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勇者と冥王のママは創世を魔王様と
第二章・家族の輪郭7
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「こんどはオレがゼロスをおんぶする」
お腹いっぱいになって元気なイスラが立候補しました。
頼もしいですが少し心配です。
「大丈夫ですか? まだまだ階段はあるんですよ?」
「だいじょうぶ、オレだってできる! ブレイラ、おんぶのひも!」
そう言ってイスラが背中を向けてくれましたが躊躇ってしまう。
困っていると、ハウストが「大丈夫だ」と笑いながら言いました。
「丁度いい鍛錬になるだろう。やらせてやれ」
「ええっ、二人にもしもの事があったらどうするのです」
「その時は俺がいる」
ハウストが当たり前のことのように言いました。
その言葉に胸が一杯になる。そうですね、イスラとゼロスはあなたと私の子どもです。
それは今まで何度も言葉にしてくれたもので、いい加減に慣れた方がいいのかもしれません。でもどうしても、その度に私の胸は甘く熱く締め付けられる。だって嬉しいのです。
「では、その時はイスラとゼロスをお願いしますね」
私は頷いて、おんぶ紐でイスラの背中にゼロスを固定しました。
「イスラ、重くなったら言ってくださいね。ゼロスをお願いします」
「まかせろ」
こうしてゼロスはイスラがおんぶし、私たちはまた頂上を目指しました。
今や地上は遥か眼下で、このまま雲の中に入っていってしまうのではないかと思えるほど高い場所へ来ました。
そして階段を上り始めて三時間弱。とうとう私たちは頂上へ辿りついたのです。
ビュオオオオオオオ!!!!
地上から吹き上げる風に私のローブがはためく。
ひらひらとローブの裾が舞うのを手で押さえ、そこから一望できる絶景に息を飲みました。
ここは冥界で最も高い場所。ここから冥界の全てが見渡せます。
「凄いですね」
「この場所はいずれ冥王の城の高殿になる場所だ。俺の城にもあるだろ」
「はい」
魔王の居城にある高殿からも魔界を一望できます。魔界で最も高い場所なのです。
そう思うと少しだけ冥界の未来が想像できてなんだか楽しみな気持ちになりました。
そしてこの頂上の地で、その中心にある物を見つけます。
「もしかして、あれが……玉座なんですか?」
「ああ、おそらく」
そこにあったのは、なんの変哲もない岩でした。
そう、ぽつんと岩が鎮座していたのです。
楕円形の岩は腰かけるには丁度いいサイズの物でしたが玉座というにはあまりにも、その、あまりにも……普通の岩すぎて……。
「あの、なにかの間違いでは……?」
「ここにあれ以外に何かあるか?」
「……何もありませんね」
辺りを見回すも、そこにあるのは椅子のような岩、もしくは岩のような椅子。
今まで目にした玉座とあまりにも違い過ぎて理解が追い付きません。
私の困惑に気付いたハウストが苦笑します。
「心配するな。いずれそれなりの装飾がされ、玉座らしい椅子になるだろう」
「そうなんですね。かっこいいのが出来るといいですね」
「あぶぅ」
イスラにおんぶされているゼロスを見下ろしました。
指を吸っていたゼロスが抱っこしろと両手を伸ばしてきます。
「イスラ、ここまでありがとうございました。大変だったでしょう?」
「だいじょうぶだ。あにうえだからな」
「頼もしいですね。ゼロス、こちらへ」
「あうー」
ゼロスを抱っこしてその顔を覗き込みます。
「おんぶしてもらえて良かったですね」
「にー?」
