私も異世界転移したいのですが!

空城誠

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第一章:異世界への転移と混乱

【第四話】有栖川凛里の異世界転移

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 結局、全生徒がグラウンドについてクラスごとに整列した後、校長先生が避難訓練だった事を打ち明けた。もちろんブーイングの嵐だったが。もともと抜き打ちの訓練をする予定だったようで、先生達は知っていたらしい。

(いつも中庭にいる小松先生が今日いなかったのは、そういう事か)

 小松先生は理科担当の男性教師で、ちょっとサディスト気味な事に目を瞑れば、華奢華奢で童顔でとても四十代妻子持ちには見えないと、女子に人気がある。
 その小松先生は暇さえあれば、中庭で勝手に育てている何かの植物の世話をしている。あまり人が寄り付かない図書館と弓道場の間にある中庭に背丈が高い植物を植えたものだから、中庭は隠れスポットのようになっていて、ここの存在に気が付いている生徒の数は極僅かだろう。

 夏休みが終わったとはいえ、まだまだ残暑が厳しい。今日は曇っているとはいえ、湿度が高いので蒸し暑い。校長先生もそこら辺を考慮してか、全校集会では長々と喋っていたのに、防災訓練の総評みたいな話はさっさと切り上げる。そのあとは教頭による小言が続き、最終に昼休みは潰れたけど時間割はそのまま、という爆弾を投下して、防災訓練はお開きとなった。

 しかし、それでハイオワリとはいかない。大多数の生徒は上履きのまま外に出ていたので、上履きをキレイにしないと校舎内に入れないのだ。そういう人たちが下駄箱に押し寄せているので、元々靴を履いていた私たちはひと段落するまで中庭に戻ることにした。

「……抜き打ちの防災訓練でよかった」

 中庭に残したままだったお弁当などの持ち物を片付けながら、アリーが小さく呟いた。しかし今は中庭の方は静かなもので、小さな呟きでも普通に聞こえる。

「リリが居なかったら、あたし達はずっと中庭にいたかもだし、本当に何か起きてたなら逃げ遅れちゃってたかも!」

「そうそう。中庭なんて小松ちゃんしか来ないしさ。火事とかだったらヤバすぎだったね」

「ほんとそれ! アリーのおかげだよーありがとう」

「へっ!? いや、あの……! 宵の明星ブルースター団の団長として当然の事をしたまでですから!」

 宵の明星ブルースター団? アリー以外の三人の頭の上に、クエスチョンマークが浮かび上がる。

「……? 私は今何を……?」

 アリー本人ですら、首を傾げてしまっている。アリーはこの夏のあいだにボーイスカウトにでも入ったのかとも思ったけれど、近所のボーイスカウトで宵の明星団というのは聞いたことが無いし、何より本人が分かってないみたいだし、違うようだ。

「あ! もしかしたら、異世界転移してた時に所属していた団体名とか!?」

「あはは、まさか~忘れちゃうんでしょ?」

 まさかね、と笑い頷きあう。しかしアリーだけは真剣な表情で、首を横に振った。

「花蓮ちゃんの言うとおりかもしれないです。転移していた間、何かの団体で人助けしていた気がします……」

 なるほど、こんな感じで記憶が混乱するのか。これは確かに転移後に少しお休みが欲しいかもしれない。……具体的に何日休めば良くなるのかは、まだわからないけど。


「あーお前ら、こんな時にここに居ちゃ駄目だろ」

 急に話しかけられたので振り向くと、とてもダルそうな小松先生が壁に寄りかかっていた。
 い、いつの間に。

「小松ちゃんこそ、中庭来てもよかったん?」

「まあ、粗方終わったからクラスもってない先生は遅いお昼タイムなの。それより、予鈴鳴らなくなっちまってな、あと五分もないぞ」

 小松先生は愛妻弁当をこれ見よがしに見せつけてきた。しかし私はその腕に付けているスマートウォッチの画面を目で追う。画面には大きなアラビア数字で時刻が表示されていて、たしかにあと四分で午後の授業が始まる時間になっていた。

