勇者と冥王のママは暁を魔王様と

蛮野晩

文字の大きさ
86 / 132
勇者と冥王のママは暁を魔王様と

第九章・二つの星の輝きを5

しおりを挟む
「あのね、ぼく、ブレイラのクッキーすきなの」
「クッキーですか?」
「うん。おやつは、みんなでクッキーたべていっぱいおしゃべりして、すごくたのしいの」

 ゼロスは楽しそうに語りだしたが、ふと大きな瞳がじわりと滲む。

「でも、このまえ、おべんきょうがおわらなくて、おやつにまにあわなくて……。ぼく、いやだったから、え~んってした」
「泣いてしまわれたのですか?」
「うん。ブレイラとちちうえとあにうえと、みんなでおやつたべたくて、かなしくなったの。だからブレイラにおねがいってしたのに、ブレイラはプンプンしてダメって。だからぼく、え~んって」

 要するに、ゼロスはおやつの時間までに勉強を終わらせられなかったのである。せっかくハウストとイスラとブレイラと全員揃ったおやつの時間だったのに、ゼロスは勉強が終わらなかったのだ。ゼロスはブレイラに『おべんきょう、あとでするから~!』とお願いしたけれど、ブレイラは『ダメです。お勉強をすると約束したでしょう。おやつはお勉強の後ですよ』と許してくれなかったのだ。ゼロスは悲しくなって『え~んっ!』と泣いたというわけである。

「それで、どうしたのですか? ゼロス様はおやつを食べられなかったのですか?」

 ラマダは少しハラハラした様子で聞いた。
 そんなラマダにゼロスは「でも、だいじょうぶ!」と笑いかける。

「ブレイラとちちうえとあにうえ、まっててくれた! みんなでおやつたべたの、おいしかった~! それでね、ブレイラが『よくがんばりましたね』て、いいこいいこしてくれて、ぼく、わーいって」
「そうですか、それは良かったですね」

 ラマダはほっと安堵して小さく笑った。
 ゼロスはすごく楽しい気持ちになってきて、今度はハウストやイスラのことも話しだす。

「ぼくのちちうえ、まおうしてるの。おこるとこわいけど、すっごくつよくて、わるいやつがきたらえいえいってやっつけるんだよ」
「そうでしたか。ゼロス様も強くならなければいけませんね」
「うん、がんばってる。ぼくのあにうえ、ゆうしゃしてるの。だからあにうえがおけいこしてくれる。あにうえもすっごくつよい」
「良かったですね」
「うん。……あっ! アハハッ、おもいだした~っ」

 ふいにゼロスが小さな口を小さな両手で覆って笑いだした。
 なにやら面白かった出来事を思い出したようだ。

「何を思い出されたのですか?」
「おしえてほしい?」
「ぜひ教えてください」

 もったいぶったゼロスをラマダは面倒がらずに相手をする。
 むしろラマダもゼロスの気持ちを盛り上げるようにワクワクした顔になっていた。

「いいよ! おしえてあげる! このまえ、ちちうえとあにうえが、おにわでおけいこしてたの。そしたら、ドーンッてばくはつして、おにわがめちゃくちゃになっちゃった。だからブレイラがコラーッてプンプンしたの! ぼくもね、いっしょにコラーッてしちゃった~! ちちうえとあにうえ、ごめんなさいってして、おもしろかった~! ちちうえとあにうえが、ごめんなさいだって~!」

