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3-7.「あかんに決まってるやん」(波多野朱里/バルマン)

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 真面目な話ばっかり続くから、そろそろ私の出番かな、と思ってたら、意外にも斉藤くんが先やった。ていうか、え、この子もしかして女の子やったん、と思うくらいのはにかみ顔で、なんかすごい目をキラキラさせて、右手を肩らへんまで、ぴょこん、てした。
「あの、今日一回目のオードブルが遅れたの、僕のミスのせいです。ご迷惑かけて、ほんとにすみませんでした」
 そんで謝る系きた。打ち上げなんやから皆もっと、笑って盛り上がれる話したらいいのに。
「セルクルの抜き方を知らなくて、逆さまにしちゃって。広瀬さんが、ちょっと斬新な盛り付けに見えなくもない感じに修正してくれたんですけど、その時、こういう盛り付けは森川シェフはしないけど、って広瀬さんが言ってて。それにすごい感動しました。広瀬さんはずっと森川シェフの隣でその料理を見てきて、一緒に作りあげてきたんだなと思って。なんか二人のというか、を感じて」
 斉藤くんがそこまで喋ったとき、森川シェフの咳払いと広瀬さんの舌打ちが同時に聞こえた。そんで北澤くんが、思わず吹き出したのを誤魔化そうとしてけっこう咳込んだ。皆がちょっとびっくりして北澤くんのほう見てる間に、、ってシェフが斉藤くんに耳打ちしてて、でもそこからほぼ対角線上の立ち位置にいる私にそれが聞こえてるってことは完璧、全員に聞こえてるやん。
 あーあ、斉藤くん顔赤くして、っていうか何なんあのバラ色のほっぺ。何なんあの手でぱたぱた顔あおぐ仕草。え? もしかしてそれがなん? 昨日まではまだ緊張があったからただのおとなしめの子に見えてただけで、慣れたら一気にそういう感じになるん?
 すみません、以上です、って言うだけ言って、斉藤くん下向いてまだぱたぱたしてる。
 可哀そうやし皆の注意を逸らしてあげよ、と思った。
「はい、じゃあ次、波多野いきまーす」
 お、どうぞ、とか、(何でか知らんけど)待ってました、とか言われる。
 やっぱ皆の顔が笑いを期待してるやん。いいで。今日の鏑木ネタは鉄板やし。

