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第三章:他人行儀な微笑み
12:殿下の好み
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必死になって言葉を探すスーの前で、ルカが口元を手で押さえて吹きだした。堪えきれないと言いたげに、声を漏らして笑っている。スーはようやくからかわれていたのだと悟る。背後に控えている者たちが、はぁぁ~っと肩を落としている様子が目にはいった。
自分が不甲斐ないばかりに、好意をアピールする絶好の機会を逃したのだ。
殿下が艶めいた冗談を語ることが、この先にあるだろうか。恥ずかしさが過ぎ去ると、スーは地団駄を踏みたくなるくらいの悔しさが込みあげてくる。
(せっかくのチャンスが! 絶対に幼稚な女だって思われたわ!)
ただでさえルカの大人の色気に負けているのに、ようやく到来した絶好の機会に、頬を染めて初な反応をしている場合ではないのだ。
「申し訳ありません、王女。いえ、スー。少し冗談がすぎましたね」
詫びながらも、ルカはまだ口元に手をあてて、肩を震わせている。今からでも反撃を試みたいが、顔の火照りが全くひかない。頬を染めていては、何を言っても墓穴を堀りそうな気がする。
何も言えない悔しさに震えていると、ルカがどう誤解したのか、労るようにもう一度詫びた。
「スー、怖がらせてしまいましたか? 申し訳ありません。私があなたを望むことはありませんので、どうかご安心ください」
それはそれで、とても悲しい宣言をされている。
(いずれは殿下の妃になるのに)
結局のところ、自分は全く女性として意識されていないのだ。美しいと言われて育ってきたが、お人形のように愛でるだけの美しさでは意味がない。
どうしてもっと女としての魅力を磨いておかなかったのかと、再びスーは激しい後悔に苛まれる。
ようやく顔の火照りがおさまってきて、スーは全身で訴えた。
「さっきも申し上げましたが、わたしは殿下を恐ろしいと思ったことはありません!」
勢いを取り戻したスーを見て、ルカが安堵したように息をついた。
スーは(ああ、駄目だ)と絶望的な気持ちになる。
(幼いと思われた)
自分がうまく反応できなかったせいだと、スーは落胆を通り越して、めり込みそうになる。
(なんとか挽回しなくては!)
気力を振り絞って顔を上げると、殿下の背後に控えている執事や侍従長が、小さく拳を作って「がんばれ」と応援してくれているのが目に入った。背後のユエンを見ると、大きく頷いている。
「あの……」
背後から少しばかりの勇気をもらって、果敢に挑む。
「殿下は、どのような女性が好みでしょうか?」
単刀直入に自分が殿下の好みに当てはまるか聞いてみたいが、露骨すぎるかと遠回しに言葉を選んだ。
「どのような……、そうですね」
ルカが戸惑っているのがわかる。好みの女性を問うことがすでに露骨すぎたと後悔しても、今さら出てしまった言葉は取り消せない。
「たとえば、可愛い感じだとか、綺麗系だとか……」
取り繕うように付け加えながらも、自分と真逆の女性像が導き出されたら、きっと落ち込んでしまう。スーが内心ハラハラしていると、ルカが何かを思い出しながら答えてくれた。
「容姿にはそれほどこだわりがありませんが、人を試すために度を過ぎた駆け引きをする女性は疲れます」
「駆け引き、ですか」
完全に恋愛経験が豊富な者の発言である。
恋愛経験値がゼロの自分とは出発点が違いすぎると、スーは頭を抱えたくなった。
「駆け引きとは、たとえばどんな風な?」
「たとえば、……思わせぶりに誘って来たり、こちらの気を引くために泣いたり……、その程度であれば楽しめますが、段々と駆け引きが過激になってくると、疲れます」
「過激な駆け引き?」
全く想像がつかない。ルカが困ったようにスーを見ている。
「中には、すぐにばれる嘘をついたり、他の男性との噂を流したり、人を貶めたり、事件を起こしたり、まぁ、色々ありますね」
妙に生々しい例え話だが、もしかしなくても全て実体験なのだろうか。
殿下の気を引くために、過激な駆け引きを仕掛けるなど、スーには全く理解できない。意味不明である。
「殿下は素敵な方ですから、きっと色んな経験をされて来られたのでしょうね」
こちらから話を振っておきながら、笑顔がひきつってしまう。ルカは嫌なことでも思い出しているのか、少し眉間にしわが寄っていた。
「私の場合は、この肩書きなので仕方がありません」
スーにも、なんとなく想像がつく。帝国の皇太子でこの美貌であれば、引く手数多である。実際、多くの女性に言い寄られてきたのだろう。
(すごく競争率が高そう。駆け引きが過激になるのも、仕方ない気がするわ)
スーは自分がいかに幸運であったのかを、いまさらになって強く噛み締めた。
「では、殿下は素直で正直な女性が好みなのですね」
「――そうですね。周りくどいのは疲れます」
うんざりしてきたと言わんばかりに、言葉が重い。スーは「素直で正直。周りくどいのは駄目」と心に刻んだ。
(素直で正直なら、なんとかなりそう)
前向きに受け止めながらも、同時にスーの胸の内にふっと小さな漣がたった。
美貌の皇太子。これまでに辿って来たのだろう華やかな恋愛経験。
ルカの世界を想像して広がっていく波紋。気持ちを咀嚼する前に、押し出された気がかりが喉元へと競り上がってくる。
「殿下は、誰か好きな方はいらっしゃらないのですか?」
自分が不甲斐ないばかりに、好意をアピールする絶好の機会を逃したのだ。
殿下が艶めいた冗談を語ることが、この先にあるだろうか。恥ずかしさが過ぎ去ると、スーは地団駄を踏みたくなるくらいの悔しさが込みあげてくる。
(せっかくのチャンスが! 絶対に幼稚な女だって思われたわ!)
