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勇者と冥王のママは創世を魔王様と

第六章・不動の星を追って3

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 人間界のモルカナ国で暮らし始めて一週間が経過しました。
 この一週間、私はずっと山に籠って薬を作っていました。すべて売り物です。この薬を売って路銀を作り、イスラとゼロスを探しに行くのです。
 アベルとエルマリスはあまり良い顔をしませんが、いつまでもこの国にいるつもりはありません。イスラとゼロスを見つけだし、三人で誰も私たちを知らない場所に行きたい。そこでひっそりと暮らしたい。
 その為にはお金が必要でした。どんなに気持ちが沈んでいても働かなくてはいけません。イラスとゼロスは育ち盛りなのでたくさん食事を作ってあげたい。体も大きくなっていくので服も作ってあげなくてはいけませんね。良かった、私は器用なんです。針仕事も苦手ではありません。やがてイスラとゼロスは大人になって私の元を旅立つ日がくるでしょう。でもどうか、その時まで三人で。

「全部売れるといいんですが……」

 早朝、自作した大きな麻袋に薬を詰め込みました。
 袋がぱんぱんになるほどたくさんです。少しでも手に取ってもらえるように、あらゆる種類の薬を作りました。全部売れたら一人分の路銀くらいにはなるでしょう。
 私はずっしりと重い麻袋を背負い、小屋を出て山道を降りていく。
 慣れない山なので途中何度か転びそうになりましたが細い山道を下って麓の街に入りました。

「思っていたより物々しい街ですね。何かあったんでしょうか……」

 街に入るとあちらこちらに官憲の姿を多く見ました。
 見回りにしては数が多い気もします。不思議に思いましたが、この街はモルカナ国の王都から馬で数時間程かかる位置にあり、王都から多くの人や物が入ってくる豊かな街です。きっと警備が手厚いのでしょう。
 それに、それほど豊かな街なら薬も売れてくれるかもしれません。微かな期待を持って朝早くから市場の一角で薬を並べました。
 でも。

「…………こんなに人がたくさんいるのに」

 薬を売り始めて数時間。昼になっても薬は一つも売れませんでした。
 市場はたくさんの人が行き交い、目の前を数えきれないほどの人が通り過ぎました。でも、じろじろと見られるだけで誰も立ち止まらない。
 こんな事は初めてで動揺しましたが、すぐに自分が迂闊だったと気が付きます。
 初めての土地で、初めて薬を売るなど難しいことだったのです。ましてやここは豊かな街なので優秀な医師や薬師がいるのです。わざわざ新参の私の薬を買う者などいない。
 でもこのまま引き下がるわけにはいきません。
 この薬を売ってお金が欲しい。イスラとゼロスを探しに行く為のお金です。

「薬はいりませんか? よく効く薬ですっ、痛み止めや傷薬もありますよ!」

 他の露店主を真似て目の前を行き交う人々に向かって声を上げました。
 すると少しだけ興味を引けたのか何人かの男が立ち寄ってくれる。立ち寄る男性客は私をじろじろ見るだけでなかなか買ってはくれないけれど、その一人一人に丁寧に薬の説明をしました。
 しかし頑張ってみたものの薬は片手で数えられるほどしか売れませんでした……。
 肩を落としていると、目の前を通りかかった男が話しかけてきます。

「薬か……。見せてもらってもいいかな?」
「あっ、どうぞ。ゆっくり見てください!」
「ああ、ありがとう」

 商人らしき壮齢の男はまるで貴族のような立派な身なりをしています。どこかの豪商人かもしれません。
 買ってくれるでしょうか。たくさん買ってくれると嬉しいです。
 緊張していると男がにこりと笑いかけてくる。