 要するに、城の庭で魔王ハウストと勇者イスラが手合わせをしたのである。しかし力が入りすぎて庭園を破壊してしまったのだ。当然、ブレイラがハウストとイスラを叱ったわけだが、なぜかゼロスまで便乗した。ゼロスはブレイラの後ろに隠れながら『コラーッ』や『ごめんなさいは?』や『ダメでしょ!』とどさくさ紛れに一緒に叱っていたらしい。
 普段、ゼロスにとってハウストとイスラはとても大きな存在である。そんな相手を叱れる機会など滅多にないので、ゼロスはここぞとばかりに張り切って叱ったのだ。ブレイラの後ろに隠れながら。
 ゼロスはその時のことを思い出しながら、おもしろかった~! と満面で笑っている。
 他にも、ゼロスは玉座に座りながら身振り手振りを交えてラマダにたくさんお話しをした。ラマダはゼロスのつたないおしゃべりをニコニコしながら聞いてくれるのだ。
 ゼロスもおしゃべりしているうちに寂しさや悲しい気持ちがなくなって、明るくて楽しい気持ちでいっぱいになっていた。さっきまでとても怖かったのに、もう怖い気持ちはない。
 ゼロスは楽しかったことや面白かったこと、悲しかったことや困ったことなど、たくさんたくさん話した。
 でもふと、ゼロスのおしゃべりが止まる。

「ラマダ、ないてるの?! どうして?!」

 ラマダの頬が濡れていたのだ。
 心配するゼロスにラマダはゆっくりと首を横に振る。

「……いいえ、いいえ、悲しくて泣いているわけではありませんっ。嬉しくて、うれしくてっ、胸がいっぱいでっ……」

 ラマダは涙を零して泣き伏した。
 ゼロスはびっくりして目を丸める。
 どうしてラマダがこんなに泣くのか分からなかったのだ。

「うれしくて、なくの?」
「はいっ……。私は、ゼロス様の孤独な御姿しか知りませんでした。ずっと一人で寂しいのだと、嘆いて、怖がって、怒って、泣いている御姿です」
「そうなの? ぼく、ひとりじゃないのに?」

 ゼロスはきょとんとしたまま首を傾げる。
 まったく分からないと不思議そうなゼロスにラマダは目を細めた。
 ゼロスが分からないのは満たされているから。今のゼロスは、笑ったり、怒ったり、泣いたり、喜んだり、くるくる感情が変化してとても忙しい。でもそれが出来るのは、一欠けらも零されることなく受け止められているから。そう、それはブレイラによって無条件に。
 ラマダは目を伏せた。
 前の冥界の時、ラマダはブレイラに接触したことがある。前の冥王の孤独を慰める為、ブレイラに全てを捧げるように告げたのだ。しかしそれは叶わなかった。前の冥界は消滅し、冥王も三界を守る為にみずからを犠牲にしたのだ。
 でも今、ゼロスは幸せそうに笑っている。それはラマダがずっと見たかったゼロスの姿だった。
 今、ゼロスは幸せなのだ。ブレイラ達に無条件に愛されて、慈しまれて、受け止められて、信じあえて。
 ラマダは顔をあげてゼロスを見つめた。
 涙が滲んだラマダの瞳は輝いて、泣いているのに喜びに満ちている。

「はい、ゼロス様は一人ではありませんね。もう寂しくありませんねっ……」

 ラマダは微笑んで言うと、ゆっくりと立ち上がった。
 お別れの時間が近い。寂しいけれど、これは必要なお別れ。

「ゼロス様、冥界はもう大丈夫です」
「だいじょうぶ?」
「はい。ゼロス様のおかげで冥界はとても元気になりました。ゼロス様の大きな力によって冥界は強くなります」
「ブレイラがね、おおきなちからはじょうずにつかいなさいって。ぼく、じょうずにできた?」
「お上手でございます。ブレイラ様もきっとお喜びになります」
「うん! ぼくね、ステキなめいおうさまになるの!」
「はい、楽しみにしております。どうぞお健やかに成長し、素敵な冥王様となり、安寧の御世をお築きください」

 ふいにラマダの姿が淡く輝きだし、足先から徐々に金の砂塵となって消えていく。
 幻のように消えていく姿にゼロスは焦った。
 だって、ラマダとのおしゃべりはとても楽しかったのだ。

