勇者と冥王のママは暁を魔王様と

蛮野晩

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勇者と冥王のママは暁を魔王様と

第十二章・次代を告げる暁を1

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 魔界・魔王の城。

「イスラ、おはようございます。昨夜はよく眠れましたか?」
「あにうえ、おはよー!」

 私の後ろからゼロスがぴょこんっと顔を出します。
 そんな私たちにイスラが表情を和らげました。

「おはよう、ブレイラ、ゼロス」

 以前と変わらぬイスラに安心します。
 ナフカドレ教団が解散してから二週間が経過しました。
 人間界統一を企んだナフカドレ教団大司教ルメニヒの野望が打ち砕かれたことで、人間界の混乱も徐々に収まっていきました。
 イスラが開発を命じていた解毒剤が効力を発揮し、薬に侵されていた多くの人間、魔族、精霊族も正気を取り戻したのです。
 西のピエトリノ遺跡に進軍していた連合軍はイスラの仲裁で軍を引きましたが、イスラはそれを見届けた後も戦後処理を兼ねて人間界で奔走していました。
 先に魔界に帰っていた私はイスラとお手紙でやり取りしつつ、イスラの活躍や近況報告を耳にしていたのです。お手紙ではイスラの近況を知れる喜びを綴りますが、さり気なく『いつ魔界に帰ってくるのですか?』と問い続けました。最初は文末にさり気なく、でもお手紙を送り合ううちに一文二文と増えていき、最終的には便箋一枚を消費してイスラを心配している気持ちと帰って来てほしいという願いを綴っていました。
 ハウストには『なにっ、三日に一度手紙を送り合っているのか?!』と驚かれました。そう、私は三日と開けずにお手紙を出し続けました。イスラも必ずお手紙を返してくれます。
 それを知ったジェノキスは『……ブレイラが手紙を出すのはともかく、イスラもちゃんと返事を書いてんのか……』となんとも微妙な顔をしていました。私に隠れて『勇者が究極のマザコンでいいのかよ。歴代最強になるんだろ』とハウストにこそこそ言っていましたが、いいのです。
 これは私とイスラにとって普通のこと、なんら驚くべきことではありません。
 とにかく私はイスラには早く魔界で左腕を接合する手術を受けて欲しいのです。本当は私が帰る時に一緒に帰ってもらうつもりでした。
 しかし、イスラは隻腕に慣れて特に不自由を感じていない事と、戦後処理という勇者としての役目があって人間界に残ったのです。
 それは仕方ないことだと理解していますが、……私は知っています。イスラは連合軍総司令官だったゾルターギス将軍をはじめとした、いろんな国の将軍や武官と意気投合していると。
 イスラが人間界で遊んでいるとは言いません、とても大切な役目を果たしています。それにイスラは魔界育ちの勇者なので、人間界に友人や味方が増えていくのは嬉しいことです。
 ……だから理解しています。理解していますが少しくらい、ほんの少しくらい心配する私の気持ちも思い出してほしいというか……。
 でも、そんな憂いの日々もようやく終わりました!
 昨夜ようやくイスラが魔界に帰って来てくれたのです!
 翌朝の今日、さっそく左腕の接合手術をすることになりました。
 私はイスラが魔界に帰って来てからずっと側に付きっきりです。だって今から手術するのですよ? きっとイスラは不安に思っているはずです!

「イスラ、痛いところはありませんか? 苦しいところは? これから手術なんですから体調が悪くなったらすぐに言ってください」

 回廊を歩くイスラに話しかけました。
 隣で励ます私にイスラは「ありがとう、大丈夫だ」と優しく目を細めてくれます。
 私は笑いかけて、イスラの右腕を両手で捕まえて反対側を覗き込みました。

「もうすぐ左腕が戻るのですね。楽しみです」
「ああ、ブレイラが取り返してくれたお陰だ」
「当たり前です。イスラの腕が誰かに奪われたなど決して許せません」

 イスラの腕が奪われ、血の海に横たわっていた姿が目に焼き付いています。
 思い出すだけで胸が張り裂けそうになって怒りと悲しみに目の前が染まるよう。
 でも、ようやく戻るのです!