「やば!! 急いで戻らなきゃ!」

「小松先生、ありがとうございます!」

「土いじりも程々にね~」

  私達は中庭廊下まで走り、そこで靴を脱ぎ早歩きで下駄箱まで行く。中庭から下駄箱へ行くにはかなり遠回りをしなくてはならず、校舎と校舎を繋ぐ中庭廊下から校舎に入った方が、下駄箱まで近いのだ。

「靴下で廊下を歩くのってわりと滑るよね! あーでも、コヨはスペシャリストだったな~?」

「くっ」

 急いでいなければ、ちゃんとツッコミできるのに! 私は背中を叩くだけにして、下駄箱を目指す。上履きに履き替えたら、今度は教室を目指さなくてはいけない。

「あーそうだ、終わったらさ、ちょっとカフェ、行こうよ」

 ミィが、息も絶え絶えに提案する。今日は部活もないし、皆で寄り道をするのもいいかもしれない。

「いいね! リリの異世界話も聞きたいし!」

「えっ、あまり、お話する事、ないですけど」

 たしかに、防災訓練に邪魔されたから、このまま尻切れトンボになってしまうのはモヤモヤが残ってしまう。

「よし、じゃあ終わったら昇降口前に集合ってことで!」
 
 約束をとりつけている間に、なんとか教室に辿り着いた私たちは、勝利のBGM(※チャイム)に急かされながら、それぞれの教室に滑り込んだ。


◇◇◇


 放課後。約束通り昇降口前に集合したので、駅の近くにあるビルに入っているメジャーなカフェに腰を落ち着ける事にした。

「とりま、飲み物とか頼んじゃおっか」

「ほい~」

 メニュー表とにらめっこをして決めたのは、全員アイスティーだった。今日は別のものを頼もうと思いつつ、結局は飲みなれたものに落ち着いてしまう。

「……さて。どこまで話してもらったかな?」

 アイスティーがすぐに机に並べられて、各々お好みでシロップやミルクを入れてから、ミイが待ってましたと言わんばかりにアリーに顔を近づけた。

「えっと……予兆が来て転移する事を決めたところまで?」
 
 アリーは戸惑いながらも、そう答える。しかし、レンがミイと同じように身を乗り出した。

「えーでも宵の明星ブルースター団が気になる! その話をしてよ!」

 たしかに、私も気になる。三人とも首を縦に振っているのを見て、小さな溜息をついたアリーは、観念したように両手を上げた。

「わかりました。私も、あまり覚えていないので分かる範囲の話になりますけど……。あれは、転移してすぐの事だと思います――」


◇◇◇


 あれは、転移してすぐの事だと思います。右も左もわからなかった私は、転移した者がまず最初に行く場所があると案内されて、"ギルド"とか"ハローワーク"などと呼ばれている場所に行きました。行ってみるとそこは、自分の能力とかスキルによって職業を割り振ってくれる場所だったのです。

 私がおずおずと話しかけると、受付にいたヒューマニアの人がテスト場に案内してくれました。そこでは私と同じ日に転移した人が、光る石碑に力を籠めることで、能力を計測していたのです。順番を待ち、私も石碑に力を籠めると、どうやら剣士に向いているという事がわかりました。
 でも、現実世界でも剣なんか握った事のない私はどうしていいかわからないし、転移した世界でも、まだ剣士よりは農夫の方が職業としては求められている段階でした。

 ……ちなみに、ヒューマニアは転移先の世界で普通に暮らしている先住民のことですね。 転移してきた私たち日本人は、ダートニアと呼ばれていました。



 それで私は、経緯は覚えてないのですけれど、ダートニア側の自警団として立ち上がったばかりの、宵の明星ブルースター団に入ったのです。ちなみに、ヒューマニア側は明けの明星モーニングスター団と名付けられていて、宵と明けで対になっていました。

 ……そのまま七年間ずっと自警団に居たので、もしかしたら宵の明星ブルースター団としての意識が少し強く残っているのかもしれません。六年目なんかは、初代団長が先に日本に帰っちゃったので、二代目団長として皆を率いていたんですよ。――そのせいで、今でもちょっと「自分が動かなきゃ」みたいな意識がありますけど、良い体験になったと思います。