「ど、どこいくの?!」
「どこにも行きません。ただ、消えるだけでございます」
「きえる? もうあえないの?! ラマダ、いなくなっちゃうの?!」

 ゼロスが焦って聞くとラマダは静かに頷いた。

「悲しまないでください。前の冥界が消滅した時に、私自身もすでに消えております」
「……おわかれ、やだ。うぅっ……」

 ゼロスの大きな瞳に涙が滲む。
 ラマダは切なげに目を細めながらも、ゼロスに優しく語り掛ける。

「ありがとうございます。でも、もうお別れです。しかしこれは必要なお別れです」
「……おわかれなのに?」
「はい。ずっと、ずっと遠い未来、冥界が創世期を終えた先の、ゼロス様の御世からずっと先の冥王の時代、私は冥界の民の一人として生まれ変わることができるでしょう。冥界の片隅にある小さな村の村人として、赤ん坊となって生まれます」
「ラマダは、あかちゃんになるの?」
「そうです。ゼロス様が創世の礎《いしずえ》を築いた世界の民でございます。世界の礎とは創世の王によって造られるもの。遠い未来に冥界の民として生まれる日を、今から心待ちにしています」
「そうなんだ……」

 ゼロスは何も言えなくなった。
 お別れは寂しかったけれどラマダはとても嬉しそうだったのだ。
 ここで行かないでとワガママをしたら、きっとラマダをとても困らせる。だからゼロスはグッと我慢した。
 ゼロスはぐいっと涙を拭い、ラマダに笑いかける。

「……さよなら、ラマダ。おはなし、いっぱいきいてくれて、ありがとう」
「はい、さようなら。ゼロス様の御世が栄光と祝福に満ちたものであることをお祈りしています。どうか、お健やかに」

 そう言ってラマダは微笑んだ。
 ラマダの全身の輝きが増して、金の砂塵になって、砂塵は光になって消えていった。ラマダは微笑とともに真の消滅を迎えたのだ。いずれ遠い未来に生まれ変わる為に。

「ラマダ……」

 ラマダの気配が消えると、ゼロスの瞳にじわりと涙が滲む。
 でもすぐに涙を拭って泣かなかった。お別れは寂しかったけれど、不思議と心は軽くて前向きだ。

「ん? あっ、あさだ~!! あかるい~!!」

 気が付くと清々しい朝を迎えていた。
 眩しいほどの陽光が差して玉座の間を光で満たしている。ゼロスは暗闇を越えたのだ。

「ぼく、えらい!」

 ゼロスは両手をあげて喜ぶと、ぴょんっと玉座から飛び降りた。
 トントントンッと軽快な足取りで壇上の階段を降りる。
 そのまま玉座の間を出ようとしたが、扉の前でもう一度玉座を振り返った。
 冥界の玉座は、ゼロスの時代が終わっても次の冥王によって、また次の冥王によって継承されていく。
 でも、ラマダは言っていた。冥界の礎は創世の王であるゼロスによって造られるのだと。ゼロスは、『礎』の意味がよく分からない。でも、いずれ生まれてくるラマダが冥界で幸せに暮らせると嬉しい。

「よ~しっ、がんばるぞ~!」

 ゼロスは勇ましく声を上げた。
 玉座の間を飛び出して、長い回廊をズンズンッと大股で歩く。元気に両腕を振って、いつもは垂れ気味の目尻もキリッとしている。今のゼロスは勇気と元気が漲っているのだ。
 そして、神殿の大きな扉を開ける。

