致死量の愛を飲みほして+

藤香いつき

文字の大きさ
23 / 28

裏側の裏側

しおりを挟む
「——サクラさん、アリスちゃんを、呼び出したでしょ?」

 夕食を終えたサクラの背に声をかけたティアは、彼が中央棟への入り口となるステンドグラスに差し掛かった瞬間、本題に入った。
 中央棟への開かれたドアを通りぬけるサクラは、素知らぬ顔で進んでいき——ティアもまた、その後ろ姿を追った。ミヅキや警告音に止められることはなかった。

「聞いてる? 僕の声、届いてるかな?」
「聞こえているよ」
「じゃ、返事くらい欲しいな」
「なんの話をしているのかと思ってね」
「うん? とぼけるつもりでいる?」

 暖炉の火が燃えさかる部屋へとたどり着く。サクラはティアに構うことなく青い布地の長ソファへと腰を下ろした。見上げているというのに、その瞳は見下ろすような圧がある。

とぼけているつもりはないよ。なんの話をしているのだろうな——と考えている」
「それをとぼけるって言わないかな? あなたが、アリスちゃんを夜に呼び出してる話だよ。身に覚えあるでしょ?」
「そうだな、それは身に覚えがある」
「——何をしているの? 事と次第によっては、僕もいつまでも黙ってるわけにいかないよ」
「釈明するようなことは、何も」
「……バターやらチョコレートやら提供しておいて? チョコレートも追加されたってことは、また呼んだってことだよね?」
「お前が案じるようなことはない。ささやかな試験に付き合ってもらっている」
「……試験?」
「熟睡する者が、他者に与える影響——とでも言おうか」
「うん? ……あっ、ほらまた! 難しいこと言って僕をけむに巻こうとする」
「難解なことは言っていないと思うのだがな」

 見上げていた青の眼は、ついっと横に流れた。面倒くさそう。こちらは真剣に話をしているというのに。
 不満を隠す気のないティアの表情に、サクラの瞳が戻った。

「——なら、くが、お前の睡眠は深いか?」
「……なんの話?」
「毎夜、深く眠れているか——と、訊いている」
「……まぁ、眠れてると思うけど……睡眠グラフも、平均的だったと思うよ……?」
「そうか。では、お前に頼もうか」
「……うん? 何を?」

 にこりと表面的な笑顔を見せたサクラに、ティアは経験則ではなく、本能で——

(……あれ、なんか、いやな予感)

 炎を反射する暗い眼から、逃げるように。

「——僕、予定を思い出した。戻るから、この話は忘れて」

 くるっとターンして、振り向くことなく足早に中央棟を後にする。

(ごめん、アリスちゃん……)

 戦う意志をあっさり捨て去って。
 騎士ではなく、素直に見守る者まほうつかいであろうと思うティアだった。

 水面下でサクラとの秘密を持つ彼女は、この表の攻防を知らない。
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

〈完結〉遅効性の毒

ごろごろみかん。
ファンタジー
「結婚されても、私は傍にいます。彼が、望むなら」 悲恋に酔う彼女に私は笑った。 そんなに私の立場が欲しいなら譲ってあげる。

月弥総合病院

僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。 また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。 (小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!

ある辺境伯の後悔

だましだまし
恋愛
妻セディナを愛する辺境伯ルブラン・レイナーラ。 父親似だが目元が妻によく似た長女と 目元は自分譲りだが母親似の長男。 愛する妻と妻の容姿を受け継いだ可愛い子供たちに囲まれ彼は誰よりも幸せだと思っていた。 愛しい妻が次女を産んで亡くなるまでは…。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

戦場帰りの俺が隠居しようとしたら、最強の美少女たちに囲まれて逃げ場がなくなった件

さん
ファンタジー
戦場で命を削り、帝国最強部隊を率いた男――ラル。 数々の激戦を生き抜き、任務を終えた彼は、 今は辺境の地に建てられた静かな屋敷で、 わずかな安寧を求めて暮らしている……はずだった。 彼のそばには、かつて命を懸けて彼を支えた、最強の少女たち。 それぞれの立場で戦い、支え、尽くしてきた――ただ、すべてはラルのために。 今では彼の屋敷に集い、仕え、そして溺愛している。   「ラルさまさえいれば、わたくしは他に何もいりませんわ!」 「ラル様…私だけを見ていてください。誰よりも、ずっとずっと……」 「ねぇラル君、その人の名前……まだ覚えてるの?」 「ラル、そんなに気にしなくていいよ!ミアがいるから大丈夫だよねっ!」   命がけの戦場より、ヒロインたちの“甘くて圧が強い愛情”のほうが数倍キケン!? 順番待ちの寝床争奪戦、過去の恋の追及、圧バトル修羅場―― ラルの平穏な日常は、最強で一途な彼女たちに包囲されて崩壊寸前。   これは―― 【過去の傷を背負い静かに生きようとする男】と 【彼を神のように慕う最強少女たち】が織りなす、 “甘くて逃げ場のない生活”の物語。   ――戦場よりも生き延びるのが難しいのは、愛されすぎる日常だった。 ※表紙のキャラはエリスのイメージ画です。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

処理中です...