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勇者と冥王のママは暁を魔王様と
第六章・世界に二人きり4
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「どうした」
「あのね、ちちうえ、ぼく……ひみつがあるの。ききたい?」
もじもじしながらゼロスが言った。
……むしろ聞きたくないなと思ったが、ここで聞かなければ怒りだすことは分かりきっている。
「なんだ、言ってみろ」
「ききたいの?」
……イラッとした。だが我慢である。相手はまだ幼い我が息子。
「……ああ、教えてくれ」
「わかった! ちちうえにだけ、おしえてあげる」
とくべつねとゼロスは勿体ぶるが、ハウストはどうでもいいから言うなら言うで早く言ってほしい。
ゼロスはもじもじしながら打ち明ける。
「ぼくね、ブレイラだいすきなの」
「そうだろうな」
「まだひみつだけど、おおきくなったらブレイラとけっこんするの! わ~ッ、ぼく、おはなししちゃった~!」
キャーッとゼロスが興奮しながら両手で顔を覆っている。どうやら重大な秘密だったらしい。
ハウストは脱力した。
打ち明けられた内容は子どもの他愛ない戯言だ。
「……そうか。頑張れよ」
一万年の孤独など知らなくていいが、どうしてハウストがイスラとゼロスの親なのか、どうしてブレイラが魔界の王妃なのか、それは是非知ってほしいものだ。
だいたいそうなったら、魔王対冥王の一騎打ち。……いや、きっと勇者の参戦は避けられないだろう。ということは魔王対勇者対冥王の戦いだ。世界が滅びるな……とハウストは頭の片隅で思った。
「ねぇ、ちちうえ。ブレイラとあにうえ、いつかえってくる?」
「……。さあな」
「わからないの?!」
ゼロスはびっくりした顔になって、「もうっ、ちちうえなのに!」と勝手に怒りだす。父上はなんでも出来る、なんでも知っていると思っているのだ。
だが不意に、何か察知したのかゼロスが気の毒そうな顔でハウストを見た。
「……もしかして、ちちうえ、ブレイラにバイバイされたの?」
「断じて違うっ。…………お前は本当にいい度胸だな」
イスラの幼少期も難しかったが、ゼロスも違った意味で難しい。いずれここにクロードも加わるのかと思うとハウストは少しだけ頭が痛くなった。
こうしてハウストとゼロスが過ごしていると、士官が来客を知らせにくる。
「魔王様、ここにフェリクトール様、アベル様、ジェノキス様がお見えになりました」
「通せ」
ハウストが許可すると三人が入ってきた。
人間界の一件を話し合いに来たのである。
だが三人が入ってきた途端。
「わあっ! しらないひと、いっぱいきた!」
ゼロスは飛び上がって驚くと、慌ててハウストの背後に隠れた。
フェリクトールはともかく、ゼロスにとってジェノキスとアベルは警戒の対象である。紹介されたもののすぐに慣れることは無理である。
「なにしにきたの!」
ゼロスは勇ましく声を上げた。ハウストの後ろに隠れながら。
しかし、これから執務室では話し合いである。
ハウストは立ち上がって三人のところへ向かおうとしたが。
「……おい、離せ」
「やだ!」
ゼロスが足にしがみ付いていた。
ハウストは大きなため息をつくと、ゼロスの小さな体をひょいと抱き上げる。ついでにゼロスが持ち込んでいた絵本を適当に見繕った。
「お前は本でも読んでろ」
「ちちうえは?」
「俺はそこで会議だ」
「しらないひとたちと?」
「そうだ。静かにしてろよ?」
「ぼく、じょうずにしずかにできるよ?」
「本当だろうな……」
疑わしい……と思いつつハウストはゼロスを近くのソファに降ろして絵本を持たせた。
これで少しは大人しくしているだろう。とりあえず同じ部屋にいれば不安がらない筈だ。
「待たせたな」
待たせていた三人のところに足を向けた。