「ああっ!! あにうえだ~!! あにうえがいる~~!!」

 煌めくような青空の下、そこに立っていたのはイスラだった。
 イスラはゼロスが神殿から出てくるのを待っていたのだ。
しおりを挟む
感想 5

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

「自由に生きていい」と言われたので冒険者になりましたが、なぜか旦那様が激怒して連れ戻しに来ました。

キノア9g
BL
「君に義務は求めない」=ニート生活推奨!? ポジティブ転生者と、言葉足らずで愛が重い氷の伯爵様の、全力すれ違い新婚ラブコメディ! あらすじ 「君に求める義務はない。屋敷で自由に過ごしていい」 貧乏男爵家の次男・ルシアン(前世は男子高校生)は、政略結婚した若き天才当主・オルドリンからそう告げられた。 冷徹で無表情な旦那様の言葉を、「俺に興味がないんだな! ラッキー、衣食住保証付きのニート生活だ!」とポジティブに解釈したルシアン。 彼はこっそり屋敷を抜け出し、偽名を使って憧れの冒険者ライフを満喫し始める。 「旦那様は俺に無関心」 そう信じて、半年間ものんきに遊び回っていたルシアンだったが、ある日クエスト中に怪我をしてしまう。 バレたら怒られるかな……とビクビクしていた彼の元に現れたのは、顔面蒼白で息を切らした旦那様で――!? 「君が怪我をしたと聞いて、気が狂いそうだった……!」 怒鳴られるかと思いきや、折れるほど強く抱きしめられて困惑。 えっ、放置してたんじゃなかったの? なんでそんなに必死なの? 実は旦那様は冷徹なのではなく、ルシアンが好きすぎて「嫌われないように」と身を引いていただけの、超・奥手な心配性スパダリだった! 「君を守れるなら、森ごと消し飛ばすが?」 「過保護すぎて冒険になりません!!」 Fランク冒険者ののんきな妻(夫)×国宝級魔法使いの激重旦那様。 すれ違っていた二人が、甘々な「週末冒険者夫婦」になるまでの、勘違いと溺愛のハッピーエンドBL。

「役立たず」と追放された神官を拾ったのは、不眠に悩む最強の騎士団長。彼の唯一の癒やし手になった俺は、その重すぎる独占欲に溺愛される

水凪しおん
BL
聖なる力を持たず、「穢れを祓う」ことしかできない神官ルカ。治癒の奇跡も起こせない彼は、聖域から「役立たず」の烙印を押され、無一文で追放されてしまう。 絶望の淵で倒れていた彼を拾ったのは、「氷の鬼神」と恐れられる最強の竜騎士団長、エヴァン・ライオネルだった。 長年の不眠と悪夢に苦しむエヴァンは、ルカの側にいるだけで不思議な安らぎを得られることに気づく。 「お前は今日から俺専用の癒やし手だ。異論は認めん」 有無を言わさず騎士団に連れ去られたルカの、無能と蔑まれた力。それは、戦場で瘴気に蝕まれる騎士たちにとって、そして孤独な鬼神の心を救う唯一の光となる奇跡だった。 追放された役立たず神官が、最強騎士団長の独占欲と溺愛に包まれ、かけがえのない居場所を見つける異世界BLファンタジー!

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬下諒
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 造語、出産描写あり。前置き長め。第21話に登場人物紹介を載せました。 ★お試し読みは第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる

結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。 冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。 憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。 誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。 鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。

【完結】気が付いたらマッチョなblゲーの主人公になっていた件

白井のわ
BL
雄っぱいが大好きな俺は、気が付いたら大好きなblゲーの主人公になっていた。 最初から好感度MAXのマッチョな攻略対象達に迫られて正直心臓がもちそうもない。 いつも俺を第一に考えてくれる幼なじみ、優しいイケオジの先生、憧れの先輩、皆とのイチャイチャハーレムエンドを目指す俺の学園生活が今始まる。

【完結済】あの日、王子の隣を去った俺は、いまもあなたを想っている

キノア9g
BL
かつて、誰よりも大切だった人と別れた――それが、すべての始まりだった。 今はただ、冒険者として任務をこなす日々。けれどある日、思いがけず「彼」と再び顔を合わせることになる。 魔法と剣が支配するリオセルト大陸。 平和を取り戻しつつあるこの世界で、心に火種を抱えたふたりが、交差する。 過去を捨てたはずの男と、捨てきれなかった男。 すれ違った時間の中に、まだ消えていない想いがある。 ――これは、「終わったはずの恋」に、もう一度立ち向かう物語。 切なくも温かい、“再会”から始まるファンタジーBL。 全8話 お題『復縁/元恋人と3年後に再会/主人公は冒険者/身を引いた形』設定担当AI /c

処理中です...