 そういえば。私が帰るまでは、ヒューマニアとダートニアの関係はわりと膠着こうちゃく状態になっていまして、宵の明星ブルースター明けの明星モーニングスターみたいな対立も度々発生していました。どうもヒューマニアはダートニアをある種の奴隷と考えていて、使役できるものだと思い込んでいたのですが、対するダートニアは自由度の高いオンラインゲームを七年縛りでやっているような感覚ですから、あくまでも自分たちがどう生きるかがメインで、ヒューマニアの復興などなどは二の次だったんです。
 私が日本に帰るまでその問題は解決しなかったので、今はどうなっているのか若干心配ではありますね……。こちらの一日が向こうの一年なので、もう問題は解決しているのかもしれませんが。


◇◇◇


「――宵の明星ブルースター団や異世界の事は、なんとなく分かりましたか?」

 アリーが覚えている範囲での話だったので、あまり詳しい内情はわからなかったけれど……それでも、生の異世界の話は素晴らしく、私は思わず拍手を送った。

「すごいすごい、本当に実際に人と人が生きているって感じなんだね」

 ミイもレンも、私の意見に同意のようで頷いている。

「あたしも早く異世界転移したい! けど、向こうが安全になってからがいいな~」

「ふふふ! そこは宵の明星ブルースター団が居ますから。 もし一般の人に迷惑がかかるような戦いになっても、宵の明星ブルースター団がお守りしますよ!」

「ははは、めっちゃ自信たっぷりって感じ、いいね」

 これは、アリーにしては珍しい事だ。アリーはいつもどこか自分に自信がなさげだったけれど、異世界転移して、団長なんて責任が強い役職をやってのけたのだから、自然と自信が身についたのかもしれない。

「いやいやいや、私なんかまだ全然……。異世界は異世界、こっちはこっちです。異世界で七年暮らしていた私は頑張っていましたけど、こっちの私はまだまだなんです……」

 それでも、防災訓練の時に私たちを導いたし、本人にはその自覚は無くても、アリーの心にはしっかり転移していた時につちかった何かが残っていると私は思った。それをそのままアリーに伝えると、アリーはやっぱり困ったような顔をしていたが、口元は少し緩んでいた気がする。

「それじゃあ、あたしは転移したらおしとやかな女性になりたいな!」

「いや、レンには無理でしょ」

「えっ酷くない!?」

 アリーの話を聞き終わってからはレンをからかってひとしきり笑ったり、レンが私をからかってきてやり返したり……。アリーが塾に行く時間になるまで、そんな楽しいひと時を過ごした。

 帰りの電車。思ったより空いている座席に腰かけて茜色に染まる景色を眺めていると、不意にスマートフォンが一回振動した。何の通知が来たのか見てみると、会話アプリのグループタイムラインに、アリーからのコメントが来ている。

アリー《言い忘れていました。異世界での暮らしはたぶん楽しいものだったと思いますが、私は皆とこうやって喋るのが一番楽しいので、戻ってこられる転移でよかったと思っていますよ(・ω・)ノ》

 アリーも何か思うところがあったのだろうか。私はなんて返していいのか数秒考えて、そして慎重に入力した。

《お帰り、アリー。これからもよろしくね!》

 誰かが読んだという記号が付いたのを見届けて、スマートフォンをスリープ状態にする。アリーが返信してくれたのか、ほかの二人がコメントしたのか分からないが、スマートフォンが振動した。
 たった一週間、だけれど七年。彼女の心に刻まれたその年月は、本人が自覚していなくても自然と溢れ出ていた。その様子を見て、今更、友達が一足先に大人になった事を知った時のような焦燥感を覚えている自分に少し嫌気が差す。

(早く、異世界転移したいな……)

 どちらにせよ、自分も異世界転移しないと七年の差は埋まらない。少し幼稚ではあるが、次の振動が来るまでスマートフォンを見ない自分ルールを決めて、窓の外を見る――暇もなく、あっという間にスマートフォンは何回も振動し始める。

「はは……」

 思わず乾いた笑いを漏らし、スマートフォンのスリープを解く事にした。
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