一人掛けの大型ソファに腰を下ろすも、三人から視線を感じてハウストの目が据わる。
「なんだ」
じろりと睨むハウスト。
本来なら震え上がる魔王の睨みだが、この男は先ほどまで幼児を抱っこして宥めすかしていたのである。あの威厳ある魔王が、冥王とはいえ幼児を。
ブレイラ不在の冥王はひどく情緒不安定で、万が一を考えると魔王の目の届くところにいた方がいいのは理解できるが、それにしても……。
それは魔王の見てはいけない姿に思えて、ジェノキスとアベルはなんともいえない複雑な顔をした。
ジェノキスは顔を引き攣らせ、信じ難いものでも見るような顔になる。
「……どうなってんだ……。先代に蜂起した時はもっと尖ってただろ」
「黙れ」
「俺達精霊界と敵対してた頃の冷酷無比な魔王様はどこいったんだよ。……なんか丸くなった?」
「貴様、黙れと言っているだろう」
ハウストの声が低くなる。
いけ好かないジェノキスの言葉に苛立った。丸いとはどういう意味だ。
……だが、ハウスト自身も薄々自覚していた。
認めたくないが、これが年を取って丸くなるということか、それとも……思い浮かぶのはブレイラだ。ブレイラが側にいると、それだけで視界に映る全ての色彩が鮮やかに輝く。第一子イスラと第二子ゼロスのいる生活は騒がしくもあるが、どんな些細なことにも幸せを感じることができる穏やかな日々。木漏れ日を散歩するような平穏な日常が続いているのである。
たしかに以前の自分を知る者からすれば今の自分は信じ難いものだろう。
なにより以前の自分なら、今回のようなことが起これば即刻ブレイラを連れ戻していた。
例えブレイラの意志で魔界を出ていようと問答無用だ。もし勇者が立ちはだかるなら戦うことになっても構わない。人間界の軍勢が阻むなら魔界の大軍を送り込む。とにかく自分は現状を我慢ならなかった筈だ。
しかし今、ハウストはブレイラとイスラに猶予を与えて静観していた。それが出来るのは、ブレイラの心が自分から離れている訳ではないから。そして、イスラはハウストの息子だからだ。
こうして特に反論せずにジェノキスを無視したハウストだったが、今度はアベルだ。アベルは少し引き気味だった。
「……マジか、これが魔王様かよ。どこから見てもパパだな」
「俺は最初からそのつもりだ」
当然のようにハウストは答えた。
それに関しては引かれようが笑われようが自分は最初からそのつもりだ。ブレイラを妃に迎えると決めた時からそのつもりだ。
微妙な空気が漂う中、フェリクトールが嫌味たっぷりにため息をついた。
「……いつまで無駄話しをしているつもりだ。そんな暇はないというのに」
フェリクトールがそう言うと、控えていた士官が報告書を配りだす。
それは人間界の現状が纏められたものだった。もちろんナフカドレ教団と大司教ルメニヒについても。
報告書を読み進めるにつれてハウストの顔が険しいものになっていく。
現在、人間界の幾つかの国の国王は教団の信仰者となり、国を捨てて大司教ルメニヒの元に集っていた。そうでない国も、信仰者になっていた国民が故郷を捨てて教団本部を目指している。人々の流動は千万を優に超えており、このままでは傾く国も出てくるだろう。
人間界の国々の中には教団を壊滅させるために大軍を準備している国もある。もし大軍が動けば各国を巻き込んだ大戦になり、多くの人間が血を流すことになる。
いや、これは人間の問題だけではない。教団の魔の手は水面下で魔族や精霊族にも伸びていた。人間ほど多くはないが信仰者の魔族と精霊族も教団本部に集っているのだ。
これほどの混沌、熱狂と暴挙。どんなに魅力的でカリスマ性のある大司教であろうと、これほどのことを実現させるのは不可能である。しかし、それは教団が開発した薬によって実現されていた。
今回、鍵になっているのは『薬』。おそらく多くの信仰者が薬によって惑わされている状態だ。現在、各世界で解毒薬の研究を進めているが開発は一進一退の状況だと報告されている。薬の成分は複雑で、なかには冥界の未知の植物が使われているものもあったのだ。