ただでさえルカの大人の色気に負けているのに、ようやく到来した絶好の機会に、頬を染めて初な反応をしている場合ではないのだ。
「申し訳ありません、王女。いえ、スー。少し冗談がすぎましたね」
詫びながらも、ルカはまだ口元に手をあてて、肩を震わせている。今からでも反撃を試みたいが、顔の火照りが全くひかない。頬を染めていては、何を言っても墓穴を堀りそうな気がする。
何も言えない悔しさに震えていると、ルカがどう誤解したのか、労るようにもう一度詫びた。
「スー、怖がらせてしまいましたか? 申し訳ありません。私があなたを望むことはありませんので、どうかご安心ください」
それはそれで、とても悲しい宣言をされている。
(いずれは殿下の妃になるのに)
結局のところ、自分は全く女性として意識されていないのだ。美しいと言われて育ってきたが、お人形のように愛でるだけの美しさでは意味がない。
どうしてもっと女としての魅力を磨いておかなかったのかと、再びスーは激しい後悔に苛まれる。
ようやく顔の火照りがおさまってきて、スーは全身で訴えた。
「さっきも申し上げましたが、わたしは殿下を恐ろしいと思ったことはありません!」
勢いを取り戻したスーを見て、ルカが安堵したように息をついた。
スーは(ああ、駄目だ)と絶望的な気持ちになる。
(幼いと思われた)
自分がうまく反応できなかったせいだと、スーは落胆を通り越して、めり込みそうになる。
(なんとか挽回しなくては!)
気力を振り絞って顔を上げると、殿下の背後に控えている執事や侍従長が、小さく拳を作って「がんばれ」と応援してくれているのが目に入った。背後のユエンを見ると、大きく頷いている。
「あの……」
背後から少しばかりの勇気をもらって、果敢に挑む。
「殿下は、どのような女性が好みでしょうか?」
単刀直入に自分が殿下の好みに当てはまるか聞いてみたいが、露骨すぎるかと遠回しに言葉を選んだ。
「どのような……、そうですね」
ルカが戸惑っているのがわかる。好みの女性を問うことがすでに露骨すぎたと後悔しても、今さら出てしまった言葉は取り消せない。
「たとえば、可愛い感じだとか、綺麗系だとか……」
取り繕うように付け加えながらも、自分と真逆の女性像が導き出されたら、きっと落ち込んでしまう。スーが内心ハラハラしていると、ルカが何かを思い出しながら答えてくれた。
「容姿にはそれほどこだわりがありませんが、人を試すために度を過ぎた駆け引きをする女性は疲れます」
「駆け引き、ですか」
完全に恋愛経験が豊富な者の発言である。
恋愛経験値がゼロの自分とは出発点が違いすぎると、スーは頭を抱えたくなった。
「駆け引きとは、たとえばどんな風な?」
「たとえば、……思わせぶりに誘って来たり、こちらの気を引くために泣いたり……、その程度であれば楽しめますが、段々と駆け引きが過激になってくると、疲れます」
「過激な駆け引き?」
全く想像がつかない。ルカが困ったようにスーを見ている。
「中には、すぐにばれる嘘をついたり、他の男性との噂を流したり、人を貶めたり、事件を起こしたり、まぁ、色々ありますね」
妙に生々しい例え話だが、もしかしなくても全て実体験なのだろうか。
殿下の気を引くために、過激な駆け引きを仕掛けるなど、スーには全く理解できない。意味不明である。
「殿下は素敵な方ですから、きっと色んな経験をされて来られたのでしょうね」
こちらから話を振っておきながら、笑顔がひきつってしまう。ルカは嫌なことでも思い出しているのか、少し眉間にしわが寄っていた。
「私の場合は、この肩書きなので仕方がありません」
スーにも、なんとなく想像がつく。帝国の皇太子でこの美貌であれば、引く手数多である。実際、多くの女性に言い寄られてきたのだろう。
(すごく競争率が高そう。駆け引きが過激になるのも、仕方ない気がするわ)
スーは自分がいかに幸運であったのかを、いまさらになって強く噛み締めた。
「では、殿下は素直で正直な女性が好みなのですね」
「――そうですね。周りくどいのは疲れます」
うんざりしてきたと言わんばかりに、言葉が重い。スーは「素直で正直。周りくどいのは駄目」と心に刻んだ。
(素直で正直なら、なんとかなりそう)
前向きに受け止めながらも、同時にスーの胸の内にふっと小さな漣がたった。
美貌の皇太子。これまでに辿って来たのだろう華やかな恋愛経験。
ルカの世界を想像して広がっていく波紋。気持ちを咀嚼する前に、押し出された気がかりが喉元へと競り上がってくる。
「殿下は、誰か好きな方はいらっしゃらないのですか?」
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