 けどほんまは、今日いちばん印象に残ったことって、鏑木くんのことじゃなかった。
 あのダメ男のことやった。
 開店前にグラス磨いてたらフラフラ寄って来て勝手にスツール座るし、ソムリエさんはセラーが定位置ちゃうんですか、って嫌味言ったら、何て答えたと思う?
「ちょっと今、気持ちが定位置じゃないから」
 いやもう意味わからんわ。
 ショットグラス貸して、て言われた。何に使うん、とは思ったけど、めんどくさかったから渡した。そしたら、テキーラちょうだい、て言われた。
「いやなに注文してるん。あかんに決まってるやん」
「一杯だけ。頼む」
 どういうことなん。その上目遣いで目つきだけ『エデンの東』の人みたいになるん止めてくれるか。
「あかんて。これで注いだら私も共犯やん」
「じゃあ自分で注ぐから」
「そういうことちゃうし」
「じゃあボトル見るだけ。蓋開けへんから」
 関西弁移ってんで。
「中毒の人みたいなこと言わんといてくれる?」
 見るだけやし、ってエセ関西弁で言われて、もう鬱陶しいからテキーラのボトル渡して、悲痛な顔でそのラベル見つめてるんが余計中毒っぽいわ、と思ってたら、ちょっと背中向けた隙にちゃっかりグラスに注いでるやん。
「北澤くん!」
 って思わず叫んだ。
 そこから広瀬さん来て森川シェフ来て、よう解らん間に、本日は飲んで良し、みたいなことになった。なんでなん。
 シェフがキッチン戻ったら北澤くん、めっちゃ深いため息吐いて、すごい弱ってるアピールしてきた。目の前にこんな奴いたらしれっと無視しとくんが一番やねん。私もそうしようとしたんやけど、あかんかった。なんやかんやで情が移ってるんもあって、話くらい聞いてあげよか、と思ったのが悪かったわ。
 カットライムひと切れあげて、広瀬さんとの会話から大体察してたけど一応聞いてなかったフリして、斉藤くんがどうかしたん、て訊いたら。
「俺、斉藤くんと昨夜」
 ってもうその一言だけで昨夜なにがあったか解るやん。昨夜メシ行って、とか昨夜ケンカして、とかは北澤に限って絶対ないやん。
「またかいな」
 北澤は一杯目をひと息で空けた。
「また、じゃなくて、斉藤くんは斉藤くんすぎて、ちょっと特殊っていうか、特別で」
 特別? そのワードが北澤の辞書に乗ってんの、あんま見たことない。
「それ、真剣に惚れたっていうことなん?」
 めっちゃ見つめてくるやん、と思いながら十秒くらい待ってたら、まったく予想してへんかったんやけど、たぶんそう、って北澤が答えた。
 へえ、初めて本気で他人を好きになったんや。良かったやん。めでたいやん。
 めでたいのはいいんやけど、あんた、そういう時に私んとこ来るの、間違ってるからな。っていうか鏑木くんも合わせて考えたら私、ダメ男専門の相談窓口みたいになってるやん。
 それで、北澤が三杯目に手つけたとき、つい言ってしまってん。
「じゃあこんなとこでクダ巻いてんと斉藤くんに言いにいったら? 私あんたのお母さんちゃうんやし、そこまで面倒見切れへんで」
 また泣かしてしもた。っていうかその泣き顔よ。
「俺、朱里に突き放されたらどうしていいか解らんくなる」
 ここでまさかの朱里呼び。
 めんどくさ。

 鏑木くんの話はめっちゃ受けた。
 コンロとかバーナーのある調理台を挟んでこっち側にホールスタッフ、向こう側にキッチンスタッフっていう立ち位置(北澤は誕生日席)やったから、キッチン側の、そんなん初耳やでっていう人らに向かって喋れたのも良かった。
 入りたての斉藤くんにも解るように、鏑木くんが彼女連れて食事しに来たっていうエピソードから始めて、クレジットカードのサインの名前からお姉さん疑惑のこと喋って、そこから今日の閉店後に飛んで、ケーキ選びの時の倉田さんと鏑木くんのやり取り。
「俺のおくさん妊娠してるんで、って、サラッと言うたらしいです」
 そこでシェフも広瀬さんも、皆一斉に「え?」「ええー!?」みたいになって、鏑木くんに「ほんとに?」「え、結婚してんの?」「マジで?」って確認して、鏑木くんが「や、本当っす」って答えて、また「うわ全然知らなかった」「既婚者には見えない」「自分で奥さん呼びなんだ?」「しかも子供生まれるって」っていうフィーバーになった。
 北澤だけがしかめ面してて、それ見てやっと気づいてん。既婚者には手、出さへんって決めてたのに、鏑木くんとそうなった後で結婚してるって知ったから、それで頭に来てるんや。
 それは鏑木くんが悪いで。それはほんまにチャラい。
「ということで、えー、これまでの話を聞いたうえで鏑木くんが本当にチャラいと思うかどうか、皆さんジャッジをお願いします」
 あの、いっこ質問していいすか、と言ったのは相原くんで、こういう時に相原くんが喋るんはめっちゃ珍しいから皆、いいよいいよ、どうぞどうぞ、となんかの接待みたいに応じた。
「あの、結婚したのって、子供できたから?」
「いや、俺が就職決まったからっす」
 へえ、意外やん。
 それで改めて、鏑木くんチャラいと思う人、って訊いたら、私と北澤くんしか手、挙げんかった。けど私と北澤くんが挙げるん早すぎやって、皆それで爆笑してくれた。
「じゃあシェフにはトリ飾ってもらうとして、次はその鏑木くんよろしく!」
 今日いちばんの拍手が起きた。やった。めっちゃ盛り上げたった。
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