「あのね、ちちうえ、ぼく……ひみつがあるの。ききたい?」
もじもじしながらゼロスが言った。
……むしろ聞きたくないなと思ったが、ここで聞かなければ怒りだすことは分かりきっている。
「なんだ、言ってみろ」
「ききたいの?」
……イラッとした。だが我慢である。相手はまだ幼い我が息子。
「……ああ、教えてくれ」
「わかった! ちちうえにだけ、おしえてあげる」
とくべつねとゼロスは勿体ぶるが、ハウストはどうでもいいから言うなら言うで早く言ってほしい。
ゼロスはもじもじしながら打ち明ける。
「ぼくね、ブレイラだいすきなの」
「そうだろうな」
「まだひみつだけど、おおきくなったらブレイラとけっこんするの! わ~ッ、ぼく、おはなししちゃった~!」
キャーッとゼロスが興奮しながら両手で顔を覆っている。どうやら重大な秘密だったらしい。
ハウストは脱力した。
打ち明けられた内容は子どもの他愛ない戯言だ。
「……そうか。頑張れよ」
一万年の孤独など知らなくていいが、どうしてハウストがイスラとゼロスの親なのか、どうしてブレイラが魔界の王妃なのか、それは是非知ってほしいものだ。
だいたいそうなったら、魔王対冥王の一騎打ち。……いや、きっと勇者の参戦は避けられないだろう。ということは魔王対勇者対冥王の戦いだ。世界が滅びるな……とハウストは頭の片隅で思った。
「ねぇ、ちちうえ。ブレイラとあにうえ、いつかえってくる?」
「……。さあな」
「わからないの?!」
ゼロスはびっくりした顔になって、「もうっ、ちちうえなのに!」と勝手に怒りだす。父上はなんでも出来る、なんでも知っていると思っているのだ。
だが不意に、何か察知したのかゼロスが気の毒そうな顔でハウストを見た。
「……もしかして、ちちうえ、ブレイラにバイバイされたの?」
「断じて違うっ。…………お前は本当にいい度胸だな」
イスラの幼少期も難しかったが、ゼロスも違った意味で難しい。いずれここにクロードも加わるのかと思うとハウストは少しだけ頭が痛くなった。
こうしてハウストとゼロスが過ごしていると、士官が来客を知らせにくる。
「魔王様、ここにフェリクトール様、アベル様、ジェノキス様がお見えになりました」
「通せ」
ハウストが許可すると三人が入ってきた。
人間界の一件を話し合いに来たのである。
だが三人が入ってきた途端。
「わあっ! しらないひと、いっぱいきた!」
ゼロスは飛び上がって驚くと、慌ててハウストの背後に隠れた。
フェリクトールはともかく、ゼロスにとってジェノキスとアベルは警戒の対象である。紹介されたもののすぐに慣れることは無理である。
「なにしにきたの!」
ゼロスは勇ましく声を上げた。ハウストの後ろに隠れながら。
しかし、これから執務室では話し合いである。
ハウストは立ち上がって三人のところへ向かおうとしたが。
「……おい、離せ」
「やだ!」
ゼロスが足にしがみ付いていた。
ハウストは大きなため息をつくと、ゼロスの小さな体をひょいと抱き上げる。ついでにゼロスが持ち込んでいた絵本を適当に見繕った。
「お前は本でも読んでろ」
「ちちうえは?」
「俺はそこで会議だ」
「しらないひとたちと?」
「そうだ。静かにしてろよ?」
「ぼく、じょうずにしずかにできるよ?」
「本当だろうな……」
疑わしい……と思いつつハウストはゼロスを近くのソファに降ろして絵本を持たせた。
これで少しは大人しくしているだろう。とりあえず同じ部屋にいれば不安がらない筈だ。
「待たせたな」
待たせていた三人のところに足を向けた。
一人掛けの大型ソファに腰を下ろすも、三人から視線を感じてハウストの目が据わる。
「なんだ」
じろりと睨むハウスト。
本来なら震え上がる魔王の睨みだが、この男は先ほどまで幼児を抱っこして宥めすかしていたのである。あの威厳ある魔王が、冥王とはいえ幼児を。