「そう。あなたの兄上ですよ」
「あうー」
ゼロスがぺたりっと私に抱きついてきました。
甘えているのですね。
いい子いい子と頭を撫でます。
そしてハウストを見つめると、彼と目が合う。彼は真剣な面差しでゼロスを見つめました。
「ブレイラ、ゼロスを玉座へ」
静かに紡がれた言葉。
その時がきたのです。ゼロスが戴冠する、その時が。
「はい」
私も重く頷いてゼロスを抱っこしたまま岩の玉座へ足を進めます。
ぎゅうっ。ゼロスの小さな手が私のローブを握り締めました。
「ゼロス、どうしました?」
「あう、うっ……」
ゼロスの大きな瞳が涙で滲む。
唇を噛みしめて、ぎゅっと目を閉じて私にしがみつく。
「ゼロス?」
様子がおかしいです。
やはり体調が良くないのでしょうか。
「ハウスト、戴冠は玉座に座るだけでいいんですよね?」
「そうだ」
玉座に座るだけでいいならすぐに終わりますよね。
戴冠を早く終わらせて魔界で休ませてあげたいです。
「すぐに終わりますから、少しだけ我慢してくださいね」
「あう……、うっ、ちゅちゅちゅちゅ、うぅっ……」
ちゅちゅちゅちゅ、ゼロスがいつもの指吸いをしようとします。
いつもなら指吸い中は静かになるのに、私の腕の中でそわそわと落ち着きがない。
「すぐに終わりますからね」
ゼロスに言い聞かせて玉座の前に立ちました。
あとはゼロスを座らせるだけ。
私はゼロスの両脇に手を差し入れ、その小さな体を持ち上げる。
でも大きな瞳がみるみる涙で潤みだしました。
「いい子ですから、少しだけ大人しくしていてくださいね」
「うっ、うぅっ、うえええん! うえええええええん!!」
「いい子ですから、すぐに終わりますから、ね?」
せっかく泣きやんでいたのに、また大きな声で泣きだしてしまいました。
しかも今度は小さな手足をばたばたさせて大暴れ。体を反り返らせたり踏ん張ったり。
「わわっ、暴れないでくださいっ」
「うえええええん!!」
このままでは危ないです。
早く玉座に座らせて戴冠を終わらせてしまいましょう。
ゼロスの体を岩の玉座に降ろした、次の瞬間。
「ふぎゃああああああああ!!!!!!」
一際大きな泣き声。そして、ピシッ、ピシピシピシッ……! 玉座の岩に亀裂が走った、その刹那。
ガガガガガガガガガガガッ!!!!!!
まるで天から雷が落ちたようでした。
玉座の亀裂が地上まで走り、岩山を真っ二つに割る。
突然のことに思考が追い付かない。
「ブレイラ!!」
ハウストが私を咄嗟に抱き寄せます。
今、視界に映る光景は理解し難く、信じたくなく、絶望的なものでした。
岩山に走った亀裂の狭間はまるで竜巻が吹き荒れる異空間。
凄まじい力で私の体を、魂を引きずり込もうとする。
ハウストに抱かれていなければ、私の体など瞬く間に粉々になって異空間に吸い込まれていたでしょう。
でも。
「ぅ、くっ、……ああっ!」
意識が、魂が、強引に肉体から引き剥がされていく。
引きずり込まれそうになる中で、ハウストを見つめます。
彼は険しい顔で私を抱きしめていました。
離すまいと強く抱きしめる両腕。私も必死にしがみつく。
「ハウスト、……ぅっ、イスラと、ゼロスがっ……」
そう、イスラとゼロスがいないのです。
私の腕の中にいたゼロスの姿はなく、イスラの姿も見えない。二人がいない。
「大丈夫だっ。だから、今は、しっかり俺に掴まっていろっ!」
「でもっ、うぅっ……くっ!」
二人がいない。途方もない絶望。
しかし今、その絶望の感情すらも白く塗り潰されていく。
私の肉体から魂が少しずつ引き剥がされている。
「ハウスト、わたしっ……、ぅ、わたし……っ」
死ぬのですか?
