勇者と冥王のママは暁を魔王様と

蛮野晩

文字の大きさ
51 / 132
勇者と冥王のママは暁を魔王様と

第六章・世界に二人きり5

しおりを挟む
「……ふざけた真似しやがって」

 アベルが吐き捨てた。
 教団の目的は人間界の統一。それは人間界の秩序を根底から覆すことで、人間界の一国である海洋王国モルカナ国王のアベルは他人事ではない。
 しかも今、人間界に勇者は不在。……最悪だった。

「勇者はいつ戻るんだ」

 アベルがぎろりとハウストを睨む。
 人間側からすれば、魔界の王妃が勇者を惑わして攫ったようなものだ。
 はっきり言ってめちゃくちゃである。いくら親子関係でも、勇者が魔界の王妃に攫われるなど聞いたことがない。

「さあな」
「さあなってなんだっ。勇者を攫ったのはあんたの妃だろ!」
「そうだ、俺の妃だ。そして勇者は俺の息子。俺が今回のことで、人間に何も感じていないと思っているのか」

 ハウストの底知れぬ憤怒を孕んだ声。
 室内が一瞬にして張り詰めて、アベルは焦っていた自分に気が付いた。

「っ……、……悪かった。そうだったな……」

 アベルがソファの背凭れに背中を預け、天井を見上げて息を吐く。
 アベルや人間にとってイスラは勇者。人間界の安定の為に絶対に必要な存在である。
 だがブレイラやハウストにとっては息子なのだ。
 しかもハウストは複雑で、息子でありながら同格の王という存在。
 王としてイスラを扱わなければならないが、親として庇護したい気持ちもあるのだ。
 そしてそれはブレイラに関してもそうだ。今回のことは魔界の王妃として許されたものではない。王妃であることを放棄したに等しいだけでなく、勇者を攫うなど言語道断だ。

「気持ちは分かるが、いつまでもこの状況を続けることは不可能だ。魔王よ、君も分かっているだろう」

 フェリクトールが淡々とした口調で言った。
 フェリクトールの言葉は正しく、現状を冷静に見つめたものだ。

「……分かっている。いつまで猶予を与えるかも決めている」

 そう、現在ブレイラとイスラに与えている猶予には期限があった。もしイスラが息子でなければ即刻ブレイラを取り戻している。
 だからハウストは現在の状況を【王妃が息子を連れて人間界に休暇に行った】という扱いにしている。その扱いでなければ、魔界は王妃を取り戻すために勇者討伐に立たねばならなくなるからだ。
 しかし、猶予という誤魔化しはいつまでも続けられるものではない。
 ハウストは思案し、おもむろに立ち上がった。
 執務室の窓を開け放つと、ハウストの影から大型猛禽類の魔鳥が姿をみせる。
 それはブレイラが一人旅中のイスラに手紙を届ける時の魔鳥。各世界を区切っている強力な結界を突破できる魔王の鳥である。
 魔鳥はハウストの頭上を二回ほど旋回してひと鳴きすると、大きな翼を広げて人間界の方向へ飛んでいった。
 そう、人間界の方へ……。
 魔鳥を見送ったハウストがゆっくりと三人を振り返る。
 するとフェリクトールは心底呆れたといわんばかりの平らな目でハウストを見ていた。

「…………魔王よ、今なにをした」
「見ての通りだ。必要になるかもしれないだろう」

 ハウストは当然のように答えた。堂々と、迷いなく、当然のように。
 まるで開き直りのようなそれにフェリクトールの目が据わっていく。

「…………。聞きたくないが、それは誰が必要になるんだ」
「そんなのブ」
「もういい、聞きたくない」

 フェリクトールが即座に遮った。名前を全部言わせたくなかったのだ。
 フェリクトールは苛々と顔を引き攣らせてハウストを睨む。

「魔王よ、いい加減にしたまえ。一度くらい王妃をきつく叱ったらどうだ。今回のことを君は王妃と子息の休暇として処理するつもりかもしれないが、それを実行するこっちの身にもなりたまえ。魔王が決めたことに異を唱える者はいないが、王妃に甘すぎると皆が思っているだろうね」

 くどくどくどくどとフェリクトールの説教。
 アベルもうんうんと頷いてフェリクトールの味方をしている。

「そうだそうだ、一回くらいブレイラにガツンと言え。どう考えても甘すぎだろ」

 妙な意見の一致を見せた二人にハウストが眉間に皺を刻む。この二人は意外と良識人なのだ。さすが魔界の名宰相と一国の王である。常識がなければ務まらない。
 ハウストは大いに反論したかったが、自分もブレイラを甘やかしている自覚がないわけではなかった。
 だがこの男だけは違った。