「イスラ、腕を接合する手術は不安かもしれませんが、大丈夫、なにも不安に思うことはありません。手術中も私が側についていますよ。手を握っていてあげます」
「えっ?」

 振り返ったイスラに笑顔で頷きます。
 当然ですよね、イスラが不安がることがないように手術中も手を握っていてあげるのです。
 枕元でイスラの右手をぎゅっと握って、励まして、慰めて。そう、決してイスラが不安がることがないように。
 大丈夫、どんな手術になるのかハウストに聞いています。今回は手術といっても禁術解除の接合処置なので、主に魔力を発動しての手術。一般的な身体を切ったり縫ったりという外科手術ではありません。だからずっと側にいてあげられますね。
 意気込む私に一緒にいたゼロスも大賛成してくれます。

「ぼくも! ぼくも、あにうえがんばれーっ、がんばれー! てするの!」
「ふふふ、ゼロスも応援してくれるのですね」
「うん。あにうえ、ぼくもいっしょ! おててぎゅっとしててあげる!」
「ゼロスもですか? それは困りました。私もイスラの手を握っててあげるんです。手術中なのでイスラの手は一つしか握れません」
「うーん、それじゃあ~。……あっ、ぼくは、あにうえのおなかにぎゅってする~!」

 閃いたとばかりにゼロスが声を上げました。
 でも私は笑ってしまいます。だって手術中にイスラのお腹にぎゅっとしているゼロスを想像するとおかしくて。

「それだとイスラが重たくなるかもしれませんよ?」
「ええ~っ。じゃあ、あにうえのおとなりに、ごろんってしてる!」

 ゼロスが楽しそうに言いました。
 手術中にイスラの横でごろんとしているなんて、仕方ないですね。でもイスラを思う気持ちは分かります。私も同じ気持ちですよ。
 こうしてゼロスと手術中はどうやってイスラを応援するか話していましたが。

「……あの、ブレイラ」

 イスラが声を掛けてきました。
 振り返るとイスラはなんとも複雑な顔をしています。

「どうしました?」
「いや、あの、……手術中のことなんだけど……」
「はい、分かっています。イスラはなにも不安に思うことはありません。あなたが怖くないように手術中も私が手を握っていてあげますから。ゼロスも頑張るそうですよ?」

 みなまで言わないでください。あなたの気持ちは分かっています。
 だからイスラは何も恐れることはないのです。
 見下ろすとゼロスも「まかせて!」と胸を張っています。きっと大好きな兄上を応援できることが嬉しいのですね。
 そんな私たちにイスラがますます複雑な顔になりましたが、そうしている間にも施術を行なう部屋に到着します。
 侍女に扉が開けられ、上級医務官たちに出迎えられました。そしてもちろんハウストの姿もあります。

「お待たせしました。よろしくお願いします」
「ああ、準備は出来ているぞ」

 ハウストは部屋の中心に鎮座するベッドの脇に立っていました。
 本来、治療は医務官の仕事なのでハウストは関わらないのですが、イスラの左腕は禁術によって切断されたこともあって接合にはハウストの力も必要なのです。
 私は手術に携わる医務官一人ひとりを順に見て、深々と頭を下げました。

「本日はどうぞよろしくお願い致します。どうかイスラの腕を治してください」
「お、王妃様、おやめくださいっ」
「勿体ないことでございます……!」
「全力を尽くしますので、どうぞご安心ください!」
「ありがとうございます。とても頼もしく思っています」

 そう言ってまた深々と頭を下げました。どれだけ頭を下げても足りないくらいなのです。
 そしてイスラを振り返って治療台のベッドへと促しました。

「さあイスラ。頑張ってくださいね」
「ああ……」

 イスラは少し警戒した顔で私を見ながらベッドに横になります。
 その顔、ああやっぱり不安なのですねっ。私が側にいてあげなければ!
 私もいそいそとイスラの後に続いて、枕元に腰を下ろしました。
 イスラを安心させるように優しく笑いかけて、右手を両手で包むようにぎゅっと握ります。
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