このまま肉体から魂が引き剥がされて、このまま、このまま……。
「駄目だブレイラ! しっかりしろ!!」
耳元でハウストが声を荒げます。
でも声は轟音に掻き消されて、その音すらも遠くて、彼が、遠くて。
強制的に視界が閉じていく。
最後に目にしたのはあなたの顔。
私が、あなたに、そんな顔をさせているのですね。
ごめん、な、さい……。
お腹いっぱいになって元気なイスラが立候補しました。
頼もしいですが少し心配です。
「大丈夫ですか? まだまだ階段はあるんですよ?」
「だいじょうぶ、オレだってできる! ブレイラ、おんぶのひも!」
そう言ってイスラが背中を向けてくれましたが躊躇ってしまう。
困っていると、ハウストが「大丈夫だ」と笑いながら言いました。
「丁度いい鍛錬になるだろう。やらせてやれ」
「ええっ、二人にもしもの事があったらどうするのです」
「その時は俺がいる」
ハウストが当たり前のことのように言いました。
その言葉に胸が一杯になる。そうですね、イスラとゼロスはあなたと私の子どもです。
それは今まで何度も言葉にしてくれたもので、いい加減に慣れた方がいいのかもしれません。でもどうしても、その度に私の胸は甘く熱く締め付けられる。だって嬉しいのです。
「では、その時はイスラとゼロスをお願いしますね」
私は頷いて、おんぶ紐でイスラの背中にゼロスを固定しました。
「イスラ、重くなったら言ってくださいね。ゼロスをお願いします」
「まかせろ」
こうしてゼロスはイスラがおんぶし、私たちはまた頂上を目指しました。
今や地上は遥か眼下で、このまま雲の中に入っていってしまうのではないかと思えるほど高い場所へ来ました。
そして階段を上り始めて三時間弱。とうとう私たちは頂上へ辿りついたのです。
ビュオオオオオオオ!!!!
地上から吹き上げる風に私のローブがはためく。
ひらひらとローブの裾が舞うのを手で押さえ、そこから一望できる絶景に息を飲みました。
ここは冥界で最も高い場所。ここから冥界の全てが見渡せます。
「凄いですね」
「この場所はいずれ冥王の城の高殿になる場所だ。俺の城にもあるだろ」
「はい」
魔王の居城にある高殿からも魔界を一望できます。魔界で最も高い場所なのです。
そう思うと少しだけ冥界の未来が想像できてなんだか楽しみな気持ちになりました。
そしてこの頂上の地で、その中心にある物を見つけます。
「もしかして、あれが……玉座なんですか?」
「ああ、おそらく」
そこにあったのは、なんの変哲もない岩でした。
そう、ぽつんと岩が鎮座していたのです。
楕円形の岩は腰かけるには丁度いいサイズの物でしたが玉座というにはあまりにも、その、あまりにも……普通の岩すぎて……。
「あの、なにかの間違いでは……?」
「ここにあれ以外に何かあるか?」
「……何もありませんね」
辺りを見回すも、そこにあるのは椅子のような岩、もしくは岩のような椅子。
今まで目にした玉座とあまりにも違い過ぎて理解が追い付きません。
私の困惑に気付いたハウストが苦笑します。
「心配するな。いずれそれなりの装飾がされ、玉座らしい椅子になるだろう」
「そうなんですね。かっこいいのが出来るといいですね」
「あぶぅ」
イスラにおんぶされているゼロスを見下ろしました。
指を吸っていたゼロスが抱っこしろと両手を伸ばしてきます。
「イスラ、ここまでありがとうございました。大変だったでしょう?」
「だいじょうぶだ。あにうえだからな」
「頼もしいですね。ゼロス、こちらへ」
「あうー」
ゼロスを抱っこしてその顔を覗き込みます。
「おんぶしてもらえて良かったですね」
「にー?」
「そう。あなたの兄上ですよ」
「あうー」
ゼロスがぺたりっと私に抱きついてきました。
甘えているのですね。
いい子いい子と頭を撫でます。
そしてハウストを見つめると、彼と目が合う。彼は真剣な面差しでゼロスを見つめました。