「それじゃあ、ここにある薬を全部頂こうか」
「えっ?」

 予想外のことに目を丸めました。
 それは願ってもないことですが、さすがに全部というのは有り得ません。

「ま、待ってくださいっ。いきなり過ぎます!」
「でも、この薬を売りたいんだよね?」

 男の含みのある言い方。
 それに私の警戒心が高まる。
 男は私の顔を見て、次に体を見下ろす。また視線を私の顔に戻してニヤリと笑いました。

「さっきから見ていたけど、この薬をどうしても売りたいみたいだね」
「あなたには関係ありません」
「そんなふうに言わないでくれ。この市場で君はとても目立っているよ」
「……どういう意味です」
「噂になっているよ。市場で没落した貴族の奥方が薬を売っている、とね」
「っ、なんですかそれ!」

 一瞬でカッとなる。
 あまりのことに怒りがこみあげて男をきつく睨みつけました。
 今たしかに私の格好は異様なものでしょう。でもだからといってそう見られるのは不快です。

「訂正しなさい、私はそういった者ではありません!」
「そんな恰好で否定されても説得力なんてないだろう。なに、恥ずかしがることはない。最近、貧しい貴族の奥方が裏で体を売っているらしいじゃないか。なんならここの薬以上の値段で君を買ってあげてもいい」
「結構です! あなたに売る薬はありません!」

 私は男を追い払うと急いで片付けて市場を後にしました。
 今まで感じていた視線の意味に気付いて、この場を離れることにしたのです。
 冗談ではありません。お金は欲しいけれど身売りなんて絶対にしたくありません。好きでもない男と肌を合わせるなんて恥辱です。短剣で胸を突いて死んだ方がマシなくらい。
 でもふと、よぎってしまう。イスラとゼロスを養う為にどうしてもお金が必要になったら? それはとても現実的な問題でした。
 この疑問が浮かんで、指先を痛いほど握りしめて首を横に振る。今はイスラとゼロスを見つけだすのが先決です。そして三人で暮らすのです。私の手で、誰にも頼らずにイスラとゼロスを育てます。
 薬が入ってぱんぱんの麻袋を背負い、市場を抜けて大通りを歩きました。
 すれ違う人がじろじろと見てきます。視線の意味を知ってしまって居た堪れない気持ちになる。
 しかし、この薬を売るまでは街を出るつもりはありません。
 私は重たい麻袋を背負って大通りを歩いていましたが、その時、ガラガラガラガラガラガラ。馬車の車輪の音が近づいてくる。
 振り返ると、行き交う人々を掻き分けて馬車が走ってきました。
 私は馬車の邪魔にならないように大通りの端に寄ってやり過ごしましたが。

「えっ?」

 瞬間、時が止まる。
 通り過ぎた馬車の荷台。その荷台には目隠しの暗幕が張られていましたが、はらりと風にはためいて視界に映りこんだもの。
 視界に映りこんだのは一瞬、でも衝撃とともに脳に焼き付いたのです。
 だってっ、だって!

「――――イスラ!! ゼロス!!」

 名前を叫びました。
 そう、ちらりと見えた荷台にイスラとゼロスの姿が見えたのです。
 一瞬だけど私が見間違える筈がないっ。あれは絶対にイスラとゼロス!

「待ってください! 待って! 停まってください!!」

 私は急いで馬車を追いました。
 麻袋を放って長いローブの裾を持ち上げ、馬車だけを見つめて夢中で走る。
 イスラ! ゼロス! 大きな声で呼びながら二人が乗っている馬車を追いかけました。

「待ってください! お願いですから、待って!! イスラっ、ゼロス!!」

 しかし馬車はガラガラと走っていく。
 人間の足では到底追い付かず、徐々に距離が開いていきます。
 視界がじわりと滲む。
 すぐそこにいるのに、走っても走っても追いつかない。声が届かない。手が届かない。
 せっかく二人を近くに感じたのに、また遠ざかっていく。
 嫌です! 絶対に嫌です!!

「イスラ!! ゼロス!!」

 何度も繰り返し名前を呼びました。でも馬車は遠ざかって。
 イスラとゼロスを乗せて、遠く、遠くへ。

「――――ブレイラ様!!」

 その時、背後からエルマリスの声がしました。
 振り返ると官憲を引き連れたエルマリス。
 私は縋るように駆け寄りました。
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