回した。背後に気配はあるので、サクラはまだ眠っているのだろうか……。
 見える横顔からすると、端整な顔は呼吸の音もなく眠っている。美しいその顔は、深い青の眼を失うと、途端に恐怖が薄れる。セトのように幼さは感じないが、サクラの場合は現実感がなくなる。人形のよう。

 その顔には、なにか、記憶から重なるものがある。
 それは、イシャンの顔にも思えるし、過去の映像で見た少年のサクラにも思えた。あるいは——まったく知らない、小さな男の子のようにも。

 その顔にめられた青が、ふいに目覚めて、心臓が飛び跳ねるまで。
 ただ静かに見守っていた。

(一緒に寝るのは、なんのため……?)

 そんなことを、考えつつ。
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