「ブレイラ、ゼロスを玉座へ」
静かに紡がれた言葉。
その時がきたのです。ゼロスが戴冠する、その時が。
「はい」
私も重く頷いてゼロスを抱っこしたまま岩の玉座へ足を進めます。
ぎゅうっ。ゼロスの小さな手が私のローブを握り締めました。
「ゼロス、どうしました?」
「あう、うっ……」
ゼロスの大きな瞳が涙で滲む。
唇を噛みしめて、ぎゅっと目を閉じて私にしがみつく。
「ゼロス?」
様子がおかしいです。
やはり体調が良くないのでしょうか。
「ハウスト、戴冠は玉座に座るだけでいいんですよね?」
「そうだ」
玉座に座るだけでいいならすぐに終わりますよね。
戴冠を早く終わらせて魔界で休ませてあげたいです。
「すぐに終わりますから、少しだけ我慢してくださいね」
「あう……、うっ、ちゅちゅちゅちゅ、うぅっ……」
ちゅちゅちゅちゅ、ゼロスがいつもの指吸いをしようとします。
いつもなら指吸い中は静かになるのに、私の腕の中でそわそわと落ち着きがない。
「すぐに終わりますからね」
ゼロスに言い聞かせて玉座の前に立ちました。
あとはゼロスを座らせるだけ。
私はゼロスの両脇に手を差し入れ、その小さな体を持ち上げる。
でも大きな瞳がみるみる涙で潤みだしました。
「いい子ですから、少しだけ大人しくしていてくださいね」
「うっ、うぅっ、うえええん! うえええええええん!!」
「いい子ですから、すぐに終わりますから、ね?」
せっかく泣きやんでいたのに、また大きな声で泣きだしてしまいました。
しかも今度は小さな手足をばたばたさせて大暴れ。体を反り返らせたり踏ん張ったり。
「わわっ、暴れないでくださいっ」
「うえええええん!!」
このままでは危ないです。
早く玉座に座らせて戴冠を終わらせてしまいましょう。
ゼロスの体を岩の玉座に降ろした、次の瞬間。
「ふぎゃああああああああ!!!!!!」
一際大きな泣き声。そして、ピシッ、ピシピシピシッ……! 玉座の岩に亀裂が走った、その刹那。
ガガガガガガガガガガガッ!!!!!!
まるで天から雷が落ちたようでした。
玉座の亀裂が地上まで走り、岩山を真っ二つに割る。
突然のことに思考が追い付かない。
「ブレイラ!!」
ハウストが私を咄嗟に抱き寄せます。
今、視界に映る光景は理解し難く、信じたくなく、絶望的なものでした。
岩山に走った亀裂の狭間はまるで竜巻が吹き荒れる異空間。
凄まじい力で私の体を、魂を引きずり込もうとする。
ハウストに抱かれていなければ、私の体など瞬く間に粉々になって異空間に吸い込まれていたでしょう。
でも。
「ぅ、くっ、……ああっ!」
意識が、魂が、強引に肉体から引き剥がされていく。
引きずり込まれそうになる中で、ハウストを見つめます。
彼は険しい顔で私を抱きしめていました。
離すまいと強く抱きしめる両腕。私も必死にしがみつく。
「ハウスト、……ぅっ、イスラと、ゼロスがっ……」
そう、イスラとゼロスがいないのです。
私の腕の中にいたゼロスの姿はなく、イスラの姿も見えない。二人がいない。
「大丈夫だっ。だから、今は、しっかり俺に掴まっていろっ!」
「でもっ、うぅっ……くっ!」
二人がいない。途方もない絶望。
しかし今、その絶望の感情すらも白く塗り潰されていく。
私の肉体から魂が少しずつ引き剥がされている。
「ハウスト、わたしっ……、ぅ、わたし……っ」
死ぬのですか?
このまま肉体から魂が引き剥がされて、このまま、このまま……。
「駄目だブレイラ! しっかりしろ!!」
耳元でハウストが声を荒げます。
でも声は轟音に掻き消されて、その音すらも遠くて、彼が、遠くて。
強制的に視界が閉じていく。
最後に目にしたのはあなたの顔。
私が、あなたに、そんな顔をさせているのですね。
ごめん、な、さい……。
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