ブレイラ不在の冥王はひどく情緒不安定で、万が一を考えると魔王の目の届くところにいた方がいいのは理解できるが、それにしても……。
それは魔王の見てはいけない姿に思えて、ジェノキスとアベルはなんともいえない複雑な顔をした。
ジェノキスは顔を引き攣らせ、信じ難いものでも見るような顔になる。
「……どうなってんだ……。先代に蜂起した時はもっと尖ってただろ」
「黙れ」
「俺達精霊界と敵対してた頃の冷酷無比な魔王様はどこいったんだよ。……なんか丸くなった?」
「貴様、黙れと言っているだろう」
ハウストの声が低くなる。
いけ好かないジェノキスの言葉に苛立った。丸いとはどういう意味だ。
……だが、ハウスト自身も薄々自覚していた。
認めたくないが、これが年を取って丸くなるということか、それとも……思い浮かぶのはブレイラだ。ブレイラが側にいると、それだけで視界に映る全ての色彩が鮮やかに輝く。第一子イスラと第二子ゼロスのいる生活は騒がしくもあるが、どんな些細なことにも幸せを感じることができる穏やかな日々。木漏れ日を散歩するような平穏な日常が続いているのである。
たしかに以前の自分を知る者からすれば今の自分は信じ難いものだろう。
なにより以前の自分なら、今回のようなことが起これば即刻ブレイラを連れ戻していた。
例えブレイラの意志で魔界を出ていようと問答無用だ。もし勇者が立ちはだかるなら戦うことになっても構わない。人間界の軍勢が阻むなら魔界の大軍を送り込む。とにかく自分は現状を我慢ならなかった筈だ。
しかし今、ハウストはブレイラとイスラに猶予を与えて静観していた。それが出来るのは、ブレイラの心が自分から離れている訳ではないから。そして、イスラはハウストの息子だからだ。
こうして特に反論せずにジェノキスを無視したハウストだったが、今度はアベルだ。アベルは少し引き気味だった。
「……マジか、これが魔王様かよ。どこから見てもパパだな」
「俺は最初からそのつもりだ」
当然のようにハウストは答えた。
それに関しては引かれようが笑われようが自分は最初からそのつもりだ。ブレイラを妃に迎えると決めた時からそのつもりだ。
微妙な空気が漂う中、フェリクトールが嫌味たっぷりにため息をついた。
「……いつまで無駄話しをしているつもりだ。そんな暇はないというのに」
フェリクトールがそう言うと、控えていた士官が報告書を配りだす。
それは人間界の現状が纏められたものだった。もちろんナフカドレ教団と大司教ルメニヒについても。
報告書を読み進めるにつれてハウストの顔が険しいものになっていく。
現在、人間界の幾つかの国の国王は教団の信仰者となり、国を捨てて大司教ルメニヒの元に集っていた。そうでない国も、信仰者になっていた国民が故郷を捨てて教団本部を目指している。人々の流動は千万を優に超えており、このままでは傾く国も出てくるだろう。
人間界の国々の中には教団を壊滅させるために大軍を準備している国もある。もし大軍が動けば各国を巻き込んだ大戦になり、多くの人間が血を流すことになる。
いや、これは人間の問題だけではない。教団の魔の手は水面下で魔族や精霊族にも伸びていた。人間ほど多くはないが信仰者の魔族と精霊族も教団本部に集っているのだ。
これほどの混沌、熱狂と暴挙。どんなに魅力的でカリスマ性のある大司教であろうと、これほどのことを実現させるのは不可能である。しかし、それは教団が開発した薬によって実現されていた。
今回、鍵になっているのは『薬』。おそらく多くの信仰者が薬によって惑わされている状態だ。現在、各世界で解毒薬の研究を進めているが開発は一進一退の状況だと報告されている。薬の成分は複雑で、なかには冥界の未知の植物が使われているものもあったのだ。
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