「おい、魔鳥だけで大丈夫なのか? ブレイラに何かあったらどうするんだ」

 当然のように追加要請するジェノキス。
 こんな時だけこの男と意見が一致してしまうことにハウストは頭を抱えたのだった……。





 ――――人間界。
 イスラがブレイラとともに魔界を出てから五日が経過していた。
 この五日間、ブレイラと二人で過ごす時間は楽しかった。
 成長してから人間界を一人旅することが多かったイスラだが、ブレイラとの旅は今までと違ったものだ。
 好奇心のままに進む一人旅は自由で心が躍るものだが、ブレイラとの旅はどこか懐かしい気持ちが込み上げてくる。そう、まだブレイラと二人だけで暮らしていた時の気持ちだ。
 でも、あの幼い時と今では違う。
 幼い時はブレイラに甘えたい気持ちでいっぱいだった。独占している充足感に満たされて、どんなに貧しくてもブレイラと二人でいることが一番楽しくて幸せだった。あまりにも親子二人の状況が幸せで、ハウストとブレイラが結婚して三人になると知った時は受け入れ難いものを感じたくらいだ。
 そして成長した今、またブレイラと二人きりで人間界を旅している。今は守りたいという気持ちの方が断然大きい。幼い頃は求める気持ちの方が大きかったのに、今は不思議と与えたい気持ちの方が大きいのだ。

「イスラ、こちらに来てください! 面白い物を見せてあげます!」

 ブレイラが手を振っている。
 早くこちらに来てくださいと手招きするブレイラは市場の露店の前にいた。
 今、イスラとブレイラがいるのは、海沿いにある国の港町である。街には多くの商人や旅人が行き交って、港沿いにある市場も大勢の人々で活気に沸いていた。
 イスラが側まで行くと、ブレイラが勿体ぶった顔で待っていた。手の平に宝箱のような小箱を乗せている。

「見てください。これ、なんだと思いますか?」
「……箱だろ?」
「では蓋を開けてみてください」
「いいけど……」

 いったい何だと思いつつ箱を開けて、「わっ」と思わず声がでる。
 開けた途端、小さなぬいぐるみが飛び出してきたのだ。幼い子どもが喜びそうな仕掛けと、ふわふわの柔らかなぬいぐるみである。

「ふふふ、驚きましたか? この国の赤ん坊や幼い子どもは、こういうおもちゃで遊ぶそうですよ」

 宝箱の正体は子どもの仕掛けおもちゃだった。
 露店には他にも幾つかのおもちゃが並んでいてブレイラは楽しそうに見つめている。

「欲しいのか?」
「そういう訳ではありません。ただ、街にはいろんな物があるのだと思って。……私、知らなかったんです。ごめんなさい、イスラ」

 ブレイラが切なげに目を伏せた。
 でもそれは見間違えかと思うほど僅かな間で、ブレイラはまた楽しそうな顔になる。

「次はあちらに行ってみましょう。大きな広場があるそうですよ?」

 そう言ってブレイラはイスラの右手を両手で包む。
 ぐいぐいと引っ張られてイスラは苦笑しながらもついていく。
 旅が始まってから、ブレイラがいつになくはしゃいでいるように見えた。なにかとイスラを構って甘やかそうとするのだ。たしかにイスラは片腕の状態で不便もあるが、それでも少し度が過ぎているのではと思うほど構いたがる。
 この港町に入る前は山や森で野宿していたが、その時もブレイラはイスラを構い倒してずっと側にいようとした。
 動物の狩りに行こうとしたら『私も一緒に行かせてください』と張りきってついてきたり、イスラが昼時にうたた寝してしまったら『よく眠っていましたね』と膝枕されていることも珍しくなかった。ブレイラは嬉しそうに目を細めてイスラの頭を撫でていたのだ。
 イスラとしてはさすがに驚く。嬉しくないわけではないし、決して厭うている訳ではないが、……少し恥ずかしい。さすがにゼロスのように全力で甘えることはできない。
 でもそれが続くにつれて、ちょっと構い過ぎではないかと違和感のようなものを覚えた。
 ブレイラは元々世話焼きな性格をしているし、今の状況的に少しでも離れると不安になってしまうのかと思った。だがそれだけではない気がする。時折、ブレイラは後悔を滲ませたような切なげな顔をするのだ。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

「役立たず」と追放された神官を拾ったのは、不眠に悩む最強の騎士団長。彼の唯一の癒やし手になった俺は、その重すぎる独占欲に溺愛される

水凪しおん
BL
聖なる力を持たず、「穢れを祓う」ことしかできない神官ルカ。治癒の奇跡も起こせない彼は、聖域から「役立たず」の烙印を押され、無一文で追放されてしまう。 絶望の淵で倒れていた彼を拾ったのは、「氷の鬼神」と恐れられる最強の竜騎士団長、エヴァン・ライオネルだった。 長年の不眠と悪夢に苦しむエヴァンは、ルカの側にいるだけで不思議な安らぎを得られることに気づく。 「お前は今日から俺専用の癒やし手だ。異論は認めん」 有無を言わさず騎士団に連れ去られたルカの、無能と蔑まれた力。それは、戦場で瘴気に蝕まれる騎士たちにとって、そして孤独な鬼神の心を救う唯一の光となる奇跡だった。 追放された役立たず神官が、最強騎士団長の独占欲と溺愛に包まれ、かけがえのない居場所を見つける異世界BLファンタジー!

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

処理中です...